あすけ定住施策レポート

2年間の足助町勤務を終えて
2004年3月


 2002年4月から2年間、愛知県足助町で定住対策を中心に仕事をしてきた。この2年間の経験をまとめるとともに、今後の足助町の定住施策の方向性について何らかの参考になればと思い、本レポートを作成した。
 なお足助町は、平成17年4月を目途に、豊田市を中心とする豊田加茂地域7市町村による合併に向けて、現在、精力的に作業が進められており、合併後は、足助町(若しくは、足助町地域)単独での定住施策の実施は難しくなるかもしれないが、合併後も地区毎に総合支所や支所をおき、都市内分権による行政運営を行うこととしており、足助町管内又は周辺も含めた人口減少地域における定住施策推進の参考になることを期待する。

1 はじめに
2 1万人ショックの実態
3 定住施策の過去と現在
4 定住施策の評価と展望
5 市町村合併の影響
6 定住施策の新たな展開
7 おわりに


1 はじめに

 足助町に来て最初に言われた言葉が「人口がこの4月に、とうとう1万人を切ってしまった。」という一言。国勢調査では既に平成12年の時点で1万人を割っていたが、外国人なども含めた住民基本台帳による人口も、平成14年4月1日に初めて人口1万人を切り、9,972人となった。これは足助町にとって相当にショックなことだった。私が担当する定住施策には、多方面から大きな期待を寄せられることとなった。
 同時に町長から「定住施策といっても、転入者なら誰でもいいというのではなく、山里のくらしを理解し、地域住民と融和して生活してくれる人に住んでほしい。こんな環境の良いところで暮らしたいという都会人の夢に応えていきたい。」という趣旨の言葉があった。「山里あすけ」「山里のしたたかな暮らしと技」といったフレーズとともに、過疎や田中暮らしを逆手に取った強烈な自負の気持ちがそこには見られる。
 足助町といえば、三州足助屋敷や百年草のZizi工房とばーばらはうすのように、地域の素材(田舎の暮らしや高齢者など一見否定的な素材をも肯定的に)生かしてアピールしていく行政手腕は、全国的なモデルともなっており、私も一目置いていた。
 また平成6年当時、中馬街道の古い町並みの再生・活性化をめざして、これも全国に先駆けて取り組まれた街なみ環境整備事業の担当をしていた(当時、足助町で振興課長として担当していたのが、現矢澤町長)ことから、足助町に対するある程度の予備知識や関心は持っていた。また、平成10年に策定された足助町住宅マスタープランの策定にも若干関わり、赴任前数年間の足助町の動きと背景をある程度は知りうる状況にあった。

2 1万人ショックの実態

 足助町の国勢調査人口の推移は図表1のとおりである。これを見ると、大正9年から戦前の昭和15年まで、人口14,000人台で推移している。その後、終戦直後の昭和22年に、昭和15年に比較して20.9%増と大幅な増加を示し、昭和25年には17,342人を記録する。しかし、過疎化の波は早くもその頃から足助町を襲い、昭和の大合併を果たした昭和30年前後から減少が始まった。昭和30年代後半から45年にかけて、5年ごとに10%以上も減少する激減の時代を経て、年号が平成に変わる頃には人口減少も一息つくかと思われたが、その後、減少率は再び上昇し、住民基本台帳ベースで毎年100人を超える人口減少を続けている。

図表1


 一方、図表2は全国の人口推移である。これと足助町の人口推移を比較するといくつか興味深い点が見られる。第1に足助町の場合、戦後すぐの人口増が急でかつ短かった点である。全国では、戦後のベビーブームが収まった昭和30年の人口が昭和15年からの比較で23.2%増となっているが、足助町の場合は戦後すぐの昭和22年の時点で20.9%増であり、その後は微増で昭和25年の23.6%増をピークに早くも減少を始める。戦後ベビーブームは足助町にも同様にあったと考えられるが、それに加えて、戦時中の疎開による人口増が重なり、都市部の戦後復興とともに、急速に人口の流出を始めたことが伺える。

図表2

 また2点目として、大正9年から昭和15年まで人口が14,000人強でほぼ一定していることも興味深い。当時の農山村は人力と一部家畜の力を借りての低い生産性しかなかったと考えられ、足助町の地形・地勢の中で養うことのできる人口はほぼ一定であったと考えられる。それが14,000人。養うことができない次・三男などの余剰人口は、当時から都市部へ流出していたと思われる。
 3点目に興味深いのが近年の動向である。先に述べたように、一旦は沈静化するかと思われた人口減少が、平成2年以降再び加速を始めている。全国の人口の伸びも近年著しく鈍化し始めているものの、全国の増加率の減少以上に、足助における人口の減少が近年急速に加速してきていることがわかる。近年の自然動態と社会動態の推移を示したものが図表3であるが、これを見ると、社会増減は年度により変化が大きいのに対して、自然減は一貫して常に一定割合を占めていることがわかる。近年の足助町における人口減少は、都市化の裏返しとしての過疎化によるものというより、いち早く高齢社会を迎えた人口構造のゆえと考えられ、その点から言えば、全国の過疎町村は、人口減少時代を迎える日本の先進を示しているともいえる。

図表3

続いて、今後の人口推計について見てみる。
 図表4は町企画課で独自に推計した2020年までの推計人口である。これを見ると、着実に人口減少が進んでいくという推計となっており、特に高齢者率は2020年に39.6%まで上昇すると推計されている。しかし、実数としての65歳以上人口はあまり大きな変化はなく、15〜64歳人口の減少、全体人口の減少により分母が小さくなることによる。

図表4

 一方、2003年4月1日現在の人口ピラミッドを示したものが図表5であるが、これを見ると55〜64歳と30〜34歳で人口が非常に少ない歪な人口構成が見て取れる。55〜64歳というとちょうど昭和30〜45年の日本の高度成長期に就職等で都市部へ人口流出した年代に重なる。30〜34歳はその子供の世代。そしてまさに今、少子化が深刻に事態となって足助町に押し寄せていることがわかる。

