尾張一宮・三八屋 | ![]() |
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三八屋 |
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| 瀬戸に続いて、一宮市での会議にも参加。テーマは「まちの魅力づくりと住環境」。JR尾張一宮駅改札前に集合して、まずはぶらりと駅前通りを歩き始める。一宮の駅は、JR、名鉄とも、平成7年に高架化され1階部分コンコースが開通したが、駅舎は昭和26年建築当時のままで残っている(建て替えの要望もあるらしい)。駅前の通りは景観形成地区に指定され、道路空間の景観整備が進められている。また、景観に配慮した修景工事には200万円かつ1/2以下の補助もしているとのこと。 | ||
![]() ![]() 尾張一宮駅 / 駅前通り |
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| 駅前通りからふいと横丁に入る。結び小路と名付けられたコミュニティ(歩車共存)道路だ。車道が波状にくねって脇の歩行者用空間と色分けされている。でも通りに並ぶ店舗はシャッターが目立ち、落書きがされている。くねくねと歩き、本町アーケード街に出る。やはりシャッターが目立つ。アーケード自体は4〜5年ほど前にリニューアルしたという。交差点部分を覆うドームの縁には様々な星座の神々が描かれている。こうした事業費はどこから出るのだろう。ハード整備が先行して、市民(商店街)がそれを活用し切れていないように感じるのは間違いだろうか。 | ||
![]() ![]() ![]() 結び小路 |
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| アーケードを駅方面の南側へ戻る。アーケードを抜けた正面左に旧グランドタマコシの巨大な建物が立ちはだかる。黄色や青の派手な外観だが、グランドタマコシ倒産に伴い、平成16年9月末に閉店。今後は、商業・娯楽店舗と上層部がマンションの複合建築物として生まれ変わることになっているという。振り返ると、立派なアーケードの入り口の装飾の横で、廃墟のような建物が。こちらも最近閉店したらしい。 | ||
![]() ![]() 旧グランドタマコシ / 本町アーケード |
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広い道路の1本奥の通りに、三八屋はある。名前はもともとこの地で三八市が開かれていたことに由来する。元は天ぷら屋だったが、主人が亡くなり廃業されていたものを借り上げた。単なる空き店舗活用ではなく、様々な職種の人たちが時間シェアをしていることが面白い。主宰者の星野さんが末尾に3と8の付く日に喫茶店を開店し、コーヒーを380円で飲むことができる。オープンは平成13年3月8日、午後3時から8時までの開店時間など、3と8に徹底的にこだわる。0の付く日は零点という名の居酒屋になる。6の付く日は「かじか屋」という名の古布衣料と雑貨。その他、地ビールを提供する「び屋」、皮細工の「五二四」、古材家具の「土屋」、和菓子・抹茶と雑貨の「十五屋」など、個性的な店舗が時を隔てて開店する。「月に数日しかできない、月に数日だからできる、ヒト・コト」をキーワードに、インキュベート機能を果たしている。 さらに南に足を伸ばすと、一宮迎陽館。昭和5年創業の格式高い料亭が改築され、和風ショッピングモールとして平成16年4月にオープン。カフェレストラン、焼肉屋、ラーメン屋などの飲食店、服飾・ブティック、雑貨屋、リラクゼーション、ギャラリー、ネイルアート。2階はBOXショップとして3ヶ月単位でリースをする「まんだら」がインキュベート・センターとなっている。2階・3階へ直接アプローチできるよう、赤く塗られた階段が設けられている。3階部分はいまだ工事中。案内看板に「こんなお店を募集しています」として、カレー屋、手打ちうどん、洋菓子、エステ、バー、天ぷら屋など様々な店舗が記載してあるのが面白い。来た店拒まずではなく、コンセプトにあった店を入店させるという意図か。この図を見る限り、まだまだ計画の半分にも至っていない。通りを隔てた区画も同じ迎陽館で、その間にはなぜか屋根が架かっている。道路上占有物で通常は許可が出ないはずだが、戦前に皇族を迎えるにあたって築造されたものが今に残っているとのこと。この一宮迎陽館は、夢街クリエイト(株)という民間会社が、所有者から建物を借り上げコーディネートしている。 |
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一宮迎陽館 ![]() ![]() |
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なかなか元気な建物もあると気持ちを奮い立て、来た道をもう一度本町アーケードへ戻る。せっかくのアーケードがもったいないほどの閑散さ。閉まったシャッターが続く。アーケードだから余計に閑散と感じるのか。中に所々建て替えたり改修したばかりの店舗も見える。交差点の一角にある中古パソコンショップは、昨年度、商工会議所が空き店舗を活用し、一宮商業高校と連携して出店したもの。今年度は商工会議所の支援はなく、自主運営でやっているらしい。一商国際交流プラザというお店もある。こちらはホームページによれば、愛・地球博フレンドシップ事業の一環として、一宮市の相手国であるキリバス、ベナン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ニュージーランドの各国の紹介やスリランカの物品の販売などを実施しているとのこと。いくつかのNPO団体の名前も書かれていた。 しばらく歩くと、右手に可愛らしい店舗が。おもちゃ屋さんかと思ったらなんと幼稚園。一店置いた隣には、店舗が撤去され園地になっていた。うーん、なんかすごい。 |
