プロポーズ大作戦|
「はあっ、なんて言ったらいいと思う?」 「そんなこと俺に聞くなよ」 「だって他に誰に聞くんだよ」 「う〜ん。そうだな、やっぱ経験者だらぁ?」 「だで言っとるがー! 俺の歳じゃ誰も本気にしてくれんのだが」 「そりゃそうだわな」 「誕生日がもうすぐなんだよなぁ。その日に言いたいんだよなぁ」 社員食堂で2人肩を並べ、昼のオムライスをスプーンでつつきながらため息を付く。 「おっ、新入社員。なんでだか暗いぞ」 「もうっ。俺たちは新入社員じゃありません」 「ああ、そう言えばこの間入ったんだな。お前らの下が。後輩か?」 「はい。そうっス。南ヶ丘です」 「おい、荒地。鬼頭さんに聞いたらどうだ? 結婚して2〜3年だろう。確か」 俊太はそう言って薦める。うん。いいんだけどね。 「あの鬼頭さん。ちょっと聞いてもいいですか」 「おお、何だ。改まって」 「奥さんに結婚を申し込んだときなんて言いました?」 鬼頭さんは飲み込みかけてた味噌汁を吹き出した。 「うわっ。鬼頭さん、きったねぇ!」 俊太がびっくりして騒ぐ。 「わりぃ、わりぃ。だってんなこと突然聞かれるなんてな。でもお前らみたいなガキに話す必要はねぇぞ」 ほらやっぱり。俺だって他の人に聞いてみたんだけどこんな返事ばっかだったんだよ。 「いや、そこを何とか。荒地、いえ。木村の奴がどうしても参考にしたいって言っとるもんで」 「さっ、参考?」 鬼頭さんはまた驚いて素っ頓狂な声を出す。 「木村。お前そんな予定があるのか? だってまだ工高出て2年目だろう? いくつだ。20歳になったんか?」 「いえ、誕生日は8月ですからまだ19です」 「その年で結婚考えるか? 止めとけ止めとけ。若気の至りで続かんぞ。まっと遊んでからにせにゃあ。大体それに相手にされとるんか?」 男は決まって同じことを言う。そんなに結婚して嫌な思いをしているのだろうか。 そんなことをしている間に昼休みは後5分になってしまった。 「だで言っただろう。誰も相手にしてくれんって」 俺は俊太に訴える。 「ほだな。ちっとは考えてくれてもええのに」 「お前はいい奴だなぁ」 しみじみと言うと、俺のことを思っていてくれたのではないようだ。 「だってよ。お前と五月さんが一緒になれば俺もいつでも五月さんに会えるってことだらぁ。五月さん、きれーだもんなぁ」 うっとりとしてその姿を想像している。まったく、俺のことよりてめえが五月に会いたいだけかよ。なんて奴だ。 「そっ、お前じゃ絶対に釣り合わねぇよ」 ムッとしたので思ってもみない暴言を吐く。 「まっ、酷いわ。ちょっと自分が180超えてるからって。私だって174あるのよ」 俊太がおどけてそんな真似をしていたら課長に怒られた。 「おい、いつまでダベっとるんだ。ちゃっと仕事せんかい」 ちえっ、俺は図面とヘルメットを持つと担当になっている現場へと向かう。うちの会社は建築全般を請け負っており、俺の部署は設備全般、俺の担当は給排水関係だった。ちなみに俊太は空調関係だ。 ああ、今日は何時に帰れるだろうか。 「そろそろ帰ろうぜ」 俊太のそんな言葉に頷く。時計を見ればもう11時だ。現場は日が暮れれば終了なんだが、その後会社に帰って図面を引く。今日は設計の方の担当さんに怒られちゃったから、絶対にその修正は終わらせたかったのだ。 新入社員に毛が生えた程度の俺たちは部屋の後片づけをして、でもまだ帰社していない人のために電灯はそのままで帰ろうとした。 「あっ、荒ちゃん。まだ居たの?」 少しハスキーで静かに染みわたる声は五月だった。 「五月はもう終わり?」 「うん。今帰るところだよ。帰れる?」 五月は絶対人のツボを外さない。いま俺が帰りたいって顔をしていたのを読みとってくれる。 俺は俊太の方を見る。 「はいはい、お邪魔虫はとっとと消えますよ〜だ」 「田中君、ごめんね。また明日ね」 五月は俊太にも優しく微笑みかける。 「いっ、いえ。今帰ろうと思ってたとこですから。お気になさらずに。それではっ失礼いたします」 奴はビシッと敬語を使い、緊張しながら部屋を出ていった。 「今日、怒られちゃったんだって?」 俺たちは並んで歩き地下鉄へ向かう。 「えっ、もう五月の耳に入ってるの?」 五月は楽しそうに言う。 「ええ。だってみんながあなたのことを言いに来るんだもの」 ちえっ、俺が五月に惚れまくってることは全社員が承知している。だから何かあるとすぐ五月に告げ口に行く。 俺がムスッとしているとくすくすと笑う。 「だって入社の挨拶であんな事言うからよ」 「んなこと言ったってどえらい心配だったで」 俺は新入社員が1人ずつ挨拶するところで、 「俺は鈴木五月の恋人だ。