意地っ張りな彼氏

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 ダシーンッ!

 体育館にボールが弾ける音が響く。まるで男バレのような凄い音。見事としか言いようがない鋭角のスパイクが決まった。
 その瞬間、俺の心にもスパイクが決まっていたのだ。


「おっ、おっ‥お」
 くっそー、んなこと言えるか。
「‥麻美ぃ。お前、おばさんのくせに中学生相手に大人げないぞ」
 麻美は突いてたボールを手に持つとちょっと睨む。
「年上を呼び捨てにするな。しかもお前じゃないでしょ。私がおばさんならあんたはませガキ」
 俺の顔は火がついたように熱くなる。
「なっ、何だよ。こう言うことを賭けで決めるなんて不謹慎なこと言い出したのはそっちだろう」
「だって、ただであげるのはこの可憐な唇が勿体なくってぇ」

 〜〜〜〜っっ!
 何が可憐だよ。どうして俺はこんな奴に惚れてしまったのだろう。
 そりゃ花の女子大生ともなればキスくらいは何でもないのかもしれない。でも、でも俺はまだ中学生なんだぞ。15歳なんだ。つっぱっちゃいるが堂々と口に出して言えるほど年食っちゃいないんだ。頼むから少しは考えてくれよ。

「さあ、もうボールしまうよ。いい加減帰ろうよ」
 麻美(あさみ)はそう言って切り上げる。そして学校から家の近くの公園までが唯一のデートらしい、恋人っぽい時間だった。

 昨日と同じに公園のベンチに座る。6月に付き合いだしてからこの9月まで雨の日以外は、ほぼ毎日同じことをしている。

 でも昨日は少し違ったのだ。やっとの思いで抱けるようになった肩を引き寄せ、キスしようとした。そして、なんとあっさりと躱されて失敗してしまったのだ。

 ガーーーーーン。

 このショックはもう立ち直れないほどで。
 メチャクチャに落ち込んだ俺を見ても、麻美は慰めの言葉一つ掛けてくれるわけでもなく、姿勢を崩さない。それから「私に勝ったらキスしてあげる」そうぬかしやがった。
 でもどうしてもキスしたい。その思いで一杯になっていた俺は挑戦した。そしてさっき負けてしまったのだった。

「手」
 照れくさくてどうしてもつっけんどんな言い方になってしまう。それでも麻美は大人の余裕かにっこりとして俺の手を取る。くっそー、もうこの辺で完璧に負けている。俺のドキドキが麻美に伝わってしまいそうで恐い。ほんとはこんなに緊張してるんだってばれてしまう。
 だけどどうして手を繋ぐなんて幼稚園児みたいなことでこんなに幸せになれるんだろう。こんなに幸せだと思うのになぜ先へ進みたいのだろう。
 そっそれはぁ、男だから当然! うん、そうだ。そう言うことにしておこう。


 麻美は俺の中学の卒業生で、バレーのことを何も知らない顧問に頼まれて、この春から女バレのコーチに来ている。去年まではバレー経験者の先生が顧問になってたんだけど、転勤してしまったのだ。そこでうちのバレー部が誇る、伝説の名セッター麻美が呼ばれた。
 バレーの名門高校を卒業後、現在体育大学でも続けてる。実業団からも引きがあったくらいなのだが、体育の先生になりたいという夢があって、後2年もすれば実現するのだ。

 そう、麻美は二十歳。俺はただの少年A。

 キスを賭けた勝負とは、同じセッターとしての勝負でもあった。バスケのリングに、10回中トスが何回入るかを競う。
 俺の身長は176センチ。麻美より5センチ高い。少しは有利なはずなのに麻美は外さない。結局半分しか入らなかった俺は一回しか外さなかった麻美の足元にも及ばず、涙を呑んだのだ。


「何で、キッキスしちゃいけないんだよ」
「だから言ったでしょう。勿体ないって」
「あんな事で勝ったらしてもいいのに?」
「だって私に勝てるわけないもん」
 こっこいつ〜。
「勝つためには練習すること。勝崇(かつたか)練習嫌いだから目標があったら燃えるでしょ」
 そう言って麻美は常に目標に向かってきたであろう、真っ直ぐな瞳を俺に向ける。この強い光を宿した目が好きだ。今までそう大した努力もせず、熱くもならず過ごしてきた俺を引きずり込む。

 そして麻美は繋いでいた手を顔のほうへもっていくと、俺の手の甲にチュッと口付けた。
「ぅわぁっ!」
 ほんのちょっとだったにもかかわらず、凄く柔らかい、暖かいものが、ムズムズと甲から頭まで届く。キスしたいとか大胆なことを言ってたくせにそんなことでびっくりして手を振りほどいてしまった。
 それを見て麻美も驚いている。
「勝崇‥」
 くっそぉう! どうせ俺はガキだよ。また照れ隠しに顔を膨らませる。
「だ・か・ら、素直に言ったら?」
 その顔に恋人接近してくると鼻をちょんとつつかれた。
 こっこんなに意識してるのに、そんなに無防備に近寄ってくるなよ。だからしてもいいのかと思うんじゃねぇか。
 完璧に子供扱いされてることに腹を立てる。でも好きなんだよな〜。ほぅっとため息が出てしまう。
「いやあねぇ。なに悩んでんのよ。こっちは簡単でしょう」
 こっちもどっちも駄目だったの!

