豊田市

−豊富な財政力によりつくられた都心−

(2004.1.15)



1.都市概況
2.中心市街地の現況と課題
3.中心市街地活性化のとりくみ
4.事例からみた教訓と今後の課題

1.都市概況


(1)基礎データ <2000年国勢調査>
    ○人   口 : 351,101人 (愛知県第3位)
    ○人口増加率(1995〜2000年) : 2.9%
    ○世 帯 数 : 126,815世帯
    ○高齢化率 : 9.9%(愛知県平均:14.5%)
    ○面   積 : 290.11ku (愛知県第2位)
(2)都市の沿革と市街地の構造
     養蚕の町から、南部の原野に進出した自動車産業の拡大に伴い、全国有数の工業都市(東京区部に次ぐ全国第2位の製造品出荷額)へ発展した。
     1951年に挙母(ころも)市として市制後、周辺の町村を合併し、1959年に「豊田市」に市名を変更し、自動車の町としてのアイデンティティを確立した。
     工場の拡大に伴う人口の急増に対応して、郊外に旧・住宅都市整備公団による五ケ丘団地を始め、県・市による公営住宅団地、土地区画整理事業などにより、多くの住宅市街地が形成されてきた。また市町村合併という経緯もあり、分散型の市街地が形成されている。
     工場従業員は自動車通勤が主体であり、工場近傍に大駐車場が完備され、事業所と住宅地を結ぶ幹線道路や産業道路等の整備が促進された結果、幹線市道整備率は90%近くとなっている。
(3)主要産業
     トヨタ自動車とその関連企業等による製造品出荷額が非常に大きいが、県内第2位の広大な市域から産する米、桃、梨、シンビジウムなどの農業生産量も県内有数のものがあり、地域内食物自給率が高いことも大きな特色のひとつである。
     一方、商業機能は都市規模に比較して小さいと言われており、道路や駐車場整備、百貨店誘致、再開発事業等の都心整備に積極的に取り組んできた。
(4)その他の特徴
     名古屋市からは鉄道で約40分。しかし、交通機関は圧倒的に自動車利用に偏しており、西加茂郡・東加茂郡7町村(稲武町を含む)を含む豊田加茂地域の中心都市としての独立性は高い。
     2002年11月には豊田加茂8市町村合併研究会が設置され、2005年3月を目途に合併に向けた検討が進められている。

2.中心市街地の現況と課題

(1)中心市街地の範囲
     豊田市駅を中心に、東側は矢作川右岸、西側は豊田市美術館、市民文化会館、昆森公園に隣接するまでの210ha。
(2)基礎データ <2000年住民基本台帳>
    ○人   口 :
     11,640人 (市全体の3%)
    ○人口増加率
     (1995〜2000年) : 3%
    ○世 帯 数 : 4,838世帯
    ○人口密度 : 55人/ha
    ○高齢化率 : 15%