図表5

 以上見てきたように、足助町の人口は、戦後復興、そして高度経済成長の波に大きく影響を受けて、今、最大の人口減少期を迎え、今後20年近くも同様に減少を続けることが明らかになった。しかしその実態はこれまでの経済動向等による人口推移と人口構成に由来するものであり、必ずしも恒常的な過疎化が進行していると悲観的に考える必要もない。人口減少の阻止は難しいが、総合的な定住施策を講ずることにより、社会増減についてはある程度希望を持つことができると考えてよいと思われる。

3 定住施策の過去と現在

 足助町では、三州足助屋敷や福祉センター百年草に付設するZizi工房、ばーばらはうすなど、町民、特に高齢者の人材と技術を活用し、地域振興につなげる施策が1980年頃から積極的に取られてきた。これらは観光施策でもあり、福祉施策、地域コミュニティ施策でもあるが、同時に定住施策でもあると言える。しかしここでは、宅地分譲や定住奨励金などの直接定住者に対して一定の便宜や利益を提供する施策に限って、過去と現在を振り返ることとする。
 過去の施策を振り返るにあたり、まず町の総合計画からみてみる。足助町の第1次総合計画は昭和51年に「足助町総合計画」として制定されている。この時期は昭和30年からの急激な人口減少が一貫して続いている時期である。が、総合計画では「若年層の流出は人口構造のバランスからみて限界の時点が到来するものと考えられる。また、近隣都市への道路ネットワークが整備され通勤可能地域の拡大、新規農林水産業の開拓、観光・レクリエーション施設の充実等によって定着するものと推計される。」(P20)として、目標年次の昭和60年の将来人口を12,800人とし、基準年次の昭和45年人口を5.6%上回るものとしている。このため、定住施策としてことさらな記述はなく、「住宅計画」においては、「都心における居住環境の悪化、地価の高騰による宅地の入手難等から、近年山村に住宅が求められるようになってきた。」(P58)として、「住宅公社・民間企業とタイアップして200〜300区画を造成し分譲施策を考える必要がある。」(P58)としているが、現実にはその後の10年間で宅地分譲が行われることはなかった。
 「あすけロマン」と銘打つ昭和60年から始まる第2次足助町総合計画は魅力的だ。巻頭に「あすけロマン」と題する数行の詩が掲げられ、第1章は「シンボル事業」で始まる。「1.住宅産業興し」と「2.伊勢神開発」だ。「都市近郊山村」にして「トヨタ企業城下町」、「自然・人情・歴史・文化の豊かさ」という足助の特色を背景に、「山に生きる理想郷」「農工商観の"四位一体"」「若者と女性が担い手の中心となる住んでよかったといえるまち」「世界に開かれた山村」の4つを目標に掲げる。人口指標としては、「社会基盤整備や産業の振興などによって、若い人たちの流出を防ぐ一方、反対に山村のよさを見直してのUターンを促し、町内に宅地を造成するなどの積極的な人口増加策を打つことによって、昭和70年の人口を11500人と設定」(P43)している。これは基準年次である昭和55年の4.6%増である。
 このため具体の施策である基本計画においても、住宅地域の土地利用計画として、「各集落の空き家、空き地を活用した既存集落の再整備」「山林の自然環境を生かした、各地域の実情に合った住宅地の開発」と「住宅産業興しと連携した住宅施策の推進」の3点を掲げるとともに、「若者が定住できるような宅地開発の実施」や「次男・三男の定住対策としての町営住宅建設」が定住のための住宅施策として掲げられている。
 この第2次総合計画と同時に策定・公表されたのが「足助町HOPE計画」である。国が昭和58年度に創設した、地域の特性を生かした質の高い居住環境の整備と総合的な住宅施策の推進を目指す地域住宅計画(HOPE計画)」をいち早く策定したもので、足助の内部資源(森林資源、人的資源、山村文化資源など)を活用・結合して、山村地域の活性化を図るため、「@足助材と足助大工等の結合による地域振興」「A農山村文化にいきづく居住空間づくり」「B地域の創意を引き出す人づくり」の3つの視点から、「国産木材住宅システム計画」「近岡緑農住宅」「フォレストピア伊勢神」「集落コミュニティ」の4つの事業を提案している。
 このうち、1番目の「国産木材住宅システム計画」は第3セクター「ほるくす」の設立(昭和60年7月。ただしその後町の出資金は引き上げた)やモデル住宅としての桑田和(昭和59年度・6戸)・千野(昭和60年度・6戸)の町営住宅の建設として具体化している。しかしこれは定住施策というより住宅産業施策という側面が強いだろう。
 「近岡緑農住宅」は農地のついた住宅地分譲を行うものだが、今に至るまで実現していない。「フォレストピア伊勢神」は手仕事文化に関する研究教育施設、宿泊展示販売施設と工房付き住宅などが集まった施設をつくる構想だったが、同様に実現されていない。
 一方、昭和63年に近岡地区に近接する井ノ口地区で10区画の宅地分譲を行っている。また平成3年度より、おおくら台(約4ha、31区画)の用地取得・宅地整備に着手し、平成7年度から宅地分譲を行った。特におおくら台の分譲にあたっては、1区画100坪以上、菜園付き、建てられる住宅は建築協定をかけて在来木造2階建てに制限し、石積み補助、果樹プレゼント等の対策を講じ、山里らしい住宅地整備を進めている。
 第3次足助町総合計画「足助シャングリラ計画」は1996年3月に策定された。時代を先取りし、住民参加手法による計画策定に取り組んでいるが、内容は意外に実直だ。想定人口も「現状のままで推移すると、今回の計画の終了年である平成17年(2005年)には9,606人になる」(P13)と述べられ、「今後は、宅地造成、居住環境整備、就業の場の確保をはじめ、各種の魅力あるまちづくりを進めることによって、人口の増加をはかります」として、平成17年(2005年)想定人口を11,000人としている。
また「交流」という言葉が随所に見られる。交流観光、交流重視型の産業、交流拠点、交流施設など。そして「交流人口の増加が、定住人口の増加につながるような施策を展開します。」(P13)として、「定住促進プロジェクト」が5つの重点プロジェクトの一つに掲げられている。
 具体の施策としては、「一区画100坪程度の家庭菜園付き宅地の整備」「周辺の景観に十分配慮するよう指導」など、おおくら台開発を追認する形の表現があるほか、「若者等の定住の第1歩となる町営住宅の建設」「多様なニーズに対応した、建売分譲住宅や小規模宅地など、さまざまなタイプの適切な供給」などがあげられている。また、「地域の活性化に結び付く住宅地の開発」「旧住民と新しく入って来る人たちとの調和を図る」「小学校の存続を考えて住宅施策を展開する」「都市生活者が定住し、農ある暮らしを楽しみながら、都市へ通勤できる施策の展開」「農付き住宅構想」といった記述も見られ、その後の多様な施策展開の萌芽が見られる。
 これらの計画を具体化する形で、まず平成9年度から特定公共賃貸住宅・町営井ノ口住宅(鉄骨造)が建設され、30代前後の若年家族4世帯が入居した。また平成14年度には、中部の落部地区で、同じく特定公共賃貸住宅・町営おちべ住宅(鉄骨造4戸)が建設された。特に後者は、私の担当下で工事・入居管理を行ったが、入居者4世帯のうち2世帯は町外からの転入者であり、人口増に若干の寄与をするとともに、井ノ口住宅も含め、若年世帯の町外流出防止に多少の貢献をしている。
 また、西部の冷田学区野林地区では平成10年より、学識者等の支援の下、地域住民と一緒になって高嶺下地区開発がスタートする。遊休農地を活用し、都市定住者による農ある暮らしの実現をめざす「高嶺下ファームビレッジ構想」に基づくもので、まずは地域住民と学生等の手による拠点小屋がつくられ、翌11年8月には定住に向けた自然観察会の開催が新聞に大きく取り上げられ、100人を超える人を集めた。その後、様々なイベントやワークショップを経て6世帯に絞られた定住者が地権者から土地を購入し、住宅建設が進められている。またこの間、斜面地形のモデル住宅として高嶺下職員住宅が建設されている。
 この高嶺下地区開発は、平成11年3月に策定された足助町住宅マスタープランでも、重点整備地区として位置付けられている。というよりも、高嶺下地区開発の具現化方策を検討し、必要に応じ補助金を確保することが、マスタープラン策定の隠れた目的であったように思う。このマスタープランでは「〜山里の暮らしに豊かさと心地よさを!〜語らい育む山里あすけの居住文化」を基本テーマに掲げ、定住関連の基本目標として「足助に住みたい人に住んでもらう住まい・まちづくり」「山里の暮らしと文化を育む住まい・まちづくり」を掲げている。また、具体の施策として、「山間の集落に違和感なく新住民が定住できるよう、1集落に5〜6戸程度の小規模な宅地分譲を段階的に進めていく『小規模分譲住宅地の造成・誘導』」「空家の利活用の促進」「まちづくり貢献型住宅融資制度の活用」「民間賃貸住宅の供給促進」「山村居住の支援」などが列記されているほか、高嶺下地区についても「山村定住型・戸建コーポラティブ型住宅団地の整備」として挙げられている。
 なお、この計画策定と併行して空家調査が行われ、所有者に賃貸等の意向アンケートが行われたが、この時点では結局賃貸できる空家はほとんどないとして終わっている。
 一方、定住対策として、直接補助金等を交付する制度が平成9年度から始まった。まず最初は定住促進利子補給事業で、町内に居住する親世帯と同居又は隣居するための住宅を建設する子世帯に、住宅建設にかかる借入金利息の一部を、最長10年間補助している。また、平成12年度からは定住促進補助事業として、40歳未満の転入世帯に空家修繕費として最大50万円を補助する制度を創設。これは翌13年度には空家修繕費という使途条件がなくなり、山里の仲間づくり事業という名称とともに、転入奨励金という性格を帯びることとなる。なおこれらの制度は、平成15年度から、前者は民間活力の活用の観点から、民間賃貸住宅建設者に対しても利子補給をするよう拡充を行い、また後者も後述する「スマイルしようかい」により空き家に入居した転入者には、年齢制限等を撤廃して空家修繕に要する経費かつ50万円以下を補助する制度を拡充している。

