富岡地区
点検ウォーク

(2003.2.15)

 富岡営農センターからスタート。ここで地区内の農家で取れた野菜などを直売する「とりたていちば」が4月から12月の水・土・日祭日に開かれています。また駐車場には「住んでよかった富岡に」の大きな看板。地域のみんなでつくりました。
 昨年の12月にはこのセンターで、青年会の主催で「富岡のお宝展」が開催されました。棒の手の衣装や幔幕、数々の写真などが展示され、地域の歴史を再認識しました。
 富岡地区は、林間、越田和、豊岡の3つの字が集まって構成された地区です。3つに分かれてはいますが、仲が良く、足助八幡宮のお祭りには、お揃いの「豊林越」の名が入った法被を羽織り、火縄銃を奉納します。
 まず最初に林間地内へ入っていきます。
 林間の集落に入ってまず驚かされるのが、立派な石垣。またその前には明るい段々の田んぼが周囲を林に囲まれ、静かに広がっています。
 林間地区の中心は蛇口成瀬神社。石碑によると、林間村8戸の村社であった成瀬神社と深折村2戸の村社であった蛇口神社が、両村の合併により大正2年に合祀され、現在の蛇口成瀬神社になったとのこと。成瀬神社は香積寺の開祖、成瀬良基、基久らを祀り、基久公は犬山城主祖とのこと。国宝犬山城の所有者成瀬家の祖先は足助にあったという発見。社殿は伊勢神宮の古材を利用。また良基公が恩子誕生の際使ったという井戸もある。 林間は上林間と下林間に分かれる。この間をつなぐ道をつくって、万一の時、2方向へ避難できるようにしようという構想がある。この日はその山道を越える。よく手入れされていた。
 国道153号線に出た向かい側の林が、昭和初期まで利用されていた養蚕施設跡。氷室の基礎などが今も残っている。 下林間にあるのが如来寺。お堂の下には堂内めぐりの迷路があるとのこと。隣に住職の住まいがあるが、今は住む人もなく、かなり朽ち始めていた。
 国道153号線はこのあたりで右に左に大きくカーブを描き、時々大型車両の横転事故もある危険箇所。危険を知らせる電光掲示板も設置されているが、越田和の集落へは、ヘアピンカーブ頂点のガードレールの切れ目を渡る。スリルがあってけっこう楽しい、いや危険。 越田和の集落は、数年前に地区内を通過する立派な町道ができて便利になった。しかしこの道路に面して空き家が3軒。うち2軒は車も通れず不便だった頃に、国道に近い土地へ家を建てた。うまく活用できるといいんだけど。
10 越田和の氏神は津島神社。下に立派な地蔵堂と石碑が並び、山道を登った先に新しい建物で囲われた昔ながらの祠がある。11 越田和から山を越えて豊岡に出る。途中の字、渡合では広大な洞を国道バイパスのトンネル工事で出る残土で埋め立てている。かつては静かで明るい田園風景だっただろうが、人も住んでいない奥地ではやむをえないか。地蔵がぽつんと祀られていた。
12 山を越えると白山地区に出る。県道と平行してしばらく歩くと豊岡地区。旧道脇に熊野神社跡があるというので上っていった。今はただの竹林。豊岡地区もかつて2つの部落に分かれ、それぞれ熊野神社と鳴天神社を祀っていたが、大正12年両村の合併に伴い、ちょうど境の位置に豊岡神社をつくり合祀したとのこと。熊野神社からは山伝いに石垣や神社の建物を移設したといわれる。13 豊岡神社へ上る参道は平成10年に地域の有志がお金を出し合ってつくったもの。急な坂を上ると息が切れる。社殿脇には棒の手「起倒流中興の祖林重幸の碑」がある。現在の豊田市、松平村岡野某他4名から河合某6名に伝授された旨書かれている。しかし残念ながら事故があってだいぶ前から棒の手はやられなくなっていたところを、昨年から豊岡地区の青年会が中心となって、起倒流の復活を発意。年配者に教えを請うている。披露のときが楽しみだ。
14 豊岡神社から眺める山は秋にはモミジでとてもきれいだ。国道筋には地域づくり活動で育てた水仙とアジサイ畑がある。15 合併したはずの鳴天神社は復興され、年に1回、お祭りが行なわれている。国道脇の大きな土留め壁の上。
16 国道を渡った先に小高い丘がある。原田の殿様がいたという安城(あじろ)城の跡だ。城跡は今は畑となり、その上に、かつて原田家の家来だったというYさんが建立した立派なお墓がある。風化したかつての石碑も並んでいる。17 その横にあるのが徳用寺。山門のある参道がきれい。最近、住職が通いで来るようになり、軒や柱を塗り替えきれいになった。
18 原田家の2代目・3代目のお墓がある墓地を抜けると天ノ屋敷と呼ばれる原っぱ。ここを会場に、毎年10月に豊岡フェスティバルが開催される。火縄銃が打たれ、屋台も並び地区民で賑わう。19 天ノ屋敷から西に広がる田畑は耕地整理でつくられたもの。その脇に石と潅木に囲われて、ひっそりお稲荷さんが祀ってあった。
20 ぐるっと廻って約3時間。わずか50世帯弱の地域だけれど、びっくりするほど多くの史跡や歴史が埋まっている。こうした宝物を掘り出し、次代につなげていけるといいな。
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