子供が好き

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 俺は子供が好きだ。
 小さい頃からの筋金入りで、親にもさんざん赤ちゃんが欲しいとわめき、妹 が三人もいる。しかしそれでもまだ足りない。
 もちろん妹たちはとても可愛い。だがもう俺のことを「お兄ちゃん、お兄ち ゃん」とは慕ってくれない。かろうじて一番下がかまってくれるぐらいなのだ。
 ああ、弟が欲しかった。それならきっとまだ遊んでくれたに違いない。

 ちなみに俺は高三で、妹たちは中三,中一,小五である。
 だから最近は「早く子供を産めよ」なんて言っては親に怒られ、逆に自分で 作れと言われている。そりゃ俺だってそうしたい。
 自分で言っちゃあ何だが、俺は背も高い、頭もまあまあ、顔も妹たちに言わせると「いい」らしい。そのため割ともてるのだ。
 しかしなぜか「付き合って」と言われた相手に「子供を産んでくれるか」そ う言うとみんな逃げて行ってしまうのだ。おかしい。真剣に付き合いたいので はないのか。真剣なら動物の定めである、〈子孫繁栄〉を望むのが当然であろ う。

 もちろん現実も見ている。俺の家はマンションだが、ばあちゃんがすぐそば に住んでいて部屋は沢山ある。しかも金持ちだ。一介の高校生であっても何ら 困ることはない。なのに彼女たちは俺のために子供を産んでくれる気はないら しい。

 妹たちが余りかまってくれなくなってから、欲求不満がたまってきた俺は、 密かに温めていた計画、〈公園デビュー〉を果たした。そしてそれは近隣の三 つの公園を制覇するに至った。とは言っても近所付き合いの大好きな親のおか げで、知ってる人が多かったから出来たにすぎない。


 そこで今日は計画の第二弾、〈知らない人ばかりの公園へ行く〉を実行すべ く少し離れた大きな所へ来た。
 さあ、まずはどうしようか。いきなり小さな子供に近づいたら危ない人にな ってしまう。ここは小学生の高学年あたりを手なずけて、そこから弟や妹を狙 うのが安全策だろう。
 あのふくふくのほっぺの可愛い子たちを抱くのはまだまだ先の話だ。

 当然だが一けた代であればみんな可愛い。乳児もこれまた愛らしい。しかし 幼児の可愛らしさはまた格別なのである。おぼつかない足取りや、たどたどし い話し方、かといって生意気なぐらいの反応の良さ、言葉に出来ないほどなの である。

 俺はスポーツバッグをおろすと周りの子供たちを見てそれにふさわしい物を 捜す。割合男の子が多い。しかも元気に駆け回ってるタイプではなく、滑り台 にゲームを持ち込んでやってる。
 これはこいつで一発だな、そう思うとヨーヨーを取り出した。回転に合わせ て音がしてしかも光るのだ。俺はその目立つヨーヨーを上下に動かし始める。
 周囲の子供の目がいっぺんにこっちに向く。この瞬間に高度な技を決めればもうこっちのモノだ。
 ぶらんこや散歩を済ませムーンサルトを披露しようかという瞬間、俺の前に 立ちはだかる可愛い影に気がついた。小さい子はどう動くか予想がつかない。 故にヨーヨーは非常に危険な道具と化す。これで子供たちのヒーローになった はずなのに‥惜しさ半分と、いきなりの大物ゲットかもしれない期待半分とで 俺はヨーヨーをしまった。

 声をかけようとその影の主を見た。
「えっ?」
 思わず声に出てしまい、動きが止まる。奇妙な感覚が俺を襲う。それから考 えた。今まで俺は何度も子供を産んでくれとは言ったが、実際にそういう行為 をしたことはない。童貞の者にはもちろん子供はいない。一体この子は誰なん だろう。
 二歳半ぐらいのその男の子はにっこりと笑いかけてきた。
「かっかわい〜」
 思わず抱き上げてしまったが泣き出す様子もない。とても人なつっこい子の
ようだ。
「これが気に入ったのかい?」
 ヨーヨーを見せると「やるー、やるー」腕の中でそう騒ぐ。
「わかったから。どっかお椅子に座ってやろう。ぼくはお名前言えるかな?」
 顔の高さを同じにして目を見つめてそう聞くとはっきり返事がきた。
「あきら」
「ふーん、そっか。あきら君か。ママはあきら君の事なんて呼んでるの?」

