プロポーズ大作戦2



 地下鉄の新瑞から走ってくると丁度うちを目指していた一群に追いついた。
「あっ木村先輩。丁度良かった。こっから道が分かんなくなっちゃって」
「何を言っとるんだ。おめぇ去年も来ただろうが」
 来ている奴らを確認する。今の3年ばかりで知らない顔はいない。

「えっ、遊木‥お前、参加してるのか?」
 俺はちょっと驚いた。遊木と言えば女子を集めるための名前ばかりの幽霊部員なのだ。
「はあ。ちょっといろいろありまして」
 いつも不愛想な遊木は相変わらずだったが、何だか少し感じが違うような気がした。
「はははっ、先輩。なんもありませんって。遊木が勧誘した1年の女子に泣きつかれただけっスよ。遊木が来なきゃ部活に出ないってね」
 今年の部長が替わって答える。
「ふうん。で、今年は何人ゲットしたんだ?」
「当然、全員っスよ。と言っても今年入学したのは2人だけだったんですけどね」
「それが遊木目当てだった訳ね」
「ふう、いい迷惑ですよ」
 いかにも面倒臭そうに言う。

 遊木は口数は少ない方で、何事にも冷めた感じがある。そこがいいのかどうか知らないが、女の子にはやったらめったら人気があるのだ。まあ、分かる気はするんだけどね。なんせ顔がいい。その辺では滅多にお目にかかれないほど造りがいいのだ。

「いくら言ってももう台本はできてるんだろうな」
「当然っスよ。来週は1年の女子も連れてきて声入れますから。今日はまず相談って事で」
「お前なぁ、そんなことで俺の一生に1度のことを邪魔しようとしてたわけ?」

 そんな戯言から始まり、話は次第に核心に触れていく。台本の内容になると俺は自分が工高の頃に戻ったように我を忘れて議論していた。
 そう言えば遊木がこんなに話してるのは聞いたことがない。一生懸命になるとさめた冷たい感じがなくなり酷く魅力的になった。

「遊木、お前きれいになったな」
 一同静まりかえる。
「とっ突然なにを」
 部長の裏返る声を無視して遊木の顎を掴んだ。
「うん、なんか変わった。何かあっただろう?」
「そりゃ決まってますよ。男が出来たからっスよ」
 他の奴が答えるとポーカーフェイスの得意な遊木が少しうろたえる。
「なっ、何を。直也はそんなんじゃない」
 誰も杉田のことだなんて言ってないのに〜、なんてみんながはやし立てると遊木の顔が赤くなる。

「そうか、お前の彼氏直也って言うのか。惚れてんだな」
 そう言った途端腕を取られ捻り上げられた。
「痛い、痛い。分かった。悪かったって。もうからかわんで」
 狭い6畳で6人もの男(?)が大騒ぎしてる丁度その時ドアが開いた。

「こっ荒ちゃん」
 足下には大きなお盆にペットボトルとグラスにポテチなんかが乗せて置いてあった。
「ご免なさい。ノックしても聞こえてなかったみたいだったから。差し入れ持ってきたんだけれど邪魔しちゃったかしら」
「ありがとうございます!」
 みんなで奪うように飲み物とおやつに手を出す。そんな中1人冷静な遊木が聞いてきた。
「お姉さん?」
「ばっかだなぁ。そういや遊木は知らんかったっけ。木村先輩、自慢タラタラで文化祭に連れてきてたんだぜ。この人が五月さんだよ」
「ええーっ、こんな綺麗な人が木村先輩の婚約者〜!」
 俺は遊木の驚いた顔も始めてみたかもしれない。遊木は続ける。
「まるで美女と野獣ですね」
「なんだと、この」
 俺も遊木の首に腕をかけて軽く絞める。すると他の声が飛ぶ。
「けど遊木の所だってそうじゃん。杉田相手だとやっぱ美女と野獣って感じ」
「何だ彼氏はごついのか?」
「もう、だから関係ないって言ってるだろう」
 五月は訳が分からないって顔をしてる。そりゃそうだろう。
「五月、こいつはこんな形(なり)だけど女なんだよ」
「あらそうなの。凄く格好いい男の子だと思ったのに」
 五月はいつものようにニッコリと微笑んだ。

