プロポーズ大作戦

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 新瑞まで乗ってくると10分ぐらい歩く。俺たちの卒業した小学校の側を通る。
「ここを通るたびに荒ちゃんのことを思い出すわ」
 五月は1人で思い出し笑いをしている。
「あっ、五月ってスケベなんだ」
「ええ、私って実はむっつりスケベなの」
 軽く俺の言うことなんか受け流すと、まだ笑ってる。
 こういうところはよっぽど親しい者しか知らないんだよな。五月は実は笑い上戸なのだ。普段の微笑を湛えてる姿からは想像できないけど。
 五月はなんにそんなに受けてるかというと、こうなるきっかけを思い出しているのだ。


 この小学校のグランドで、五月たちはドッチボールをしていた。俺は自分の友達と遊んではいたが、目は五月のことを追っていた。
 五月がボールに当たった。ただそれだけのことだったのに、なぜかみんなが殺気立っていた。なぜ五月を狙うのか、とかそんなたわいもない子供の嫉妬だったんだろう。五月はその頃から男女問わず人気者だったから。
 みんないかに自分が五月のことを思っているか、それをアピールすることに夢中になっていた。当の五月がすごく困っていることなんか眼中になかったのだ。
 俺が助けなきゃ。まだ1年生だったにもかかわらず、俺はそう思い込んだ。
 そして6年生の輪に入り込み、五月に抱きつくと、
「五月は俺のもんだーっ!」
 と、怒鳴ったのである。
 困ってる五月なんか見たくなかった。そこから手を引っ張って連れ出すと、俺の友達に「俺の五月」そう言って見せびらかしたのだ。
 1年も、6年もみんな呆気にとられていた。
 困惑の五月は一気に笑い上戸の五月に戻った。俺は五月が助けれたことが嬉しくて、得意満面だった。


「あれぇ、やけに楽しそうだと思ったら、こんな夜遅くに若い男女が2人きりで居てええと思っとりゃあすか?」
「あら、こんばんわ。今日もウォーキングですか?」
 五月が挨拶すると近藤のおばちゃんは止まった。
「ちっとはダイエットしなかんなって思おて。五月ちゃんみたいにモデルのようだとええんだけど」
 おばちゃんは五月を眺めて満足そうである。なぜかそこで俺が得意げになる。
「五月はかっこええで」

 身長は170センチ、体重は50キロ無いらしい五月は、街を歩いていても十分モデルで通る。スタイル抜群で顔も超が付くほど美人だ。しかし冷たいきつい感じは全然ない。
 少しでも釣り合おうと、俺は背を伸ばすのにどれだけの努力をしたことか。涙なしでは語れない。しかしその甲斐あって見事185センチにまでなったのだ。

「でも俺とお似合いだろう?」
 おばちゃんはずーずーしいと言わんばかりの顔をした。だが、言うべき事はきっちり言っとかないといけない。
「だで、五月に見合いの話し持ってくるの止めろよな」
 人差し指を突き付け睨み付けた。

「なっ何を言っとるん? ワシはそんな話は知らんて。わっワシじゃにゃあて」
 おばちゃんはあたふたと逃げ出した。
「やっぱ、近藤さんだったんだ」
「えっ、荒ちゃん知ってたの?」
「知らんと思っとった?」
 もう、うちのそばに来ていた。

「この近さで」
 俺の家と五月の家を指さす。間に2軒入ってるだけの同じ区画の同じ通り沿いなのだ。
「こっから持ってきた物が」
 そしてさっきの近藤さんの家は俺たちのちょうど間のお向かいさんだ。
「なんで俺の耳に入らんと思うわけ?」
 やっぱそこで五月はニッコリする。
「うん、入っても関係ないと思っとったし」
「どうして?」
「だって断るに決まってるじゃない」
「けど、その写真の男がでらええ男だったらどうするがや?」
「荒ちゃんより格好いい男なんて居ないよ」

 そんな凄いことをあっさりと何の気なしに言ってくれるとそっとキスをくれた。
「お休みの挨拶。じゃ、また明日ね」
 俺は腑抜けのようになって、ふらふらと家に入る。
 いろいろ言いたいことはあったのに、いつもこんな風に軽くあしらわれてしまう。玄関のたたきに座り込むと初めて五月に会ったことを思いだした。