 あきら君の答えより早く必死の声が俺の耳に届いた。
「あっく〜ん!」
 かなりせっぱ詰まってるようである。こりゃ勝手に家を抜け出してきたな。
 ちゃんと母親に向かって歩いていたのに、砂場の方に集まってたお母さん達から「ちょっとどこ連れてくの」「お母さん、早く早く」「連れてかれるわよ」などの過剰とも思える声が飛んできた。しかし声の割には誰も来ない。
 やばい。誘拐犯に見られたのか。俺は動くのをやめ、ちゃんと止まってあっ くんママを待った。
「お願い。返して。私の大事な子供なの」
 泣きながら頭を下げる、あっくんママを見てまたしても俺の体は固まった。
 さっきの奇妙な感覚の正体が判った。なんと彼女は俺の妹にそっくりだったのだ。そして俺んとこの兄妹は四人ともよく似ていることで有名である。
 そうなのだ。あっくんは俺にとてもよく似てるのだ。それはお母さんが俺に 似ていたからであったのだ。
 俺たち兄妹の硬質な黒のイメージを柔らかな茶に変えたらきっとこうなるだろう。そして付け加えるなら彼女はとても若かった。

 思わず見とれていた俺はまだ固まっていた。それを勘違いした彼女は、
「放さないと警察を呼ぶわよ」
 携帯を手に涙顔で俺を睨む。俺はやっと動くことを思い出した。
「すいません、心配させて。俺は子供が好きなだけで。何もしませんから」
 そう言ってあきら君を返そうとした。
「やるー。やるー」
 しかし腕の中の子はヨーヨーをすることで頭がいっぱいのようだ。
「駄目よ。帰るのよ。勝手に家から出ちゃだめじゃない」
 俺の腕にしがみついてるあっくんを無理矢理引き剥がそうとする。とうとう 彼は泣き出した。思いっきり力を込めて。
 予想がついていたのですぐに『タカイタカイ』をする。泣きやんだところで ヨーヨーを差し出した。
「これはあっくんにあげる。後でママにやってもらいな」
「イヤー、やる、言ったー」
 せっかく泣きやんだのにまた泣いてしまった。どうあってもやらせたいらし い。俺は大歓迎なのだがお母さんはどうだろう。様子を窺うと明らかに不信気な顔付きだ。
「知らない方から物を貰うわけにはいきません。さっ、あきら、帰るわよ」
 うーん、まだヤバイ奴だと思われてるのか。
「じゃあこうしよう。明日もまた同じ時間にくるからその時にヨーヨーしよう。その約束にこれは預けておくから」
 泣いてるあっくんを説得しようと試みる。お母さんの方にも頼んでおく。
「俺は北城高校三年、竹田鷹哉。怪しい者ではない証明に明日は制服着てきま すから。あきら君と約束していいですか」
 お母さんも俺の熱意とあっくんの泣き声に負けたのか、承知してくれた。俺 は小さな小さな小指と指切りをして別れた。


 次の日、同じ時刻に来て待った。しばらくするとあっくんが来て俺を見つけ て嬉しそうに寄ってきた。なんだかしぶしぶ来た感じだったお母さんも制服が 北城の物だと判ると(うちは進学校で有名なのだ)かなり安心したようだ。
 あっくんを膝に乗せ、俺の手とヨーヨーとの間に可愛らしい手を挟んで上下 に動かす。すると自分でやってるように思えるのかキャッキャッと言って喜ん でいる。
 彼女は並んで腰をかけ、勝手に自分たちのことをぽつぽつと話し始めた。き っと誰かに話したい気持ちで一杯だったのだろう。見ず知らずに近い俺に言う くらいなのだから。

 お母さんの名は田辺美沙、あっくんは晄と書く。なんと彼女は俺と同じ十八 才だった。
 年がタメだと分かると親しさが増す。
「中三の時にね、あこがれてた先輩から告白されて舞い上がってたの。同じ高 校へ行くって周りにもふれ回ってたから、私の気持ちが伝わってて断られない って分かってたみたい。二〜三度デートしただけで無理矢理ヤられちゃって。 子供が出来てるのに気づいたのはもう七ヶ月に入ってからだった。相手はあっ さり逃げたわ。ただやりたかっただけだったの。何とか中学は卒業させてもら って四月に生んだの。だから晄は今月でちょうど二歳半よ」
 生んだのは後悔してない、そう断言した時は凛として美しかったがその後の 顔が浮かない。どうしてだろう。
「もうずっと家に閉じこもりっぱなしで。すっごいストレスが溜まっちゃって。公園とかは近所の目が怖くて出てこれないの」
 そりゃ十五で子供を産んだなら相当話題になっただろうな。
「でも親の所にいるんだろう。だったらたまには羽を伸ばしたらいいじゃない か」
「そうはいかないわ。こんな事になっちゃって親からも冷たい視線がくるのに。とても預けて出かける気にはさせてくれないの」
「孫なんだから可愛がってくれるだろう」
「ええ、晄のことはね」
「うーん、ならここへ出てくるしかないか」
「‥‥そうなんだけど。まだ視線が痛くて。いつもみんながいない時を見計ら って来てるの。晄がすごく遊びたがってるんだけど‥」
 そう言って彼女はため息をついた。こんなやつれた影を落としていると俺と 同い年には見えない。相当心労がたまってるようだ。
 そろそろあっくんはヨーヨーに飽きてきた。俺の腕からの脱出を試みている。
「なぁ、思ってるよりもみんな気にしてないかもしれないぞ。今まであの中に 入ったことはないんだろう。試してみたらどうだ」
「ダメ。そんな勇気があるならとっくにやってるわ」
 そりゃそうか。
「じゃあ俺が行ってみるよ」

