
| 相馬司教様との想い出掲示板は、プロバイダの制限により(二つの掲示板を持てないため)、 残念ながら閉鎖しました。今まで頂いた投稿は、以下に掲示いたします。なお、新しい投稿は、 メールでお送りください。随時、掲載したいと思います。投稿の方法は、トップページのご意見、 ご要望の所定のフォームからメールアドレスをお教えください。折り返し、こちらのメールアド レスをお伝えします。皆様の投稿をお待ちしています。 |
| 2003/05/03 新田容子 偶然このサイトに来ました。相馬先生がご帰天されたと読みびっくりしております。海外在住のため随分と情報が遅れましたが天国でもきっとお元気に私達にお話してくださっていることでしょう。 |
| 2002/09/07 ぼんくらクリスチャン 教会にいっていない不届きものの私ですが、相馬司教様、うっちゃん、竹谷神父様の顔がなつかしくメッセージします。 相馬司教様と特に親しかったわけではありませんが、すごい存在感があるにもかかわらず、どんなひととも同じレベルで接していたことが私にはすごく印象に残っています。 私も学生時代に生き生きとしたクリスチャンの社会とのつながりを教わる機会をいただきました。ここ数年は、自分の身で精一杯ですが、一度立ち返りたい気持ちです。きっと、相馬司教様は、今も、みんなのことを見ているのかなと思います。 |
| 2002/08/19 江見玲子 今日はじめてこのサイトを見ました。相馬司教様と炊き出しをご一緒した事があったと思います。学生時代に新しく生き生きとした信仰をいただきました。 |
| 2000/10/11 相馬司教様は堅信のときお会いしただけです。わたしは大勢の受堅者のひとりにすぎませんでした。当時相馬司教様は「ローマ製」ではない(たしか)唯一の<BR>司教様で、その発想は大胆なものだったそうです。 わたしはいま「諸宗教の対話」、「諸宗教の神学」を学ぶ者ですが、相馬司教様のバックアップは偉大だったとよく耳にします。わたし個人は浅学非才ですが、司教様のご意志にかなうように頑張るつもりです。 |
| 2000/03/31 ミカエ〜ル ほんとにどなたもいらっしゃらない部屋ですね。司教様 お元気ですか?野村司教様も頑張っていらっしゃいますからね。名古屋教区を力づけてくださいね。またきますからね。。。 司教様のお墓はどこにあるんですか?解からないのでここにお参りに来ています。 |
| 2000/02/19 ミカエ〜ル 風化してしまうんだろうか?寂しい感じがしますね。 |
| 2000/01/29 ミカエール 失礼致しました。文字が化けてしまいましたので訂正しておきます。『聖トマス・アクィナスの祝日でしたね。』です。 |
| 2000/01/29 ミカエ〜ル 昨日に続いてやってきました。昨日は、聖トマスゥ▲・・淵垢僚貌セ任靴燭諭」神言会司祭だった松風師が思い出されます。今ごろは、相馬司教様のところで第三修練期でしょうか?それとも共同休憩でしょうかネ。 お二方とも肉の世界では、大変お疲れ様でした。いつか、私も家族と一緒に(タイミングは別々でしょうけど)おたづねします。また遊んでください。そしていろんなこと教えてください。そして、神様のところへ行けるように力を貸してください。 |
| 2000/01/28 ミカエ〜ル 1年2ヶ月どなたも書き込んでいらっしゃらないとは、寂しいですね。 偶然迷い込んできました。ネットワールドで、相馬司教様を偲べるとは、思いもよりませんでした。今は、冬ですが夏がくると広島をご一緒させていただいたことが思い出されます。3回ほどでしたでしょうか。(3回目は、野村司教様もご一緒でした)では、また諸聖人の祝日に共に主の食卓を囲みましょう。 |
| 1998/08/12 関根久子 名古屋で12年間過ごしたとき,相馬司教様のご活躍に心うたれるものがありました。突然の訃報に大変驚きました。今は、天国で世界の多くの信者の活躍を見守ってくださっていることと思います。 |
| 1998/01/08 田中雅浩 私は中高を静岡にあるカトリックの学校で過ごしました。中一のときに、相馬司教様が講演でいらっしゃいました。正直に申し上げれば、その時のことはあまり覚えておりません。しかし後日、先輩が校内誌に相馬司教様のお話を伺うことができ、大変感動したこと、自分と同じアロイジオという洗礼名が、とてもうれしかったということなどを書いていて、そんなふうに言われる相馬司教様ってすごいなと思いました。 ずっとあとになってから、相馬司教様の「現地に行け」というお言葉を知り、その時にはじめてすごい方だと思いました。その司教様はもう、この世でお目にかかれない方ですが、今からでも、そのお言葉に近づけるよう努めるのは決して遅くないと思います。 生前の司教様にお目にかかれて、本当によかったです。きっと天国でも多くの方に慕われていらっしゃることと思います。いつか私も司教様のおそばに行けるよう、日々を大切にしたいです。どうぞ見守っていてください。 |
| 1997/11/09 柄沢 土曜日に、恒例の大鹿村の釣り堀への行楽ドライブの運転手をさせていただきました。 毎年、司教様も楽しみにされていて、今年ももちろんご一緒されるご予定だったのですが、今年はみんなの想い出の中での参加となりました。 僕が最初にこのドライブに参加したときも、もちろん司教様も参加されてて、その時、シスター大西が司教様に毛布をかけようとしたら、「あの人にかけてやりなさい」と、前日の徹夜で疲れていて、ちょっと横になっていた僕に毛布を譲って下さったのを思い出します。 その後も何度も福信館の行事にいらっしゃって、最後になったのは、正義と平和委員会主催の強制連行され犠牲になった朝鮮人労働者の慰霊祭に御岳発電所へのツアーでした。その時は僕の持っていたデジタルカメラに興味を示され一枚撮ってくれと頼まれて、撮らせていただきました。いつも、気さくにお話をして下さった司教様ですが、中々名前は覚えていただけませんでした。 朗らかなお人柄で、人気のあった司教様。天国でも、先に召された信者の方から大歓迎で迎えられていることと思います。是非、天国の皆様とともに色々と力をお貸し下さい。 |