0. 夕空晴れて
黄昏が街を朱に染める頃、労働を終えて眠りにつこうとする太陽を追いかけるように金星が輝きを増す。ヴィーナスが住むと言われたその惑星に惹かれて空を見上げると、既に数多の星達が夜の準備をはじめている。幾多の人々がこうして今夜も、彼らが繰り広げるショーを見るために、夕食後の特等席を予約することになるのだ。だって仕方がないではないか。6時からのアニメはBSとテレビ東京がバッティングするのだから...。
悠久の昔から、5時からの再放送魔女っ子メグちゃんの頃から、人々は変わらずそんな生活を続けてきた(情けなくないのか?)。古のそうした記憶は少しずつ蓄積され、数多の輝く星達の知識は膨大なものになっていった。そして現代。さまざまな観測機器によりそうした知識は更に長足の進歩を遂げ、素朴な観察から始まったそれは、星の誕生から宇宙の起源にまで遡る、難解な数式と高度な科学理論が飛び交う最新の学問と呼べる領域にまで高まっている。
漆黒のスクリーンを飛び交う美少女星達を研究するペド天文学、そこで展開される美少女世界を解き明かす宇宙論を、本論では紹介したい。
1. いつもの −'01上期美少女事情−
さて、本論に入る前に、いつものように最新美少女状況の概括からはじめよう。本年前半の美少女天体ショーには思わぬ収穫が多く、筆者の研究も久しぶりに熱が入るものになって喜ばしい限りだ。
まず筆頭はパワーパフガールズ(PPG)だ。研究材料としてはありふれていた火星隕石中に生物の痕跡を見つけて大騒ぎになったのは記憶に新しいが、既存の物に新価値を見出し、成功するという点では、少し似ている気がする。PPGはアメリカで人気が出たアニメで、今年はじめに日本に持ってきたのだが、作者が日本のオタク文化からインスパイアされたという目の大きなキャラデザインは、日本人が向こうのデザインに本能的に感じる生理的な不快感を消し去ることに成功した。いやそれどころか、身体のラインを簡略化しまくって極太の輪郭で見せるアメ絵の特徴が今度は新鮮と受け取られ、加えてあちゃららしいとんでもなくメリハリのある構図と話の展開が、停滞していたアニメ界に斬新な衝撃を与えたのである。闘う幼稚園児はそういうわけで、今一番魅力に溢れたキャラクターになっている。ケミカルエーっクス!
ほんわかに統一されたドラマで魅力的なキャラクターを描くことに成功しているのは、4月から始まったコメットさんだ。星の妖精という肩書きどおり、星力(ほしぢから)を集めることで魔法を使えるようになる彼女は、まるで星のように穏やかで包容力のある性格として描かれ、彼女がおりなすドラマは観る者にそのまま星の夜にいるかのような印象を与える、魅力的で安らぎのある展開をする。これまでの魔法少女はすべからく、ヒロインの持つ“太陽のような明るさ”を軸にして話を動かしてきただけに、この方法論には静かに驚いたものだ。こんな風に一口で言ってしまうと簡単そうだが、演出的に統一するのは大変な努力だろう。(少し引いた目で演出しているのも手法の一つなのだろう。タイミングよく四角くマスクが掛かる画面構成は非常に心地よい。)キャラデザインとしては、いわゆる“萌え”とは少し違った古風な部類に入ると思う。現に筆者は雑誌の初期設定を見たとき、迂闊にもこれほどハマるとは思っていなかったのだ。人物に引き込まれるという好例であり、気分はまさにエトワールである。
そして、筆者にとっては正に彗星の如く現れて衝撃的な印象を残したのが、6月公開の映画・メトロポリスに出てきた人型ロボット・ティマである。世界征服をするための人工知能の中枢として作られた彼女だが、何も知らぬうちに殺されかけ、偶然出会った少年ケンイチと逃げ回る。が、やがて人間でなかったことを知って悲嘆し、人間を排除しようとする。ケンイチがそれを止めようとするが、って展開。なのだが、筆者は見事に参ってしまった。元々筆者はとんがり帽子のメモルに出てきたマリエルなるキャラに魂を奪われてしまったので、同キャラデザインの名倉靖博氏の絵には抗生を持たないのだが、ほとんど氏の真骨頂の仕事と思えるほど可愛らしいティマのデザインに打たれ、その後の展開への入れ込みも相まって最後は涙する程になっていた。短命・無垢・中性・悲劇。入れ込みの原因は要約するとそうしたものか。美少女としての輝きをそのまま映像化したような魅力的なキャラクターであり、格調高い映像と相まって出色の輝きを放っていた。
