永井一郎パロディ ’99.01
(CSが出始めた当時のネタ。今でも笑えるか?)
TV局が、増えすぎたアニメをBSに移民させるようになって、数年あまりが過ぎた。
各家庭にはパラボラと呼ばれる巨大な円盤形受信器が浮かび、人々はその下でアニメを見、録画し、消していった。
西暦1998年、メジャーから最も遠い衛星放送、ディレクTVは、AT-Xを名乗り、アニメ界に独立採算経営を挑んできた。
民放は圧倒的なアニメストックを持っていたにもかかわらず、AT-Xは、TV東京深夜枠落としなどの大量顧客獲得兵器により、民放のアニメ再放送枠の半数を死に追いやった。
夕方のアニメが悉くニュースに差し替えられ、昔のアニメを見ることに金がいるようになってしまった現実を突きつけられて、アニメファン達は、その、自らの行為に恐怖した。
放送は膠着状態に入り、8ヶ月あまりが過ぎた。
ガンダムの語りは永遠ですなぁ。
実験失敗 ’02.10
島津製作所の田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞されました。おめでとうございます。同じ日本人として嬉しく、かつ誇りに思います。氏はソフトレーザー脱着法の基礎部分を考えた業績で受賞した様ですね。はっきり言って新聞の説明じゃぁ良くわからないんですが、CVDやレーザ核融合みたいな真空応用技術みたいですね。詳しくはNewtonとか読まないと...。
いやいやそういうことを書こうと思ったわけじゃなかった。田中さんがお話の中で、「失敗が大発見の元になった。」なんて趣旨のことを言ってましたが、僕らが化学の失敗って聞くと、『ビーカーだかフラスコだかに試験管から液を一適入れると大爆発を起こして、クロンボ顔にアフロヘヤになっちゃう』っていうイメージって相場が決まってたっけなぁって思った次第です。首だけになった試験管を持ったままってのも譲れないですよね。
シンガポールに行った ’01.10 出張でシンガポールに行った。前回の韓国と違い三泊五日なので、あまり詳細は判らなかったかもしれないが、取りとめもなく書き連ねておこう。
シンガポールは台湾、フィリピン、マレーシアを飛び越えた先にある。北緯1.5°だってから、ほとんど赤道だ。名古屋からの直行便が出てるんだけど、それでも7時間かかる。長い。救いなのは時差が一時間だということか。向こうでは一時間遅れているので、向こうにいる間はただでさえ早起きなのがもの凄く早起きになった。
飛行機はご時世柄ガラガラだった。どの位ガラガラかというと、多分乗車率5%位だったんじゃなかろうか。お陰でシンガポール航空(小牧からの直行便はこれしかない。だから高い。)のスチュワーデスさんはひっきりなしにお絞りとか飲み物とか持ってきてくれた。いつもならでれでれと喜ぶところだが、今回は英語で1時間発表するのが仕事なので、原稿読む練習に必死であり、にもかかわらず何回もやってきてしかも気を使って話し掛けてくれる日本語がまた聞き取り難いので、あ"ーもーって感じだった。今考えると惜しいことをした。
機内で仕事をしていたのは別に黄色と黒の24時間社員だからというわけではなく、はっきり言って怖かったからだ。例の事件の後、イスラム教国であるインドネシアは会社からの出張禁止区域になってたんだけど、大体シンガポールってそこに三方囲まれているのである(直に国境を接しているのは北側のマレーシア)。出発前日にも小泉さんがミギーな発言しまくるし、今だから笑い話だけど、行く前の日、密かに身辺整理したもんね。だからもー、離陸時や飛行中にどこかからミサイルが飛んでくるのではないかとか、このままJRタワーズ(名古屋駅のビル)に突っ込むんじゃないかとかもう気が気じゃなくて、気を紛らさないとやってられなかったのだ(しかも死亡率トップの羽の上の席だときてる)。特に着陸時なんてもう絞れるくらい手に汗握ってて、着陸したときは真剣に手を合わせた。
着いたら生きた心地がしてきたから、客観的に話そう。全然前知識無しに行ったので着いてから驚いたが、シンガポールは香港みたいな都市がそのまま国家になっている小国だった。国の大きさは淡路島と同じくらい、と言っても淡路島に縁のない僕にはピンと来ないから日本地図を見てみると、大体名古屋市と同じくらいだった。なるほど、高速道路で2時間もあれば一回りできると言っていたのもうなずける。人口は300万というから、それも名古屋と同じくらいだ。シンガポール人は中国華僑系が7割を占め、残りの色の少し浅黒い人たちがポリネシア系の、いわゆるネイティブだ。この人達が経済を牛耳っている(前者が強い)。
だから、狭いところに国が凝縮されているわけで、特徴としては、何処に行っても人がいて、しかもとにかく国中“街”だってことだ。区画がはっきりしていて、工場が工業団地にあるのは勿論だが、住宅も住宅の区画に“団地”って感じで作られ、観光場所としての街は“街”然としてある。神戸くらいの瀟洒な街並みが名古屋みたいな道路の広い街にすっきりと広がっている。そんな形容をすると大体合っていると思う。(でも名古屋弁は解しない。)