図表6

 平成13年度に実施した「山村定住促進サポート事業」による調査や地域に入った活動を経て、平成14年度から取り組んでいる事業が「山里あすけ仲間づくり『2戸2戸作戦』」である。これは、「山里あすけの暮らしに共感と誇りを持ち、地域活動に積極的に参加する仲間を増やす」「2〜5戸程度の既存の集落環境に溶け込む規模」「地域とともに事業を進める」という3つの方針の下、交流会等のイベントを行ないつつ、事前に定住希望者を募って、その後に土地購入・宅地整備等を行うコーポラティブ方式による小規模宅地分譲である。
 既に前年度、御蔵学区、冷田学区の地域組織との活動の中で抽出された4地区について、定住希望者に紹介し、地域住民と交流を行なうイベントが6月に開催され、150人近くの人が集まった。この結果事業推進を決定した3地区について土地利用計画を策定し、再度購入者を募ったところ、予定7区画のうち3区画しか応募がなく、そのうちの2区画については後日辞退された。しかし当初申し込まれた3区画がいずれも別の地区であったため、苦渋の決断の末、3地区とも今後のモデル住宅地として、町で土地を買収し宅地整備工事を行って、残りの区画を通常の方式で宅地分譲することとなった。
 また当初は、事前申込者に定住に向けた知識や情報を提供し相互の交流を図ることを目的に、にこにこ定住セミナーが企画されたが、申込結果を受けて、定住促進イベントの性格を持ったワークショップとして平成14年度内に3回開催され、翌15年度からは「山里定住あすけ塾」という名称で、農作業や炭焼きなどの山里体験と定住に向けたセミナー等を全5回実施した。
 その後の宅地分譲で3区画が分譲譲渡され、依然空き区画が残っているものの、多様な定住候補地を紹介していくため、さらに地域の協力を得て3地区の紹介をしている。
 これらの定住施策は、町のホームページ整備と併せて公開するとともに、定住担当の建設課窓口では随時定住相談を受け付けている。その中で特に古い民家に入居したいという要望が多いことから、平成14年12月から町内の空家を紹介する「山里あすけ仲間づくり『スマイル(2戸2戸)しようかい』」を始めた。これは定期借家制度を利用し、空家所有者と定住希望者の仲立ちをするもので、紹介する空家は、所有者と地域区長との連名で申出を受け実施している。
 また平成15年度には、住宅金融公庫地方公共団体施策住宅特別加算制度を利用し、木造軸組工法・土壁又は板壁の足助らしい住宅を足助町住宅マスタープラン適合住宅「山里あすけ家づくり」建設基準として定め、公庫の割増融資の対象としている。
 この他、町が所有する遊休地の処分が時々行われている。平成11年度に分譲したみくらの里は、なかなか売れず、値下げをしてようやく平成14年に売却された。また同じく平成14年度に分譲した井ノ口団地内の遊休地は6倍の倍率をつけ処分されており、場所による違いが大きい。
 なお、平成15年度末現在の定住関連事業の概要と実績等は参考資料を参照されたい。

