どんぶりの里・駄知(2004.1.25) | ![]() |
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どんぶり会館 |
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![]() ![]() 土岐市立陶磁器試験場・セラテクノ土岐 / 朝市 |
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続いて、東産工業所・東峰窯さんの工場を見学。ここはいち早くオールコンピューター制御の焼成窯を導入し、多品種の食器製造を行っています。デザイン室なども見せてもらいましたが、たち吉などの有名ブランドの下請け製造を行いつつ、最近は若いデザイナーを雇いオリジナルブランドの開発に取り組む窯元も増えているとのことでした。
その次に向かったのは印判館。印判とは、食器の装飾に用いる絵付け用の版のことで、当初の描き絵から摺り絵、銅版と変わっていくそれぞれの時代の絵皿などが狭い部屋に一面展示されています。呉須をかけた青絵のものが大半ですが、中には赤や金のカラフルなものもあり楽しい。ご主人は伝統工芸士の作陶家で、本業のギャラリーにも楽しい作品が多くありました。説明をしていただいた奥さんは、駄知の窯元のおかみさん会のリーダーとしてがんばっているそうです。 |
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![]() ![]() 印判館 / すりばち館 |
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その隣にあるのがすりばち館。こちらもすりばち製造全国シェア60%という南楽窯マルホンさんが開設する私設博物館。かつて工場として利用していた木造の建物2棟を利用し、種々のすりばちやすりばち作製のための道具などが展示されています。またかつての窯がそのまま展示されているほか、昭和初期を模したコーナーや陶器製おひなさま、またピアノが置かれ、時にはホールとしても利用されているようです。レンガ造の煙突も懐かしい。
ちょうど訪ねた当日が、多治見市、瑞浪市、笠原町との3市1町による合併の住民投票日。結果は反対が過半数を上回ったようです。土岐自体が集落が点在している上に、さらに合併では無理が多いなと思っていましたが、駄知の人たちはどう受け止めたのでしょうか。自宅から近いこともあり、次回はどんぶりまつりの時にでも再訪したいと思います。こちらのホールで食事をしつつ、駄知のまちづくり委員会の方と懇談。駄知では、5年ほど前から「駄知どんぶりまつり」を開催していますが、イマイチ閉塞感もあり、18年近くもやきもの散歩道フェスティバルを開催し続けている常滑から学びたい、というのがお誘いの趣旨だったようです。もっとも常滑が万々歳で進んでいるわけでもなく、お互いの現状報告などをして交流をしました。今回、お誘いいただいた駄知まちづくり委員会は、駄知で窯元を営む事業者を中心に、市会議員なども参加して組織され、勉強会などを繰り返しているようです。また窯元の有志10社で窯屋ネットという組織もつくられている他、おかみさん会も活発なようで、窯元がこれだけ熱心に産業振興について考え活動されている点は、常滑も見習うことが多いと感じました。ただ、まちづくり委員会の勉強の目的として「産業観光」が置かれ、どんぶりまつりもその一環という感じでしたが、逆に一般市民への浸透・参加が不十分な印象を持ちました。 土岐市は人口6万強の街ですが、市内には今回行った駄知(どんぶり)のほか、徳利の下石(おろし)、皿の肥田などいくつもの生産地が点在しています。駄知はそれらの中でも比較的大きい街で、山間の盆地ではありますが、人口がかつては13,000人、いまでも10,000人近くの人が住みます。かつては陶磁器業界の資金力で駄知鉄道という私鉄が敷設され、東濃航空という軍需産業工場もあり、相当に盛んだったとのことです。今でも生産力は常滑の比でなく、美濃焼全体の工業出荷量は重量にして全国シェアの6割、金額にして5割近くにもなるそうで、そうした背景でのどんぶり会館でありどんぶりまつりではあるのですが、問屋まかせの販売に安住するうちにいつしか注文が減り、今になって技術力・生産力を軸に経済の再生・活性化に目覚めたということでしょうか。つまり「まちづくり」=「かねもうけ」。仕方ないし羨ましい面もありますが、時代の流れに乗っていくのはなかなかむつかしいようです。 |
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