シンガポールって言えば僕でも知ってたのが、ゴミを捨てたら犯罪になる、ってことだが、確かに日本とは比較にならないくらい綺麗だった(中国人は見てなければいい、という民俗らしく、影では捨ててるらしい)。ゴミはないとは言わないけど、すぐに片付けられるようだ。何故なら、単純労働の供給源としてインド人などを入れており、この人達がごみ集めとか掃除とかをすぐにやってくれるのだ。面白いのはマクドナルドとか入ってもトレイを片付け(てはいけ)ないことで、何故なら“この人たちの職がなくなる”からだそうなのだ。貧しき者に職を与えて“やる”のは恵まれたものの義務という思想があるらしいのだが、植民地支配を何百年も続けてきた西洋人とかはこういうの当然なんだろうけど、身の始末を当然と躾られた貧乏日本人の僕にはなかなか割り切れない話だった。
向こうは熱帯、って思っていたが、10月下旬の時点でだいたい30度くらい。確かに蒸し暑いんだけど、名古屋で言うと6月下旬くらいの熱さだった(湿気含む)。年間通しても30〜35度くらいらしく、はっきり行って名古屋の7月の方が熱いらしい。僕は夏でも長袖だから今回も夏用のジャケットまで羽織って行ったんだけど、向こうの人は文明の利器を思い切り使いたいのか、クーラーで18°まで冷やす部屋の中ではこれでも寒いくらいだった。(ただし、これから三月間続く雨季の湿気はとてつもないそうで、とにかく“ありとあらゆるものがカビる”らしい。(現地日本人談))
それでも、低緯度地帯であることを実感したのは三つある。一つは方向が判らない事。僕は地方行ったり韓国行ったりしても絶対迷わないのだが、今にして思うとどうも、建物の向きや木の生え方などを無意識に基準にしていたようだ。方向性もなく洗濯物が干してあったり木が完全にまっすぐ生えていたりするとこれが狂っちゃうんだな多分。街中を歩くときには常ならぬ集中力を必要とした。影が無くなる経験は残念ながら出来なかった。僕が行っている間中雨のち曇りだったからだ。
二つ目は日の明け暮れにメリハリがある(ありすぎる)こと。北極とかでずーっと昼だったりするのとは完全に逆のことが起きてて、両7時に突然日が昇って・暮れる。ホテルで6時50分位にまだ暗いなーとか思ってはっと振り向きなおすと、窓の外が明るくなってて慌てて時計を見るってことになる。6時じゃないのは時刻決定線が西にずれているためだ。
三つ目は音。早暁、日本では雀のチュンチュンとかハトのポーッポーッってのだけど、むこうでは、ウンギャー!!(笑)ってのが鳴く。地元の人に聞いたんだけど結局何の鳥かわからなかった。そもそも、熱帯の鳥図鑑で見られるような極彩色の鳥がそこいら中舞っている、わけではない、何しろ街だから。街中をうろついてるのは雀とカラス(どちらもスリム)と、黄色いくちばしの黒い鳥(教えてもらったが忘れた)だった。(隣国インドネシアではオオカミの遠吠えが聴こえるらしい。)ハトは全然いなかった。中国人が食っちまったのだろう。いないって言えば、小さなとこでは蚊がいないのに感心した。マラリアを媒介するから特に注意してるんだろうけど、一月にいっぺんくらい、バルサンみたいな霧状の気体を消防自動車みたいなトラックが撒きに来るそうだ。辺りが白くなるというから豪快だ。
物価の話をしようか。服飾代は安い。大体向こうではビジネスでも背広を着なくてもネクタイをしていれば許されるから、着る服がそもそも軽装なのだ。僕は5泊以内の出張はカバン一つで行くので、今回も街中を歩くときは長袖のカッターを着ていたのだが、「暑苦しい」と言われて半そでを買わされた。10$で650円。安い、のかな。(ちなみに1$70円弱。最高紙幣が100$で、紙幣は2$まで、裏は国を代表する文化を描いてあり、表は全て同じおっさんの顔が入っている。建国の父とかではなく、経済なんとか庁の長官らしい。硬貨は1$から1¢まで。1¢は、もう日本円にしようがないから、まだ財布に入っている。8mm径の銅貨だ。)
今回は全て社の車で引き回されたから乗れなかったが、交通費は安いらしい。国民の主たる交通手段はバス・タクシー、それに地上に上がる半官半民の地下鉄だ。一人で地下鉄の駅に入ったときは一番高くて2$60¢の記述があったから、名古屋の地下鉄の半分くらいだと思えばいいのかな。バスは普通車両のほかに二両連結のもの、二階建てのものとあり、バラエティに富んでいるが、信号待ちで青になったときに歩行者の僕の前に二両連結のやつがぬっと現れて止まったりすると辟易する。バスは車体に広告が書いてあるのが普通で、横を走られるとちょっと驚く。タクシーで面白いのは畳1/4位の広告を頭につけて走っているものだ。大風が来たら大変だねぇといったら、向こうでは台風と地震は無いんだそうだ。(台風はもっと北のフィリピンで生まれるらしい。)自家用車は向こうでは高嶺の花、10年ローンがザラだとのこと。そりゃあの国土に全員が車使えたら動けなくなるわな。運転は気ままで、ウィンカーをつけたまま走ってる車がちょくちょくあり、ホントに忘れている、らしい。けど全般的に、なにわナンバー三河ナンバーの運転を見慣れている目には、寧ろ紳士的とすら思えた。ちなみに小さいのはともかく、死亡事故は滅多に起きないらしい。おー。そうそう。信号はみんな発光ダイオードだった。金持ちな国だね。(名古屋では僕の知る限り一ヶ所しかない。)