4 定住施策の評価と展望

 以上のように、足助町では時宜に応じて、様々な定住施策に取り組んできた。その中には宅地完売や制度改変等により終了したものもあれば、現在も継続しているものもある。これらを大きく、町営住宅建設、補助・利子補給等、宅地分譲の3つに分けて、町内での評判も踏まえ、現在時点での私の独断での評価を下してみたい。
 まず、町営住宅の建設である。前述してきたように、昭和59・60年度に公営住宅法に基づく町営住宅を桑田和・千野の2団地12戸建設し管理開始している。これらは現在も引き続き管理され、この間、ほとんどの住戸で入居者の入れ替えはあったものの、空家募集すれば時を待たず応募があり、最も直近の平成15年3月の募集では、4倍の応募倍率だった。また、平成9年度・14年度に建設した特定公共賃貸住宅・井ノ口住宅とおちべ住宅の2団地4戸も同様に全住戸入居している。ただし、平成15年3月から入居募集をしたおちべ住宅は当初1.5倍の応募倍率があったものの2住戸に辞退があり、その後の追加募集では7月まで苦戦している。その他、中電社宅の払下げ住宅など公営住宅法などに基づかない単独住宅が3団地11戸あり、全住戸入居している。これらの住宅はいずれも老朽化しているが、収入や世帯構成などの入居資格制限がないこともあり、平成15年4月の募集では3倍の倍率をつけている。
 町内には民間事業者が経営するアパートが2棟しかなく、いずれも木造長屋ではあるが、常に満室状態である。町なかの狭小・老朽化した借家に生活する世帯も多いが、まとまった事業投資をしてアパート経営に乗り出そうとする人はほとんどいない。町では平成15年度から民間賃貸住宅の建設事業者に、建設資金の金融機関借入れ分に対して利子補給する制度を創設したが、今まで利用実績はゼロである。
 こうした状況下で町営住宅建設に対する期待や要望は強く、平成15年12月議会では中部地区への建設要望に対して「適地があれば前向きに検討したい」旨の回答をしている。近岡地区にあった愛知県厚生事業団の老人ホーム・愛厚ホーム足助苑の閉鎖に伴い、跡地を町が購入し宅地造成をする計画があり、その一部に町営住宅の建設を予定しているが、適切な施策判断だと評価したい。
 しかし足助町内どこでもよいかと言うとけっしてそんなことはなく、あくまで中部地区に限っての需要と限定的に判断したほうが無難だ。借家居住者は中部地区に集中しており、山間部で結婚等による世帯分離により賃貸住宅を求める需要も地元ではなく豊田市や町中心部等の利便性の高い地区に向かう傾向は否めない。また町外からの転入者で借家を求める人は、近代的な賃貸住宅ではなく民家などの空き家を求める傾向が強い。
 続いて、補助・利子補給等であるが、現在、実施されているのは、山里仲間づくり事業によるIターン者に対する50万円の補助金支給と、定住促進利子補給事業による親との同居住宅及び民間賃貸住宅建設に対する借入利子への補給の2事業である。それぞれ毎年10件分の予算を確保しているが、前者は平成14・15年度各5件、後者は平成12〜14年度は5〜6件、15年度は9件となる見込みだ。
 山里仲間づくり事業(Iターン者への50万円支給)の趣旨は、山間部へ転入に際して草刈機やチェーンソーなど都市部では通常所有しない物品が必要になることが多いため、それらの購入支援という目的である。支給者には、地域の活動への参加を求め、区長の確認を得て請求をするとともに、支給後10年間は地域活動への参加状況の報告を求めることとしている。このように間接的な拘束はしているものの、明確には使途を限定していないため、支給方法等に対する批判の声も聞く。なお平成15年度から拡充した空き家転入世帯に対する補助の利用者(40歳以下等の世帯要件がはずれる)はまだ1件しかないが、空き家修繕に要した費用のみに使途を限定しており、世帯要件の是非等の議論はあるものの、住宅施策として評価しうると考える。
 定住促進利子補給事業のうち、親との同居住宅に対する利子補給制度は既に7年間で49件の申請があり定着している。40歳以下又は小学生以下の子どもがいることを条件としているが、特にこれが問題となった事例は知らない。一方、同居又は隣居を条件とし近居は不可としているが、この理由がわかりにくい。同居等による公的介護サービスの家庭内介護への転化を促す意義が考えられるが、介護保険制度導入後ではこの理由も適切でない。若年世帯の場合、親が死別しているとこの制度が利用できないケースもあり、これらを勘案すると、町内の住宅建設に対しては同居要件は解除する方が適当なように思う。
 なお、民間賃貸住宅建設者に対する利子補給制度は、補助対象者も目的もまったく異なる上にいまだ利用者がいないが、制度設計上の趣旨からも継続して実施すべきと考える。
 最後に宅地分譲についてであるが、前述したように、足助町では過去、井ノ口団地(10戸)とおおくら台団地(31戸)でそれぞれ比較的まとまった規模の宅地分譲を行っている。おおくら台で依然1宅地残っているものの、結果は良好と評価していいのではないだろうか。こうしたまとまった規模の宅地分譲は民間でもいくつか取り組まれてきたが、近年は景気の低迷や豊田市部の地価の下落等によりめっきり減ってしまった。足助町南部の白倉地区や中部の久木地区等の土砂採取事業が進められている地区でも、地域からは跡地の宅地転用の希望が出ているが、手を挙げる事業者が現れないのが現状である。唯一、町北部の渡合地区で、地元地権者の熱心な取組み等もあり、アイシン開発(株)が事業者として名乗りを上げ、開発事前協議が進められている。過去1年半ほどをかけてコーポラティブ方式による事前購入予約をしてもらえる参加者を募ってきたが、ほとんど進展がなかった中での英断である。
 こうした状況の中で、山里あすけ仲間づくり「2戸2戸作戦」が始められた。当初の事業計画では用地買収・宅地整備前の予約申込みがあった土地についてのみ事業化を進める予定であったが、結果として通常の宅地分譲と同様な形になったことは前述のとおりである。「にこにこさくせんで転入者を迎えましょう」というスローガンはわかりやすく町民にもある程度は浸透しているが、実際に自己所有地の提供を自ら申し出る方は少ないし、昨年度来、町内の各集落で策定した地域づくり計画でも具体的な土地を明示して2戸2戸作戦の実施を記載した地区はなかった。役場職員が遊休地を調査し地権者や区長に声をかけていく中で候補地として紹介できる状況になるケースがほとんどだ。
 宅地分譲がすんなり完売しない要因は経済的状況に加え、地区選定上の問題もある。しかし、みくらの里やおおくら台、井ノ口団地の空き宅地がある程度の時間を経て分譲されたことを考えると、即日完売を狙うのではなく在庫を持っていることも定住希望者へのアピール効果と開き直ることも必要ではないかと考える。
 一方、野林地区で取り組まれた高嶺下住宅開発は全く違う取り組み方をしている。自然観察会やワークショップ等を経て絞られた6世帯の方が直接地権者から土地を購入し、町はあくまでサポート役として、地域で組織された埜快委員会や学識者等からなる高嶺下の洞を考える会の協力を得てイベントの開催や定住者へのアドバイス等を行ってきた。と書けば簡単だが、実際には6世帯のうち2世帯が種々の事情から途中で辞退し補充の参加者集めに奔走したり、土地購入金額や負担金の按分割合で紛糾したこともあり、かなりの努力を強いられてきた。幸い、高嶺下の土地自体の魅力や、地域で献身的に定住者の支援に取り組んでいただいた梶さんなどの協力もあり、現在の形になっているが、どこででも実施できるという事業ではない。
 2戸2戸作戦は高嶺下地区の取組みのエッセンスを抽出し一般化しようとした事業だが、自発的献身的な地域支援にはほど遠い面もあり、役場の責任と負担が大きくなっている。また実施していく中で、現在の仕組みが定住を期待する供給者サイドの論理でできているのではないか、という反省も聞かれた。
 こうした反省を踏まえ、平成15年度から取り組んでいるのが山里定住あすけ塾であり、山里あすけ仲間づくり「スマイル(住まいる)しようかい」である。
 前者は、定住希望者には山里の暮らしを十分理解してから定住してもらいたいという地域からの思いと、農作業や炭焼きなどを定住希望者に身をもって体験してもらうことにより山里暮らしの魅力をアピールし、定住への意識を醸成しようという2つの目的がある。参加者が即宅地の分譲には結びつかないが、毎回20〜30名近くの人が参加され楽しんでもらっており、毎回、定住のための土地や空き家情報なども伝えて、定住への誘導を図っている。
 後者は、定住窓口で「空き家がないか」という問合せが多いことに応え、平成14年12月から始めたもので、今までに10件の情報提供を行い7件で契約が締結された。町内に空き家は多いものの、定期的に草刈等の管理はしていることが多く、貸してもいいという人は少ない。実際に住まわれた方の中には自分で楽しんで住宅の修繕などを行っている方もあり、定住希望者には好評である。修繕等一切を入居者負担としていることから、住宅所有者も余計な負担をする必要がなく、これまで大きなトラブルは生じていない。試行錯誤の中で入居者選定の仕組みを次第に整えつつあるが、この点に今一層の配慮をすれば、引き続き継続していきたい事業である。

