キュリアと謙次

76回目〜80回目

76回目
 研究員を全員討ち取ったキュリアは、それから長い時間、研究所の外でふさぎこんでいました。
 どうやらキュリアは、ようやく『人を殺してはいけない』という概念を理解したようです。
 え? 何かきっかけでもあったの? と思っている方も多いと思います。そこで、前回の話を振り返ってみましょう。
 キュリアは研究員たちに殺されかけました。そこで始めて味わったのです。殺されることへの恐怖を。死ぬことへの恐怖を。
 それだけではありません。研究員のうちの一人は、こう言っていました。
『どうだ? もっと味わえよ。死への恐怖を! そして貴様が俺たちを生み育ててくれた部族の人たちを殺したことをあの世で詫びろ!!』
 この発言を聞くまで、キュリアは自分が殺した人を、自分と同じ『人間』であるとは思っていなかったのです。もちろん、人間であることは知っていましたが、……何と言えばいいでしょうか。つまり、『自分がされたくないことを、他人にしてはいけない』という概念が、キュリアの中になかったのです。
 しかし、自分が殺した人が、自分と同じ『人間』であるということを、キュリアは初めて認識できました。
(作者:きっかけがアレなのに、何で認識できたのかって? それはキュリアがクオリア障害だからです。われわれの思考回路とは全然違う思考回路を持っているので、なぜかこうなるのです)
 便利な設定だな。
 そんなこんなでキュリアは長い間、ふさぎこんでいました。自分が犯した罪を悟ったのです。『人を殺してはいけない』というのは、法律で縛られているからではなく、誰もがこの上なくされたくないことだからである、と。
 キュリアは殺されかけたとき、考えたのです。『死ぬ』ということはどういうことかと。
 キュリアは、『死ぬ』ということは『無に帰る』ということと同じだと考えました。死を境に、自分は何を思うことも、何を考えることもできない。うれしいと思うことも、辛いと思うこともできない。気持ちいいと感じることも、苦しいと感じることもできない。人は死ぬとそうなると、キュリアは考えたのです。
 なお余談ですが、キュリアは『無に帰る』ことを大いに嫌がります。どんなに精神的に追い詰められても、『鬱だ死のう』などとは考えません。ほら、最近いじめられっ子がよく自殺するじゃないですか。キュリアはクオリア障害のせいで、ああいう風にはならないのです。
(作者:なお、もっと余談ですが、今いじめを行っている方は、なるべくいじめをしないようにしてください。いじめの対象があなたに切り替わる可能性があるので、いじめられている人をかばえとは言いません。しかし、いじめというのはよくて傷害、最悪殺人です。僕の言っていることは言いすぎではないと思いますよ。いじめられる側が精神的にも身体的にも傷つかないというのは、あんまりないはずです。
 いじめる側が1人減ったぐらいでは、なにも変わらないかもしれません。しかし、1人1人と減っていくことで、いじめの被害に遭う人が減っていくのは確かだと思います。それは、それだけの人の命を救えるということと同じ意味だと思います。なので、なるべくいじめはしないようにしてください)
 ……なあ作者。これなんて小説?
(作者:キュリアと謙次)
 だよな。
(作者:それがどうかしたの?)
 ……作者に聞いたイノブンがバカだった。