さて、実は上記三者には共通点がある。ティマの項にも出したが、それは“無垢”ならびに“中性”だ。これが不思議なのは、これが今年になってまるで振って湧いたように現れた特性であるという点である。というのも、去年や一昨年の注目美少女キャラであったホシノルリの魅力は、「(判りすぎる故の)諦観を伴った醒め」であったし、ましてや玲音(lain)のそれは「倦怠」であった。木ノ本さくらはどうだと反論されるかもしれないが、やはり彼女もこの三者とは違う気がする。誤解を畏れずに言えば彼女にあって上記三者に無いのは「媚び」だと思うのだ。CLAMPの意図がそうでなかったにせよ、どのユーザ層にどの程度異常に売れたかを鑑みればそれは明らかだろう。いずれにしてもこれらキャラクターが人気を博した延長上には、(虚飾であるにせよ)華やかなりしオタク文化圏の人々を対象(くいもの)にしているという共通性が垣間見えたのである。(この視点からすると、オタクに媚びていることが明白なシスタープリンセスなどは、旧世紀的美少女だと言えるかもしれない。)
で、省みるに、本年の三者にはオタクへの媚びが0とは言わないまでも、少なくともそれが主力ではないと思えるのだ。我々オタクを当てにせずに創生し得た彼女らの純粋な魅力は、何故偶然出揃ったのだろうか。(現実が彼女らの世界観が似合うほど優しいものでは無いことは敢えて言うまでもないのに...。)これに正確に答えることは難しいが、ひょっとすると文字通り本当に偶然なだけかもしれないし、オタクを見限っただけかもしれない。それとも、世紀末を越えて終末観を持ちつづけた緊張がほぐれたからかもしれない(ちびまる子ちゃん風に言えば、緊張した大晦日の後、明けた正月の間が抜けた平和さ、か)。いずれにしても我々は寧ろ当事者とみなされなかったことにより、自分達もまた肩の力を抜いた彼女らへの思い入れが可能になっているのである。
そういうわけで、上記した三者には虚飾を取り去った美少女キャラとしての原初的な本質があるような気がして興味深く、熟考するに足る価値を秘めていると思うのだ。
今回の論はだから、“無垢”と“中性”が一つのキーワードになる。
2.素朴な子供も10年で... −古典天文学の黎明と発展−
古の頃、アニメの放映時間はほぼ固定されて毎週・毎日決まってやって来、ビデオなど勿論無かった当時のこと、筆者をはじめとする古代人はその時間にはTVの前に座り、食い入るように見ていた。番組はほぼ1年や半年の周期で変換していくのだが、このような週月基準による短周期の円運動と、年基準による長周期の変更が起こす縦の時間の二つで構成するらせん状の流れ、アニメを視聴する人間にとって世界を動かす歴史は、斯様な認識の元に流れていた。マメに行われ続けた観測によって規則性を見出されたアニメの天球は、午後七時(19:00)代に並ぶゴールデンタイム星座(王道19宮と呼ばれた)が中心を為し、周囲を午後五時代の再放送星座(当時は88星座と隆盛だったが、現在は金がかかるようになってしまった)が取り巻いて構成されており、夏休みに連続放映される海のトリトンやメルモちゃん、冬休みに集中放送される東映まんが祭り作品群が、それぞれ季節の風物詩を演出していた。アニメ界は明確に法則性を持っており、我々を中心に為すその運動は、当時の観測では十分に精度を持っており、自分達の都合で見られないことを除けば、決して困ることはなかった。
それは、アニメが子供向けとしてのみ存在していた頃の素朴な世界観、天動説によって構成された世界であった。