 俺が小学校へ上がるのを機会にここへ引っ越してきた。入学式はすんだのだが、近所には同学年の子がいなかった。しかも春休みに越してきたばかりの新入生だ。誰も知ってる子はいない。
 俺はかなり緊張してお迎えを待った。小学校の行きは分団登校だ。新入生は高学年の子が迎えに来てくれることになっていたのだ。
 この玄関の戸が開いて、そこに立っていたのは‥天使と見間違うような透き通った女の子だった。
 俺のドキドキは一旦停止した。
 その透明な子を必死で見る。
 しばらくしてドキドキが再開したときには許容量を超えていた。全身が火のついたように燃え上がり、血が吹き出るんじゃないかと思ったほどだ。いや、実際に鼻血が出た。
 それを見て透明な子は笑い出した。今度は桜色に染まりはっきりと見えた。
 母親が鼻にティッシュを詰めてる間に自己紹介された。
「私は6年の鈴木五月。荒地くんだね? 荒ちゃんって呼んでいいかな。私のことは五月って呼んでね」
 6年と1年で天地の差がある年頃だ。それなのに五月は全然気取ってなかった。そしてとても親しみやすかった。

 それから毎日五月は迎えに来てくれて、手を繋いで学校まで通ったのだ。たった1年だったけど、「五月は俺の物」宣言をしたりでこれは非常に重要な期間だったのだ。
 そしてその1年が過ぎ、中学のセーラー服を着た五月を見たときの衝撃。まだランドセルを背負っているのに高校のブレザーを見たときの辛さ。

 俺はまめに五月の家に通った。つながりがないのだ。そんなに歳が違うと。
 真面目な五月はよく勉強していた。だから勉強を教えてもらうのを大義名分にしていたのだ。
 その五月の後ろで俺も一生懸命勉強した。そして分からないところを聞くときだけ相手をしてもらうことにしていた。五月は俺をうっとおしがったりはしなかったが、俺が邪魔をするのがいやだったのだ。俺は長い間、毎日1時間、を目標に通い続けたのだった。
 そして五月もいつもにこにこと迎えてくれたのだ。


 6歳から13年間。ずっと五月に恋してる。ずっと五月だけを見てきた。早く社会人になりたくて工業高校に入った。少しでも五月と一緒にいたくて同じ会社に入った。
 もう、俺の人生は五月しか入ってないのだ。こんなに真剣なのに。五月が居なかったら生きていけないのに。五月は俺のこの思いを分かってくれてるのだろうか。

 見知らぬ男に送られてきた中学3年生。小学4年だった俺は泣いて五月にしがみついた。
 同じ男が送ってくるようになった高校2年生。6年生だった俺は自分とそいつとどっちをとるのか迫った。
 いつでも五月は少しだけ困った顔をして俺を選んでくれた。
 そして中学生になった俺は正式に五月に申し込んだ。大好きだから付き合って欲しいと。言うことが解っていたような五月はいつもと同じように、にこにこしながら「いいよ」とひとこと言った。

 俺の14の誕生日にキスをねだり、16の誕生日にセックスをねだった。いつもいつでも五月はその微笑を崩すことなく、俺の言うことを聞いてくれた。
 そんな風にわがままを聞いてくれてるとただ子供をあやしてるようにしか思えないのもうなずけるだろう?
 五月は今度25になる。絶対結婚だって考える年だ。だから俺はプロポーズをしようとしているのだ。

 結婚だ。一生を決めるのだ。今度ばかりは子供のわがままに付き合うぐらいの軽い気持ちではいられないはず。五月だって真剣に考えてくれるはずだ。俺がどんな思いでいるのかを。


「おい、なんだ。そのクマは」
 朝、会社で俊太が会うなり言った。
「寝てないんだよ」
「なんで?」
「だでいろいろ考えとったでだが」
「何を?」
「お前、もう忘れたのか! 俺がこんなに悩んどるのに」
「ああ、そうか。わりぃわりぃ。マジだったんだ」
 まったく、俊太の奴、人ごとだと思って。少しは一緒に悩んでくれよな。
「で、一晩中考えて決まったんか?」
「うん、一応計画立ててきた。あとは決めぜりふだけ」
「何だよー。昨日からそれを考えてんじゃねぇのか?」
「ま、ちょっと今日は帰り付き合えよ」
「おう、寝不足で現場でミスんなよ」
 五月にもかなり心配されていたが、五月の誕生日はもうすぐだ。その日にプロポーズするためには日にちがないのだ。




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