思い出のコアメモリ
NIAC-2200は、ワシが最初に操作したコンピュータじゃ。今回はオールドコンピュータの思い出話じゃ。
まったく聞いた事が無いコンピュータですよ。
そりゃ、そーじゃろ。古いNECのコンピュータじゃ。
1964年に発表された米ハネウェル社との技術提携で作られた汎用コンピュータでな、当時のレンタル費用が月額80万円と安かったんじゃ。月額80万円のコンピュータは、PC世代には理解不能な価値だとは思うがの。
どんなスペックだったの。
カードシステム,テープシステム装置があって、処理はリアルタイムシステム,バッチシステムが出来た。
メインメモリは、でフル実装で32KBしかなかったのでプログラムで自分のプログラムを書換えて再帰させるもテクニックを使った。メモリは磁気コアメモリで1ユニットで4kBitだったような。
プリンタは、80文字分の印字ドラムが独立回転して、スロットマシンのように目的の文字で各ドラムが停止し、一行分の文字列イメージが並ぶとタイプライタのように紙に打たれる。印刷機というより打刻機だ。当時のプリンタは、みなそうだった。マシンルームはエアコンが効いて快適だったがプリンタが動き出すと、マシンガンの様な騒音に逃げ出したものだ。
磁気コアメモリは、館長の家にありましたね。
NIAC-2200の廃棄のときに記念にメモリを抜き取った。ローテクノロジ&ハイテクニックの見本のようなメモリで、髪の毛のような銅線を順序通り針でビーズ大のフェライトのドーナッツに編みこんでいく。順序を間違えるとビットの並びが狂う。熟練の女工さんが編んでいたんじゃ。縦横にアドレス線をコアに通し、読み出しのセンス線をジグザグにすべてのコアに通す。目的の縦横の交差した(アドレス)フェライトを磁化させれば、bitONとなる。
そう。磁化されるので不揮発なのである。フラッシュメモリが出回っているので驚く事も無いが、コンデンサメモリと違ってリフレッシュをかけなくてもよいのがなぜかウレシイ。
これば、一部分の写真だが、10cmx10cmくらいで1kBitの織物シート、つまりコアが1024個あったというわけだ。
拡大すると、トロイダルコアにアドレス線とセンス線が通っている。線の太さは髪の毛くらい、コアはビーズをもっと小さくした大きさ。

その後、ワシは、技術計算、制御用ミニコンに流れていき1977年発表されたDECの名機VAX-11を触った。そのころNEC:TK-80を買い、AppleU中古を30万位で買った。インタープリタのバグは、報告を出すとビル・ゲイツが直々コードを修正して焼き直してくれたのか。30のバグを報告し、バグ出しキングとしてMicrosoftから御礼の手紙をもらったが、今では彼は随分と偉くなってしまった。
黄昏ていますね。
当時「ビル・ゲイツとかいう学生がBasicをインタープリタ化して、えらく儲けているらしい。」という話もきいた。ホテルのツイン部屋を一人で泊まって生意気な奴とも聞いた。エエなー、オラも一発当てたいなあ。といった雰囲気じゃった。たしか'75年にMicrosoftを設立して、翌年暮れにハーバード大を中退したと記憶している。
スティーブウォズニアック(左)とスティーブジョブズ(右、当時21歳)、現Apple Computer CEO
フォルクスワーゲンバンを売り払って作った事業資金$1350で1976年、Apple社を設立しJobsの自宅ガレージでAppleが製品化した。