小美人の歌

カロ藤法之


 小美人についての論説はこれまでにも度々目にすることがあったが、それらはいずれもその存在が可能かを云々するものが大半であった。我々の8分の1に縮小された人間では、体積が512(8×8×8)分の1になるのに表面積は64(8×8)分の1にしかならない、我々よりも8倍も熱が逃げ易いために始終節食行動を採る必要があり、とても文化的余裕など生まれる余地はないであろうという主旨のものである。
 皿に注いだお湯とコップに注いだお湯のどちらが早く冷めるかを考えればこの意見はもっともだし、身近にいる恒温小動物の雀や燕が雛にせっせと餌を運んでいるのを目にすれば、日々忙しき我が身に照らしてああ確かに文化なんてなぁとか思ってしまう。
 しかしこれは少し早計であろう。この結論は小美人が我々と同じ物質、同じ組織からその身体を構成していることに起因しているが、彼女らの身体検査もしくはその類の研究を行ったとの報告が皆無である今日、全く根拠がない推論と言われても致しかたないことである。
 小美人が自身の内部でどのようなエネルギー収支のメカニズムを構成しているかが明かでない以上、現在の我々の知識ではフォローしきれない様な、小さな身体でも元気に活き得る巧妙な代謝システムを用いている可能性は十分にある。第一世代コンピューターであるENIACの時代にはユタカのポケット電子手帳を見ても信じられなかったであろう。

 そもそもこの論には一つの重大な見落としがある。つまり、
 小美人は実在している
ということである。実際の目撃例は確かに少ないのだが、『モスラ』を筆頭に計4作の映画においてその存在を確認でき、友情出演でザ・ピーナッツのCD中に現在もその美声を聞くことが可能である。このように明らかにその生存をポジティブにアピールしているにも拘わらず、わざわざその存在の不可能性を考証するのはナンセンスであろう。もっとも、こういう考えを持った人はえてして眼前にUFOが着陸しても信用しないのだが。(残念ながら近年に於いてはコスモスなる亜種を確認するにとどまっている。しかも現在では不用意にも巨大化して保母さんになっている。)

 内部のエネルギー収支をいかに小さくしていても、外界とのコンタクトをする場合には既存の物理法則に沿うほかない。実際に逢っていろいろと調べていじくりまわすことが現実的にも倫理的(?)にも不可能な以上、小美人について幾らかでも科学的知識を深めることができるとすれば、この点を足がかりにすることが第一であろう。
 コンタクトの方法には手話やモールス信号、手旗信号にウインクまで、種々考えられるが、普通に考えれば音声によるコミュニケートが一般的である。これはまた、映像的資料が多いという面でも利点を持つため、今回は彼女ら小美人がどのようにして発声するかについて科学のメスを入れてみたい。
 

 パラサウロロフスは、ガイバー1の角を付け根から後ろにふにゃっと曲げたような突起があるカモノハシ竜亜目の恐竜である。彼らはその突起を喉として使用して低周波、つまり低い声を出していたと考えられている。低い声は回りに均等に響いて行くため、周囲の仲間に効率的に危険を知らせる事が可能であり、しかも自分の居場所を知られる危険も少なくすることができる。(逆に高周波は指向性が良い。電車の中のウォークマンの発信源はすぐに解る。殴ったろかコイツ、という経験は誰しも…)
 このように低い声は発散率が大きく、そのため逆に特定の相手と話すときにはエネルギーのムダ遣いになってしまう。

 小鳥の例を挙げるまでもなく、生物は身体が小さくなればなるほど発声は高音でなされる。喉の大きさが周波数を決めているからであるが、小美人は同サイズの鳥と比してもその頚部の細さは明白であり、もともとの発声音はかなりの高音である事が考えられる。彼女らの間ではその音声でもいいのであろうが、人間の可聴範囲を越えているのでは文字どおり我々とは話にならない。
 それでも彼女らは人間と話をしている。これはいったいどういう事なのであろうか?

 普通に考えられる事は、ダークダックスの様に彼女らにとっては非常な低音の声で話しているというものである。が、パラサウロロフスで示したようにこの方法には膨大なエネルギーを必要とするので、こんな事をしていてはフランキー堺のボケに愛想笑いをしているだけでへとへとになってしまう。
 画面で見る限りそんな様子も見せないが、小美人とは果たしてそんなにタフなのか?
 