ただ、狭いからだろうけど家賃は高かったね、日本と同じか、それ以上。日本人向けの新聞に出される不動産記事を見ると、2LDKで50万円なんてものもある。確かにいいとこらしいんだけど、大体20〜30万円相場ってのが凄い。一般国民はそこまで出さないだろうけど。
食事も、多分日本と同じか、僅かに安いくらい。シンガポール国内で生産されている食料は無いから、全てマレーシアやインドネシアなどの周辺国から輸入するんだけど、保存して食うという発想が無いから基本的にモノは新鮮で美味い。スーパーの雑多な食堂でもそうなんだから、このへんは日本じゃ敵わないと思った。僕が連れてってもらったとこがそうだったのかもしれないけど、食種は中国料理,海産物料理,インド料理,と果物だ。基本的に下痢などもせず、美味いものばかりだった。勿論これは衛生観念がしっかりしていることも大きいだろう。水道水も飲めるらしい。流石にゴクゴクとはやらなかったけど。って言えば、ゴクゴクとやったのはミネラルウォーターだった。これ、味はともかく容器が面白い。というのも、ペットボトル規格の制限が日本よりも緩いのか、必要最小限の原料でこさえてあるようで、薄くてもうペッコペコなのね、あれじゃ移動中に破損する分も多いんじゃなかろうか。でもひょっとしたらゴミを減らすという意味での政策が反映しているのかもしれない。ストローとかもギリギリの原料で作ってるみたいだったからね。このストローも面白くて、薄いからあんまり強く吸うとペタッて口が閉まっちゃうのよ。安全弁の役割をするナイスな品なのだ。果物はマンゴーと、ええっと何て言ったっけ、果物の王様ってやつ(ドリアンだ!)が主流。前者はまぁまぁ美味いが、後者はとてつもない匂いを出す。メリハリがありすぎてこれはちょっと遠慮したい。そうそう、唯一、タイガービールってビールは国産らしい。初めこそ違和感あったけど、すぐに慣れて、美味しいと思った。韓国のショウコウ酒(字忘れた)の時もそうだったけど、その国の食事に合う酒が必然的に主流になるということなのだろう。
公用語は英語だが、基本はそれぞれの民族の言葉で、名古屋弁を公共の場では標準語にするといったイメージか。でも訛りはきつく、唯でさえ聞き取りが駄目な僕は全然言ってることが聞き取れなかった。コーヒーのこと“コピー”とか言うんだもの。
街中を一人で歩く機会もあったんだけど、アンケートと募金してーってのが五月蝿くて困った。募金活動は学校の社会参加の行事としてやっているらしい。日本でも導入しようとしている、あれである。だから、一人には入れたけど、何百人もいるんだから破産しちゃうよっての。(後から聞いたら、シールだかをもらえるので、それを身体に貼ってたら近づいてこないそうだ。虫除けかいな。)
本屋は高島屋(一番いいとこにでっっかいのが建ってる)にあったらしいんだけど、見つからずに悔しがってたら、大黒屋(だったかな)デパートに入っている紀伊国屋に連れて行ってくれた。ここが笑っちゃうほど日本のままで、コミック関係は大体手に入ると思って間違いない。中国語に翻訳されたコミックも大きな面積を占めていたので、今回は食傷して買ってこなかった。(その代わり中国語児童書を買ってきた。漢字だから、大体わかる。)
デパートって言えば、食品売り場が笑っちゃう。ほとんど日本の売り場をそのまま持ってきたと思えば正しいからだ。日本語表記のままで売ってるんだから、いい加減手抜きだなぁとか思うくらい。僕はここで“義務”である同僚への土産“マーライオンチョコ”と、美味かった唐辛子の酢漬けを買った。紀州の梅干をウケねらいで買おうかと思ったけど、重いのでやめた。 観光はしないで帰るつもりだったけど、最後の日にやる仕事を意地で片付けたので、最後の日は空いてしまい、現地の人が案内してくれた。(飛行機の切符は完全固定で安いのだったから、早く返してもらうということが出来なかったのだ。くー、けち。)面白かったのがシンガポールの港を1時間ほどグルリと回る船に乗ったことだ。これは浜松町から乗る観光船と思えば正解。貿易港なので海は綺麗とは言い難いが、先述した様にゴミが少ないのが感心するところ。詳細をテープで流してくれるのだが、些か音量が大きすぎて、耳がキーンとなってしまった。ある場所の説明が終わると“カーン”って鐘の音が入ってて、それがテープを止めるときの合図らしいのが間が抜けてて笑える。意外にも、潮の香りはほとんどしない。これはビッグサイトでも思ったことだが、港というのはそういうものなのだろうか。マーライオンってのがシンガポールの名物らしい。3mくらいのライオンと魚の合いの子で、港に入ってくる船から見上げるという構図で作られており、この観光船も当然そのコースを通った。現地の人曰く、「世界三大ガッカリの一つ。」とのことだった(後から、トレビの泉と真実の口が残りの二つと聞いたが、本当か?)が、僕は狛犬を興味深く観察するようなところがあるので、とても面白かった。(ガッカリ度は札幌の時計台の方が大きかったなぁ。)マーライオンは別のところに30mくらいの巨大建造物もあるらしい。僕は初代の方を見たわけだ。
