足 助 のまちづくり 2






 集会所から始まるまちづくり (2004.3.30)
 シャングリラ足助2004 地域づくり計画を発表 (2004.2.1)
 地域づくり計画の策定 2 (2003.6.26)
 地域づくり計画の策定 (2003.2.18)
 シャングリラ計画/中馬のおひなさん/2戸2戸(にこにこ)作戦 (2002.2.10〜11)

 集会所から始まるまちづくり (2004.3.30)

 本町公民館が完成し、今日、地域の方たちが集まって完成式が催された。妻入り白壁造りの外観は前のままだが、今回新たに建て直したもの。できたら修繕や増改築で使いやすくしたいという希望もあったようだが、法規的な問題もあり、基本的には全面建て替えとなった。それでも旧来使われていた石材は極力再利用されているし、梁も一部小屋組みに残した。設計者によれば思った以上に材が老朽していたことと間取りの違い等により、最低限とせざるを得なかったとのこと。
 それでも西側に通り庭をとり、東側に各部屋を連ねる形式は町家の形で、通り庭の奥には公衆トイレと倉庫があり、さらに石段を上ると奥の路地に出る。2階の和室ではお祭りの練習などが行われる予定で、小屋組みがあらわしになっている。もっとも梁下や長押上の小壁に照明器具を取り付けるのは相当に苦労したようだ。

外観 / 通り庭 / 2階小屋組
 ちなみにこの公民館は国土交通省の街なみ環境整備事業の補助を利用して建設がされた。同様の補助を利用して、これまで本町、西町の郷倉の修景をしてきたことは「足助のまちづくり 1」でも報告したとおりだが、最終年度となる平成15年度には、本町公民館に加え、旧渡辺医院を買収し、繰越事業で整備を予定している。

旧渡辺医院 / 御内集会所と旧御内小学校
 ところで足助町では各集落ごとに地域づくり計画が策定されてきたことは今まで報告したとおりだが、住民たちが集まる基盤として各集落ごとに集会所を整備してきている。今年度はこの本町公民館と併せて、御内(みうち)と新盛で集会所が建設された。先日見てきた御内の集会所は木造平家の建物で隣接して木組み屋根の活動・作業スペースが併設されている。隣には旧・御内小学校の木造校舎が並び、懐かしい雰囲気を醸している。ちなみにこちらの建物では木工アトリエが今後本格的に活動していく予定だ。
 また新盛集会所は、三州足助屋敷など足助のまちづくりをリードし、観光カリスマにも選定された小澤庄一氏の地元であり、小澤氏が中心となって、都市から農作業を楽しむ若者を受け入れ、都市農村交流拠点としての役割を担う施設として建設されている。ちなみに、御内集会所は林野庁むらづくり維新森林山村都市共生事業補助、新盛集会所は県の山間地営農等振興事業補助を利用している。
 また、昨年度始めに見学に行った大多賀地区集会所は、農水省の中山間地域農村活性化総合整備事業補助を活用していたし、その他にも各種様々な補助制度を利用して、椿立、大河原、怒田沢、綾渡、五反田、大井・・・・と、毎年2〜3地区で集会所を整備してきた。こうした場所があるからこそ、地域活動(いわゆる寄り合い)が活発に行われているとも言える。

 シャングリラ足助2004 地域づくり計画を発表 (2004.2.1)

