住民とともにある公共事業
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愛知県建設技術協会「愛建賞」応募論文より -2005.1.29-
1 公共事業を評価すること 2 足助の経験 3 住民参加は地域意識の醸成から |
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1 公共事業を評価すること
愛知県でも、県民の視点に立った成果重視の県政への転換、効率的で質の高い県政の実現及び県民に対する説明責任を全うすることを目的として、数年前から行政評価制度が始められている。公共事業評価は、施策評価(同じ目的で括った施策単位で目標値の達成度を評価)、行政活動評価(事務事業について必要性・有効性・効率性の観点から評価)と並んで位置付けられている。これらは目的の達成度等を評価するものだが、その前段階として「目標及び目標値の適切性」が気になる。公共事業について言えば、道路や河川、住宅などの事業毎に、事業特性に応じた効果や路線毎の目的が掲げられるが、その目的や効果をその時点で設定することの妥当性を判断する仕組みがない。 単独事業や事業種別間を超えた事前評価こそがその仕組みと言える。しかし、万人が納得する仕組みの開発は困難である。いやそれ以前に、数値化した途端、説明性はあっても現実性(リアリティ)のないものに変質してしまう。住民参加という仕組みは、なぜその事業を行うのか、という点において説得力が高い。 |
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2 足助の経験
私は昨年度までの2年間、足助町派遣となり、住民参加による地域計画づくりに町職員と一緒に経験する機会を得た。住民参加型の地域計画づくりは全国的にも事例はあるが、コンサルタントに委託することなく、全て住民と町職員の力だけで進められることは珍しい。これを可能とした下地としては、平成8年から導入した地域担当職員制度がある。全ての町職員が担当地域を持ち、地域の推進委員とともに、様々な地域イベントや活動を行なってきた。今回、こうした素地の上に、総合計画の見直しや市町村合併構想に対応した足腰の強い地域づくりをめざしたものである。 私が担当した集落では、地域づくり推進委員と地区役員に町職員が加わり、まずは「集落のよいところ・好きなところ探し」から始めた。委員らが思いつく事柄を模造紙に書き留めるKJ法方式で実施。続いて「集落の問題点・改善したいところ」というテーマで同様な作業を実施。また、これらの前後に、全住民に参加を呼びかけ、地域点検のためのウォークも行なった。 当日は、老人会が柏餅を用意するなどの楽しみも折り込みつつ、住民アンケートを実施して意見を聞いた。こうした作業をまとめて、地域づくりの方針を決定し、最後に具体的な施策の知恵を出し合って集落計画として取りまとめた。 例えば富岡地区では、「住んで良かった富岡に!!」をテーマに、「営農センターを活かして地域を盛り上げよう!」など4つの方針の下、山の自然を活かした遊歩道整備や棒の手同好会への支援、富岡お宝展や富岡ウォークの開催、定期的な集落新聞の発行などが盛り込まれた。 ここで特徴的なのは、当初恐れていたような公共事業陳情型計画に陥ることなく、住民の自主事業中心の計画となったことだ。逆に多少は町への要望も盛り込んだらどうかと仕向けても「町に頼ってもいつまで経っても実現しない。それより自分らでできることを計画したい。」と自立的な計画内容となった。 もちろん貧弱な町財政や住民と密着した行政運営がその要因でもあるが、思った以上に住民は健全である。どうしても実現したいものは自分らでやる。ある地区では、町が知らぬ間に、住民の手で町道側溝を布設した。掃除や草刈りは当たり前の作業である。住民参加の公共施設整備の事例として、グランドワークが知られる。三島市や滋賀県甲良町などが有名だが、それらは愛知県内の町村においても日常的に行われていた。公共事業の原点はここにある。 |
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3 住民参加は地域意識の醸成から
市町村にとって住民は、直接顔の見える主権者である。同時に住民にとっても、地域や市町村の状況は身近な事柄であり、そこからスタートする限りにおいて、市町村と住民は同じ俎上での議論が可能である。住民参加においても、住民意識の健全性が期待できる。重要なのは、住民に健全な地域意識が育まれていることだ。しかし県事業については、効果が直接的でなく、財政も所詮他人の財布という意識が働き勝ちだ。近年、国での住民参加の取組事例が盛んに喧伝される。しかし、参加住民の代表性や関与した内容が限定されていることが気になる。 公共事業の住民参加はまず市町村事業から始め、そこから住民の地域意識を、地域から県へさらに国へと育てていくことが必要ではないか。県にはまず、住民参加に向けた市町村指導が大きな役割として期待される。 |
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