「そう思ってくれるのなら今度お茶でもしに行きませんか?」
 はっ早い。いつの間に俺の腕から抜け出したのか、遊木は五月のそばにいってナンパしている。
 うわーっ、そうだった。遊木って女相手だと態度が180度変わるんだ。
「バカ野郎。五月に手を出すんじゃねぇ」
「ふふん、どっちがビジュアルに耐えれると思いますか?」
 遊木はすっくと五月と並んで立つ。
「はーい。木村先輩の負け〜」
 みんなが揃って同じ事をぬかしやがった。
 そして爆笑。

 ちくしょう。確かに2人並ぶと壮絶に綺麗だよ。俺は全然負けてますよ。

 遊木も男ができたからなのか、微かに色気がある。もちろん今までも女をコマすフェロモンは目一杯出てた。だが男の目から見てもどうかしてやりたくなる何かがある。
 まるで対のような2人である。

 五月は清楚で可憐で、綺麗な透明度の高い湖に咲くかすみ草と言った感じで、少しの花が落ちたくらいではなんの影響もない。五月を穢すことなど誰にも出来はしない。弱々しく見えて実はとても強いのだ。
 その反対で遊木は見てくれどおり男っぽくて強そうである。泥の沼に一輪で華麗に咲き誇る蓮の花のようなのだ。しかしその一輪切りの花を手折られればそれで終わってしまいそうであり、またそうしたくなる何かを発している。男から見れば、守ってやりたくなる奴と踏みにじってみたい奴と2通りに別れるだろう。

 遊木の恋人はきっと前者なのだ。こいつの弱いけど突っ張ってる危ういところに惹かれたのだろう。
 五月の方が見た目はずっと女らしいのだが、遊木の方がなぜかずっと色っぽかった。

「ばか野郎、早くどけ」
 五月の隣で憎らしく笑う遊木を引っ張った。強く引っ張りすぎたのか倒れそうになり、抱きかかえた。
 至近距離で見ても大変に整った顔をしている。女が騒ぐのも分かるわ。
「じゃ、荒ちゃん。私戻るね」
 五月は階段を下りていく。
「ああ〜。先輩ふられた〜」
 外野から声が飛ぶ。
「なんでだよ。五月の家はうちの2軒向こうなだけなんだよ」
「今の見て帰ってくんだからやっぱ謝まっといた方がいいんじゃないですか?」

 う〜ん。女の、そして女に詳しい遊木が言うんだから間違いないか。俺はすぐに追っかけた。五月の家に入る前に捕まえると取り敢えずゴメンと言った。
「えっ、何を?」
 そこにはいつもの五月しかいない。
「えっ、だって急に帰っちゃうで」
「初めから差し入れ持ってくだけのつもりだったよ。邪魔しちゃいけないし」
 そしていつもどおりニッコリとする。

「うん、あいつら帰ったらまた来ていい?」
「もう今日はどこにも行かないわ」
 だけど結局はこの馬鹿どもに付き合わされて夕飯を奢らされて帰ってきたら10時だった。一応電話だけ入れておいた。


 そんな風で次の週には1年の女子まで来て大騒ぎは続いた。やっぱり五月は差し入れを持ってきてくれた。
 その女の子たちは五月の目の前で口を揃える。安心したと。
「だって遊木先輩盗られーせんかでら心配だったんだもん。木村さん、格好いいで。こんに綺麗な彼女が居るんならいいよね」
「なんで俺が遊木と」
「だって杉田先輩よりお似合いだで」
 遊木が冷たい顔で睨むとそのおしゃべり雀たちはいっぺんに大人しくなる。
 そして何だか五月まで大人しくなった気がした。