最後にお馴染みのオタク系の話題をしよう。あちゃらでは子供向けのチェンネルがあり、土曜の朝は何時間も子供用番組が放映される(中国語)。土曜日は遅出だったんで朝はテレビ見てたんだけど、“ミスター味っ子”,“ウルトラマンキッズ”,“ガンダムW”,“パワーパフガールズ”をやっていた。中国語の味っ子はなかなか味があった。う〜む。シンガポールの一般向け大通りは、なんかまんま日本のショッピング街で、活気はあるがお宅っぽくなくてつまんなかった。面白かったのは住宅街だ。シンガポールの住宅は合理的で、団地の一階がスーパーになっていたり、中庭状になっている場所にマーケットがゴチャゴチャーと集まったりする。ここには海賊版のアニメやゲーム,CDがもう目白押しで、社の人と同行していなかったら垂涎していただろう。さくらの絵の入ったTシャツを横目に見ながら過ぎ去る口惜しさと言ったら。と言っても、いわゆる日本のオタクみたいな層向けの品物は無かった。ゲームなんてだと日本のRPGやるために日本語勉強する人もいるらしいんだけど、まだ流石にアングラなのか,それともこれから育つのかな。
PS
帰りの名古屋空港は、時節柄カバンのチェックが異常に厳しく、上記海賊版を買っていかなくて良かったと,心底思ったのであった。
おしまい
家電コンピュータ ’99.09
(コンピュータの未来を推測した。当時は様々に批難を浴びた。)
ところでちょっと考えたことがあります。
無限に進化し続ける様に見えるパソコンについて、技術的限界とかのことではなく、“個人が使うパソコン”にとってハードディスクの容量は一体どれだけ必要なのだろうかというものです。
まず、パソコン大容量化の原因の最大要因はデータの保管にあると考えましょう。そうすると、現状扱っている情報の中で、最も容量を喰うのが映像であることを踏まえると、こればっかりを必要量だけ詰め込んだ状態がMAXとおおまかに考えることが出来ます。
一分の映像が異論あるでしょうが、だいたい1GBとして、起きている時間めいっぱい記録するとすると、
×60(分)×20(時間)×360(日)
これに、人生のうちで、パソコンを効果的に使用できる年月を60年とすると、
×60(年) となるので、
= 51840000(GB)=
51840(TB)
と算出できます。
これ以上多くの情報を“個人レベル”で持つのはナンセンスなんじゃなかろうかと、何故なら持ってても使うことがないからと言うことで...。
もちろん、一生読むつもりのない文字の載っている辞書を我々は持っているじゃないかという反論もあるかもしれないんだけど、これからは公的な情報は例えばビデオオンデマンドみたいに、必要なときに“公”のディスクから持ってくれば良くなるようになると考えれば、“自分で”持っとかなくちゃならない情報の保持装置としてのパソコンの容量は、上記のような見積もりで算出できるのじゃないだろうかと考えたわけです。
では、このレベルに行き着くのは何年後なのか。
現状のパソコンで、20GBのハードディスクを持つことはそんなに無理なことではないですが、振り返ってみると僕が卒研やってた10年前のハードディスクは20MB程度がこのレベルだったと思います。すると、片対数で線形とみれば、10年で1000倍になるわけで、50000TBには22〜3年くらいで辿り着くことになります。
つまり後25年で、パソコンは現在の家電と同じ様な位置づけの安定した機能を持った商品になると考えることが出来る。
てなことを漠然と考えました。長くなりました。
ケンちゃん新シリーズ ’01.07
(杉山氏と表題について議論後、頭を捻ってみた。)
長崎屋ケンちゃん
:つぶれる
浜茶屋ケンちゃん
:海が好き
吉野家ケンちゃん
:ギュー丼一筋
スガキヤケンちゃん
:左手にラーメン、右手にケン
リストラケンちゃん
:あり得る
総会屋ケンちゃん
:金回りよさそうだな
大須屋ケンちゃん
:大須に実在する店名。変形学生服専門店。
来来ケンちゃん
:ラーメン屋?
昇竜ケンちゃん
:↓→+P
地方自治ケンちゃん
:投票は行こうね
成層ケンちゃん
:燃え尽きる〜
アキレスケンちゃん
:切ったら痛そー
患者ケンちゃん
:病気かよ
間者ケンちゃん
:スパイね
豪奢ケンちゃん
:ぜいたく言うんじゃありません!
恒河紗ケンちゃん
:コウガシャって読む。数の単位ね
新華社ケンちゃん
:特派員ね
⇒“しゃ”禁止
荒野のケンちゃん
:なんかワイルドだなぁ
鏑矢ケンちゃん
:カブラ矢なんて知らないって
古池や...ケンちゃん
:小野豆腐ですな
あれやこれやケンちゃん
:ねたぎれか?
十五夜ケンちゃん
:風流だなぁ
十六夜ケンちゃん
:読み方違うって
好々爺ケンちゃん
:爺さんになっちゃった
ペコちゃんケンちゃん
:制服好きが行きそうだ
市谷ケンちゃん
:自衛隊に入るんだね
ボローニャケンちゃん
:ルネッサンス!!
モーリタニヤケンちゃん
:ヤじゃなくてアだろ!
