151回目
「明日のための対策なんて、何もすることないんだけどね」
キュリアは言いました。
キュリアと謙次は、以前一緒に買いに行ったゲームで遊んでいました。
キュリアは続けて言います。
「強いて言えば、よく遊んでよく寝て、万全な状態で明日に臨むことかな」
「ほら謙次、きれいでしょ?」
キュリアが謙次に語りかけました。
初めて登ったこの家の屋根の上。謙次がこの時代に来る前、地元で見たことのある夜空とは違い、トランズ島の夜空は星々が瞬いていた。
(完全に、諦めムードじゃないか)
謙次は思いました。今日という日を楽しく過ごす、それは本来なら、明日死ぬことを受け入れて、悔いのないように残った時間を過ごそうという意志の表れなのでしょう。
(……でも、やっぱり違うよな)
キュリアには、そんなつもりはありません。キュリアは気前よく、明るく、優しく、積極的で、謙次の尊敬できる人物ですが、自分が死ぬことだけは何が何でも拒みます。そんな人が、自分の死を受け入れるわけがありません。
(……ごちゃごちゃ考えてもしょうがないな)
キュリアは『クオリア障害』です。そう思わせないように彼女なりの努力をしているため、普段はそれを気付かせないでいるのですが、今回のこの行動は、キュリアが『クオリア障害』であるからこそ取った行動でしょう。
(キュリアがそうしたがっているんだ。今日という日を楽しもう!)
152回目
翌日。
「おはよう、謙次!」
「う……ん? うわっ! キュリア、その髪!」
それはッ! 意外な髪の毛ッ!
「あはは。結局昨日は上手く寝付けなくて、きっとそのせい」
キュリアの髪が寝ぐせですごいことになっています。まあ、自分の命が絡むわけですし、上手く寝つけるわけがないですね。
しかし謙次はぐっすり眠れた様子。
(作者:逆に考えるんだ。{キュリアの命を}あげちゃってもいいさ、と)
いやダメだろ! そういう意味じゃないから!
謙次が寝つけたのは、昨日遊び疲れたからです。いや、それにしても友人の死を目前にしてぐっすり眠れるのは異常なことですが。
「さて、着替えてごはんを食べよう。あと1時間で出発するよ」
「ああ、分かった」
そう言って、謙次はキュリアのあとをついていきます。その時、謙次は見ました。キュリアの体が小刻みに震えていることに。
153回目
「……来たようだな」
ジャンクが言いました。
フェニックスとジャンクの2人は、聖室庁裁判所の前でキュリアを待っていました。
キュリアはたった今、謙次を連れてそこに到着しました。
「お待たせ」
キュリアは笑顔を作って言いました。ただ、どこかぎこちない笑顔です。
謙次はだんだんと不安になってきました。移動中、キュリアに抱えられていたので、キュリアの体の震えを直に感じていたからです。
キュリアの笑顔も、いつもの笑顔とは違って見えます。不安な感じがビンビンします。
「では、準備はいいか、ジェノサイド。これより、ゲームのルールを説明する」
ジャンクの言葉は、やたら重みがあるように聞こえました。ついに始まるのです。キュリアの命運をかけたゲームが!
154回目
「ルールは単純明快。ここにあるボードのスイッチを全て点灯させればクリアだ。制限時間は開始してからちょうど24時間」
そう言って、ジャンクは縦横10センチぐらいの正方形のボードを取り出しました。
「このボードには、100個のスイッチ兼ランプが取り付けられている。ボード上のスイッチを押すと……」
ジャンクは100個の内の1個のスイッチを押しました。すると、100個の内、どこか4個のスイッチが点灯しました。
「このように、あらかじめ決められた規則によって、スイッチが点灯したり……」
さらにジャンクは、先ほど押したスイッチとは違う位置にあるスイッチを押しました。すると、先ほど点灯したスイッチのうち1個が消え、新たに2個のスイッチが点灯しました。
「消灯したりする」
ジャンクはボードの一番左上にあるスイッチを押しました。すると、ボード上のスイッチが全て消灯しました。
「なお、僕らはこのゲームで必ずしも、全てのスイッチを点灯できることを保証しない」
「え? どういうこと?」
キュリアが聞くと、ジャンクは言います。
「確かに、お前がすべてのスイッチを点灯させればゲームクリアだ。裁判を免れることができる。だが、お前はその全てのスイッチを点灯させられるとは限らない。もし、どうやっても全てのスイッチを点灯させられないと感じたら、23時間以内にこの赤いボタンを押してくれ」
ジャンクはそう言って、大きめの赤いボタンを取り出しました。
「23時間以内にボタンを押した場合、僕が30分でボード上のスイッチを全て点灯させられなかったら、ジェノサイド、お前の勝ちだ。だがもし、僕が30分以内にボード上のスイッチを全て点灯させてしまった場合、ジェノサイドの負けとなる」
