プロポーズ大作戦2|
俺はザッと音を立てて血の気が引いていくのを感じていた。つられて頭の中も脳味噌が溶けて出ていってしまった。何も考えられない。 空っぽの頭に空っぽの心。 死体と何ら変わりがない。 「それで荒ちゃんが25になったとき、まだ私でいいって思ってくれるのならその時もう1度考えようよ」 五月のあとからの話は殆ど聞こえてなかった。 五月は俺のあげた指輪を箱ごとテーブルに置いて、うちの親が必死で止めるのも聞かずに出ていった。 「ちょっと荒地。なに惚けてんのよ。ちゃんと止めなさい!」 おふくろにビンタをくらった。その1発でなんとか気力が戻る。 とにかく理由を聞かなくては。 俺は五月の後を追った。玄関を開けて声をかけると俺が階段に足を掛けたところでおばさんが出てきた。 「待って。五月は会いたくないって」 「でも、大事な話だで」 おばさんを振り切って五月の部屋の前に行く。 ドアを叩きながら叫ぶ。 「五月。開けて。話をさせて」 返事がない。 「勝手に開けるよ。いいね」 それでも返事がないので開けて中に入った。 五月は泣いていた。 胸が引き千切られるように痛い。 「なんで? 俺が子供だでかんの?」 五月は静かに首を振る。 「じゃあなんで。理由を聞かせてよ」 「さっき言った通りよ」 「あんなん理由になんかなっとらんが。他になんかあるんだらぁ?」 泣いて首を振るだけで話は進まない。でも五月はあんまり泣かない。きっと普通の女の子と比べたらもの凄く少ないと思う。我慢強いとかそんなのではなく、そこまで辛いとか悲しいとか思わないのだ。 良く言えばどんな状況でもそれなりに楽しめる。悪く言えば天然なのだ。 その五月が泣くなんて。よっぽど辛いってことだよな。 「分かった。俺は五月を困らせたくない。俺が子供だで可哀想だから結婚するって聞いたときは、それなら頑張って大人になって結婚して良かったって思って貰おうって決めてたんだ。だけど泣くほど辛いならもう俺にはなんも言う権利はない」 五月は俺の方を向いた。 「子供だから、可哀想だから結婚するって? どういうこと?」 泣いてはいたが言葉ははっきりと聞き取れた。 「五月が言っとったんだが。根津さんに。可哀想でしょ。子供なんですものって」 俺は吐き出すように訴える。 「いつ?」 「初めて結婚するって教えたとき」 ん? なんか変な気がした。 「根津ちゃんに私がそんなこと言った?」 五月も涙が止まる。 「ごっごめん。あの時五月達の後ろにおって話を聞いちゃったんだ」 「ねえ、ちょっと待って荒ちゃん。その聞いちゃった後からじゃなかった? 私が根津ちゃんに結婚するって話したの」 「うん、だで俺のこと言ってると‥‥あ‥れ?」 「ほら、おかしいでしょ。結婚するって話してないのに、なんで荒ちゃんと結婚することを子供だからとか言うわけ」 俺は溶けてしまった脳味噌を必死でかき集めて考える。可哀想だから結婚するって言ったなら俺と会った時点で根津さんは結婚するって知ってる‥。 「あっ」 「分かった? 私がそんなこと言うわけないじゃない」 「じゃっ、じゃあなんのことだった? 子供だからってのは」 五月はやっと少し笑顔を取り戻すと苦笑しながら教えてくれた。 「ほら、うちの子。1度あげたけど戻ってきたじゃない」 五月は窓から庭を指さす。 「ええーっ、じょっジョンのことだったんか。そりゃないんじゃない? 俺、大人の男になろうと思って焦っとったのに」 五月のとこの犬が子供を生んだ。小さいうちに1匹を残してあげてしまったのだ。その1匹がジョンなのだが、欲しい人がいたのであげたら、鳴いて鳴いてうるさくて仕方がなかったんで帰ってきたのだ。 