意地っ張りな彼氏

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「勝崇〜。またやるの〜」
「勝つまでやる」

 あれからひと月が過ぎ、挑戦した数は20回を超えていた。
 部活終了後、着替えてから体育館に戻ると麻美が待っている。そこで一回だけ勝負するのだ。普段のシュート率は麻美だって6割か7割なのになぜかここ一番って時は8本か9本入る。
「集中力の違いだね」
 そう言われると悔しいが返す言葉がない。やはり邪な考えでは精神も乱れるのだろうか。そして今日もまた負けてしまった。力が抜けて座り込む。悔しくて涙が出そうになる。

「だから、麻美お姉さん。キスして下さい、って言ってよ。簡単でしょう」
 そうだ、今日こそ言ってやる。それが一番簡単なんだから。俺は子供ではなく、雄だってことを見せつけてやらなくては。首の縄なんていつでも引きちぎれるんだ。
 なぜだか結構真剣な顔をして待つ麻美に向かう。
「麻美‥おっ、お‥ば」
 で、いきなり頭をはたかれた。
「違う」

 ああっ、なんでだよ〜。お姉さんって言えばいいだけじゃないかよ。今の決意はどこへ行ってしまったんだ。駄目だ。俺はまだ男じゃないんだ。子供に雄が勝てないんだ。うちで1人でなら簡単に言えるのに。麻美を目の前にするとどうしても言えない。俺ってこんなに神経細かったっけ?
 中学生のくせに女子大生を落とした男、と言われ心臓に毛でも生えてるかの如く思われてるのに。自分でもそう思っていたのに。

「麻美、お前ほんとに俺のこと好きか?」
 恨めしくて最近疑問に思ってたことが出てしまった。俺は試合中のあの言葉を真に受けて、その帰りからムリヤリ付き合わせてる。よく考えたら麻美から好きだと言われたことがなかったのだ。
 同情? それとも言ってしまったから仕方なく?
 そしたら思ってもみない返事が来た。
「勝崇こそからかってるだけ何じゃないの? こんなおばさんが中学生に翻弄されてるのがそんなに楽しい?」
 ええっ? 麻美は一体何を言っているのか。俺にはちっとも分からない。
 でも麻美の瞳からはいつも輝いているあの光が消えている。

 不安?

「何でからかってるなんて思うんだよ」
「だって、いっつもそうじゃない。人のこと呼び捨てにするわ、おばさん呼ばわりするわ。キスだって好きだからじゃなくて、経験したいだけなんでしょう?」
 麻美は座ってる俺の回りを歩く。一カ所には居られない、そんな感じで。
「違う! そんなん決まってるじゃないか」
「違わない。じゃあ、川村さんがキスしてもいいって言ったらどう?」
 川村ぁ? なぜにここにマネージャーの川村が登場するのか。
「川村が何の関係があるんだよ」
「仲いいじゃん!」
 そりゃあマネージャーだから仲悪くはないけどさ。
「ただのマネージャーじゃん」
「ただにしては勝崇のこと良く知ってるし、勝崇だって川村さんの言うことはよく聞いてるじゃない。それにあの子は勝崇のことが好きだよ。知ってるんでしょう」
「ええ〜っ、嘘だろう」
 麻美の顔から力が抜ける。

「知らなかったの?」
「だから嘘だろうって言ってるじゃん」
「だって、あの練習試合の時だって、何であいつはあんなにやる気がないんだって聞いたら、負けそうになったらいつもだって言うからびっくりしてたら、ご褒美あげたら頑張りますよ、ってあの子の言うとおりに叫んだらほんとに勝っちゃうんだもん」
 えっ、ちょっと待ってよ。
「じゃっじゃあ、麻美はほんとに俺のこと何とも思ってないってこと?」
「なんで?」
「だって川村の言うこと聞いただけなんだろう?」
「そりゃ川村さんがあんたのことをよく知ってたのには驚いたけど‥」
 違うって、俺が麻美のことを好きなのは川村だけじゃなく、みんなが知ってたんだってば。

「あたしは嘘は付かない」

 そうだよな。何事も白黒ハッキリしてる麻美に限って同情とか、おもしろ半分でとかってことはないよな。分かってたんだけど、聞いて安心する。
「じゃあ、キッキスしてくれてもいいじゃん」
「こう言うのは2人ともが思い合ってないと」
「やっぱ麻美は俺のこと思ってないんだ」
「違うでしょ、勝崇があたしのことを思ってないんでしょう」
 さっきから何を言ってるんだ。麻美は。
「好きじゃなきゃ、キスしたいなんて思うわけ無いだろうっ!」
「ほん‥とに?」
「ほんとだって、何でそんなこと思うのさ」