77回目
 キュリアがふさぎこんで半日以上経過しました。食糧庫をあさって1回食事を取りましたが、それっきり何も食べす、眠ることもなく研究所のそばで体操座りしていました。
 そんな時でした。
「やあ、人殺しちゃん。こんなところでふさぎこんで何をやっているのかな?」
 それは少年のような声でした。でも内容がひでぇ。
 キュリアは声がした方を見ると、全身黄色で直立二足歩行をしているモンスターがいました。
 人型ですが、頭でっかちで足は短く、マスコットキャラクターのような丸くにこやかな顔をしていました。顔どころか、全身マスコットキャラみたいな感じに見えます。どこの国のマスコットキャラだこいつは?
「やあ、僕はフェニックス。モンスター王国の国王をやってる。言わなくても分かると思うけど、君よりもずっと強いよ」
 ああ、あいつか。ずっとキュリアの過去編やってたから記憶になかった。
「……私に何か用?」
 キュリアは低い声で尋ねました。フェニックスは明るい声で答えます。
「うん。君を殺しにきたんだ」
 何こいつは明るい声でこんな物騒なことを言っているんだ!? 恐すぎっぞ!?
「この地域では人を殺しても罪に問われないってことは、君も知ってるね? だから、ここで人をたくさん殺したんだと思うんだけど」
「……そうだけど?」
「確かにこの地域では『罪には問われない』。でも君は、この意味をちゃんと理解していなかったみたいだね」
 フェニックスの言ったことに、キュリアは首をかしげます。フェニックスは続けます。
「つまり、この地域では殺されることになってもあーだこうだ騒げないってことさ。要するに、殺人罪にして死刑を執行するのとだいたい同じことができるってわけ。理解した?」
 キュリアは絶句しました。だってそれって、殺人罪に問われるってことと、同じじゃないですか。
「ただ、上の人たちが自分の立場を危ぶんで、なかなか僕を行かせてくれなかったから、思ったより被害は拡大しちゃったけどね。本来なら、君が一つ部族を壊滅させたところで駆けつけれたはずなんだけどなぁ」
 キュリアは何も言葉が浮かびませんでした。キュリアはめちゃくちゃ死にたくないと思っています。本来、そういう人なら『罠だ! これは罠だ!! これは○○の仕組んだバナナ(罠だ)!!』的なことを言って、罪を他の人になすりつけ、自分は死から逃れようとするんでしょうけど、キュリアはクオリア障害でありながら、頭がいいのです。なので、そんなことを言っても無駄だと言うことが分かっていました。そして考えたあげく、口に出した言葉が、
「……死にたくない」
でした。


78回目
「……『死にたくない』かぁ。君が殺した人たちも、そう思っていたんだろうね」
 フェニックスが言いました。キュリアも、
「私もそう思う」
 そう答えました。キュリアの事情を知らない人なら、『じゃあなぜ殺したんだ!? ふざけてんじゃねえぞオラ!? おっすオラ○○!!』とか言うんでしょうけど。
(作者:3つ目のがよく分からない)
 フェニックスは違いました。このチートキャラは相手の顔を見るだけで、相手が何を考えているのかが分かってしまいます。それだけでなく、相手の過去も分かってしまいます。なので、フェニックスには、キュリアがなぜ人を殺したのか、なぜ今になって反省しているのかが分かっているのです。
(作者:なぜ人を殺したのか→クオリア障害だから。なぜ今になって反省しているのか→クオリア障害だから)
「……一応、人殺しはいけないと気付いたようだね」
 フェニックスが尋ねました。
「……うん」
「分かっていると思うけど、君は『生かしてください』なんて言えないようなことをやったんだよ」
「……分かってる」
「……覚悟はいいね?」
「……よくない」
 おいこら。
(作者:キュリアは死ぬのだけは嫌なので、当然そうなるでしょうね。キュリアの答えは、フェニックスも想像済みです)
「なら、こうしよう。まず、君を殺さないでおいてあげよう」
 ガタッ!! 『俺ら』でも『お前ら』でもなく、キュリアが立ちあがります。
「え!? 本当!?」
「まあ待ちなよ。『まず』殺さないでおいてあげるだけさ。言うまでもなく条件がある」
 そりゃそうですよねー。100人殺しておいて許されるとか、精神障害や時効でゆるされるべきでない罪がゆるされるようなものですからね。
(作者:実際にそういうのがあるから困るんですよね。僕も反対です。反対の人は、『私も反対』的なことをコメントしてください)
 そういう露骨なコメント稼ぎはよくないよ。みなさん、しなくていいですからね。
(作者:えぇ〜)
 『えぇ〜』、じゃない。お前の『えぇ〜』に『えぇ〜』だよ。
(作者:あの、できれば日本語でしゃべってくれませんか? キャン・ユー・スピーキング・ジャパニーズ?)
 うん、お前は英語を勉強しようか。『キャン』の文で『スピーキング』が出てくるのはおかしい。
(作者:そうかぁ。『スピークトゥ』だったか)
 進行形がダメなら過去形ってわけじゃないし。ってかそもそも、『スピーク』の過去形・過去分詞に『スピークトゥ』はないし。
(作者:おいこらイノブン。読者に英語嫌いかまたは、英語の過去分詞をまだ習ってない人がいたらどうするんだ?)
 そもそもこういう流れにしたのはお前だろ? もういい、本編に戻そう。
「条件って?」
 キュリアの問いに、フェニックスは答えます。
「君が人権を捨てることさ」