俺はあまりの思い違いに力が抜けその場に座り込んだ。 しかしその誤解は解けたが根本的な解決にはなってないことに気が付いた。今なら答えてくれるかも。 「ねえ、だったら五月はなんで俺との結婚がイヤになったの?」 五月は少し驚いた顔をした。 「私が? どうしてイヤになるの?」 反対に聞かれてしまった。 「だって止めるって五月が言ったんじゃん」 「止めるなんて言ってないよ。延期するって言ったんだよ」 「同じじゃん。今は俺と結婚したくないってことだらあ?」 五月はまた悲しそうな顔になる。 「違うよ。全然違う。荒ちゃんはもっと青春を楽しむ権利があるの。後4年、学生時代を送れたんだから。本当は普通科へ行って大学だっていけれるぐらい成績だって良かったのに、私に合わせて工業へ行ってくれたんでしょう? すぐに就職できるように」 五月は俺の目から視線を外す。 成績は確かに良かった。しかしこれは五月の所へ通う口実であって好きで勉強してたわけじゃない。 「私、分かってた。分かってたのに普通科に行ったらって言わなかった。ううん、工業からだって大学に進めた。その時も就職するって聞いて嬉しかった。荒ちゃんのためをほんとに思ってるなら進学を勧めるべきだったのに。私やな女だった。荒ちゃんにそばにいて欲しかった。だから自分が嫌なことは言わなかったの。プロポーズだって凄く嬉しかったわ」 また視線を戻すと泣きながらちょっと微笑んだ。また俺の胸は痛む。 「じゃ、なんも問題ないじゃん」 「だから!」 五月にしては強い口調。 「だから私は荒ちゃんに甘えてたの。やっとそれに気が付いたの。結婚したいんじゃなく、私の年を気にしてくれてるんだって。ごめんね。馬鹿で。気が回らなくて」 それだけ言うとまた涙がこぼれる。 「どうして俺が結婚したくないなんて思ったのさ。俺がいつそんなこと言った? そんな態度取った? 五月と結婚できることが幸せで仕方なかったのに。そりゃちょっと誤解があって焦ってはいたけど。でも嫌そうな態度をとった覚えない」 俺が言い切ると五月はぐっと堪えていたものを吐き出した。 「だって、だって式場だってドレスだって、なんでも早く決まればいいって態度だった。放送部の方が大事そうだった。分かってるよ。私のわがままだって。こんな嫌な女だなんて思われたくなかった。けどいい年してやきもち妬いてたのよ」 五月の吐く息が荒い。こんな五月は初めて見た。怒ってるのも泣いてるのも、感情を剥き出しにしてるのを初めて見たのだ。 俺は初めて五月のことをかわいいと思った。いや、可愛いってのはしょっちゅう思ってるんだけど、なんていうのか俺と同列で親近感が湧くって言うのか。五月だって神様じゃないんだ。こんな風に妬いたりもするんだ。 俺は五月を抱きしめた。 「ごめん。五月に甘えてたのは俺の方。五月なら怒らないやって勝手に決めてた。それだけど放送部の方を優先した覚えはないよ。たまたま重なっちゃっただけなんだ。さっきの誤解と」 「どういうこと?」 腕の中で細い声が聞いてくる。 「だから俺は大人の男になろうと思って焦っとったじゃん。だでなんでも即断するのが大人の男かと思って。五月を悩ませないのが頼りになる男かと思って。頑張ってそういう態度、取っとったんだわ」 俺の腕の中にいる可愛い五月に頬ずりをした。涙が俺たちの頬の間で広がる。こんなに五月のことを可愛く、愛しく、守ってやりたいと思ったことはない。だっていつも俺が守られていたから。 まだ溢れてくる涙を舌で絡め取り、そのまま唇を重ねた。 「式場はあそこでイヤ?」 「ううん」 「じゃあドレスをもう1度見に行こう。