子どもがいる町づくり







シンポジウム (2007. 3.17)

 「子どもがいる町」シンポジウムが開催された。プログラムは、基調講演として「子どもが元気になるまち育て」と題した幻燈会を、NPO法人まちの縁側育くみ隊の延藤安弘先生から。続くパネルディスカッションは、「住まい・まちづくりの視点から『子どもがいる町』を考える」をテーマに、コーディネータに名古屋大学の小松助教授を迎え、パネラーとして、延藤先生と、名古屋市西区庄内まちおこし隊の野澤 博さん、NPO法人こどもNPOの原 京子さん、春日井市石尾台地区コミュニティ推進協議会の吉田光雄さん、そして特別出演として、日進市じぇねぷろの平野くんという陣容で行われた。
 延藤先生の幻燈会は3部構成。まず初めは、Belongingというイギリスの絵本を題材に、子どもから大人への人の成長と、人との関わりの中で変化していくまちについて語り、いかにまちは人の成長にとって大事かということを教えてくれた。続く「まちのタンケン・ハッケン・ホットケン」と題する高知県香南市赤岡町での事例では、まちづくりに子どもが参加することでいかに豊かで楽しいまちづくりができるかを教えてくれた。最後はコーポラティブ住宅ユーコートの20年の軌跡が紹介され、子どもがまちとともに自然とともに育っていったその歴史、実例に圧倒された。そしてお約束の語呂合わせまとめでは、子どもの視点からの住まい・まち育ての条件として、いまいな開かれた住環境・コミュニティづくり−多様な出会いを通して子どもは身体・社会・精神的に発達すること、のち満ちる自然の育まれる共用空間づくり−わずらわしいことを楽しいことに変える、子どもの遊びに変える、センス・オブ・ワンダー(不思議さへの心を育てる)、がいのある個性的な内外空間を育む−均質さをこえる(路地など)かつての生活文化の豊かさ、不便さの中の豊かさ、が披露された。3つの頭文字をつなげると、あ・い・ち。「子どもの視点からのあいち方式の公的・民間・地域づくり」の共通原則がまとめられた。
 続くパネルディスカッションは、野澤さん、原さん、平野くん、そして吉田さんから、それぞれの地域での活動と、今年度の地域ワークショップでの成果が報告された。西区庄内地区については、既に「名古屋市西区 庄内まちおこし隊・オヤジクラブ」で報告したとおり。その後3回のワークショップを経て、地域ぐるみで取り組みたい活動アイデアがいくつも生まれ、地域の新たな活動の再スタートのいいきっかけになったと喜んでもらえた。続くじぇねぷろからは、15年に13名でスタートし、子どもの居場所づくりの活動が、空間としての居場所から機会・活動としての居場所づくりに広がり、それが中高生だけの手作りイベント「春彩(はるさい)」に結実していったことが報告された。子どもたちによるワークショップの様子は「こどもとまちづくり」でも報告したとおりだが、「子どもを信じて見守ってほしい」「子どもも市民の一人」「愛情もほどほどに」「他の子どもたちとネットワークすることでさらにスキルアップ」といったメッセージは心に訴えるものがある。そして最後の春日井市、吉田さんからの報告は、2回のワークショップを通じて、「ここを自分達の そして子ども達の故郷にしよう」として始まったさまざまなコミュニティ活動が再点検され、少子高齢化へ対応した活動へとバージョンアップしていこう。そのためにも多摩NTや千里NTとの連携を契機にしていきたいという方向性が示された。
 これらをまとめて、延藤先生から、危機感と夢の共有化、楽しい活動による創造力・持続力、子どもも住民も自らのうちからの力に気付くこと、そしてトラブルをエネルギーに変える(しくじりをリベンジする)といったキーワードが示された。もう一巡、それぞれのパネラーから感想が話された後、平野くんから今回のシンポジウム最大の問題提起がなされた。それは、「子どもの視点とみんな言うけれど、子どもも千差万別で一括りにはできない。それはただの少数意見じゃないだろうか。」というもので、これには会場に詰めかけた多くの大人が思わず声を詰まらせたはずだ。続いて述べた「おとうさんの居場所もないんじゃないか。」「子供会も子どもにやらせればいいんじゃないか。」といった意見も傾聴に値する。
 さて、「子どもの視点」発言に対して、延藤先生が次のようにまとめられた。子どもの視点とは、確かに少数意見かもしれないけれど、常識を越える発想ではないだろうか。子どもには大人のいさかいをなごませるパワーがある。「子どものため」は実は「大人のため」。子どもの視点とは、こうした子どものもつ特異なパワーの総称なんだろう、と。
 同時に開催されていたハウジング&リフォームあいち2007の準備と開催で疲労困憊だったため、開始当初は集中力も途切れがちだったけれど、最後は平野くんの発言を契機に、笑いと感動を呼ぶ素晴らしいシンポジウムになったと思う。みなさん、ありがとう。