 俺は気になってNHKホールまで来てしまった。そう今日は放送コンクールの本番なのだ。俺は自分が関わった番組をやってるところへ来た。南ヶ丘の放送部も見つけた。みんなで一緒になって発表を待つ。
 ガーン。残念ながら1次を通ることができなかった。部長は涙ぐんでる。
「すっ、すいません。あれだけ協力して貰って」
 そんなことは謝る事じゃない。さすがに私立は設備も充実していればちゃんと指導してくれる先生もいる。そんなところに対抗するには弱小すぎるのだ。
 それから朗読部門を見に行った。遊木の番がもうすぐらしいのだ。俺が行くとちょうど遊木は舞台の横で出番を待っていた。おお、そう言えば制服って見た覚えがないな。なかなか綺麗な足だ。背が高いからスカートからはみ出てる部分がとても長い。
 でも五月のように背が高くても女にしか見えないタイプとは違ってちょっと違和感があるな。

 遊木の番が来た。マイクの前に立つ。遠目で良く分からなかったが気分が悪そうだ。とても上がるような玉には思えなかったが。
 すると、
「俺がついてるぞ、頑張れ!」
 などと言ってでかい声で騒いでるでかい奴がいた。朗読は一時中断され、そのでかい奴は係りの人に取り押さえられた。俺の横を係りの人に引きずられていく。
 ああ、こいつか。遊木の彼氏は。野獣なんて言われていたが思ってたよりずっとかっこよかった。人の良さが丸出しの顔をしていた。

 再開されたときには遊木は普段どおりちゃんとしていた。こいつの声はマイクを通すととてもいい声になる。ざわめいていた会場は静かになり、終わるとまた元に戻る。遊木は何かを探すように早足で、俺に気づきもせずに通り抜けていった。
 後を追うとロビーで先ほどの彼氏に抱きかかえられていた。そして2人で出ていった。あの男が相手だと遊木が凄く可愛く見える。どう見ても遊木も惚れてるようにしか見えなかった。
「まっ、上手くやれよ。若もんは」
 なんて自分だって十代なのはおいといて2つ下の後輩を応援した。

 その日は残念会で遅くまで飲んだ。高校生なんて関係ない。みんなちゃんと私服を用意してきてるのだ。このコンクールの後は先輩の奢りで飲むってのがうちの伝統なのである。もちろん、遊木は来なかった。きっと彼氏といるんだろう。
 しかし人のことを心配してる場合ではなかった。俺が放送部にかまけている間にどえらいことになっていたのだ。


 飲み過ぎて昼まで寝込んでいたらおふくろに叩き起こされた。
「あんたっ、一体何をしでかしたん?」
 二日酔いなのか頭がガンガンする。
「ちゃっと着替えて下りてきやあ」
「なんで。二日酔いでか気分わりぃ」
「馬鹿、んなこと言っとる場合でないわ」

 尋常ならぬ様子に仕方なく着替えて下に行った。居間に入ると五月がいた。
「あれっ、五月お早う。そんなとこにおらんと俺の部屋に来てくれたら良かったのに」
「何がお早うだ。この馬鹿者。はよ座らんかい」
 親父まで怒ってる。なんだろう。
「なに? 親父たち何を怒ってんの?」
「馬鹿、五月ちゃんはね。しき‥」
「あっ、私、自分の口から言いますから」
 なんだろう。何だか聞いちゃいけないような気がする。五月の雰囲気が違う。いつもの微笑も消えている。

「ちょっちょっと待った。なんか知らんけど俺が悪かったで。もう何も言わんといて」
「荒ちゃん。そう言うわけにはいかないわ。ここのところ高校生と一緒にいる荒ちゃんを見てて思ったのよ。これが本当の荒ちゃんの姿なんだって。私が25になっちゃったから無理してくれたのね。ごめんね。気付いてあげられなくて。私自分が嬉しいばっかりでまだまだ荒ちゃんが若いんだって忘れてたわ」
「えっ、何。五月ってば、なに言ってんの」
 足下の物が崩れ落ちていく。俺はどうやってここにいるのかも分からない。ガンガンしていた頭がグラグラしだした。

「だからね。結婚を延期しよう」





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