79回目
 人権の放棄。それはフェニックスの治めるモンスター王国が力を持ち始めたころに作りだされた概念です。
 当時、モンスター王国に住んでいたのは、ほとんどがモンスターでした。なので、フェニックスは、当時人間だけで構成されていた人間社会に対し、モンスターにも人権を持たせるべきだと提案したのです。
 もちろん、『人』権だけに反対意見が多かったです。しかしフェニックスは平和的に(直訳:権力者をおどしながら書類にサインをさせるなどして)この問題を解決したのです。それによってモンスターたちは、自らが人権を持ちたいと望むならば、人権を持てるようになったのです。
 しかしそれは同時に、人権が『人』権でなくなったことを意味します。人権は人であれば誰もが持つ権利ではなく、人として生活がしたい者が持つ権利になったのです。よって、モンスターに人権が認められてから、人が人権を破棄することもできるようになったのです。
「でも、人権を捨てるって、……そんなことしたら一体どうなるんだ?」
 謙次がおどおどと質問します。おっと、今時間軸はキュリアの過去じゃなく、謙次のいるもとの時間に戻っていますよ。気を付けてください。
 キュリアは説明します。
「人権を捨てるってことは、人として扱われなくなるってことだよ。簡単に言うと、私を殺しても、殺した側は罪に問われないってことだね」
「でも、フェニックスはそんなことを提案したのか!?」
「当然だよ。そもそも私はあの場で殺されているべき存在なんだ。人をたくさん殺しておいて、軽い罪ですまされるだなんて、虫がよすぎるよ」
 自分の犯した罪をしっかりと認識する。まあ、人を殺してる時点で異常ですけども、ちゃんと自責の念を持っているところを見ると、キュリアはヒロインっぽいですよね。
 それに引き換え、
「まあ、言われてみればそうだよな」
 そこは否定しろよ主人公!! お前、目の前にいる人に向かって、『お前は死ぬべき存在だ』って言ってるようなものだぞ!! こんなんだから、作者の友達から『もうちょっと謙次を主人公らしくしたら?』とか提案されるんだよ!!
(作者:実話です)
「でも逆にさ……」
 お? 意外ですね。ここでまさか、『肯定→常識にとらわれない否定』という一般的な主人公の発言に移るのか、謙次!
「どうしてフェニックスはキュリアを許したんだ?」
 ……なあ作者。
(作者:何?)
 もうキュリアが主人公でよくね?
(作者:えー。でも、主人公らしくないのが主人公な作品ってあるじゃん。猫型ロボットの話とか)
 あれは映画のなかで十分主人公してるからいいんだよ。まあいいや、話を進めます。
 思いやりの一切感じられない謙次の発言に、キュリアは丁寧に答えてあげます。
「勘違いしているようだから訂正させてもらうけど、フェニックスは許していないよ。あくまで、私を殺さなかったというだけだよ。でもそれには、二つの理由があるんだよ」
「二つの理由?」
「うん。一つは国際社会の権力者たちが私を殺すべきじゃないって言ったからなんだ」
「え?」
「どうやらその人たちは、私がクオリア障害だから、あまり殺したがらなかったみたいなんだ」
「クオリア障害だから? 理由がよくわからないな。何か関係があるのか?」
「うん。今は違うんだけど、昔は精神障害がひどいと、どんな悪いことをしても罪に問えないみたいなんだ。謙次の世界ではそういうのなかった?」
「そういえば、そんなことがよくあったな。俺はどちらかと言うと、そういうのは絶対に認められるべきじゃないと思うんだけど」
 『どちらかと言うと』なのか、『絶対に認められるべきじゃない』のか、どっちなんだよ主人公。
「張本人である私もそう思うよ。あまりこういうことを言うと、強い人が私を殺しにかかってくる可能性があるから恐いんだけど、そんなことで許されるなんて殺された人がかわいそうだよ」
 お前がゆーな。まあ、潔いのはいいことかもしれないが。
「それで、もう一つの理由だけど。それは『私が反省していたから』だよ。もちろん、反省して許されるような問題じゃないけど、フェニックスは感情的なところがあるから、それで死刑だけは見逃してくれたんだ」
「そ、そうなのか」
 まあ、さっきからキュリアの発言を聞いてると、潔さを感じますしね。たいていの悪人なら、『俺は悪くない』と言って自分の罪を認めようとしないでしょうし。
「またフェニックスは私が決して死にたがらないのを分かってるから、殺さないでおいた方が罪滅ぼしになるとも考えたんだよ。あと、必要悪としていさせるとも言っていたかな。……おっと、理由が二つじゃなくなっちゃったね」
 キュリアは苦笑いしながら続けます。
「ただ、フェニックスは私を生かしておいたことについて後悔してるみたいなんだ。当然だよ。だって反省して許されるような罪じゃないし、精神障害による冤罪なんてもってのほかだよ」