なるほど。ボード上のスイッチをすべて点灯することは無理だと分かれば、赤いボタンを押せばいいというわけですね。
「また、23時間経過した場合、このボタンを押しても無意味だ」
つまり、スイッチを全部点灯させられない場合は、あと1時間残した状態で赤いボタンを押さなければならないというわけですね。
「説明は以上だ。もう一度繰り返そうか?」
ジャンクが言いました。
「ひょっとしたら、今の説明の中に重要な内容があるかもしれないよ? どうする、キュリア」
フェニックスが言いました。ジャンクは小声で『余計なことを』とフェニックスに告げ口します。
「……そうだね。それじゃあもう1回、説明をお願いしようか」
キュリアが言うと、ジャンクは
「分かった。ルールは単純明快。ここにあるボードのスイッチを全て点灯させればクリアだ。制限時間は開始してからちょうど24時間。このボードには、100個のスイッチ兼ランプが取り付けられている。ボード上のスイッチを押すと……、このように、あらかじめ決められた規則によって、スイッチが点灯したり……消灯したりする。なお、僕らはこのゲームで必ずしも、全てのスイッチを点灯できることを保証しない。もし、どうやっても全てのスイッチを点灯させられないと感じたら、この赤いボタンを押してくれ。23時間以内にボタンを押した場合、僕が30分でボード上のスイッチを全て点灯させられなかったら、ジェノサイド、お前の勝ちだ。だがもし、僕が30分以内にボード上のスイッチを全て点灯させてしまった場合、ジェノサイドの負けとなる。また、23時間経過した場合、このボタンを押しても無意味だ。説明は以上だ。もう一度繰り返そうか?」
機械的に、先程と同じ説明を、先程と同じ動作を交えて繰り返しました。
「いや、もういいよ、ありがとう」
キュリアはそう言って説明を繰り返さなくてもいいことを伝えると、
「では、何か不明な点はあるか?」
ジャンクが言いました。キュリアは、
「なら、一つだけ。『あらかじめ決められた規則によって』ってことは、外部からアンタたちがそのボードに遠隔操作することはないってことだよね?」
「ああ。僕らは全く操作しない。もちろん、僕らが他の誰かに依頼して、外部から操作させることもない。そのボードのスイッチの点滅状態は、お前がどのボタンを押したかによってのみに影響する」
「なるほどね」
「他に質問は?」
「うーん、だったら、謙次も一緒にゲームに参加させていい?」
「……参加させて、どうなる?」
ジャンクが尋ねると、フェニックスが答えます。
「簡単さ。キュリアの足手まといになってくれる。僕たちに有利だ」
フェニックスの言葉を聞いて、ジャンクは言います。
「……だな。なら参加を許可する。ちなみに、魔法は使用不可だ。個体能力は……ジェノサイドは使用してもゲームに有利になったりしないな。そいつの能力はどうだ?」
「今のところ、問題になる能力はないと思うよ。謙次の能力は今のところ『時間を移動する』能力だけだ。謙次の意志では発動できないみたいだから、問題ないはずだ」
フェニックスの言葉を聞いて、ジャンクは言います。
「なるほど。……なら、能力は特に制限を設けなくてもいいか。よし、ではゲームの賭け条件を確認しよう。もう分かっていると思うが、お前たちが勝てば、僕がジェノサイドのために、何か裁判があった場合に精いっぱい弁護することを約束しよう。だが、僕らが勝てば、ジェノサイドに裁判を受けてもらい、さらにそこでの判決をきちんと受け入れてもらう」
「うん。分かった」
キュリアは頷きます。ジャンクは言います。
「では、さっそくゲーム始めよう。ついて来てくれ」
155回目
キュリアと謙次が連れられたのは、質素な個室でした。冷蔵庫とベッド、電子レンジと洗面所を取り除いたら、まるで牢屋のようです。もちろん、トイレは個室でついています。
「あー、あー、マイクテス、マイクテス」
マイクテストの『ト』が発音されていません。しっかり最後まで発音しようよ、ジャンク。
「冷蔵庫には、普通の人なら絶対に困らない程度の食料が入っている。また、飲み水に困ったら洗面所の水を利用してくれ。普通に飲める水だ」
一呼吸おき、ジャンクは続けて言います。
「では準備はいいか、ジェノサイド」
「うん、いいよ」
キュリアは天井に取り付けられているカメラを見て言いました。
「では、制限時間は今から24時間、赤いボタンを押せるのは今から23時間、……ゲームスタートだ!!」
ジャンクが言うと、『このゲーム、無理じゃね』通告用の赤いボタンの隣にある、24:00:00にセットされていたタイマーが動き始めました。
スタートするやいなや、キュリアは早速ボードのスイッチを押しまくりました。