5 市町村合併の影響

 足助町は現在、豊田市及び周辺町村である藤岡町、旭町、小原村、下山村、稲武町との合併に向けて動きが急である。既に平成15年11月にこれら7市町村により豊田加茂合併協議会が設立され、いくつかの重要事項について協議確認がなされている。
 合併の方式は豊田市への編入合併、合併の期日は平成17年3月31日までに、新市の名称は豊田市、新市の事務所の位置は現在の豊田市役所の位置とする基本項目が既に合意され、現在、各種事務事業の扱いを始めとする25の合併協定項目の協議が進められている。
 第2回協議会で合意した、協議に関する基本的な方針では、「矢作川流域の豊かな自然を次代に継承し、活発な交流により都市と農山村が共生する魅力あるまちづくりを実現する」という目的に沿って、行財政改革の推進や議会の仕組みなど6つの基本方針を挙げている。このうち、足助町などの山間地域に関わりの深い方針として、「都市・農山村共生のまちづくりに関する方針」と「都市内分権に関する方針」の二つがある。
 都市・農山村共生のまちづくりに関する方針では、基本的な考え方に「農山村地域の持つ自然環境や伝統文化などの地域資源を活用し、・・・さまざまな交流・体験や滞在・定住の場の整備を図る」と書かれ、「営農支援システムの確立を図り、都市住民を対象に既存集落周辺において農山村の暮らしが実践できる滞在・定住の場の整備を進める」とされている。
 また、都市内分権に関する方針では、「地域で可能なことは地域に任せ、その地域で不可能なもの又は非効率なものは新市が施行する」という基本方針の下、「地域特性に応じ、『事務事業及び予算分与』等の自己決定・自己責任に基づく自立的な地域経営が可能となる地域自治組織の制度に向けた取組みを推進する」としている。
 個々具体の事務事業については、首長と議長・議員、学識者等で構成される協議会と専門的な課題を検討する小委員会が設置され、その下に助役クラスで構成される幹事会と、関係課長で構成される事務事業ごとの15の専門部会と45の分科会で調整が行われる。
 定住施策は、都市整備専門部会の中の建築・住宅分科会で検討を行うこととされており、現時点(平成16年3月)では調整の真っ只中である。しかし、都市・農山村共生のまちづくりに関する方針でも見られたとおり、定住施策は農林施策と不可分な施策として位置付けられており、都市整備専門部会や建築・住宅分科会だけで調整・検討をするのは不可能である。事実、専門部会等の場でも、「定住施策については別に議論する場が必要ではないか」といった意見が聞かれた。建築・住宅分科会、専門部会での検討を経て、第4回協議会(平成16年2月17日開催)に「定住促進事業等について」の調整(案)が提案され、原案どおり確認されているが、その内容は、「山里あすけ仲間づくり『2戸2戸作戦』事業と定住促進補助事業について、合併時は当面、地域の過疎・定住対策のため、現行の違いを認め合い、合併後調整する」というものである。
 また、第3回協議会(平成16年1月16日開催)では、都市内分権検討小委員会の中間報告が提出され、足助町を始めとする周辺町村の各地域に、市長が選任する支所長と自治会・PTA・各種団体等からの推薦や公募による地域協議会からなる自治組織を置くことが明らかにされた。合併協議会設立前の研究会では、各支所の上に総合支所を設置する構想があったが、この回の協議会では当面は支所のみで、概ね5年後に行政組織のスリム化と住民自治の拡充を行った上で、専門性の高い業務や山間地での一体的な対応が必要な業務を行う拠点地域自治組織を藤岡と足助に設置するとしている。ただしこれらの業務は「行政改革の視点で限定的に判断する」とされており、当面の支所事務をさらに統合するイメージである。
 私が都市整備専門部会や建築・住宅分科会に出席した印象では、現在の豊田市の住宅施策は基本的に低所得者のための公営住宅を中心として考えられており、地域活性化への寄与等の視点は希薄であった。ましてや定住施策を住宅施策の一環として取り組むことには否定的な言動も少なくない。協議会で合意された定住促進事業等については、当面支所事務として実施するよう意見を述べたが、支所事務の内容が明らかにされていない現時点では、今後どのような体制で定住事業に取り組むことになるのか大いに不安である。
 最低限、支所事務として取り組まれることを期待するが、その場合でも足助町内の事情に精通し、住民の意向や動向を常に掌握している職員が担当していることが不可欠で、けっして事務的・マニュアル的な対応では成り立たない。
 また最悪の場合、住宅課等の事務として遠隔から取り組むことも考えられ、こうした場合には、地域自治組織や地域選出議員、また住民等の強力な後押しがない限り、合併後の調整の結果、住宅対策としての定住施策は廃止される可能性も高い。
 定住施策は住宅対策の一環といった限定的なものではなく、過疎地域活性化対策の重要な柱の一つとして総合的な取り組まれるべきものである。その点では、都市住民の営農支援といった施策の中で取り組むといった施策再編も考えられるが、営農支援施策自体が新規施策であり、今後どう根付いていくか不透明であることなどから、定住施策のこれまでの実績をうまく引き継いでいくことは難しいかもしれない。
 できうれば、現在の足助町職員には、今までの地域密着の行政スタイルの経験を保持し、様々な部署で足助地域の活性化を視野に入れた業務態度を貫いていくことを期待する。こうした姿勢を支える方策として、例えば「足助会」といった名称の元足助町職員で構成される組織をつくって定期的に集まり(酒の場でも可)、情報交換や施策立案へのヒントを得る場をつくっていくといったことなどが考えられる。

6 定住施策の新たな展開

 今後の定住施策を考えていく上で、市町村合併の問題がもっとも大きいのは前述したとおりである。場合によっては、担当部署がなくなり、施策の実施自体が危ぶまれることにもなりかねない。しかしそれはさておき、同様な過疎町村における定住施策への提言という視点も含め、今後の定住施策の展開の方向について考察してみたい。