 毎年2月に恒例の「シャングリラ足助」が今年も開催されました。今年のメインテーマは「地域づくり計画」。一昨年から各地区で進められてきた、地域住民による地域づくり計画が昨年の秋には全て町長に報告され、今回、その中の怒田沢、四ツ松、本町の計画が住民等によって発表され、またロビーには全74計画のパネルが披露されました。
 当日は、足助高校生徒らによる「足助のうた」の合唱等に引き続き、地域づくり激励賞6点の表彰が行われました。今年の表彰者は、棒の手の保存と技術指導に尽力された「鈴木太郎さん」「鈴木真澄さん」、菜の花畑の音楽祭など魅力ある活動を続けている「則定地域ゆめ推進委員会」、定住対策等に地域一体となって取り組む「冷田学区総合対策委員会」、愛知の百名山の一つ黍生山の整備と交流を実施している「黍生山を愛する会」、地域の高齢者支援を旗印に若々しい活動を続ける「うつぎの会」、同じく高齢者の生きがいづくりに取り組む「すりほつの会」の6組。全てを承知はしていないですが、いずれも住民発の活動として熱心に取り組まれています。
 続いて、「シャングリラ学園」というタイトルで、職員、女子高校生らによる劇仕立ての町の施策実施状況報告があり、地域づくり計画の発表が行われました。実は私も「シャングリラ学園」の中で、1生徒に扮し、定住関係の発表をしましたが、一人だけやけにひねた高校生だったかと反省しています。地域づくり計画の発表では、本町地区が小学生を動員して大変楽しい発表でした。またロビーに展示された計画を見ると、実に様々な内容にあふれており、しかもそれらのいくつかは既に実践が始まっていることに気付きます。例えば、前回「地域づくり計画の策定2」などで報告した新盛地域でも、各集落ウォークのほかに、「住んで良かった 富岡に! 豊林越のネタ帳 ほーだね」が発行され、久木地区では地域の子供やお年寄りを呼んでの芋煮会が開かれ、また「久木の歴史」の冊子がまとめられました。
 しばしの休憩の後は、まちづくりディスカッションとして、四日市大学総合政策学部の今川晃教授の「都市内分権と自治」と題する講演、新たな総合計画づくりをめざすまちづくり委員会からの検討状況の報告、そして今川氏、まちづくり委員等によるパネルディスカッションが行われました。足助町は既に来年の4月をめざして、豊田市を含む7市町村での合併を表明しています。厳しい財政状況と合併により、行政サービスは従来よりも低下せざるを得ないことを踏まえ、住民自治力の重要性などが強調され、住民・NPO・行政の役割分担、世帯・地域・市というエリアに応じた機能と役割などが議論の俎上に上りました。地域づくり計画は合併に向けた施策だったとも言えるわけで、最後に町長から、各地域代表の方に地域づくり交付金(10,000〜17,000千円)が授与され、全員で「世界にひとつだけの花」を合唱してフィナーレを迎えました。足助町という自治体がなくなった後も、「世界にひとつだけの花」を咲かせ続けることができるのか。サイは町から住民に投げ出されようとしています。


 地域づくり計画の策定 2 (2003.6.26)

 地域づくり計画も地域によって進行度合に差はありますが、着々と進んできています。私も参加している新盛地域では、各集落ごとの集落計画づくりは概ね完了し、新盛地域(旧小学校区毎15地域のうちの一つ)全体の地域づくり計画の策定へと進んできました。
 地域毎にこの計画の作り方も違いがありますが、新盛地域では町が派遣支援をしているコンサルタント氏にとりまとめを全面的に依頼しました。6月4日に各集落毎5名の地域づくり推進委員等の集まりがあり、各集落毎の計画発表と、他の集落計画を聞いて、そこから地域計画に位置付けたいプロジェクトを出し合うワークショップを実施。各集落毎の共通の課題や特徴的な取り組みなどをまとめ、相互理解を深めました。
 また、先回富岡ウォークを開催した富岡地区では、当日のアンケートなども踏まえ、「住んで良かった富岡に!!」をテーマに、(1)営農センターを活かして、地域を盛り上げよう!(2)自然を活かし、自然と遊ぼう!(3)歴史と文化を次代につなげよう!(4)安心で快適な地域にしよう!の4つの方針の下、山の自然を活かした遊歩道整備や棒の手同好会への支援、富岡お宝展、富岡ウォークなどの継続開催などの具体的なプロジェクトをまとめました。 また先日の委員会では、営農センターの利用促進と地域の活性化を図るため、3月に1回の集落新聞の発行を決めるなど、計画の着実な推進と管理に向け、住民が自主的・自発的に取組む姿に感動すら覚えました。
 15日にはもう一つの集落、久木地区で地域を歩くウォークが開かれました。
 こちらの集落では、「今に生きる久木の人々・・・21世紀の森を核として」をキャッチフレーズに、(1)ホタルの飛ぶ里の再現、(2)アジサイ街道・やまぼうしのある里づくり、(3)水の豊かさを活かし、水車を復元、(4)久木の歴史と文化を伝える史跡巡りウォークの開催、(5)お年寄りを先生に、久木の衣食住文化を伝える、などの取り組みを決定。それぞれ担当者も決めてさっそく取組みがスタートしました。
 その最初の取組みが今回の久木ウォーク。ただ歩くだけでなく、所々に付けられた樹木札の名前を書き写すオリエンテーリングや万歩計を付けて全部で何歩歩いたかを当てるイベントなども折り込み、老若男女総勢60名余が参加して楽しく行われました。

