美濃加茂市
太田宿と日本昭和村
(2003.7.20) |  |
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美濃加茂市は愛知県犬山市から岐阜県高山市に向かって伸びる国道41号線沿いの、人口5万人ほどの街である。工場団地等を誘致し、工業出荷額や人口も着実に伸びてきている。また、国道41号線だけでなく、岐阜市と土岐市を結ぶ国道21号線、可児市を経て多治見市に至る国道248号線が交わり、交通の要衝でもある。
江戸時代には江戸日本橋から京に向かう中山道が、険峻な木曽路を経て平坦な美濃路に入り、可児方面から木曽川を越える太田の渡しを経て太田宿に至る。中山道51番目の宿場町でもある。
このあたりの木曽川は、日本ライン下りがあるように、広い川幅の割には流れが急で、中山道三大難所の一つに数えられてきた。また、尾張藩により代官所が設けられ、恵那から鵜沼に至る地域の行政・文化の中枢として、重要な地位を占めてきた。
わが家からは近いにも関わらず行く機会がなかったが、家族で日本昭和村に行った帰りに少し寄ってみた。
枡形もある旧中山道の町並みは、かつての賑わいも思い出せぬほど寂れてしまったが、それでも酒蔵や脇本陣の建物、そしていくつかの町家が当時の面影を伝えている。 |
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ところで美濃加茂市では、この春(平成15年4月)にオープンした日本昭和村の観光に力を入れている。「なつかしくて、新しい」をキャッチフレーズに、中村玉緒を名誉村長に据え、昭和風の建物や土産物などを集めて公開している。しかし、明治村や大正村のように、当時の建物を移築・保存したものは少なく、どちらかといえば「書き割り」といった感じがする。こうした作り物の施設を造るより、少しでも現存する太田宿を再生・保存する方が、経済効果も含め、長期的な地域の活性化に繋がるのではないかと思う。
この施設で唯一評価できるのは体験教室がいくつかあること。わが家も木工教室で本立てを作ってきたが、木工指導をしてくれたおじさんの一生懸命な姿が印象的だ。日本昭和村とは、昭和一桁生まれのおじさん、おばさんが元気な村のことだった。またはスクラップ・アンド・ビルドの昭和マインドにふさわしい施設と言うべきか・・・。
(財)あしたの日本を創る協会発行の「まち・むら」82号(2003年7月15日発行)の巻頭グラビアに、たまたまこの太田宿が取り上げられていた。それによると、昭和57年には商店の跡継ぎ等により中山道若衆会が結成され、第1回中山道宿場会議を開催している。さらに宿内のふれあい風土舎では、平成2年から、地域のおばあさんにより朝市と駄菓子屋が開催されているとのこと。
こうした経緯と動きを知ると、なおのこと、日本昭和村との関係について知りたくなってくる。 |
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