その後、我々が大人びることで観測技術が進歩してくる(ヒネクレてくるともいう)と、しかしそこには様々な小さなほころびが見え隠れしだした。まず顕著になったのは、王道から離れた東京12ch方向から提供される作品群だった。同方向は南十二字星の近くにあるため、地方によっては直接観測不可能な位置にあり、高い山に登るなど、とんでもない苦労をする人もいたが、低緯度に変換させた上で観測する(小チャンネル数、つまり地方局が放映権を買うことをさす)のが実情だった。が、これがまたコロコロと出現時刻が変わるので、通常観測にも非常な困難を伴ったのだ。人々はこれまでの観測対象とは違う不規則な動きを見せるそれを“惑星”と名づけ、他とは違う観測方法をとることを余儀なくされた。それは例えば部活を休んだり、友達との付き合いを悪くするなど、周りとの軋轢を修正していくことで円満に観測を成立させるという意味で“周転円”と呼ばれる補正をしなけらばならなかった。(これら所業は後に彼らがオタク業として専門職化することに遠く繋がっていくことになる因果な観測法だった。)しかしそれも、観測守備範囲の拡大に伴って限界に近くなってきた。ガンダムのスタンスで作る第二段として話題の多かったイデオンなる星は、正規放映時にしょっちゅう時間帯が変わるので、正にSpaceRunawayな状態になっており(ちなみにこれは、予告時の決め科白)、最早ビデオなどの高度な観測機器を持たぬ人間には研究する縁すら断たれていたほどだった(当時はデッキもテープも破格だったのだ)。
そんな中、それまでの観測事実をじっくり調べられる時間を持てた灰クラスのオタクであるコケルニクスは、その著書で一つの仮定を行った。すなわち、“天体の運行は、我々のために回っているのではなく、提供者の都合を中心にして回っている”というものだ! 彼はその著の中で今までの“自分達”中心の宇宙ではなく、“Su”(太陽Sunと読んでもいいが、じつはスポンサーの“す”である)を中心とした論理を展開すると、今までの視聴者無視の行動が無理なく説明できると説き、そうした説を“視(聴者)動説”と呼んだ。
(ちょっと余談だが、この人以降の研究者はすべからくオタクだと思っていい。専門的知識で武装して一般人をへこます、困ったさん達なのである。)
当時はテヅカ教やフジコ教の「アニメは子供のため」という素朴な天動説からなる宇宙論が大勢を占めていたから、当然この説はかなりの弾圧にあった。おかげで、木星の衛星カリシロの観察でクラリスを発見し、ロリコン研究の礎を築いた綾波好きのガリレオ・ガリ=レイはPTA裁判にかけられ、ミンキーモモのピンナップを踏み絵させられかけたギリギリのところで「ごめんよ僕が悪かったよー。」と謝ることになる。(退室の際、「それでもモモは(アダルトタッチで)回っている。」と負け惜しみを言ったとか。)しかしそんな天動説派の勢いも、オタクに絶大な影響力を発揮していたミンキーモモ(信じられないかもしれないが、CCさくらの比ではなかった)が打ち切られそうになったり延長したりと、“す”の影響をあからさまに見せてしまったため、これ以降少なくともオタク達は自分達の置かれている立場を思い知らされたことは間違いない。
視動説を決定的にしたのがヨカデス・ケプラーだ。彼はオタクの先輩である“小っこいもの”好きチッコ・ブラーエ(特に貧ちゃんが好き)の資料を受け継いで研究に勤しんだが、チッコの集めた資料にはある偏りがある事に気づいた。というのも、チッコの資料は主としてオタク関係の書籍やグッズから為っていたのだが、そこに、『ある番組に関連して出される商品は、番組の人気度に比例して多い。』、『人気度は、キャラクターへの接近(親密)度が高いほど大きい。』関係があることを発見し、更にここから、『人気度が高いほどグッズは多く販売されるが、過度になりすぎて財布が空になりしかも飽きられるため、人気度が下がる。』ことを見出した。これは現在、ケプラーの三法則と呼ばれるもので、商品展開を初めから初期条件化して導き出した本法則が、視動説を前提にしていることは明らかだった。
ケプラーの研究はこの後のアニメ界観測の歴史にもう一つ重要な貢献(過ち?)をしている。というのも、チッコの資料はその多くが前述もしているミンキーモモのグッズなのだが、このグッズこそ、“提供者側が商品展開する際に、財布に余裕のある年齢の視聴者をターゲットにする慣例を定着させた”商品なのだ。平たく言えば、「オタクを当て込めば金になりまっせ。」ということである。
これ以降そのアニメ界観測が美少女中心になっていくのは、そう考えてみると当然のことといえる。
以上、駆け足で古典宇宙論の歴史を概観してきた(古典宇宙論の最後はアイチャック・ニュートンだが、蛮勇引力の法則は拙論『ペド物理学概論』で既にしているので、そちらを参照されたい)が、上述したような経緯から、これ以降の研究はもっぱらアニメをはじめとするオタク界全般の美少女について観測研究することに天文学の中心が移っていく。よってここからが現代の美少女宇宙論の解説となる。