 俺は立ち上がり、あっくんの手を引いてお母さん達がたくさん集まっている 砂場へ向かった。そしてあっくんと同じぐらいの子供に話しかけた。
「ねえ、この子は晄君って言うんだけど一緒に遊んでくれるかなぁ」
 その子が返事をするかしないかで近くにいた親が腕を引っ張り余所へ行った。俺はめげずに二〜三人にも試したが反応は同じだった。
 何だよ。なんて事だ。そんなことだから子供達がいじめなんてするんだよ。
 無性に腹が立って仕方がない。
 戻ってくると美沙さんは泣いていた。
 ちっくしょー。大人気なさすぎるぞ。
「やっぱりダメだったね」
「あんな奴らはこっちから願い下げだ。これからは俺が来て遊んでやる」
 美沙さんはちょっと驚いた顔をしてそして初めて微笑んだ。
 あっ、こんな顔ができるんだ。俺はなんだか暖かい気持ちになり、その顔を 何度も見たいと思った。

 そして学校の帰りに毎日よることにした。住まいをたずねるとなんと目の前だった。なるほど、それで昨日はヨーヨーを見つけたあっくんはここへ直行 したわけだ。公園をしじゅう覗いては人がいなくなった時点で遊びに来てたわ けか。その人目を忍んだ様子を思うと目頭が熱くなる。絶対に俺があっくんの 友達を作ってやる。

 友達を作って‥、なんて大きなことを言ってしまったが、学校から帰るとどんなにがんばっても三時を過ぎる。秋というこの季節柄、だんだん日が短くなってくる。今はまだ五時まで遊ばしてる人たちが多いがこれからは時間が繰り上がっていくだろう。

 俺は日増しに焦りを感じていた。
 親がダメなら子供から、そう考え思わず遊びたくなるようなことをあれこれ 試してきたが後少し、と言うところで必ず親に連れ戻されていた。今日も縄跳 びで汽車ぽっぽをしてこの輪に入りたそうな子の周りをわざと回ったのだがダ メだった。いつもならこの手で数人は軽く確保できるのに。
 焦ってはいたがその心と裏腹に少しずつ明るくなってくる美沙が可愛くて嬉 しかった。もちろんとてもよく懐いてくれてるあっくんもだが。
「鷹哉ってほんとに子供が好きなのね」
 にこにこと美沙が言う。もう俺の前では影は見えない。十月も終わり、弱く なってくる日差しと反対に、だんだん美沙が眩しくなってくる。女の子もこん なに可愛いモノだっただろうか。俺は今まで子供を産んでくれる人としか捉え てなかったのだ。
「鷹哉がいてくれるからここも楽しい。ここへ出てくる勇気がわいてくる」
 俺は生まれて初めて子供以外の人を愛おしく思った。

「なあ、いつもこの公園ばっかりだから、一度遊園地に行かないか。明日は土 曜日で半日しかないし、天気も良さそうだし。どう?」
 日曜日はあっくんと近い年の相手と遊べる唯一のときだ。親父さんがいとこ の所へ連れてってくれるらしい。だから行くなら土曜しかない。
「えっ、いいの。私たちなんかと一緒で」
「何でそんなに自分を卑下するんだよ。俺は子供にかこつけてデートに誘って るんだぜ」
 それこそ死ぬほど驚いた顔になった。
「そん‥っな。だって子供だっているし」
「そんなこと関係ないだろう。俺は子供好きだし。あっくんのことはすごく可 愛いと思ってる。だけど美沙だって十八の女の子らしく遊んだっていいんじゃ ないか」
「そんな夢みたいな事、私にはもう関係ないと思ってた」
「で、返事は?」
「もちろん、オッケイよ」

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