 近年、都市計画制度が大きく変化してきている。従来、都市計画区域外ということで全く都市計画には関わりのなかった過疎町村でも、都市計画区域外における開発許可制度の導入や準都市計画制度の創設が行われた。
 今回の市町村合併では、都市計画区域については当面現行どおりとする方向で調整が図られている。しかし、現豊田市域でも周辺町村と同程度の過疎化が進んでいる地域もあり、それらと一体的に都市計画区域を見直すことは十分考えられる。その場合、準都市計画区域制度はその利用が必ずや検討されると思われる。準都市計画区域に指定された場合、用途制限等はかからないものの確認申請が必要となり、接道要件等が適用される。特に足助のまちなかなどでは未接道な宅地も少なくなく、大きな影響があると思われる。
 一方、一貫して人口減少が続く中で、一層の過疎化が心配されているが、「2 1万人ショックの実態」の考察でも見たとおり、私は必ずしも人口減少がそのまま地域の衰退につながるとは考えておらず、安定し成熟したゆとりの地域、豊かで悠々とした大人の町として、新たな様相を見せ始めるだろうと考えている。
 こうした中で、これまでの定住施策を踏まえ、次の2点を提言したい。
 一つは、地域と連携した定住施策の一層の推進である。山里あすけ仲間づくり「2戸2戸作戦」や「スマイル(住まいる)しようかい」も、地域との連携が最重要なキーとなっているが、こうした取組みを引き続き継続することである。
 山里定住あすけ塾や2戸2戸作戦の参加者アンケートからは、「定住ということを言い過ぎる。週末滞在や1・2ヶ月程度の山里暮らし体験などができるとよい。」「土地を購入し家を建てるのは経済的に無理。空き家に住みたい。」といった意見が多く見られた。 2戸2戸作戦のような宅地分譲を継続していくことは、地域の状況をよく熟知した専門の職員がいないと難しいが、空家・空き地は地域の資源であり、うまく活用することが望まれる。
 2点目は、アンケートにもあった「山里暮らし体験」の機会創出。それも特に数週間単位での寝泊り体験ができるような施設の整備が望まれる。足助町では合併を目前にして、経営不振からしばらくの間営業停止していた労働者保養施設「いこいの村愛知」の土地購入を決めた。町ではこの施設を「森の博物館」として整備活用する構想を示している。この内容については、合併後さらに詳細に検討されるだろうが、私としてはこの施設が「山里暮らし体験」の中心的機能を果たしていくことを期待する。
 定住相談の対応をしていると時々、定住希望とは言うものの、山里暮らしに伴う困難をなるべく回避しちょっとおしゃれな先進的生活を楽しむ感覚でいる方が少なからずいる。役場はどこまで支援してくれるのか、といったことを聞き、転入者は必ず歓迎してもらえるものと無邪気に信じ込んでいる。
 一方、足助町に2年間勤務して特に感じることだが、足助人は農作業だけでなく、山仕事でもちょっとした家の補修や改修でも、全て自分で行なってしまう「生活力」を持っている。足助の人ができて当たり前と考えていることが、定住者には全く理解できなかったり手も足も出ないことがよくある。反対に、定住者の心配が全く理解できないことも多い。こうした齟齬は時間をかけて解消するしかないが、そのためにも一定の「山里暮らし体験」は必要である。ある意味スクリーニングの役割も担う。
 最終的には、いつまでも足助人に頼るのではなく、自らこうした生活力・技術を身につけること、それが定住することの意味だ。生活力を身につけ駆使できることの喜び。それこそが定住希望者が求めているものであり、足助人は自らその力を持っていることを自覚し、それを伝えていくことで、仲間づくりにつながり、一層の定住につながるものと考える。それは三州足助屋敷で様々な生活や技を見せているが、それの町内全域への一般展開に他ならない。
 最後に1点、定住とは直接かかわりがないが、気になっていることが、町並みの保存・活用だ。これまで10年間継続して実施してきた街なみ環境整備事業が平成15年度で事業期間を終了した。町では新たな事業への取組みは検討されていない。最終年度に、旧渡辺医院の購入・整備と本町公民館の建て替えを実施し、また道路の美装化も完了して取り敢えずの整備は終了した形だ。また、町内商業者の2世らにより結成されたAT21倶楽部が主催する「中馬のおひなさん」も順調に客足を伸ばし、平成16年春には7万5千人もの来客があった。
 しかし一方で、街なみ環境整備事業の両輪であった地域住民組織「足助まちづくりの会」は、建物の修景整備補助の審査機関と化し、景観保全に向けた実質的な市民活動は停滞している状況である。街なみ環境整備事業の終了に伴い、建築物修景整備補助も終了となることから、会の活動停止も危惧される。「中馬のおひなさん」は足助の町並みや生活・人柄を外へアピールする機会であり、住民にとっても町並みの良さや大切さを自覚するよい動機づけとなっているが、そうした意識がようやく芽生え始めようとするときに、建築物修景整備補助を中止してしまうというのは非常に惜しい。今こそようやく、住民が自ら立ち上がり始める時期なのだ。
 時に国では、平成16年初夏にも、景観法(案)の制定を予定している。この法律によれば、従来のような条例によらずとも、景観計画を策定することで基準を明示し指導等を行なうことができる。また、従来の補助金行政への反省から、まちづくり交付金制度が創設された。これは市町村が定めたまちづくり計画に沿って実施する様々な事業に対して一括して交付金を支給するもので、補助基準や採択要件などもなく全て市町村の裁量に委ねられている。建築物修景補助などはこの制度を使えば容易に復活することができるし、各種のソフト事業も実施することが可能だ。
 足助にとって、住民なら知らず知らずに身につけている生活力と歴史的な町並み、この二つの資源を最大限に生かしていくことが、足助の更なる発展の最も肝要なポイントだと考える。