80回目
「それから、私は『正義の味方』と称する人たちに命を狙われるようになったんだ。この前、私を襲ってきた赤髪のおじさんがいたよね? あの人もその内の1人なんだ」
 キュリアが言いました。そういやいましたね、赤髪のおっさん。名前ないけど。
「これで分かったよね、謙次。私が『ジェノサイド』と呼ばれるゆえんが。そして、私は完全な悪人だってことが」
「……ああ」
 謙次は肯定します。謙次が主人公っぽくないことに、いい加減イノブンは突っ込み疲れました。もう何言っても驚きませんよ。
「そんなわけで謙次の引き取り手を探してみるよ。ただ悪いけど、謙次を引き取ってくれる人が見つかるまでは、ここにいてもらうよ」
「……やっぱり俺はここから出ていかないとダメなのか?」
 謙次は真剣な顔でキュリアに尋ねます。キュリアは、
「私としてはいてほしいけど、無理は言えないからね。謙次も今の話を聞いて、私と一緒にいたいだなんて思えないだろうし」
「……一応聞いておくけどキュリア、お前は100人殺してから、他に1人でも殺したのか?」
「102人だよ。言うまでもないけど、バルカン半島での虐殺以後は誰ひとりとして殺してないよ。フェニックスが私を殺さなかったのは私が反省しているからであるから、もし私が他にひとりでも殺していたら、フェニックスが直接私を始末してるはずだよ」
「一緒にいても、お前が俺を殺すことはないよな?」
「……ない。保障するよ」
「なら一緒に居させてくれよキュリア。お前が過去に何をしていようと、それは過去の話だ。そんなことは今の俺には関係ない!!」
「……え?」
 ……え?
(作者:……え?)
 謙次が、
(作者:主人公っぽいことを)
(イノブン&作者:しゃべっただとぉ!?)
 っていうか、なんでお前まで驚いてるんだよ? お前だろ、このシナリオ作ったのは。
(作者:ただのノリです、お気になさらず)
「そ、それじゃあ、謙次。謙次は私と一緒にいてくれるの!?」
「お前がいいのなら」
 謙次がそういうと、キュリアは謙次に抱きつきました。
「お、おい、キュリア!?」
「ありがとう、謙次!! これからもよろしくね!!」
 キュリアに抱きつかれ、顔を真っ赤にしながら謙次は弱々しく言いました。
「う……う、うん。よ、……えーと、その、よろしく、キュリア」
 ……やっぱりコイツ、主人公っぽくないんじゃないかな。


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