 地域づくり計画の策定 (2003.2.18)

 足助町では今年度から、町内の全集落で、住民参加による地域計画づくりが進められています。住民参加の地域計画づくりというのは全国的にもいくつかの市町村で行なわれていますが、全集落(86集落)というのは初めてではないでしょうか。また計画づくりのコーディネーターはコンサルタントに委託することが多いですが、足助町の場合は全く手作り、住民と町職員だけの力で進められています。結果、あまり住民の協力が得られず、ほとんど進んでいない地区もあれば、住民だけでぐんぐんと進めている地区もあります。
 どうしてこんな無謀なことができるかといえば、平成8年に策定した足助町総合計画「シャングリラ計画」に基づいて、地域ごとに担当職員を定め、若手住民から選ばれた地域づくり推進委員とともに、様々な地域イベントや活動を行なってきたことが素地としてあります。こうした活動の例として、毎年春に開催される則定地域の「菜の花畑の音楽祭」や大蔵地域の「ビックラスポーツ大会」、御蔵地域の「やまぼうしの里づくり」などがあります。
 今回町が全集落での地域計画づくりを始めたのは、こうした経過の上で、総合計画の見直しが平成17年と近づいてきたこと、そして市町村合併構想が動きつつある中、合併後も足腰の強い地域を維持していくための基礎となる計画を整備しておきたい、という理由からです。
 私も新盛地域で住民とともに、右往左往してきましたが、先日は、富岡地区で地域点検のためのウォークが行なわれたので、一緒に歩いてきました。なお、富岡地区全住民を対象にした富岡ウォークは3月23日(日)に開かれる予定です。
● 富岡地区点検ウォーク (2003.2.15) ●


 シャングリラ計画/中馬のおひなさん/2戸2戸(にこにこ)作戦 (2002. 2.10〜11)