7 おわりに

 足助で過ごした2年間は非常に楽しい2年間だった。もちろん、2戸2戸作戦の宅地分譲が順調には処分が進まなかったり、市町村合併という当初は予測もしていなかった事態が本格的に動き出したりと、紆余曲折はあったが、特に同僚には恵まれ、山里の楽しみをふんだんに味わわせてもらった。
 この経験は必ずや私自身の今後の人生にとっても貴重な経験であり、生きていく、生かしていかねばならないと感じる。最後に、お世話になった役場の方、町民の方、定住希望者の方などに深く感謝をいたします。

参考資料
1. あすけ統計2002(足助町、2002年3月)
2. 足助町総合計画(足助町、1976年2月)
3. 第2次足助町総合計画「あすけロマン」(足助町、1985年3月)
4. 山村の素朴さ、温かさ、そしてしたたかさを 木綿と素肌のまちづくり−足助町HOPE計画策定調査報告書−(足助町、1985年3月)
5. 第三次足助町総合計画−足助シャングリラ計画(足助町、1996年3月)
6. 足助町住宅マスタープラン(足助町、1999年3月)
7. 豊田加茂合併協議会 会議資料(2003年11月〜2004年3月)

参考資料 足助町の定住施策 (平成16年3月12日現在)

■山里あすけ仲間づくり「にこにこ(2戸2戸)さくせん」
■高嶺下住宅地整備(野林高嶺下ファームビレッジ構想)
■スマイル(住まいる)しようかい
■山里の仲間づくり事業
■定住促進利子補給事業
■住宅金融公庫地方公共団体施策住宅特別加算制度の活用
■町営住宅
■おおくら台

■山里あすけ仲間づくり「にこにこ(2戸2戸)さくせん」

○理念・目的
    @ 山里あすけの暮らしに共感と誇りを持ち、地域活動に積極的に参加する仲間を増やす。
    A 2〜5戸程度の既存の集落環境に溶け込む規模。
    B 地域とともに事業を進める。
     の、3つの方針に基づき、交流会の開催などのイベントを行いつつ、住宅地を整備し、転入希望者に分譲を行う。
○事業の進め方

○これまでの実施状況
    ○平成14年度
      • 住宅候補地説明会・交流会の実施(6月16日)
      4地区(国谷・月原・渡合・小町)で実施。66組約150名参加。
      • 分譲受付・説明会(9月15日〜22日)
      3地区(国谷・渡合・小町)7区画を分譲。申込:3区画4件(その後2区画で辞退)。
      • にこにこ定住セミナー(10月26日、12月15日、2月22日)
      定住体験談や足助の歴史、子育て支援等の座談会、先輩のくらし訪問、定住後の住まいと暮らしのワークショップ等
      • 用地取得、宅地整備工事の実施
    ○平成15年度
      • モデル地区宅地分譲(5月から)
      3地区(国谷・渡合・小町)7区画。申込:4区画(入居1世帯、建設中1戸)
      • 新規住宅候補地の紹介
      3地区(明川・五反田・篭林)
      • 山里定住あすけ塾(6月29日、8月23日、10月18日、12月13日、2月28日の全5回)
      田舎暮らし体験(畑作りなど)、定住者交流会、定住のための知識・情報の提供など