アユタヤケンちゃん
:もう何がなんだか
ぎぶあっぷ
メトロポリスを観た。 ’01.05
(映画を見たすぐ後に書いたので、どうにも赤面してしまうんですが、この映画ホントに良かったので、そのまま載せます。)
良かった。アニメ映画で泣けてしまうなんて、エースをねらえ以来だ。
とにかくティマが良い! 一から十までこれに尽きる。
かわいい。ホントかわいい! ごみための地下の底に洩れてくる微かな日差しをふしぎそうに見つめる、どこまでも透明な表情。伸びた髪の切り方を相談する何気ない素振り。借りてきたズボンがぶかぶかだったときの苦笑いの表情。ポートレートにしたいようなそれらの他にも、ロボットであることが決定的になったときに流した涙など、逐一印象深く、本映画のヒロインであるティマは、(個人的に)メモル以来久しぶりに目にする名倉靖博デザインの真骨頂だった。
ティマは、パンフレットにある同シーンではちゃんと胸がふっくらしてるのが見分けられるんだけど、全裸で出てくる最初の映像では白くぼんやりしているので、最後まで性別がはっきりしないまま進む。(女性言葉を使わないのも意図的?)その中性的な描き方は、劇中にもあるようにまさに天使のそれで、僕はその一挙手一投足に見とれつづけた。これは、戦後当時、あの手塚の絵に同様に中性的なエロスを感じて胸をときめかせたであろう雰囲気に似ているのではなかろうか。その顔を見たいんだけど直視できない(でも見てんだけど)初々しい恥ずかしさ。30をとうに過ぎた僕は、ティマが出てくるたびにドキドキしてしまったのだから。(エロスについてもう一つ言及すれば、ティマが身に着けていたのがケンイチの上着(前半)と大人用作業服(後半)だけってのも印象的。ぶかぶかの服のエロチシズムって効果が視覚的には大きいが、ティマの“個人として確定されない状況”を良く表していると思う。)
だからそこまで思い入れしたティマのラストシーン。劇場でおいおい泣いちゃったよもう。落ちていく瞬間に言う、「私は誰?」。僕はティマが落ちるまでに、せめてケンイチとの想い出を反芻し、その人格を取り戻せたろうことを願うのみだ。
格調高い映画だ。アイデアは細部まで煮詰められ、動きや破壊のシーンはきっちりと描きこまれている。公称15万枚というのは伊達ではない。全編に流れるディキシージャズも絶対BGM買おうって思うし、レイ・チャールズのI
can't stop loving you.なんてタイミングよすぎだ。ラストのThere'll never be good-by
中の歌詞なんて、(訳だけど)涙無しでは読めないよ。そりゃぁ悪くも言える。プロット自体が古いから、ロボットの心というテーマや支配者の目論み、そもそも人間とロボットの相克なんて古くさい観は否めない。でもこれはこの作品が世に出ることを認めた時点で言いっこなしであろう。
とにかく見て欲しい映画です。何で(名古屋では)三番館程度の映画館なのか疑問でしょうがないですが。
しかし打ちのめされたのは、今の自分とこの世界とのギャップだ。僕らは子供のころに見た未来像と一見同じ21世紀にいるのに、現実は残酷なまでにリアルにこんな現実を尽きつけるのだから。では、当時夢見た未来を思い出させられて、そんな未来にはなれなかったことに、僕は悲嘆したままなのか? いや、僕はこれでもまだ、まだ先の未来を見られるつもりでいる。だからありきたりのはずとは言え、ケンイチの「僕、もう少しこの街に残ります。」というセリフが心に残ったのだと思いたい。我々(人間)の代表・ケンイチの、至福のときはティマとすごせたこと。ティマと友達でいられたこと。それが痛いほど判るからこそ、あの、手が離れた瞬間、僕はどうしようもなく胸が締め付けられたのだ。だから、それを乗り越えて、彼が這いつくばってやり直した結果であろう、エンディング後のケンイチ&ティマの店というセピア色のスナップが、僕に勇気を与えたようなのだ。
これから、もう一度人生に希望をもって生きてもいいかな、と思えたのだ。
瑞穂競技場(在名古屋市)の近くを通ったら、やたらにご老人が多かった。なんだろうと思っていたのだが、どうやら六十歳以上の人がスポーツをするイベント、“ねんりんピック”なるものがやっていたらしい。
そこで、 “〜リンピック” と付けばいいのかと思ったので、新たなイベントを考えてみました。
赤燐ピック
:マッチの祭典。聖火点灯は勿論...。
呼び鈴ピック
:住宅地が試合会場。玄関の呼び鈴を押しまくる迷惑なイベント。
山林ピック
:熊野山中に全国の修験者があつまって術を競う。ヘリコプターから会場を中継するのだが、木々に隠れて三千人の参加者は全く見えなかったりする。
麒麟ピック
:瑞兆動物の祭典。滅多に見られない。
逆鱗ピック
:怒り心頭に達した人達の祭典。開会式から、選手は運営の拙さに怒っている。
バファリンピック
:逆鱗ピックの後に、鎮静のために行われる。
不倫ピック
:結婚してる人が対象のねるとんパーティー。(古い言い方だな。)
梅淋ピック
:性病患者の祭典。行きたくないもんだ。
サリンピック
:対人殺傷兵器の祭典。開会式からバタバタと人が倒れる。貧血ではない。
バンゲリンピック
:クソゲーの祭典。踏み壊す。
来て見ろリンピック
:古本コミックを持ち寄る。ちょっとマイナーなネタ。(マサルさんネタなら、キャシャリンピックというのもありか。)
ガソリンピック
:危険な競技だが、働き盛りのサラリーマンが多く参加する。何故って、その仕事にはアブラがのってるから。
ナフタリンピック
:箱入り娘の祭典。虫が付かない。
プッチンプリンピック
:底に穴を開けるパペポな競技。なんだかよく分からない。
(これ時事ネタだねぇ。)
インシュリンピック
:あんた糖尿病なんだから、無理して運動しなくても...。
タンバリンピック
:霊界に行く。
桂林ピック(中国の景勝地ね)
:取材班は決定的瞬間にカメラを使ってはいけない。水墨画で描く。
サッカリンピック
:10点が良く出る。審査員が甘いのだ。
リンリンピック
:長電話24時間耐久。参加者には女子高生が多い。儲かるはNTTばかり。
バリンバリンピック
:冬に諏訪湖で行われる大相撲。薄氷を踏む思いで開催される。
蹂躙ピック
:占領した国で好き放題をする。関東軍が開催。
トルーマン・ドクトリンピック
:帝国主義の...何だっけ?