 最近、低音を遠くまで効率よく届かせる方法として、音叉共鳴法なる技術が考えられている。
 非常に周波数の近い音を二つ同時に鳴らすとき、両者の差にあたる分の周波で音の高低が変化する事を音叉と言うのであるが、指向性の良い高周波を二つ目的地に向けて発信し、両者の周波数差を可聴範囲周波数にすれば、目的地では両者の音は交錯して音叉現象を生じ、普通の音として聴こえるというものである。
 この方法を用いれば、数百メートル離れていても低音は途中でかき消されることなく聴こえるのだ。
 もうお分かりであろう。二人が高周波で同時に音声を発し、音の交錯する部分に聴衆が来るようにする。こうすれば彼女らは普通の声で苦もなく我々との対話が可能になる。小美人は原住民達や日本人との会話に於いてはこの音叉共鳴法を利用して、聴衆以外の方向には行かない効率の良い方法で話していたのである。

 この仮説を提起する際に、根拠となる条件は三つある。
1.小美人は常に二人同時にしゃべる。(例外もあるが…。)
2.あちらの方から聴こえるような篭もった声になる。
3.バリ島の音楽の様に、南洋の音楽には音叉共鳴を利用したものが多い。
 1はもちろん方法論の根拠である。これを彼女らは難なくこなしている様に見えるが、発声の同時性、周波数差の整合性など、二人の息が神業ともいえるほど合っていなければ成し得ない技である。これは、二人が双子、それも妖精(二人の自我が大人の形態をしていてもなお精神において分離していないと言う意味)であるからこそできたといえるであろう。
 音叉共鳴法ではどの様な音に聴こえるのかは知る由もないが、音を発している物体からは聴こえない様に感じるであろう(音源よりも手前に聴こえる)事は推測できる。2はそうした証拠として挙げてみた。
 そもそも小美人がインファント島の原住民とコンタクトを取る際、どうやって音叉の利用を思いつくに到ったかを3は示唆するものである。逆に彼女らが音叉音楽を教えた可能性は否定しない。

 このように諸条件が揃って仮説の裏付けを行っている以上、小美人の音叉共鳴法利用はもはや疑う余地はない。今後この理論を実験によって証明できれば、今度はこちらから積極的に対話を持ちかける事もできる様になり、彼女ら文化と更なるコミュニケーションを深める事ができるだろう。
 

 以上の様に小美人の発声のメカニズムを、映像から察せられることを中心に解析してみた。ネガティブだった小美人の研究にこれが元でスポットが当てられれば幸いである。
 

 とまぁ、仮説としてはかなり的を射ている完成度の高いものと自身を持っていたのであるが、知人の、
「小美人って、ハモってるじゃん。」
の台詞の前に私は言葉を失った。一からやり直しだ。
 落ち込む私を前に楳図かずを氏ならばこう慰めてくれるだろう。
「大丈夫、彼女らはきっと喉にも口が有るんだよ。」

 参考資料

1.モスラ (東宝)
2.モスラ対ゴジラ (東宝)
3.三大怪獣・史上最大の決戦 (東宝)
4.ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 (東宝)
5.ゴジラv.s.モスラ (東宝)
6.ゴジラv.s.メカゴジラ (東宝)
7.DINOSAURUS (BBC)
8.恐竜図鑑 [ヒサ・クニヒコ] (新潮社)
9.ソリトン [渡辺慎介] (岩波サイエンス)
10.強殖装甲ガイバー (徳間ビデオ)
11.ビデオカメラに何が映ったか (小学館ビデオ)?
 

[解説]

これが筆者の記念すべき机上理論第一号作品。今見ると書き方が硬いのは詮無いところだが、知ってないとまるで笑えない大上段な書き方はこの時から始まっていて苦笑する。オチは楳図かずを氏の“ビデオカメラに何が写ったか”という短編マンガが元ネタ。
夜中に怪事件が起こる少女がベッド近くにビデオカメラを据え付けておいたところ、寝ていた自分ののどが裂けて口が現れ、その口が牙を剥いて人間を襲うのが写っていたというコワイ作品。ビデオを見た少女の、「見なければよかった!!」という悲痛な後悔の科白が激烈な印象で残っており、僕などは街中で後姿の綺麗な女性の顔をふと追い越しざまに見たときに、このシーンが脳裏にちらつくことが多い。


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