人口の推移 / 世帯数の推移
(3)市街地の整備状況
     豊田市では1983年に市役所内に都心整備対策室を設置し、同時に(財)豊田市都心整備公社を設立。1985年には豊田市都心総合整備基本計画を策定し、「家族が楽しめるシビック・アミューズメント・センター」の形成を基本目標に、道路整備事業、再開発事業等による都市機能の充実と都市中心核の育成を推進してきた。
     中心市街地内の第1号の再開発として、1988年に「そごう」を核店舗とする豊田市駅西口市街地再開発事業とペデストリアン・デッキ等の駅西口整備が完成する。また1995年には「名鉄トヨタホテル」と「サティ」を核とする豊田駅東地区市街地再開発事業が、1999年にはコンサートホール、中央図書館、能楽堂を核とする豊田市民センター地区市街地再開発事業と駅東口整備が完成した。
     また、自動車が流入できる都心づくりをめざし、道路整備と駐車場整備が積極的に行われてきた。道路は東西4路線、南北3路線の都市計画道路が整備され、さらに地区内道路の整備も着々と進められている。
    一方、駐車場もこの地域内に約4,200台が確保され、駐車場案内システムも稼動している。
(4)市街地の動向
    一方で、従来から豊田駅東部に位置していた長崎屋やアピタが1991年から96年にかけて相次いで撤退した。さらに2000年には、そごうグループの経営破綻により「そごう」が撤退(その後、TMO(第3セクター)が市より48億円の借入れをして買収。松坂屋を誘致し2001年10月にオープン)。2002年にはもう一つの再開発ビルの核テナントであった「サティ」も撤退するなど、経済環境の大きな変化に見舞われた。
     しかし最近になって、サティ撤退後の空き床に、トヨタ生協などの小売店舗と併せて、業務系事務所が入居しつつあり、また現在計画中の豊田市駅前通り地区市街地再開発事業へも業務系の出店が計画されている。比較的小規模な事務所の需要も堅調で入居率も高まってきており、従来業務系が弱いといわれてきた中心市街地も変化が出てきている。また、分譲マンションは早期完売しており、住宅需要も高い。
     中心市街地の人口は、1980年から1995年まで人口減−世帯数増であったが、1995年を境に微減傾向から増加へ転じ、人口の減少に歯止めがかかった。これは、マンションなどの住宅供給の活発化によるものと考えられる。
     しかし、近年の中心市街地の人口と世帯数との傾向からすると年間世帯数の増加率が1%以上でないと人口増加とならない。マンション需要は堅調とはいうものの今後もこの供給が続くかどうか、見守っていく必要がある。