宙ぶらりんピック
:棚上げにされたまま、開催されない。
マリリンピック
:瀬戸内の島を一つ泳ぎ切る。スーパーハードな競技。
スターリンピック
:金メダルを取らなかった選手は、粛正される。
(人名は意外に思いつかなかった。詩を書く石垣りんピックとか、宇宙に行ったオルドリンピックとか、爆殺される張作霖ピックとか、何だか誰もわかんないよね。ウルヴァリンピックなんてマイナー過ぎ。)
ホルマリンピック
:上記選手が出場する...。キャーッ!!
御粗末でした。
アニメでコンピュータを操作するときって、キーボードをもの凄い速さで打つっていう表現が常に使われるけど、あれって20年前ならともかく、これだけパソコンが普及した現在ではどう考えても時代錯誤だよね。科学の最先端を標榜しての表現なのに、マウスすら使わずにコンピュータを使うというインターフェースIFが、どうにもリアル観を損ねるんだよね。あんなに速くキーボードをランダムに打って出来ることって、実際に使ってみるとこうして文章を打っているときくらいだって今では皆知っている。
で、それなら彼らのコンピュータは我々の知っているコンピュータとは完全にOSが違うのだと善意に解釈することにしたのだが、ではってコンピュータのIFを突き詰めようとすると、“あるインプットに対して反応をする”というところが還元できるぎりぎりのところだと思うけど、それをキーボードで最も効率良く行おうとすると、やっぱり現行UNIXやMS-DOSなどで行われているコマンド打ち込み式に必然的になると思うんだよね。
で、結局行き着いたのが、あそこで使っているのはやはりUNIXみたいなコマンドライン入力型のIFで、ソフトの開発から実用にされる期間があまりにも短いため、Windowsなどのマウスを使ったIFにする時間が無いのだという解釈。あそこでは目にも止まらぬ勢いでキーを打ってるけど、実はあれは全部一行一行コマンド入力しているわけで、たくさん書いているように見えるのは、一つのコマンドにたくさんのスイッチを付けなければならないのだ。
カッコ良くキーを叩くオペレータのおねぇさんも、実は前の晩に急遽渡されたコマンドの仕様書を泣きながら覚えている努力の一幕があったに違いないのである。ろくにドキュメントを書いたことが無いオタクなプログラマーの滅茶苦茶な文章で構成されたそれを乗り越えてのあの仕草だとなれば、やっぱりそれはプロとして尊敬に値すると思う。
盗聴法 可決していた 虫日新聞 朝刊ヨリ
かねてより審議の不足が問題となっていた盗聴法が可決していた模様。
警察が行う盗聴に法的権限を与えることから、国民生活のプライバシーに及ぼす影響力が大きいため、その適用範囲など、慎重な審理が必要とされていた盗聴法案だが、昨日未明、衆院本会議室内における秘密会議において、自自公三党の主導により半ば強行可決されていたことがこのほど判明した。
これはAB電が配信したもので、同会議室に秘密裡に設置した盗聴器により審理内容を盗聴した結果、明らかにしたものだという。
盗聴そのものは犯罪行為に相当していたのだが、盗聴器を設置したのが警察であることから、可決により設置警官に対する罰則は適用されないことになり、「画期的だ。」と称賛する声も。
というネタを考えたが、笑えないのが困ったところ。
(この辺のセンスはさすがに、“やゆよ記念財団”さんや“大嘘新聞”さんには勝てないな。)
仕事で韓国に行きました。やっと帰ってきたので、話します。
ソウルへは名古屋空港から1時間半で着いた。こないだ山形に行ったときより早いので、拍子抜けした。
「空港に着くとキムチの臭いがする。」という俗説は本当である。ただ、この臭いは正確にはキムチを食べた人が出す口臭の臭いがすると言うべきである。韓国初日二日目位まではとにかくこの臭いが気になって気になって仕方がなかった。でもそのうち気にならなくなった。何故と言うに...、
韓国は何をするにもキムチである。朝昼晩、何を喰おうとキムチが優しく添えてある。今日なんかもう和食を食いたいと思って日本料理店に行ったらやっぱり出てくる。昨日はカレーを食ったが、それにもキムチがついていた。カレーより辛いので苦笑いしてしまった。
キムチに象徴されるように、韓国はとにかく辛い料理が多い。トムとジェリーの真ん中の話に出てくる熊が、モグラが唐辛子を食べて平気なので自分も食べてのたうち回るエピソードがあったが、韓国の人はほんとに唐辛子の実を“キムチみそ”につけて食べる。同じことを僕がやると、当然くまさんと同じことになる。(ホテルのシャワーでは毛が抜けて困った。刺激物は頭皮にはよくないのである。)
そうそう、韓国も箸を使うが、飲食店で割り箸を使うことはエコロジーの点から法律で禁止されているらしい。のだが、かわりに出てくるのが鉄の、しかも平べったい箸だ。だから最初の頃はとても食べにくかった。