3.ベレー帽の仕掛人 ―美少女宇宙論の発展と“神様”の影響―
現代美少女宇宙論の展開の端緒はムライファーの観測から始まる。今世紀初め、ムライファーは代表的美少女の観測を行っていたのだが、そのうち彼は奇妙なことに気づいた。彼が観測していた美少女達はどれも、当初に雑誌に発表されていた設定から大きく外れていたのだ。例えば、彼の選んだサンプル、水野亜美を見てみよう。大ヒットアニメ、美少女戦士セーラームーンの最初の仲間・セーラーマーキュリーとなる少女・水野亜美は当初、天才肌で物事を冷静的確に判断するものの、周囲との関係を煩わしく考える多少近づき難い存在、といった描き方だったのだが、話が進むに連れてチームに馴染んだ包容力のある性格になってゆき、愛野美奈子(セーラーヴィーナス)のボケにつっこむなどの位置付けを与えられた。シリーズが長引くことで人間的に成長するから、そういうことは良いことではあるのだが、実は凄いパンツはくのが好きなんだとかいう、そういう設定は一体どこから出てくるのか? いやそれはともかく、そういった性格の変遷が、どの代表キャラにも見られること、平たく言えば“性格偏倚”を、ムライファーは発見したのだ。
これに触発されて、当時もっとも高度な情報網を持っていたエドウィン・ハッスルは、世間で人気とされているキャラクターについて片っ端から調べまくり、ムライファーの観測が例外状況でないことを明らかにした。例えば高精度の追実験により、前記水野亜美の“すごいパンツ好き”傾向は、佐藤順一演出回において、ムーン・マーキュリー・ジュビターの三戦士が狭い路地で詰まってしまい、コケかけたマーキュリーのパンツをジュピターが見て赤面する(画面からはどんなパンツだったかはわからない)といった状況から発していることを突き止めたり、他にも、新世紀エヴァンゲリオンのオペレータはすぐ吐きたがるといった傾向が、同シリーズ後半の回で、主役兵器が敵兵器を喰ってしまうことに思わず嫌悪感をもよおした1カットのシーンから出ていることを突き止めるなど、その微に入り細を穿った調査は驚異的だった。
そして彼はついにそれら全体から、次の法則を導いた。
人気のあるキャラクターほど早い性格変換が行われる
そして、この法則の変換量はほぼ同じ値を持つことが観測結果から明らかになったため、これを“ハッスル定数”と名づけた。うほほーい。
...。彼の真の業績は寧ろここからの洞察にある。彼はこれらの性格の変換が何故行われるかについて、「妄想だ!!」と喝破し、美少女キャラに付け入る隙が少しでもあるなら、それを限りなく拡大して性格付けを行う結果、元々大まかなことしか定義していないオフィシャルな設定からは考えられない性格変遷が行われることになるのだ、と断定したのだ。
そしてこれら観測結果から考えられることとして発表した宇宙モデルが、後の宇宙論の方向性を決定付けることになるのだ。そう、それこそ
美少女宇宙は受け手の誇大妄想によって常に膨張している
と定義される膨張宇宙論モデルであり、ここに現代宇宙論の特徴であるアクティブな宇宙論が始まるのである。
(ハッスル定数はある目安を示した。ある美少女を観測して、その性格変換量を測定すれば、そのキャラクターの人気と妄想量がわかる。すなわち、美少女キャラクターの数とオタク人口が判れば美少女宇宙の大きさが判るのだ。計算原理が簡便なため、これまでにたくさんの観測者がこれを突き止めるために研究を続けたが、しばらく続けるとみんなやめてしまうという奇妙な結果が相次いだ。深い追求は避けるが、みんな一様にこう言っていることから大体察していただけると思う。すなわち、「...考えたくなくなった。」)
膨張宇宙論じたいは、アニメシュタインの一般相対 性 理論から数学的解の一つとして導かれることが、フリーウーマンによって示されていたが、観測的事実として出てきたことは美少女学会に衝撃を与えた。原因や対策が真剣に講じられた(なんで?)が、その一方で、別の角度から発想を膨らます研究者も出てきた。すなわち、
今膨張してるんなら、その昔、美少女宇宙は一点の爆発から始まったんじゃないか?