そんでこれ、もっかい受け取って」 俺はさっき五月が置いていった指輪を差し出す。 「だから荒ちゃんはまだ青春を謳歌する権利があるって‥」 「だでー。なんでそうなるわけ? 俺の青春は五月なんだよ。五月抜きでなんか楽しいの? こんなけ五月に惚れてるのに。五月は俺のこと信用してくれてるんじゃなかったの?」 五月はやっとニッコリする。 「すごく信用してるよ。だから1回も別れようって言わなかったでしょう。あと5年しても荒ちゃんから離れるつもりなかったから」 くすっ、と笑いが込み上げる。なんだ。五月ってばすごい自信があったんだ。 「五月最高!」 俺は五月を高く抱き上げた。 「おっ、おい。こっ荒地。しっかりな。あっ上がるんじゃないぞ。おっ落ち着いて」 俊太は緊張してカチコチになっている。それを見たら何だか俺は落ち着いた。 「お前の方がよっぽど上がっとるで」 それでもそれなりに緊張して2人で教会に入った。俊太には介添え役を頼んだのだ。と言ってもそばで立ってるだけなんだけど。 ざわざわと参列してくれる人が入ってくる。 そう、今日は俺と五月の結婚式だ。 あれだけ大騒ぎして結局初めに決めた日取りにした。ケンカなんて1度もしたことのなかった俺たちだったが、あの時をきっかけに五月は言いたいことを素直に言うようになり、ちょっとずつのケンカを交えながら2人で決めていった。 雨降って地固まる。そう言う感じだった。 神父さんが前に立った。音楽が流れ出し、後ろの扉が開いたようだ。俺は前を向いて立ってなきゃならない。 小さな歓声が聞こえてくる。 「さっちゃん綺麗」 「もう、モデルみたい」 「どえらいべっぴん」 俺は耐えられず振り向いた。俊太がいなすが、目が釘付けになる。 五月はめちゃくちゃに綺麗だった。光り輝いていた。 ドレスはやっぱりマーメイドとか言ってたのにしたのだ。 そこでやっとこの言葉を思い出した。 「シンプル・イズ・ベスト」 なにも飾りがなくても五月の魅力を十分に引き出していた。白ネギの先を切り開いたような細長い花束を持ち、頭には帽子を小さくしたような飾りが付いてる。そこからピンッと張った直線的なレースが長く垂れ、足下で広がって裾を引いてるフリルと一緒になる。 背の高さも手伝って全てが直線的なイメージの中、腰のラインだけが丸みを帯びた曲線で、思わず押し倒したくなるほどセクシーだった。 俺は振り向いただけでは足りなくて、数歩歩いて迎えに行ってしまった。感激してうるうるしているおじさんから五月をかっぱらう。 そしてその場で抱きしめてしまった。一斉に教会が沸く。 「荒ちゃんってば」 五月に諫められて我に返る。 それからお決まりの誓いを立て、指輪の交換をする。誓いのキスは五月の希望どおり頬にした。俺としてはやっぱ口にしたかったんだけど、口紅が付いた俺の写真が残るのがイヤ、と言われて仕方なく諦めたのだ。 式が終わると教会の外で並ぶ。参列者が長く人垣を作る。その中を歩くのだ。 五月と腕を組んでゆっくりと進む。みんながおめでとう、と言いながら花びらを散らす。フラワーシャワー、とか、ライスシャワーとかって奴だ。 俺はこれが1番感動した。すごく嬉しかった。みんなが祝福してくれてるのが実感できた。顔はゆるみっぱなしだった。 もう誰にも文句は言わせない。これで五月は俺のもんだ。 今日誓ったことをいつでも胸に置いておこう。 『汝は鈴木五月を一生愛することを誓いますか?』 はい。6歳の時から誓ってます。 これまでも、これからも。 五月だけを愛して‥。 終わり
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