だから彼女に手を出さないで下さい。以上。南ヶ丘工業高校 設備工業科卒、木村荒地」 と、本来なら抱負とか述べるところにそんなことを入れてぶち上げた。 だから入社してからしばらくは男の当たりがきつかった。 五月は設計の花で、みんなのアイドルだった。そんな人に男が居るってのだけでもショックな上、その男が工高卒の低学歴、しかも5つも年下だったと来た日にゃ、ぶちきれるのも分かる気がする。 五月は建築設計部の大物担当だ。設計部とくれば、もうエリート中のエリートである。そして五月も名大の工学部で建築を専攻してきたのだ。 もう俺なんかとは月とスッポン、ピンとキリ、豚に真珠、猫に小判。もちろん月、キリ、真珠、小判が五月で、スッポン、ピン、豚、猫が俺なわけだ。 「なあに? そんなに私は信用が無かったの?」 やっぱり楽しそうである。 「そんな。五月のことは信用しとるんだに。けど他に手ぇ出してきたら俺じゃ対向できんもん。五月には有名大卒のもっといい男が付いてもいいはずだで」 俺は何度も言ったその台詞をまた持ち出した。 「私も思ってるよ。荒ちゃんに合う年下のもっと可愛い女の子が相手だったら身を引くしかないなって。いつもそう思ってるんだに」 そう言ってニッコリする。 ああ、もう、この笑顔に弱いんだよなぁ。 「そんなことあるわけないがや。俺が五月以外の女とくっついてどうして幸せになれるっていうのさ」 「だったらその台詞。そっくり荒ちゃんにお返しするわ」 また五月はニッコリとする。そんでいつも俺は言いくるめられてしまう。言ってることは結局結構なノロケなのだが、どうも五月には俺の真剣な思いってのが伝わってないような気がする。 子供をあやすのが上手いのだ。いや、子供だけでない。大人だって五月の手に掛かれば手のひらの上で遊ばされてしまう。 俺は一度だけ五月が上司に怒られているのをみたことがあるのだ。 「一体どういうつもりだね。あれだけここは変更になったと言っとったのに。ちぃっとばかしいい大学出とるからっていい気になっとるなよ」 俺は思わずその馬鹿を殴り飛ばすところだった。足がそっちへ向いた瞬間に用事で会っていた人に止められた。たまたま設計との打ち合わせでこの設計部に来ていたのだ。 「まあ、見てなって」 五月達を怒鳴ってる相手は、五月よりランクの落ちる大学卒でコネだけで課長になっていて、仕事の出来る五月を目の敵にしているらしい。今だって別に五月のミスではなく、組んでいた相手のミスなのだ。それなのにネチコチと五月に絡んでいる。 「でも、あんまりじゃ」 「大丈夫。鈴木君は賢いから」 五月は恐がりも腹立つ様子もなく、穏やかに静かに相づちを打つ。 「おっしゃるとおりです。私、少し自惚れていたのかもしれません」 何を‥、五月が天狗になってるわけないのに。 「そっ、そうだ。勉強が出来たからと言って仕事が出来ると限らん。だでこんな簡単なミスをするんだ。分かっとるんか」 だからそれは五月のミスじゃねぇだろうが。 「まったく、課長のご指摘通りです。大学がどこなんて関係ないと思ってます。課長のように仕事だけではなく、部下のことも気にかけて下さる、そんな人を目指しております」 そこで五月の技が炸裂する。 静かだが確実に人の心に響く微笑を湛える。 嫌みな課長が怯んだすきに畳みかける。いや、別に五月は計算しているわけじゃない。自然と出てくるのだ。 「私たちが客先で恥をかかないよう、しっかりと検図していただいて。そんなことをしていただける上司をもってなんて私たちは幸せなことでしょう」 確かに課長ともなればもう検図なんてしない。普通はただ事務的に判を押すだけだ。きっと五月のあら探しをしていたに違いない。 「わっ分かったならいい。2度と無いようにしっかりな」 五月達は解放された。組んでいた相手はあからさまにホッとした顔をしていたが、五月は全然変わらない。 俺に気が付くと手を振ってくれた。その課長の目の前で。 俺の相手の人が肩を震わせ笑ってる。 「見た? あの課長の顔。なっ、5分と掛かんなかっただろう? あの嫌みに捕まると30分は覚悟しなきゃならんのに。しかも余裕で手まで振っちゃって」 相当みんなに嫌われてるのか、ニヤニヤしてる人が多い。 そんな風で一癖も二癖もある課長ですら五月にあやされてる感がある。 「俺は真剣なんだよ。分かってる?」 「私も真剣よ。分かってる?」 だーぁっ。ダメだ。話しにならん。五月との会話はどこまで本気なのか俺にはちっともわからんでいかん。 |