美少女宇宙が熱い想いから始まったとする、情事・ガモフの、これがビッグバン理論である。
では一体誰の思いだ? 研究者達の次の興味はその一点に絞られた。「梶原一騎?」と言った研究者は仲間からボコられた。「熱さが違う!」というわけだ。「森田健作?」と言った研究者も同様の憂き目に遭った。「論外!」というわけだ。(筆者も同意見。)こうした議論が伯仲したのには理由がある。現在の美少女宇宙は前述のように、一朝一夕では捉えきれないほどに大きくなっているのだが、観測で知られている大きさだけでも、それらの妄想を一点に集中することなど怖くて出来ない...いやいや、物理法則が適用できない世界の出来事と化してしまうため、それ以上追うことが不可能なのである。しかしここで、ある研究者の意見が場を揺るがせた。「ではひょっとして“神様”が?」あ、あの神様か。これには一同はっとした。あの人ならやりかねん。言われてみれば心当たりが...。それぞれの研究者が若き日の自分の思い出を反芻して息を呑んだ。そうだ、きっとあの人が宇宙の初期値を決めた人なんだ。神様なんだからそのくらい出来ても不思議じゃないではないか。火の鳥は完結しなかったけどその前に既に大仕事してるもんな。研究者たちは概ね納得しかけた。だが、一人の研究者が叫んだ。「でもちょっと待て、おかしいじゃないか。だってあの...あの人の絵じゃ...萌えない!!!!」あ"っという小さな悲鳴と共に、一同は再び沈黙した...。嗚呼、プライムローズの悲劇...。
神様のタッチからは絶対に出てこない今日の状況があるにせよ、神様の影響が美少女宇宙開闢のかなり最初期には存在していたことは間違いないのだ! だがしかし、その確証がない。という、この難問にすっかり頭を抱えこんでしまった研究者達だったが、ここにまったく意外な方向から光明が射してきたのである。
ビッグバン理論は、現在の美少女宇宙が膨張していることから、これを逆に辿ることで過去には美少女が一点に集中するときがあった(ハーレム?)と考える理論である。すなわちその影響は現在世界のどの文化を見ても多かれ少なかれその残滓が残っているはずである。だからこれを見つけることが出来ればビッグバン理論の重大な証拠になるのだが、現在の日本でこそ、神様の影響を無意識のどこかにすら受けていないと言い切る日本人はいないと言っても過言ではないが、海外となるとどうなのか、その影響力は如何に神様と言えども疑問視されていたのである。が、ある年アメリカで奇妙な作品が発表された。
雷門キング。世界に冠たるアニメ製作会社ウォルト・ネズミーの作った新作作品であるが、これを見た日本人のほとんど全ての人(若い人除く)がこう言ったのだ。「ジャングル大抵じゃん。」ジャングルを統括するライオンが出てくるだけでもそう断定してもいいが、細かい類似点はキリがないほどあげつらえるこの作品に対し、当然日本人は「パクリだ。」と言ったが、これに対するネズミーの返答は、「偶然だ。」というものだった。
この矛盾を説明するのは一つしかない。すなわち、アメ公が見ていようといまいとに関わらず、宇宙開闢から神様の影響が世界に浸透していたのである。アメ公がユングに言う集団的無意識にそれを蓄えていたからこそ、見てもいない上記二作品がこれほどまでに酷似したのだ。地球の反対側のアメリカでこれほどはっきりと観測されたのだから、これをビッグバン理論の有力な証拠、美少女宇宙背景輻射と見なすことに、異議のある人などいるはずもない。やはり神様は宇宙創生に関わった重要な人物だった。アメリカ万歳! ネズミー万歳!!