■高嶺下住宅地整備(野林高嶺下ファームビレッジ構想)

○目的と理念
     野林高嶺下ファームビレッジ構想に基づき、定住促進による過疎化の防止と地区の活性化、及び新規定住者等の参画による荒廃しつつある農地の保全を目的に、次の理念に基づき住宅地整備を行う。
     「農ある暮らし」:「自然と共に暮らす」:「共に住まう」:「山里環境の保全」:「信頼と協働」:
○地区面積
     8,676u (宅地7,762u、道路913u)
○区画数
     6区画 (平均区画面積 1,294u)
○事業手法
    • 定住希望者により高嶺下住宅用地整備組合を設立し、コーポラティブ方式で用地買収から住宅用地整備までを行う。
    • 町は、野林高嶺下ファームビレッジ構想に基づき、地元地権者等で組織された「埜快委員会」、学識者や設計者等で構成される「高嶺下の洞を考える会」等と連携して、定住者募集等を実施するとともに、町道整備を行うなどの支援をしている。
○これまでの経緯
    (平成10年8月) ワークショップによる拠点小屋づくり
    (平成11年8月) 自然観察会(以後、草刈イベント、餅つき大会、田植えイベントなど)
    (平成12年6月) 定住希望者自主会合「定住希望者ネットワークの会」(以後、稲刈り、椎茸菌打ち等を楽しみつつ、間取りプランの検討、敷地割の決定など)
    (平成12年度) 進入路工事(20%地元負担)
    (平成13〜14年度) 市民農園整備
    (平成14年5月) 高嶺下住宅用地整備組合の設立
    (平成14年10月) 用地取得契約締結
    (平成15年4月〜) 住宅着工(平成17年3月入居目標)
○高嶺下職員住宅の建設
     高嶺下住宅地整備で想定される斜面住宅建設のモデルとするため、平成11年度に、近接する土地に高嶺下職員住宅(戸数6戸)を建設した。平成14年度愛知県まちなみ建築賞受賞。


■スマイル(住まいる)しようかい

○理念・目的
     にこにこ(2戸2戸)さくせんの理念を踏まえつつ、定住希望者から問合せの多い空家の掘起しと情報提供、契約支援を行う。
○事業の進め方
    @活用空家の選定(地域・所有者連名による実施申出書の提出)
    A空家情報の発信と空家紹介・交流会の実施
    B転入者の選定と契約(転入者は空家所有者が選定、定期借家制度の活用)
    C空家修繕に対する補助
○実施状況
     昨年12月に情報提供を始めて以来、12物件を情報提供(うち2件はその後取り下げ)。
     現在までに、7物件が契約締結。

■山里の仲間づくり事業

 町外からの転入世帯に対して、定住のための資金(50万円)を支給する。
    @地域の行事や活動に積極的に参加される若年世帯(40歳以下等)
    A「スマイル(住まいる)しようかい」による空家を修繕して定住する世帯
○これまでの実績
認定年度
認定件数
補助金額(千円)
H13500
H142,500
H152,500
合 計115,500


■定住促進利子補給事業

 次の住宅の建設について、金融機関からの借入金に対して、最高10年間3%以内の利子補給を行なう。
    @足助に在住する親との同居住宅の建設(対象借入金500万円)
    A民間賃貸住宅の建設(対象借入金1戸あたり200万円)
○これまでの実績
認定年度認定件数利子補給額(千円)
H910548
H10101,860
H11103,306
H123,797
H134,361
H144,608
H15104,972
合 計4623,452


■住宅金融公庫地方公共団体施策住宅特別加算制度の活用

 足助町と公庫が協議・合意して、住宅マスタープランに定めた基準に適合する住宅の建設に対して、融資額を一戸あたり200万円加算する。
○足助町住宅マスタープラン(平成11年3月策定)
    「〜山里の暮らしに豊かさと心地よさを!〜『語らい育む山里あすけの居住文化』を基本テーマに、山里ならではの文化と魅力を生かし、住んでみたい、住んでよかった、住み続けたい、と思えるような住まい・まちづくり
○足助町住宅マスタープラン適合住宅「山里あすけ家づくり」建設基準の主な内容
    ・木造軸組工法
    ・白・黒・茶等を基調にした農村風景に調和するデザイン・色彩
    ・土壁又は板壁
    ・御影石等の地場加工石材の使用 など

■町営住宅

○特定公共賃貸住宅 2団地  8戸
    井ノ口住宅(H10建築、基本家賃55,000円)
    おちべ住宅(H14建築、基本家賃55,000円)
○公営住宅     2団地 12戸
    桑田和住宅(S60建築、木造戸建)
    千野住宅(S61建築、木造連棟)
○町単独住宅    3団地 11戸
     (近岡、松栄町、今朝平)

■おおくら台

○基本コンセプト
     都会と違う山里足助の地に住まう豊かさが求められる宅地の提供と、1世代・2世代と住み続けられる定住人口の増加を図る。このため次の点に配慮する。
      @ 宅地の広さ 平均宅地面積100坪と広さの豊かさ
      A 山里に溶け込む良好な景観と快適な住環境を住む人の手で
      B 暮らしの手作りと足助に住んでよかったと思われる地域に
○地区面積 40,604u (宅地11,026u、道路7,276u、広場・緑地20,004u、調整池2,297u)
○区画数 31区画 (平均区画面積 355.73u)
○平均u単価 38,825円 (平均区画価格13,811千円)
○事業期間 平成3年度から7年度
○分譲開始 平成7年9月 (H15.11現在売残り宅地 1区画)
○購入資格
     おおくら台宅地分譲の要件を遵守し定住する者で、若年世帯を優先する。
      @ おおくら台建築協定を遵守するもの
      A 3年以内に建築し居住するもの
      B 地域とコミュニティが図られるもの
○環境整備等補助
    @ 法面の間知石積み工(補助金額500,000円を限度)
    A 主柱のプレゼント(1本)
    B 実のなる樹木プレゼント(1本)
○貸し菜園
     残存緑地を有効利用し、貸し菜園を設置する。
     1区画25u 年5,000円

(参考)
「足助町の住まいづくり」
「足助のまちづくり」
足助”外様”歳時記
足助・罵詈雑言