源 範頼(みなもと のりより)


範頼は、源氏の九代目頭領 源義朝の六男で、
兄の頼朝(よりとも)・弟の義経(よしつね)とは
異母兄弟です。

現在の静岡県浜松市である
遠江国・蒲御厨(とおとうみのくに・かばのみくりや)で
生まれたため、「蒲冠者(かばのかじゃ)」とも
いわれています。

生年は不詳ですが、
義朝が仁平三年(1153年)に池田宿滞在の折に
できた子とされています。

頼朝と同じく熱田神宮大宮司、藤原季範に養育を受け、
治承四年(1180年)頼朝の挙兵に
伊豆に駆けつけました。
そして、義経とともに木曾義仲を討ち
従五位三河守に任ぜられました。

1185(元暦2)年の壇ノ浦の戦いで
平家追討の源氏総大将をつとめ、
鎌倉幕府の確立にも大きな功績を残しました。

義経が鎌倉幕府反逆の罪に問われ、
頼朝から義経追討を命ぜられましたが、
「弟を討つことはできない」と拒否したため
頼朝の怒りをかい、義経と同様、
謀叛の疑いをかけられ、建久4年(1193年)、
伊豆の修善寺に幽閉され殺害されました。

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平成20年7月18日 更新

源範頼公

源氏 家系図