韓国ではビールの後にすぐ焼酎が来て、しかもそれがメインになる。向こうの流儀は、自分が空けたグラスを相手に渡して注ぎ、相手は(ゆっくりでも良いが)飲み干してからそれを返して注いであげるというものである。確か20度くらいあるから、僕は7〜8杯が限度だ。二日酔いすると、朝頭が割れるように痛くなる。
韓国には私鉄がないらしい。ソウルでは名古屋より網の目に鉄道網が発達し、しかも夜中まで走っている。街全体も夜更かしなので、はっきり言って名古屋より余程都会である(注.加藤は名古屋が地元)。実際、横浜くらいの街が首都になっていると考えた方がいいかも知れない。(都市なのに、水道水も飲める。東京や大阪よりいい。)
ソウルの鉄道で最も使われているのは環状線である。ホテルから仕事場まではこれで移動した。市内なら一律500ウォン。10ウォン1円だから50円。安い。車両は新幹線と同じくらいの幅ではなかろうか。結構通路部分が広い。このため、乗客が通路の真ん中を移動する習慣がある。ダンボールを牽いて物売りに来る人がいたり、駆け出しのコメディアンが突然一人芝居をしたり、結構ハプニング性がある。が、物売りは禁止されているらしく、連行される一幕もあった。(ソウルの治安は良い。)
韓国は徴兵制で軍隊に行くためか、ノリがとにかく体育会系で、飲み方もそうだが、カラオケでのノリが僕には流石に着いていけないレベルに達する。だがこの辺、基本的トレーニングが出来ているせいか、ダンスは上手い。リズム感も良いから歌も上手く、これには正直感心した。でも、あちらの曲は高音が多いので、やかましい。
さっきも書いたが、10ウォン1円なのに、硬貨はあの500ウォンまでしかない。なのに物価は日本の0.7倍くらいだから、とにかく硬貨で物を買えることが少なく、お釣りばっかり増える。最後の日に硬貨だけで支払ったら百枚を越え、売店のおねぇさんがヒステリーを起こしていた。
そうそう、札も10000ウォン、つまり1000円までしかないので、でかい買い物が大変である。韓国はホテルは結構高く、ビジネスホテルでも1万円を超える。だから10泊した今回は払いも10万を越え、札束を数えて支払うのは結構ダイナミックである。
韓国は日本より西にあるので、日の暮れるのがとても遅い。今回の仕事は全部9時位になったのだが、建物を出るとまだ明るいので心底吃驚する。たぶん沖縄でもこんな感じなんだろう。それに関連しているのか、韓国はアフター5の文化が充実している。ロッテワールドという、ソウル1有名な遊園地があるのだが、ここで9時くらいまで遊んでもまだ夕方って感じなのだ。日本ならナイトショーだよね。
しかし、仕事帰りに遊園地で楽しめる韓国人はタフである。さすがキムチのパワーである。(これは冗談ではない。)
これはちょっと自慢だが、ここで順番待ちをしている間に、後ろの女子コーセー達(もの凄く可愛い)にちやほやされた。(仕事後の夕食でも同じ様な反応だったから、どうも僕は韓国人好みの顔らしい。)ほとんどお父さんくらい離れているので、鼻の下を伸ばさないようにするのに苦労した。でも、からかわれていたかもしれないので、言葉が通じないのは便利である。
もう一つ言うと、韓国の女性はスリムが基本である。その中で後は顔の良否があるだけだから、今の日本人より圧倒的に美人が多い。それでいて性格が純朴である。今回は展示会の仕事だったのだが、コンパニオンのおねぇちゃんが愛想がいいというのは日本では信じられないことである。僕はハイヒールに踏まれたいというような趣味はないから、総合でもこちらの女性に軍配を揚げたくなる。
なんか長くなったな。最後にちょっと残念な話をしよう。今回個人的には、向こうでのオタクカルチャーを探そうと思っていたのだが、はっきり言って「全くない。」
基本的に日本文化をシャットアウトしているからまぁ当然かもしれないが、その手のものが僕のアンテナに全く引っかからない。アニメは入ってるらしく、ドラえもんとかポケモンとか人気があるらしいのだが、実際やっているのを見たのは南国少年パプワくんだけで、ハッとすることは皆無であった。
一度だけ本屋が開いてる時間に帰れたときも、マンガ雑誌はあれどコミックスはゼロ。プリティサミーとかチャチャの背表紙のものがあったので見てみると、読み物になっており、モノクロの写真からはオタクエネルギー波は放射されていなかった。
感じたのは、韓国は言葉と食文化以外はほとんど日本と同じと言うことである。加えて、そこにオタク文化をなくせばほぼ韓国の状況は正しく把握できたと言ってよい。基本的に体育会系の彼らには、ウジウジしたオタク文化は合わないのかもしれない。オタク文化の洗礼を受ける前の20年くらい前の日本って確かあんな感じで、そこで平凡な社会人として10日間過ごした僕は、パラレルワールドにいるもう一人の自分を演じているような不思議な気分になったのであった。
PS
向こうの人の一人から最後の日、「エヴァンゲリオンのビデオを海賊版ではあるが手に入れて見た。」と言われた。
何故僕に言う!