(後に、背景輻射を性格に観測するために打ち上げられた衛星COBE(媚―びー)の観測で、今や世界のどこでも何らかの神様の影響があることを突き止めた。が、直接影響を観測されるよりも、ジャパニメーションの影響の二次的な輻射を観測することが多かったようである。)
4.われわれはかつてあった情熱の継嗣 ―欲望発展、恒星の一生―
さて、美少女宇宙開闢の秘密が徐々に明らかになってきた。ここで、現在わかっている範囲でどのように宇宙が始まったかを時系列的におさらいしてみよう。
現状わかっている最小の美少女宇宙は、“ある時間からポンとそこにあった”という説が、現研究では有力である。これは虚時間なる概念を用いて矛盾を無くそうという執着肌の理論家、スティーブン・ホーミングが提唱したもので、「人々の虚をついて始まった。」のが美少女宇宙だという。これは、それ以下の大きさを考えることが無意味な最小単位が美少女宇宙には存在するという幼子力学とも矛盾しない面白い理論である。というのも、元々美少女宇宙はその構成要素である美少女がいないと話にならないのだが、考えてみるとその美少女そのものも、一枚絵では存在し得ない。つまり、何らかの作品の中で輝きを放ってこそ美少女と言えるわけで、ということは、美少女存在の最小単位は“1作品”であることになる。(これを発見したのが、ルーズ・ソックス・プランクであり、彼の名をとってこの最小単位をプランク長さ、プランク時間という。)よってホーミングの定義によれば最初の美少女宇宙は何らかの作品にて発表されていたことになるが、筆者はここに、この作品が間違いなく、手塚治虫の初期三部作『ロストワールド』・『メトロポリス』・『来るべき世界』であると推察している。これら作品は戦後空想世界に飢えている子供達に正に“降って湧いたように”現れたのであり、そのさまはホーミングの指摘通り“虚をついた”衝撃的デビューだったといえるのだ。
更に重要なのはこの三作品に出たヒロインが持ち合わせていた、いわゆる手塚のヒロインの特質である“無垢かつ中性的なる故に内在するエロス”であり、更にそれが初期宇宙に与える影響である。というのも、初期宇宙はその内包エネルギーが次第に形を整えるに際し、当然粒子である女性キャラクターと反粒子である男性キャラクターが同数ずつ生み出されるのだが、不思議なことに現在“美少女宇宙”と呼ばれているように、この妄想宇宙の中に男性キャラクターの存在はほとんど皆無となっている。これが一体何故なのかという疑問に答えることが出来るからである。なぜなら、創生期に生まれた男性キャラクターと女性キャラクターは再び核融合をすることで中性になるのだが、ここで合成された中性キャラが手塚キャラだったとすると、手塚キャラが本質的に内在しているエロスによりそのベクトルは明らかに世界を美少女化するのである。ここに一旦全体のバランスが崩れれば、現在の美少女宇宙の比率になることは確認されており、手塚キャラの影響が如何に大きかったかを思い知らされるのである。(勿論宇宙全体でみれば揺らぎがあり、男性系に揺らぐところではやおいとかショータローとかになっている。)
しかし宇宙開闢後しばらく経つと、子供達も中性的な手塚キャラから卒業するときが来た。そうなると、これまで彼女らにとどまっていた視野が広くなるわけで、これを“宇宙の晴れ上がり”というのであるが、これは美少女を探す際にオタクが発する電波である好子(フォトン・詳細はペド物理学参照)が手塚キャラにのみ吸収されることがなくなり、空間にすべからく放出されるようになったことを意味する。
ここにビッグバン理論を支える新たな支柱となる、インフレーション説が登場する。灰クラスのオタクが持つ情報速度は彼の黄金聖闘士と同じく光の速さなのはよく知られているが、その彼らを持ってしても現在の美少女宇宙は捉えることが出来ないほど大きくなっている。が、そもそもこれは何故なのか。そして、にも関わらず全国ほぼ一律に美少女の流行傾向が似るのは何故なのか。この疑問にインフレーション説が答えるのである。すなわち、同説を唱えたツマラン・グースはまず美少女宇宙膨張の原因を、オタク個々人の発する妄想情報量が爆発的に増大するような現象、すなわちコミックマーケットとインターネットに求めたのだ。数千サークルが万を越える本を販売するコミックマーケット(コミケ)と、更に個別に情報を発信する機会であるインターネットの二つが、現有する美少女情報流通の要であり、それがすなわち美少女のインフレ化をもたらす最大要因だと喝破したのだ。そしてこれは同時に、各々の個人やサークル達の発する流行傾向が互いに類似する現象をも巧く説明する。つまり、コミケではサークル同士も情報を求めあうために最小面積で最大効率が得られるし、インターネットにおける情報効率は今更言うまでもないからだ。インフレーション理論の重要性がこうして一気に高まり、研究者たちの同分野にかける期待も俄然大きくなったことは言うまでもない。とはいえ、この現象によって美少女界は現在に到るほどに大きくなったということは、悪く言えば手がつけられなくなった諸悪の根源と言えなくもない。