「だって、勝崇ってば、キスよりもトスで負けたことの方が悔しそうだった」
 うっく、確かに最近はちょっと意地になってたかもしれない。
「それに本気でキスしたいのならお姉さんって呼んでくれてもいいのに」
 ええっ、だってそれは、俺の方こそ言いたんだけど、どうしても照れちゃって言えないんだよ。ああ言うのは初めに言えないと、後から何回言おうと思ってもダメなんだって。
「それに好きだって言われたこともないし」
 あれっ、俺も言ってなかったっけ? そんな当然のことはとっくに言ったと思ってた。
「本気であたしのこと好きなんて思えなかった」
 じゃあ、麻美も疑問に思ってのか。
「こんなに本気なのに、回りの奴らだってみんな知ってるぜ。俺が麻美に惚れまくってるって」
「おばさんなんて言うくせに」
「だっだから照れちゃって、つい‥」
 麻美本人だけには俺の行動は好きの裏返しだって伝わってなかったのか。あんなに俺のことを子供扱いしてたくせに。何でその子供の行動を分かってくれないんだよ。
「じゃあ言ってよ」
「えっ何を?」
「だから好きだって、お姉さんって」

 俺は固まってしまう。でも、今ここで言わなくちゃ、キスがどうこうと言うより、麻美が離れていってしまう。子供の俺にだってそれだけは分かった。
 照れなくていい、真剣になればいいんだ。
「あっあっ麻‥美。おっ‥」
 すーはー、深呼吸。よし、行くぞ。

「おねえさん! 好きです! キスしたいです!」

 いっ言った、言ったぞ。顔と頭に全身の血が集まっている。心臓が喉から飛び出しそうだ。
 麻美はガバッと抱きついてきた。慌てて受け止めるが後ろにひっくり返る。
 ゴイ〜ン。
 思いっきり後頭部を打ち付ける。
「ごめん。大丈夫?」
 仰向けになった俺を心配そうに覗き込む。
 俺は痛みをこらえて無理に笑った。
 麻美は俺を上から覗き込んだままでしゃべる。

「あたし不安だった。こんな若い子が本気であたしのことを思ってくれてるのかって。おばさんって呼ばれるたびに胸が痛んだ。一生懸命大人のフリするしかなかった。そんなこと大人だから何でもないのよって。あんたみたいに生意気で偉そうな中学生だってあたしから見れば子供なのよって。そうじゃないと辛すぎた」
 俺の頬に暖かいものが落ちた。
 あっ麻美? 泣いているの。この勝ち気な麻美を俺が泣かせてしまったというのか。
「ごめん。ほんとにごめん。俺のガキ臭い行動は全部分かってると思ってたんだ。好きな子をいじめる子供だったんだよ。約束する。もう二度とおばさんなんて言わない。でもお姉さんも勘弁して。必ず名前で呼ぶから。俺は麻美しか見てないから」
 麻美の顔はそのまま俺の上に下りてきた。

 そっと唇が重なる。
 そして静かに離れる。

 うっ嬉しい。麻美の唇が当たったところが熱を持って痺れてる。
「麻美、もう一回」
 腕を伸ばし麻美の首に回す。そして引き寄せる。
 麻美は床に付いた手を突っ張った。
「駄目。今度こそちゃんと勝ったらね。釣られた魚はより大きく見せないとね」
 そう言って麻美は涙を溜めた目で勝ち気に微笑む。

 うわあっ。ダメだ。クラクラする。こんな顔をされちゃあ勝てるわけがない。
 ああ〜、やっぱりこれは惚れた方の負けなのだ。想いが深い方が負けるのは、昔から決まってるのだ。
 ああっ、麻美の想いが俺と同じ深さになるのはいつのことだろう。

 俺はがっくりとして床に大の字になった。

 立ち上がった麻美は出口に向かいながら捨て台詞を残してく。
「勝崇。あたしも大好きだよ。でなきゃ毎日ここに来てないでしょ」

 くそっ、やっぱり麻美は格好いい。
 俺は速攻で立ち上がって追いかける。

「麻美っ!」

 俺はどこまでも追いかけていくよ。
 例え可能性が1パーセントになったって。
 なっ、いいだろう?


−−終わり−−



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