| ここからはいよいよ統合少女体の成長を解説することになる。いよいよと言うからには全裸の少女が光の中を回転成長するところを解説するんだろうなと期待する声があるかもしれないが、そんな研究があるなら筆者も学会に参加したいくらいだ。*1
ここでいう美少女の成長とは残念ながら、統合少女体が己の存在を大きくしてゆく現象を指すのであり、少女自身が少女から大人に成長する過程を詳述するわけではない。そこ、なんだよと本を投げ出さないように。 統合少女体が己の存在を大きくするとは、具体的には我々のいる外界に写像として表された美少女(絵やアニメとして表れた存在)を、多くの人が認知してゆくことを指す。人気のある美少女はみんな知ってるから統合存在も巨大だし、デザインされたばかりの美少女は統合存在も消え入りそうな存在なのだ。
*1それは筆者の好みの領分ではあれど、この本の領分ではない。大体そんな内容の本はあんた達の方がコミケではいっぱい買うだろう。 |
[4-1] DNAの複製
| DNAの構造が手を繋いだ二つの美少女群がダンスを踊る二重らせん構造であることは1章で説明したとおりだ。この一本を解いて読んでみると、デザインした人間の意図が論理的に配置されている。大昔のSFで使っていたコンピュータ(電子計算機)が出力する紙テープは先に出したものほど論理的、時系列的には先の情報を出しているのだが、美少女DNAも一方向で情報が記されている。単体のデザインだとそれは、ここが性格で、ここが身体の特徴で、というようになるが、ここでは判りやすいようにTVアニメで言うと、13本のシリーズなら13本の全てがその美少女を作り手が我々に提示するための情報であるということになる。一話のある出発点の方向がGo(ご)末端、最終回のある方向が残(ざん)末端となる。(これは図1-2、ヌクヌクオシドがプルルンとどこで手を繋ぐかに起因している。) |
| だからもしも1〜13話と13〜1話で二重らせんとなったDNAがあるとしたら、そのらせんを解いて二つにしたとしても、相手の13話に相当する部分に1話を、12話に相当する部分に2話を当てはめていけば、全体が二つの二重らせんが生まれることになり、そのうちの一組がヒトの認識する美少女の元になると言うわけである。(ここで言う1-13話などの話数の対応は仮の表現であることに注意。萌伝子内での正式な対応はあくまでA-TとG-Cにまで還元されて行われる。)
ただ、我々が美少女を知る機会を考えると、送り手が想定した最適な環境で彼女らを認知することは非常に少ない。発表されたデザインをどのメディアで見るかというだけでも異なるが、漫画で言えば連載中のある回をたまたま見ることに相当するだろうし、アニメでは1話から見てなかったなんてことはザラだ。こうした場合、統合少女体による美少女の複製は、保有するDNAのうちで、論理的時系列を保持した形でヒトに美少女像を提供することになるから、一般には図4-1のような形で複製は進むことになる。 これは次のように読み解かれる。すなわち、我々がある番組を見たのがたまたま1クール13話の内の7話だったとする(@)。するとDNAの二重らせんはそこから解け始め、複製を始める。ところが複製には毎週放送するという時系列的制約があるから、Aのように解けた両方の線で7話→8話とそれ以降の話をチェックすることは出来る(不自然なく視聴を続けることが出来るため、ロリーディング視聴と呼ぶ)が、6話→5話と複製を遡ることはできないのである。従って見ていなかった1〜6話はそのヒトにとっては未見の部分であることになる。しかし、やがて何週か経って、7〜11話とチェックするうちに、知り合いの誰かによってDVDコピーをしてもらったりする。1枚に入る容量が少ないのと、その人も5話からしかチェックしてなかったりして、そこで手に得られる美少女の情報は5→6話の順でチェックするということになる(B)。一番最初にあたる1〜4話に至っては、セルDVDの発売を待たねばならない。この、不連続的にこのヒトに提供されるコピーなりセルなりのDVDを、追っかけフラグメントという。(ロリーディングに対してこちらをタイムラギング視聴ともいう。) このように、作り手側の意図した美少女像はヒトに必ずしも的確に伝わらないが、それはしかし転じて言えば、提供した全情報のうちで欠けた部分はあれど、受け手が得られる美少女の人となりの情報にはそれなりの共通性があると言うことである。だから友人A氏と筆者のアルルゥ像が完全に異なったものになるわけではないのである。 |
[4-2] ヒトの中での美少女の単位・ちぃ胞
| 統合少女体はこうして、自分の中にオリジナルの萌伝子を残し、コピーを美少女DNAとしてヒトに渡すのだが、ヒトにとってDNAとはただの情報でしかないため、そのまま萌伝子を受け取ったとしても、ヒトがそれを美少女として認知するわけではない。実はヒトに示す美少女を形成するにはもう一段階上の美少女複製、すなわち、萌伝子を内に包んだ少女の姿を形作らねばならない。それが本当に統合少女体がヒトに示す美少女としてのカタチなのである。