豊田市駅西口市街地再開発事業
1988年完成。核店舗を「そごう」でスタートするが、2000年に閉店。2001年より「松坂屋」が入って再スタート。

豊田市民センター地区市街地再開発事業
1999年完成。コンサートホール、中央図書館、能楽堂が入る。

豊田市駅東地区市街地再開発事業
1995年完成。核店舗を「名鉄トヨタホテル」と「サティ」でスタート。2002年にサティに代わってトヨタ生協などが入店した。

豊田市駅前通り南地区市街地再開発事業予定地
アピタ撤退後の跡地を市が買取り、これを種地に市街地再開発事業が進められようとしている。

桜町第一地区優良再開発事業
豊田市駅東部の桜町通りを優良再開発事業により景観に配慮した街並に整備。総合的設計や建築協定等を導入している。1987年完成。

3.中心市街地活性化のとりくみ

(1)中心市街地活性化基本計画と中心市街地緊急活性化計画
     中心市街地活性化法に基づく「中心市街地活性化基本計画(以下「基本計画」という)」は、2000年3月に策定されたが、その直後の7月にそごうグループが経営破綻し、中心市街地の中核店舗であった豊田そごうも12月に閉店を余儀なくされた。
     このため豊田市では急遽「経済情勢の変化に伴う中心市街地の商業等の活性化に関する条例」を定め、これに基づき、2001年4月(翌2002年3月改正)に「中心市街地緊急活性化計画(以下「緊急計画」という)」を策定した。
     以下、両計画を踏まえた記述である。
(2)中心市街地活性化計画の内容
    ●計画提出日
       2000年5月31日 (2002年6月7日変更)
    ●基本計画の目標年次
      2010年(平成22年)
       緊急計画では明確な目標年次の記述はないが、主な目標指標として概ね2年後の、計画実施後の効果イメージが記述されている。
    ●中心市街地の目標像
      「交流がうみだす市民社会の創造拠点」
       緊急計画では
      「対話で蘇るふるさとの顔」
    ●基本的な方向
      1)交流核の形成と仕組みづくり
      2)人とクルマの共生モデルの構築
      3)商業集積の拡大
      4)回遊性のあるまちづくり
      5)都心居住の促進
      6)商業者・市民意識の改革
      7)推進体制の確立
       緊急計画では、これらとは別に、緊急に行なう中心市街地活性化対策の基本方針として、次の5点を挙げている。
      1)継続的な活性化対策のための組織基盤づくり
      2)駅西口市街地再開発ビルの再生
      3)中心市街地に必要な機能の誘致及び拡充
      4)利便性向上に向けた交通対策等
      5)賑わいづくりのための対策
    ●基本計画の特徴
       中心市街地を以下の4つのエリアに分け、商業等の交流産業の活性化と市街地整備を一体的に進めていくこととしている。
       このうち、最も中心の「シティ・コア」は、名鉄・愛知環状鉄道の2駅と豊田大橋、豊田市スタジアムを結ぶ停車場線の沿道地域で、集客・商業・交流の高次都市機能を担う。これを、A交流産業集積エリア、B既存集積活用エリア、C居住促進エリアの順で、同心円的に取り巻くエリア設定としている。
       また、愛・地球博が開催される2005年に向けて重点的に取り組む重点事業として、以下の10の事業を挙げている。
      1)豊田市駅前通り地区市街地再開発事業
      2)集客拠点活性化プロモーション事業
      3)短距離交通(EVコミューター)システム事業
      4)豊田市駅前広場拡張事業
      5)停車場線拡幅整備事業
      6)豊田市中心市街地活性化推進条例の制定
      7)空き店舗活用事業
      8)水と緑の歩行者ネットワークの整備
      9)都市型民間住宅建設促進事業
      10)中心市街地活性化推進組織(TMO)の設立
(3)行政の取組み
    ●豊田市駅前通り南地区市街地再開発事業
       かつてアピタのあった土地を含む区域、約1.6haを対象に、中心市街地区域で4番目の市街地再開発事業に取り組んでいる。2000年に地権者等による「駅前通り南街区まちづくり協議会」が発足。翌年には準備組合に昇格。その後、トヨタ自動車鰍フ事業参画表明を受けて、都市計画決定、2003年3月には再開発組合の設立と進み、2003年度中の工事着手、万博が開催される2005年には一部商業棟のオープン、翌2006年の工事完了・事業清算をめざしている。
       施設建築物は、約140戸の住宅と商業・業務施設から成るE棟と、商業施設、業務施設・宿泊施設からなるW棟に分かれる。
       一時、トヨタ自動車鰍ェアミューズメント施設を出店という話もあったが、現在は業務系施設ということで落ち着いている。なお旧長崎屋のあった北地区の市街地再開発事業はまだ計画段階である。
    ●TMOの設立
       1994年に設立されたまちづくり会社「とよた商人梶vを母体に、豊田市からの出資拡充を行い、2001年に「豊田まちづくり梶vを設立。ここがTMOとして、駅西口再開発ビルの管理やチャレンジショップ事業などを展開。2003年度からは中心市街地内駐車場の3時間駐車無料サービスや新規に約500台収容の立体駐車場の建設などを行なっている。
(4)住民のまちづくりへのかかわり
     1997年度から、住民まちづくり活動支援事業による中心市街地内の住民活動支援を進めてきた。この年に中心市街地全体を対象としたまちづくり組織「下町ルネサンス研究会」が設置され、翌年には、具体の地区のまちづくり組織として、児ノ口まちづくり協議会と駅前通り地区まちづくり協議会が組織された。こうした活動が駅前通り南地区市街地再開発事業につながっている。

