
「犬」続き。(石井君視点です。) "っえ!?"と俺は驚いた。 ──いくら、動物の飼えないマンションに住んでいるっていっても、今までに一度も犬に触った事が無いって相当珍しくないか? 俺が初めて触った犬はうちのマメじゃない。ダチの家の犬だ。 小学校に入学したばかりの頃、クラスの中で一番最初に仲良くなった奴から家に大きな犬を飼っていると聞き、俺は他の奴にも声を掛け、確か総勢五、六人を引き連れて、そいつの家に押しかけ、ゴールデンレトリバーを遊ばせてもらった。 当時もクラスの中で一番背が高かった俺だけど、さすがに初めて見るゴールデンレトリバーの大きさには圧倒されて、ちょっとだけ怖いとも思った。でも、千切れそうなぐらいブンブンと尻尾を振り回し、人懐っこくガバッと俺に抱きついてきたその犬を、俺はすぐに大好きになって、その後、リッキー(レトリバーの名前だ)目当てにしょっちゅうそいつの家に通っていた。 自分の家で犬を飼っていなくても、大抵、ダチの中には一人や二人、家で犬を飼っている奴がいる。 だから、三浦が犬に触った事が無いのは、犬を飼っていない拓の家以外、クラスメイトや部活の仲間の誰かの家に遊びに行った事が無い、って事なんだろう。……そういえば。中学の時の三浦が拓以外のバスケ部の奴等とちゃんと口をきいているところを、俺はほとんど見た事が無くて、あの頃、"コイツ、拓以外に友達いねーんだろうなぁ"って思ったんだよな。 三浦の顔が妙に赤いのは、拓にからかわれたせいだけじゃなくて、そういう理由もあるからのような気がする。 "っえ!?"という驚きの声が口から飛び出してしまわなくて良かったと、俺は内心ほっとしてしまった。 「ほら、マメ。三浦と遊んでやれ。」 俺はマメのお尻をポンと叩く。すると、マメは地面にしゃがみ込んでいる三浦の足元までテコテコと歩いて行き、三浦を見上げて、前足でカリカリと三浦のボトムを掻いた。俺の言葉に、三浦はまた、むぅー、と唇を引き結ぶ。けれど、文句はつけてこない。どことなく緊張した面持ちをして、曲げた膝の上に乗せていた左手をゆっくりマメの頭へと伸ばし、とても優しい手つきでそおっとマメの頭を撫でた。 「クゥゥ。」 マメが嬉しそうに高い声で鳴きながら目を細めると、三浦もぱっと顔を綻ばせて微笑む。 「…可愛いね。」 お世辞を言っている時の澄ました愛想笑いではなく、目をきらきらと輝かせている三浦の笑顔は珍しく子供っぽい感じで、俺は、三浦がマメを好きになってくれた事を手に取る様に分かった。 「マメに嫌われなくてよかったな。」 相変わらずニヤニヤと口の端を吊り上げたまま三浦の顔を覗きこみ、拓もマメの頭に右手を伸ばす。 が。 「藤、うるさい。」 三浦は空いている右手で拓の右手をパシッと軽く叩き落とし、両手でマメを抱き上げ、胸の中に大事そうに抱え込みながら立ち上がった。 「…オイオイ、三浦。拓にも触らせてやってくれよな。」 鼻と鼻がぶつかりそうな至近距離でマメと見詰め合っている三浦を仰ぎ、俺は苦笑を洩らす。それから、俺と同じく地面にしゃがみ込んだままの拓の方へ視線を下ろすと、いつの間にか、拓は不機嫌そうにむすっと目を据わらせていた。 ……間違いなく、拓のヤツ、マメにやきもち焼いてんだろーな。 拓のいる前では、三浦に「いつでもマメに会いにこいよ。」と言わない方がいいだろう、と俺は思った。 |