 ほんの30分くらいのひとときを過ごすと6時半だ。大学で朝練がある麻美はすぐに帰っていく。麻美の方が大人だけど、こういう時は男と言うことの方が大事なのでちゃんと送っていく。
 保護者面して「私の方が未成年者を送って行かなきゃいけないのに」と言う言葉により反発して。

 うちへ帰り、部屋に入ると写真を眺めた。それは麻美がコーチに来てすぐ行った紅白戦の時のものだ。美人なお姉さまが来るってんで、野郎どもは体育館に鈴なりだった。写真は新聞部からこっそり買った。
 紅白戦はこれからのレギュラーを決めるために3年対1、2年で行う。もちろん実力を見るために麻美がやらせた。
 しかし女子の3年はまあまあの奴が揃ってるんだが2年は全然弱い。1年なんてこの間まで小学生だったわけで経験者すら居なくて問題にならない。だから全く試合にならなかったのだ。
 1セット目に1点も取れなかった2年生はビビッちゃってもうどうしようもなかった。絶対勝てない、諦めムードが漂う。
 そこへ麻美はコーチのくせして入り込んだ。

「いい? 諦めたら諦めた時点で負けなんだよ。例え1パーセントでも可能性があるのなら諦めちゃいけない。諦めなかった試合は負けても胸が張れる」

 俺は50パーセントでも負けの可能性が出てきたら、すっぱり諦めちゃうけどね。無駄に足掻くなんて格好悪い。
 そして俺が惚れたスパイクを一発決め、3年を威嚇しといて、その後はセッターの務めに徹した。だがそれもまた俺の憧れてる中田久美を思わす動き。下手くそなレシーブでも必ずトスにする。ツーアタック、フェイントで必ず繋ぐ。麻美のその活躍は目を見張るほど鮮やかで、次のセットを取ったのだ。
 3セット目は本来の役目を思い出したのか、試合には参加しなかった。しかし自信を付けた2年生は3年生から5ポイントを奪った。このポイントが持つ意味は大きい。

 俺は自分の練習そっちのけで食い入るように麻美だけを見ていた。全ての行動にゾクゾクした。どうしてもお近づきになりたかった。この目で、この手で、この人を見つめ、触れたかった。こんなに熱くなったことは生まれてきて初めてだった。

 しかし試合が終わると、まだ名前も知らなかった麻美にこんなことを言ってしまったのだ。
「おばさん。バレー教えて」
 女バレの連中はもちろん、男バレの奴らも一歩引いた。

 バチンッ!

 かなりの音がして頬を張られた。あのスパイクを打つ手だ。相当に痛い。しかしそれはその力を生で体感できたのだから、俺はまたゾクゾクする。
「あんたねぇ。あたしは先輩なんだよ。目上の人に使う言葉も知らないの。ったく〜。これだからガキは。あんた名前は?」
 女子の顧問の遠山もハラハラして見てる。やっとの思いで来てもらったのだ。慈善事業なのだ。ボランティアなのだ。麻美には雀の涙ほどの金も入らないのだ。

「俺は高倉勝崇。男子の主将をやってる。ポジションはセッター」
「ふぅん、一応挨拶は出来るんだ。だけどあたしは女子の方に夏の大会までの約束できてる。男子まで面倒は見れないよ。それにそっちはちゃんと西村先生が居るじゃない」
 体育会系の麻美は上下関係には厳しい。それに誰の下っていう筋を外れることも嫌いだ。だが西村は高校でやってただけで、そう大したことは出来ない。バレーのことでも個人的にも俺は麻美が欲しかった。
 だから俺は負けなかった。そんなことで引き下がってはいられなかった。そう、麻美が言ったのだ。「例え1パーセントでも可能性があるのなら諦めちゃいけない」と。俺は生まれて初めて可能性が半分以下のものに挑んだのだ。

 俺が麻美にまいってるのはすぐに周知の事実となった。誰が見ても分かっただろう。俺は小学生のように、好きな子をいじめる行動に出ていた。つい、おばさんと呼んでしまい、やってることに張り合った。
 そして6月に行った練習試合で負けそうになったとき、応援してくれていた麻美は叫んだ。
「勝ったら付き合ったげる。だから頑張れっ!」
 やっぱり体育会系の人間だからか、ただの負けず嫌いなのか、負けるのはどんな試合であれ耐えられなかったらしい。それと感情が豊かなんだろう、すぐにその場に同化してしまうのだ。麻美からしてみればガキの集団なのに、すっかり俺たちと同じ中学生になっていた。
 もうすでに諦めていた俺は打って変わって、今まで格好悪いと思っていた必死という行動に出た。そしてしっかりバッキリ勝ちを納めたのであった。
 勢いだけだったと思うけど、言ったことにグダグダ言わない麻美はちゃんと付き合ってくれた。

 勝ち気で短気で、でも涙もろくて、単純で豪快で、でも誰よりも真剣で、麻美は俺の理想そのものだった。もうメロメロに惚れきっていた。
 だから! それだからキスしたかったのに。手や肩だけじゃなく、唇も触れたかったのに。抱きしめて俺の物にしたかったのに。

 なのに麻美はいつも子供扱いする。実際に子供ではあるけれど、だけど俺は男であり、心も体も雄なのだ。子供の枠を飛び越えて、いつでも雄が暴れ出せるのだ。それを麻美は分かっていない。
 子供の純情と雄の狂気とこの年頃の男は両方を持っていて、そしてそれを上手に扱っていけるほどの経験を積んでない。こんな危ない奴を首に縄を付けて飼ってるつもりで居るのだろうか。

 そう、一番簡単な方法を取ればいいのだ。そして麻美に分からせてやればいい。俺だって男なんだから、そのためには手段を選ばないってことを。


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