 またまた足助町へ行って来ました。足助町総合計画推進状況発表会「シャングリラ足助2002」東海地区HOPE計画推進大会に出席するため。
 足助町では平成8年度に総合計画「足助シャングリラ計画」を策定、また平成10年には足助町住宅マスタープランを策定し、「山里あすけのふるさとづくり」をキャッチフレーズに定住促進施策等を進めています。東海地区の市町村で順次開催しているHOPE計画推進大会と合わせて、おおぜいの町民の参加の下、このイベントが開催されました。時にちょうど前日の2月9日から、足助の町並みに面した家々が今まで屋内に飾ってあったひなかざりを沿道に面して展示する「中馬のおひなさん」が開催されています。観光客も多く訪れる中、町民参加の楽しいイベントが繰り広げられました。
 プログラムは、会場全員合唱のオープニングに始まって、地域づくり激励賞表彰と町文化財指定の報告。いずれも町長自らが表彰者と直に言葉を交わし、アットホームな雰囲気を醸します。続いて、シャングリラ劇場。これは町職員が殿様やお姫様等に扮して足助の地域づくりを紹介するもので、忍者のビデオレポートや子供たちのお芝居もあり、とても楽しいものです。足助町職員になるには一芸がなければいけないのか!?
 お昼には全国足並み会(市町村名に「足」が付く自治体で結成)の縁で北海道足寄町から取り寄せた鹿肉を使った「もみじシチュー」を賞味し、あすけんぼうを頬ばる。午後からは、ソプラノ歌手、下垣真希さんの講演と定住トピックスとして「2戸2戸(にこにこ)作戦」の発表、山里おしゃべりサロンと題するシンポジウムなどが開かれ、最後にふるさとを唄う大合唱でお開き。真面目な中にも楽しくリラックスした足助ならではのイベントでした。
 「2戸2戸(にこにこ)作戦」とは、山里の魅力と地域の人々のふれあいを大切にし田舎に暮らしたいと考えている人を小さな集落に2戸程度づつ受け入れようという、足助町ならではの定住施策。そのモデルとなるのが、高嶺下地区で進められているファームビレッジ構想です。山里おしゃべりサロンでは、その高嶺下住宅に入居を予定している荒井さん、平成13年度から始められた山里の仲間づくり事業(新規入居者に50万円を支給)第1号認定者の杉本さん、平成5年に名古屋からやってきた建築士の島さん、高嶺下地区プロジェクトで地元側の組織「埜快」の会長を努める梶さんの各パネラーに、日本福祉大学の佐々木葉さんの司会で、具体的な入居者の思いや入居にあたっての苦労話、受け入れ側の思いなどが語られました。杉本さんとはその後個人的に話をする機会があったのですが、通学に片道1時間かかる環境を肯定的に受け入れ、また地域の人々との交流を暖かく話される姿はとても印象的でした。午前中に発表された子供たちの伸び伸びした姿といい、子供のぜんそくが治ったと笑う杉本さんの話といい、子供の成長にとってもすばらしい環境であることに気付かされます。ちなみに、今開催中のオリンピック、ショートトラックスケート悲劇の失格、寺尾悟さんもこの町の出身です。
 佐々木さんが言われた「足助は都市的な心を持った山里の町」という表現はまさに至言で、中馬街道の要衝として都市的文化と精神が受け継がれてきた町であり、だからこそ良質なコミュニティと外来者に対するもてなしの心が根付いてきたと言えます。しかも名古屋や豊田まで1時間通勤圏という立地条件。「都市に住む田舎者はいらない。都市的精神を持つ人を迎えたい」という精神は足助自立の気概と方向を示しています。今後日本全体が人口減少に向かう時代、闇雲に人口増をめざすのでなく、地域の自立とコミュニティの両立の中で選択的に定住を進める足助の取り組みは、時代の先を行っているのかもしれません。
いくつかの建物が修景されきれいになっていました。町並保存活動や修景補助制度の成果もあるのでしょうが、「中馬のおひなさま」開催により今年度は5万人の来客を期待するという。それだけの観光客が町並みを歩くことが修景や町並み整備の大きな動機付けになっているように感じました。経済的効果というよりは、住民の愛着心に訴える効果だと思います。規制よりも誘導による効果がいかに絶大かを示していると言えるでしょう。
 翌日は、足助町が平成3年度から事業着手し分譲を行ったおおくら台、木材をふんだんに使って建設した萩野小学校農林家婦人活動促進センター−Joyful Center Hagino、高嶺下地区でモデル的に建設された高嶺下町職員住宅を回って、おひなさまが飾られる町並みを歩き、足助を全国的に有名にした動態博物館三州足助屋敷内に最近整備された豆腐料理「薫楓亭」で昼食を取って帰ってきました。
 行く度に新たな発見がある、したたかな山里あすけの底力を実感した2日間でした。

萩野小学校 / 農林家婦人活動促進センター−Joyful Center Hagino
おおくら台

高嶺下地区の斜面住宅予定地 / 高嶺下町職員住宅
年々拡充していく足助屋敷の各施設

薫楓亭 / 萬々館
土蔵工人館
和傘づくり茅葺きの屋敷
紙すきの工房でできた紙を使って和傘を作る。月に二人で15本位を作るが、やはりそれでは商売にはならない。

(参考)
 「足助町の住まいづくり」
 「足助のまちづくり 1」 (1997年以前の状況)