そのカタチは以降、ヒトの中で実存的な意味での特殊化した存在になってゆくが、同時にそれは統合少女体の一部でもあって、ダイナミックな仮想生命の躍動に組み込まれる。全体の一部ではあれど、独立した一つの最小美少女生命単位としてのこの少女を、統合少女体の“ちぃ胞”と呼んでいる。 いまや5月に惜しくも逝去された石立鉄男を筆頭として30代後半以上の者にしか正確な発音が出来なくなったちぃ胞(甲高い声で発声する)は、統合少女体の中でどのように形作られるのか。それは美少女複製の第二段階とも言うべきものである。 ちぃ胞は統合少女体の中でも存在の最小単位(二章の発生で示した受精を行うのも、実はクリエーターの中で結実しているちぃ胞の単位の存在である)であるから、中には萌伝子を内包しており、統合少女体とヒトとの相互作用で複製される。萌伝子であるDNAの分裂については前項に示したから、ここではそこから引き継いだ形で始めよう。 |
(i)静止期
| 外から分裂を観察している頃には[4-1]に示したDNA複製は観念的で見えないため、静止期と呼ばれていたが、現在ではこの時期は更にG1→S→G2の3期に更に分けられる。すなわち、
(i-1)G1期。S期の前段階であり、DNA合成の準備期間。合成中のDNAダンスは大きくそれまでと異なった仕草であるため、ダンスする場所を確保するなどの準備が必要なのだ。G1とは、競馬場くらい広い場所が必要であることから命名された。走れマキバオー! (i-2)S期。ここがDNAの複製期。 (i-3)G2期。ちぃ胞の分裂準備をしている。DNAってのはとても長いため、使わないときは何重にも折りたたんでいる。で、見えるほど大きく畳まれたのが好色体と言うわけだが、それはこの時期から見え出す。 |
(ii)前期
| 分裂最初が前期。分裂に先立って視心体が両極に移動する。移動位置は片方の側が呈示される美少女をヒトが視る場所に当たり、対極は統合少女体の側にある。だから観念的には分裂場所は統合少女体とヒトとの中間点ということになる。 |
(ii)中期
| 分裂の中期。好色体が両極の真ん中に集まり、視心体が両者を引っ張る。視心体からは某吸い体という、いかにも吸引力のありそうな糸が出て来て好色体を引っ張るのだが、なんで某なのかは不明。 |
(iii)終期
終期。DNAを引っ張り終えると、両者が完全に分かたれる。細胞ではこの段階で完全に同じものになるのだが、ちぃ胞の場合は統合少女体側が完全体、ヒト側がコピーということになる。というのも、この時両者ではDNAを内包する形でちぃ胞を形成するのだが、元々全ての少女を熟知している統合少女体側に比べ、ヒト側で構成されるちぃ胞はDNAを受け入れる位置、すなわち視心体の位置からDNAを見て作られる少女像だから、その位置から判断される美少女(ちぃ胞)がヒトの中に作られるからである。DNA分裂の項でも示したように、DNA情報の中でヒトがその時点で知ることのできる情報は限定されているから、両者のコピーは同一のものが出来るわけではない。*1
*1 面白いのは、この時のコピーの方法である。視心体は相手が二次元の場合二次元的な視点移動は可能だから、オリジナルとの間に出来る 中心は点対称ではなく面対象、すなわちミラー映像となっているのである。ということは、統合少女体の中にあるオリジナルとは我々の持つ少女像に対して鏡像を成している訳で、我々が2Pキャラと思っていた方が実はオリジナルに近かったということになるのだ。近年の実験では、こ のコピーの際に緑色の情報にフィルターがかかっている可能性があるなどという報告(二次元キャラが多くモノクロでデッサンされているからか、原因は調査中)もあがっており、これが定説となればルイージや双海真美など、虐げられてきた2Pキャラの復権は間違いないところで、続報が待たれるところだ。
こうして見ると、我々生物の細胞分裂に比べてちぃ胞の分裂は不完全なもののように見えるが、必ずしもそうではない。何故なら、生物の細胞分裂は一回性のものだが、統合少女体⇔ヒト間で行われるちぃ胞構成のこうしたやり取りは、ヒトが少女に関わる(絵を見る。本を読む。アニメを見る)たびに行われる相互作用だからである。 以前はこうして分裂するときに参照されるDNAは作り手側が作成したものが絶対だったため、統合少女体側の少女像が理想とする完全体のような意識で捉えられていたのだが、現在のように作り手側と受け手側の敷居が低くなってくると、受け手側で形作った情報が属性としてDNAに読み込まれ、それが統合少女体そのものを変えるという現象も起きている。それこそが先述した“ダイナミックな仮想生命の躍動”なのであり、だからこそペド生物学では統合少女体が比喩ではなく我々とは別次元で“生きている”と考えるのである。(筆者を病気ゆーな。) 以降の章では、こうしたダイナミックな躍動の萌えネルギーを統合少女体がどのようにして賄うかを扱う代謝機構を第五章で、そもそも萌伝子・DNAの役割とはどうしたもので、以前とどう変わったことで上記のダイナミックさが出てきたのかを六章の美少女分子生物学で扱っていく。 |
図 不遇な緑