子どもとまちづくり (2007. 1.28)

 今年度、愛知県で「子どものいる町づくり」のための調査を実施している。少子化時代において「子どもの声が聞こえるまちづくり」をいかに進めるか、という問題意識から、全国先進事例の収集から始まって、県内のいくつかの地域で住民等ともにワークショップを実施して生の声や提案を集めつつ、3月には事例集を中心とした提案書の作成やシンポジウムの開催を予定している。先に報告した「名古屋市西区 庄内まちおこし隊・オヤジクラブ」もその一環として、事前に活動を伺いに行ったときの記録だが(その後、地域の住民の方と一緒に、2回ほどワークショップを開催しました。)、今回は、日進市で中高生たちが中心となって活動するグループ「じぇねぷろ」と、彼らを支えるNPO法人「こどもNPO」、高浜市の中高生の居場所「バコハ」の運営グループ、名古屋YMCAグループ「Lumine」のメンバーに集まってもらい、中高生の立場から、地域との関わりや地域社会のあり方、地域における役割などを考えてもらった。
 今回集まった子どもたちは、いずれもそれぞれの地域で、バンド活動や交流ができる「子どもの居場所」を中心に、自分たちのための様々なイベントを主催したり、活動を展開している。実は昨年末に、「じぇねぷろ」を中心に日進市の中高生に集まってもらい、「子どもにとって大切なことって何?」というテーマでワークショップを実施した。その際にも、とても積極的な子どもたちの姿に驚いたが、今回も最初は戸惑っていた感じだったが、次第に活発に意見を述べ合うようになり、その積極的な姿勢に感心した。
 今回は、最初に、各グループの活動を振り返りつつ、「今後、どういう活動をやっていきたいか」といったテーマで様々な意見を出し合い、続いて「そうした活動を実現するために大人や地域社会に望むこと」というテーマで議論をした。後半で、「大人には何も期待しない!」という意見が飛び出し、少しびっくりした。丁寧に聞いてみると、「子どもたちの自主性を尊重してほしい」という趣旨だったが、全般的に、大人がよかれと思って準備したり、アドバイスしたりすることを過保護だと言い、失敗してもまかせてほしい、サポートは目立たず後方でといった声が多かった。
 今回、このワークショップの実施にあたっても、数人の大人がサポートしているし、彼らもそのことはもちろん承知しているが、その距離感はけっこう微妙である。基本的に子どもたちが主役となり、考え、決定していく。その中で、大人側の意向を伝え、子ども側も大人の都合にも配慮して物事を決めていく。そうしたお互い配慮し合う関係ができているようだ。しかし、一般的には、やはり大人が子どもの上に立ち、教えたり、導いたり、従わせたりといった関係が多いのだろう。前回は、子どもの権利条約がテーマの一つだったが、大人と子どもの関係というのは難しいなと思うし、最近の教育基本法を巡る議論の中でも、こうした子どものための環境と大人の役割にきちんと気を配った意見というのは少なかったのではないかと感じる。
 先日、ある大学の先生と話をしていて、「子どもという概念は、近年になって成立した概念だ。」という話になった。その時は、大学生の社会参加が話題の中心だったが、一体いつから子どもは大人になるのだろう。社会の一員として認められ、社会への関与と責任を負うようになったときからだろうか。それは年齢で決められるものではなく、きっと子どもは少しづつ大人になっていくのではないか。だとすれば、大人と子どもの移行期の存在である中高生を小さな大人として尊重し付き合うことが求められるだろう。尊重しつつ、応分の責任も問う。そうした関係の中でこそ、子どもは本当の大人に育つことができるのではないか。子どもとまちづくりの関係もそうした中で考えていきたい。