最近の小ネタ ’99.11
獅子座流星群の名残か、昨夜は流星が結構みられました。
が、どれもだいたい0.2〜0.3秒くらいで、とても3回お願い事ができる状況ではない。
そんなわけで、どっかの宗教の願い事、
“世界人類が平和でありますように”
はいまだに達成できていないのであった。
エメリッヒが水戸黄門を撮れば ’98.7
(USA版ゴジラが放映されたときのネタ。ゴジラっぽく水戸黄門を作ったらというパロディ。ちなみにエメリッヒは同映画の監督。)
アメリカのペリー来航によって突然変異した日本の副将軍が、ハドソン湾からニューヨークに上陸するスペクタクル巨編”KOHMON”。
ニューヨークにはびこる悪の秩序を悉く破壊するKOHMONとその一派SUKE&KAKU。奴らの目的は、ここニューヨークにEDOの拠点を作ることだ!! ドラッグストアのマスターを装ったKOHMONが占拠した下水道は、彼の匂いもする最適な活動場所。一週間で途轍もない距離を移動する神出鬼没なKOHMONとその一味に、国益のため立ち向かう米軍は、果たして勝つことが出来るのか。
YASiTIは、HATIの活躍は? ハドソン湾に潜むOGiNはどうなる?
そしてKOHMONの最終兵器、INNROHはどう使われるのか? AOIはアメ公に効果があるのか?
TBSの全面協力の下、KOHMONはUZUMASAからHOLLYWOODへ、全面CG化したKOHMONは、UZUMASAでは出来なかった迫力のローアングル映像を可能にした。これはもう老人向けではない。(成人向けか?)
国際問題すら起こしかねない1999年夏最高の話題作、"KOHMON"!!
この夏、KOHMONが燃える!! KOHMONが熱い!!!
てなとこでしょうか。見たいなぁ。(正気か?)
ある人とTELで、”lain はオタクアニメか?”って話題になったので、僕にとってオタクアニメとはどういうもんなのか考えてみました。
オタクアニメと思われるものを自己基準で選ぶと、”ヤマト”,”ガンダム”,”マクロス”,”エヴァ”,”ウテナ(!!)”ってとこがメジャーどころでしょうか。これを見ると、オタクアニメの本質が見えてきます。
まず一つ目、上記作品群を見て思うことは、中に出てくるホンの些細なことでも、相手に通じてしまう強烈な印象を持ったものが多いことです。名詞や名科白、メカや小物、シチュエーションなどですね(前から例を挙げると、”ワープ”,”ザクとは違うのだよ!”,”バルキリー”,”恵比寿ビール”,”決闘(デュエリスト)”)。
後世まで伝えられる”何か”を持った作品。後世の作品の基準となる作品。有り体に言ってしまえばこれがオタクアニメ足りうる一つ目の条件だと思います。(ついでに言うと、オタクはこれらのキーワードを使って自分の意志を表現し、それを判る者を仲間とする。狭い範囲でしか判る者がいないから、それは部外者にとっては閉鎖的に見えるが、その表現の仕方が洗練されていると、仲間内からは”粋”とみなされる。)(も一つついでに言うと、この定義に従うと、ドラクエはオタクゲームだが、ファイナルファンタジーはそうではないことになる。何故なら、”スライム”,”ラリホー”,”ゆうしゃ”など、ドラクエがオタク者に伝えた名詞は数知れないが、FFでそれが出来たのは”チョコボ”位だからだ。個人的にスクエアを僕が評価しきれない理由はそこにある。)
二つ目は、上記作品がTVでやっている間、一話放映される毎に、次の日にはその作品についての話題が膨大に交わされたことです。これをもっと敷衍すると、オタクアニメはその作品についてオタク者がどれだけ多くの言葉を費やせるかで決まる、と言うことになります。
オタク者達の中で更にオタクを際立たせるために、オタク者はそれらの作品を食い入るように繰り返し見つめ、その中から自分だけの情報を見いだそうとする。だからある作品を見たときに、そこから引き出す物が多ければ多いほど、その作品のオタク的価値は増すのです。それを熱く語るために、オタク者はその作品を”見る”のです。(注意しなければいけないのは、”感動的な感想”がいくら熱く語れてもそれはオタクではないことでしょう。オタクが語るのはあくまで”情報”なのです。オタクが価値を見いだし、場合によっては金を出すのはあくまで”情報”になのです。(だから僕は今のトレカブームをとても無粋だと思います。))(これもついでに言うと、岡田斗司夫は”オタクはノンジャンルである”みたく事言ってますが、上記に照らせばこれは当然と思えます。”七人の侍”から百の情報と千の言葉が引き出せれば、それはオタク作品になるのです。)
少なくとも上記二つが”僕がオタクアニメとみなす基準”です。どんなもんでしょうかねぇ。
ではついでに、”lain”についてこれを当てはめてみましょう。
映像的な斬新さ(ヨーロッパ作品のパクリだとの異見もあるでしょうが、ウテナの作り方だって前衛劇からのパクリ、つまりオタクのアンテナに引っかかっていなかった物を持って来たことが価値なのです)、キャラクターデザインのリアリティ化(同作品に出ている女の子のプロポーションは現実の女子高生のシルエットに酷似(!?)しており、エヴァのレイやアスカが極端な細腰を美の基準に用いて、その後のキャラデザインに一種の奇形感覚をもたらしたことへの明らかな反抗と言えます)などは十分この作品の個性だと思いますし、何よりも安倍吉俊デザインキャラの、瞳孔まで描きこんだ眼は正に究極の”現在”を語り得ていると思います(エヴァのレイから、無愛想な女性はキーワードになっているが、村田連爾のキャラが”不機嫌そうな無表情”を個性にしていたのに対し、この作品のキャラは黒目を殆ど点で描き、周りに瞳孔を描きこむことで”爬虫類的なまでの無表情”を作っている)。
これらはだから、少なくとも上記で呈示したオタクアニメの定義はクリアーするのです。
と言うわけで、僕はlainは十分オタクアニメ足りうると思いますが、どうでしょうか。