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![]() ![]() ![]() 本町アーケード |
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![]() ![]() ![]() ![]() 一商ショップ / 一商国際交流プラザ / 一宮市役所西庁舎(元UFJ銀行) |
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![]() ![]() ![]() 幼稚園 |
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ここまで見学をしてきて、一旦解散、食事の後で、地域会議が開催された。 夜の地域会議は、三八屋の星野さん、津島天王塾の黒田さんからそれぞれ話を聞き、みんなでディスカッションをした。星野さんの早口の話はとても興味深い。早すぎて記録が追いついていかない部分もあったが、ざっと次のような内容。 そもそも一宮市のまちづくりに関わりを持ちたいと、15年ほど前からNiftyのHP(ホームパーティ)やパティオなどを開設し仲間を探したという。そして七夕まつりに合わせて、どすこい祭りの開催。「どすこい」というのは神社横の大宮公園にある土俵をステージに見立てて様々なイベントをやるもの。そして三八屋での試み。これを星野さんは「まちづくりの実験」という言い方をした。前述したように、まちを時間でシェアするという試みはかなりの可能性を示せたのではないか。 ここで一宮市を振り返る。ハブタウン。連結するけど何も残らない街。水・人・資本に恵まれ、護送船団方式による繊維の街。しかしそれも凋落。名古屋から10分以内、一宮ICから5分。かつての名鉄百貨店はマンションに生まれ変わり、最近は小学校の生徒も増加傾向という。それでもかつては朝早くからやってきた買付け客は今はなく、空き家・空き店舗とシャッターが並ぶ。まちなかに残る最後のノコギリ屋根の繊維工場は取り壊し前に見学会を催した。フツーのまちで何も持たない市民が雑多な活動を展開する「志民」。文句ばかりを言って何もしない「私民」でなく、カヤの外で知らないふりをし続ける「死民」でもなく、自己責任で地域へ積極的に働きかけ、自ら汗もかくココロザシある「志民」。中京女子大の谷岡学長の言葉だそうだが、それをもらって「志民連いちのみや」を結成。この組織で、星野さん達の活動はさらにパワーアップする。 2001年6月3日を第1回に始めた、杜の宮市は真清田神社と宮前三八市広場などを会場にした一大おまつりイベントだ。100を越すギャラリー&マーケット、5ステージで繰り広げられる生音ライブ、尾張メイドたらふくでは市内の飲食店がオリジナル飲食を提供する。そのほか市民活動発表などもあって、1日に2万人近くの人が集う。130万人が集まる七夕まつりには、同時並行で「ラブたな」を開催。どすこいライブを始め、七夕まつりの会場周辺で、自前のまつりを展開する。また秋には「今・店舗・ラリー」(コンテンポラリー)と題して空き店舗を借り上げたイベントを開催。でも1年1回1万人より、1年10回1000人をめざしたい。ハレよりケをめさ゜したい。ドコデモ・ダレデモなまちをめざしたい。志民の力で、とどこまでも前向きだ。 後半の津島天王塾の黒田さんの話は、まず天王文化塾の活動の紹介から始まる。津島の町並みやまちづくり活動は、「津島 お茶室ロードと天王文化塾」として紹介してきたので割愛。最近はますます幅広く展開されていることに感心するとともに、津島の場合は行政とうまく連携をとって活動が行われていることを評価したい。昨年12月にはNPO法人まちづくり津島も設立されたとのことで、今後がさらに楽しみだ。 意見交換の中で私が感じ、また話したことは2点。一宮市の中心市街地は30万近い都市の中心であり、かつての繊維活況を経験してきただけに、市民活動で埋めるにはガラが大きすぎる。この大きなドンガラの中で遊ぼう、というのが志民連の一連の活動だと思うが、もっともっと遊ばなくては足らない。思うに、中心市街地活性化とは、特に都市計画サイドとして考えるべき中心市街地活性化の意味は、この今は遊んでいる都市の施設を使い切ることではないか。街並みはみんなの財産。空き店舗と言えどみんなのもの。それをみんなで使い切る仕組みを作っていきたい。その点で、時間をシェアして使い切るという三八屋の取り組みは面白い。一人では、またずうっとは難しくても、みんなで時間をシェアすれば可能になる。空き店舗を志民に開放する仕組みを考えたい。例えば、空き店舗税なんてことも考えられる。瀬戸で感じたような商店街の業態の変化と一方で新しい使い方があるのなら、それをコーディネートすることがTMOの役割であり、それはTMOに限らず、行政でもNPOでもかまわない。「協働」した方が役に立つなら「協働すべし」。その時、求められる行政の役割は、中心市街地の新しい役割、新しい業態に対応した明確なイメージを持つことだろう。活動はNPOでもいい。行政には、そういう方向性をきちんと打ち出し、必要に応じて支援を行う、ということが必要ではないだろうか。 |
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