ビッグバン理論が考える美少女宇宙の発展史は以上のようなものである。しかし、皆さんも感じておられるだろうが、実際の美少女宇宙はもっとバラエティに富んでおり、とてものこと上記研究では捉え尽くしていない。だからまだまだ本宇宙論も語り尽くしてはいないのだが、その研究の方向性はここから若干変化することに注意されたい。というのも、ここからは全体論的な宇宙論として捉えるよりも、もっと個別の現象が集まった結果として宇宙が発展していく研究を紹介することになるからだ。それは、ここからは天文学的な現象が宇宙を特徴付ける主役となるということを意味している。
さて、前章において先述した中でまだ解かれていない疑問があった。宇宙開闢時にはなかった“萌え”が一体どの時点から発生したのかという難問である。現在までに、これに対して提起された仮説のうちでもっとも有力なものは、銀河がその起源ではないかという説である。というのも、渦を巻いて回転している点、中心が光っていて見えそうで見えない点などが、いわゆる魔法少女の変身に酷似しているからである。観測家メシエは精力的にこれらを研究し、判明した銀河にいちいち魔法少女のMをつけ、全天にわたって地図を作った。現在M(魔法少女)カタログと呼ばれているそれは、中心に萌えの要素を醸造するに不可欠な熱量を持っていることも、起源説に有力な理論的根拠を与えている。(近年、萌えの起源として最有力になり得る天体が見つかった。それ一つで銀河のエネルギーに匹敵する程の勢いでもえている天体、クーッ!!イーッスである(!は不可欠で、正式名は“子供だって美味いんだもん飲んだらこう言っちゃうよクーッ!!イーッス”)。この天体は今までとは違う輝きを放つこと、更に今にも残る影響力などを考えると、ひょっとしてフェナリナーサではないかとさえ言われているのである。)
では更に細かく、銀河の中のどこに萌えを生み出す元があるのかと言えば、これはもう恒星を置いて他にあるまい。太陽のような恒星の燃えるエネルギーはやはりここでは萌えるエネルギーと解するべきなのだ。ところがこう考えてくると、意外なことがわかる。あれほどの熱い思いを美少女宇宙に向けて常に放ちつづける存在は何があるかと考えると、結局のところ、恒星に該当するのは実は、オタク達個々人であると捉えるしかないのだ。そう言われてみると、萌えの概念を考え出したのはそもそもオタク達(ときメモのサイトで各キャラへの入れ込みを“燃える”ではなく“萌える”と表現したのが技術的な最初と言われるが、それより前にNHK天才てれびくんの恐竜惑星に出てきた“萌”なるキャラクターがいたので、正直その辺微妙。)であり、してみれば、この結論は至極当然の結果なのである。手塚式の無垢の宇宙を良くも悪くも多様化させたのは結局のところオタク達だったという事であり、苦笑を禁じえないとはこのことだ。キュ〜。
恒星がオタクそのものだったことがわかると、恒星の一生が見事にオタクの深化のプロセスによく対応していることがわかる。というのも、オタクがオタク化した当初の興味は、割と純粋に美少女そのものに対して向けられているのだが、この情熱(煩悩)が勢いあまると、今度はいわゆる状況に対して向けられるようになるのだ。これが結構段階的になっており、はじめのうちは“同級生”とか“近所のお姉さん”とか、普通の人にも思いつく範囲の発想をするのだが、星の年齢が上がってくると、そうした発想を妄想するための燃料がなくなってきて、今度は更に進んだシチュエーション、すなわち“看護婦さん”,“巫女さん”といった職業系列に行くもの、“メガネっ子”,“セーラー服”,“ブルマ”,“ぷに”といったフェティシズム系列に進むものなど、早く言えば燃料となるものはなんでもかんでも萌やすようになってくるのである。(一応注。これは筆者のことではない。ほんとだってば。)
で、結局これの行き着く先は...、判るでしょ。いわゆる自分の妄想に押しつぶされて、ブラックホールと化してしまうのだ。オタク本体は...。こうなってしまうともう手がつけられない。彼はもう自分が世間一般の時間の流れから取り残されているのに気づかないわ、家の中は情報を集めすぎて、しかも吐き出さないから悲惨なことになってくるわで、こうなると世間から存在そのものがブラックボックスと化してしまうのである。うひー。みんなも気をつけてね。
