小京都
飛騨高山 色変化



中橋から紅葉の城山公園を見る


高山再訪 (2006.7.16)
秋の高山 (2000.11.10)

●高山再訪 (2006.7.16)

 久し振りに高山を訪ねました。家族旅行。梅雨明け前、灼熱が続き、避暑に行こうと家を出るも次第に雨がちになり、目的のひるがの高原に着く頃には土砂降り。次善の策で少し足を伸ばして高山へ。
 今回は家族旅行ということもあり、観光中心。宮川朝市横の駐車場に車を止め、まずは日下部民芸館へ。土間の木組みとお茶と煎餅をのんびりと堪能した後、隣の吉島家に行こうと思ったけど、妻が向かいの布地屋さんの朝市特価に撃沈し、今回も入れず。日下部家、吉島家と並ぶと、絶対、手前の日下部家で終わる人が多いだろうなあ。次回を期す。
 前回との違いは、屋台会館へ行ったこと。でも入っホールでの写真勧誘とやたらと長〜い案内がうっとうしい。併設の日光館にも入る。大正年間、飛騨の匠が作ったという日光東照宮の模型はすばらしいが、「高山に来て何で日光?」という思いは拭いきれない。日光で展示すればいいのに。
 お昼は郷土料理の「京や」へ。相席した家族連れは岩手県からやってきたらしい。さすが日本の観光地。
 お腹が満ちた後は、宮川朝市を経て、三之町界隈へ。木工、家具、和雑貨、版画、香、酒、味噌・・・。高山ならではの店々を回り、疲れて喫茶店で休み、また歩きしているうちに「もう疲れて歩けない!」。
 帰りは下呂温泉で身体を休めて帰りました。


●秋の高山 (2000.11.10)

 秋の高山を訪れました。山は紅葉。とてもいい季節ですが、あいにく雨。傘を片手に伝統的町並みを歩いてきました。
 まずは朝、弥生橋から日下部家の横を通って、宮川の支流・江名子川沿いを歩きました。宮川沿いが観光の街なら、こちらは生活の街。いくつもの小さな橋が架かり、ちょうど子どもたちが集団で通学をしています。川沿いに蔵や民家が軒を連ね、植栽がされ、修景されたゴミ集積所があり、そして川へ降りる石段があります。細くくねくねと続く川に寄り添ったり離れたりしながら車も通れない小径が走り、民家の間に路地が伸びる。家々にはどこの前にもプランターや植木が並び心を和ませます。東山の寺院が連なる寺町辺りまで歩き、城山公園を裏手から眺め始める頃、朝食の時間が心配となって帰り路に着くこととしました。

江名子川にかかる橋とゴミ集積所 / 江名子川と蔵 / 山車蔵

山家風の長屋 / 家の前の植栽 / 江名子川の石段
 朝食後改めて日下部家から見学。もう10数年も来てなかったけれど、やはり変わらぬままの姿が懐かしい。奥でふるまわれるお茶とせんべいも美味しい。隣の吉島家と並んだ景観は高山の代表的な町並みの一つです。
日下部家 / 吉島家

吉島家のうだつ / 日下部家の川沿いの景観 / 宮川朝市
 日下部家の江名子川沿いの白壁と柳のきれいな外観を見つつ、宮川沿いの朝市を見物。赤蕪を買いました。
 鍛冶橋まで歩いていよいよ三町伝建地区へ。さすがにこの時期の高山は、たとえ雨でもすごい人出。造り酒屋や味噌屋、喫茶店、民芸館などがひしめいている。その中に駐車場をうまく隠した民家を発見。小さなサインを見ると設計事務所らしい。なるほど。その横には岩佐医院。産婦人科だが全く町並みに溶け込んでいる。こうした建物がいいですね。そういえば鍛冶橋の麓には白壁造りの公衆トイレもありました。

岩佐医院 / 車庫の修景 / 公衆トイレ

杉玉 / 屋根神様 / 松本家住宅
 中橋まで歩いて東(左)へ少し進むと市政記念館。もとの高山町役場・市役所です。昭和43年まで使用されていたということで、けっこう最近の懐かしい道具なども展示してあります。なによりこんな狭いところで執務をしていたことにびっくり。続いて、中橋から城山公園の紅葉を眺めつつ、高山陣屋へ。かつての郡代所で、今でも残っているのは全国でもここだけだそうです。それも相当な規模で。明治後は(飛騨)県庁や郡役所、最後は県事務所に使われたそうで、「私が現役の頃、この建物で事務を執っていました」と案内のおじさんが懐かしそうに説明してくれました。
高山陣屋
市政記念館
国分寺の大イチョウと三重塔
 昼食後は宮川に沿って南進し、松本家住宅まで歩きましたが、残念ながら平日は閉館で外観だけ見てきました。その他にも雰囲気のある民家がいくつもあり、楽しく町を歩くことができます。駅へ向かう国分寺通りは高山一番の商店街のようですが、他の市の中心市街地ほどには衰退もせず、活気があるように見受けられました。やはり観光が支えている部分は大きいかな。最後に国分寺の立派なイチョウと三重塔を眺めて帰路につきました。