4.事例からみた教訓と今後の課題

    ●中核市にふさわしい都心像とは
       豊田市の中心市街地は、もともと市全体からみれば人口割合は少ない地区である。名鉄駅はあったものの、自動車交通が圧倒的に優先し、外延部に事業所が立地する都市構造であり、けっして経済的に有利な立地の地区ではなかった。
       しかし豊田市は、35万都市にふさわしい都市像として、商業・業務・文化等の機能を主とする新都心づくりを掲げ、豊富な財政力を生かして、3つの市街地再開発事業を実現させ、駐車場整備を進め、他の都市では見られないほど高密度な都市計画道路を実現させた。
       一方で住宅供給は再開発ビル内を除いては、特段の施策が講じられることもなく、民間のマンション建設活動に委ねられた。
       そごうやサティの撤退は、この地域の商業環境とは関係のない全国的な経済状況と企業活動の失敗がたまたまこの地域を襲ったという見方もできるが、同時に地区内の住宅は次第に駐車場等に変化し、空き地と衰退した商店ばかりという典型的な中心市街地の姿になりつつあった。
       しかし最近では、これら空き店舗の床も埋まってきており、さらには空き床に業務系企業も進出して、単に商業機能だけでなく業務機能も含めた中核市にふさわしい総合的な都心として充実・発展しつつある。大型店舗の撤退という危機に応えて集中的に取り組んだ豊田市の施策が功を奏し始めたのである。
      ところで、都市計画法に基づく用途地域制度は制度的には用途混合を許容しつつも、理念的には用途純化を目指し、その実現は経済活動に委ねている。その結果、経済的立地に優れた地区は用途純化が進み、劣った地区は取り残された。
       豊田市は、その豊富な財政力で、公共事業を強力に推し進めることにより、経済的環境を少しでも押し上げることに成功したとみていいだろう。
       もちろんそれだけではなく、粘り強い企業への誘致活動や地権者との交渉、市民との会話や住民活動への支援といった総合的な行政努力の結果であることを無視することは適当ではないが、強力な公共事業投資の成果の一事例として評価することは必要だろう。
    ●住民の声・力
       前述したように、豊田市ではその豊富な財政力をバックに、強力に公共事業を推し進めてきた。中心市街地のいくつかの事業だけでなく、隣接して立地する「豊田市美術館」や市制50周年記念事業の一環として建設されたサッカー場「豊田スタジアム」とそこに至る黒川紀章設計の「豊田大橋」など、大規模な公共施設整備を進めてきた。
       トヨタ自動車鰍ェバックに控えているとはいえ、結局ワールドカップを誘致できずに終わった豊田スタジアムの建設あたりから、こうした市の姿勢に対する批判が出始めている。最近では、東加茂・西加茂7町村との合併方針に対して住民意見がないがしろにされているという批判も出てきている。
       しかし実は豊田市は、愛知県内では、住民参加による地区計画や景観協定に関して先進的に取り組んできた市の一つでもある。中心市街地区域内においても、住民まちづくり活動支援事業により住民主体のまちづくり協議会を立ち上げ、住民自らの活性化を促しつつ、支援に努めてきた。
       まちの主役は住民・市民であり、事業者である。中心市街地の活性化を進めるにあたっても、行政は基本的に支援・サポートする側として、住民や事業者が自立的に経済活動や事業に取り組める環境づくり・舞台づくりを進めていく姿勢が重要だろう。

参考資料
1.豊田市、豊田市中心市街地活性化基本計画、2000.3
2.豊田市、経済情勢の変化に対応した中心市街地の商業等の活性化に関する計画(豊田市中心市街地緊急活性化計画)、2001.4、2002.3変更(追記)

児ノ口公園

 中心市街地区域東側の広幅員道路・豊田多治見線沿いに「児ノ口公園」がある。かつては普通の広場が広がる無味乾燥な公園だったが、10年ほど前から、公園内地下を流れる水路を地表に移し、ビオトープ公園として復元・再生を図ってきた。
 今では水路に沿って多種雑多な植物が生い茂り、地域住民の手で、植物や水田の管理が行なわれ、マンションや道路に挟まれた都心のオアシスとなっている。

豊田市美術館

 中心市街地区域に隣接する西側に立地。谷口吉生設計。第5回愛知まちなみ建築賞他、受賞。2階レベルに持ち上がった大池を前面に、格子状の軽快で上品なデザインを見せる。展示企画も近代・現代の意欲的な秀作を多く取り上げている。
■観覧料■ 常設展示・一般300円
■休館日■ 原則月曜日・年末年始
■交 通■ 名鉄豊田市駅又は愛知環状鉄道新豊田駅より徒歩12分
■電 話■ 0565-34-6610