さて、恒星はブラックホールと化す前に、いわゆる超新星爆発を起こすのだが、この時美少女宇宙の中では禁忌とされている18禁系のシチュエーションが外界に吹き飛ばされると思われる。爆発で自制心がなくなる前はその辺には手を出さなかったのにというわけで、こうなるともう人生終わっちゃってるのである。だがこうした先人オタクに皆さんはある意味感謝しなくてはならない。上記職業系やフェティシズム系といったバラエティのある展開が現在の美少女界にあるのは、このような名も知らぬ彼ら諸先輩のおかげなのだから。(それはそれで嫌だな。)
(贅言。宇宙の構造は己のうちに倫理観も持ち合わせているのか、近年多くの銀河をまたいだ先に、途轍もなく大きな銀河群で構成されたグレートウォールが見つかっている。これは別名“常識の壁”といわれており、オタクのよこしまな心が飛び越えられない壁を作っているのだといわれている。)
5.老い先... ―宇宙論の未来―
と、ここまでで、ざーっと美少女宇宙の現在までの姿を概観してきたが、最後に美少女宇宙の未来がどうなるかに目を転じてみよう。
宇宙の未来は、先にもあげたアニメシュタインの一般相対 性 理論から数学的に導くことができる(先にあげたフリーウーマンもこの解の一つを解いたのだった。)のであるが、これは現在大きく二つに分かれることが知られる。一つは今のままオタクの妄想が巨大さを永遠に増していく膨張宇宙と、ある点で収縮に転ずる輪廻宇宙である。膨張宇宙か輪廻宇宙かを決めるのは、同宇宙に女性のオタクがどの位絡んでくるかによって決まり、美少女に染まっている現在の宇宙を気に入らないと感じている彼女らが、この宇宙をショータローに染めてみたいと思う情念が強い場合に起こる。が、これは現行では非常に調査対象とし難い分野であり、実質量はよくわからないため、観測学会ではダークマターと呼んでいる。(調査しようにも、男はやっぱりやおい本とか買い難いのである。この辺は一条ゆかりやハーレクインロマンスとかの類もそうだけど。)
膨張宇宙の場合は結構悲惨である。というのも、個々のオタクが全てブラックホールと化すため、目も当てられない状況になるからである。更に、それでも尚妄想の膨張は止むことを知らないのだから、そこには個々人の欲望だけが跳梁跋扈する世界となり、それは最早絶えず新しいものに目を向ける若さという熱情の失われた世界となるのだ。膨張だけで終わるこうした宇宙を、熱的死を迎えた宇宙という。
では縮小宇宙ではどうなのか。先述したダークマターの影響により世の中は再びCツバとか星→まがいの作品に埋まり、収縮に転じたオタクブースにはむさ苦しい野郎どもが今よりももっと高密度で追い込まれるようになる。そしてある時点で隣の人間の体臭や汗が身体に密着して...あ"−っ!! こ、これはこれで想像するだに恐ろしいことになるのである。
さて、同人会場の人いきれが高瀬瑞希(byこみっくパーティー)より苦手な筆者にとって後者は考えるだけで震え上がってしまうのだが、宇宙の未来が二択とあれば、それでも筆者は間違いなく後者を選ぶ。だがそれはこの本の数少ない女性読者に媚びているわけではなく(そもそもこんな論文読まないって)、ましてややおい作家に転向しようとしているわけでもない!!
輪廻宇宙では、点にまで再収縮した宇宙は再び膨張に転ずるといわれており、また新しい宇宙を作り上げていくことになっている(だから輪廻なのね)。新しい宇宙は美少女に転ずるかやおいに転ずるかはわからないものの、そこには我々が未だに知らない魅力的な物語が展開されるはずであり、そのとき我々は再びそこに現れた新しい美少女の輝きと新鮮に向き合えるだろうからだ。
冒頭、新世紀になって振って湧いたようにPPG,コメット,ティマが現れたと書いたが、ひょっとするとそれこそ新しい宇宙が始まっている証左かもしれないのだ。無垢と中性によって定義される彼女らこそ、新世紀を飾る新しい宇宙の先頭を切るに相応しいと、皆さんは思わないだろうか。
常に前を向いているのがオタクであると筆者は考えているからこそ、宇宙は新しくならねばならないのだ。その思いは常に永遠であり、メトロポリスで使われたレイ・チャールズ風に言えば、
I can't stop loving you.
なのである。
筆者の場合、youは複数形なんだけどね。
おわり
あとがき
産みの苦しみを味わったものの、また最長論文記録を更新してしまった。編集の皆さんの苦い顔が見えるようである。(ちなみにいうと、これを書いているとき筆者は尿管結石にかかっており、ほんとに産みの苦しみを味わっていた。)
今回オタクネタに関しては一応括弧を付けてみたが、宇宙論関係はやっぱり自分で調べて欲しい。ナツメ社の宇宙論なんてよくまとまっているから、一冊読めば大笑いすること請け合いだ。でも、ペド物理学概論の載った論文集はもう手に入らないだろうから、筆者のHPを見てください。
[解説]
編集の皆さんの苦い顔が見えすぎて、没になってしまったので、上記あとがきは洒落にならない。なにごともやりすぎは良くないのだが、僕は懲りないのだ。これは解説になっていないけど、解説は論文集にあるからいいよね。