しあわせの風景 Vol.5

 

 

 

 

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    〜こころの模様〜

 ずいぶん昔、ある人に言われたことがある。「幸せというのは、なるものではなくて感じるものだよ」と。当時、私の投げたボールが思ってもみない方向から投げ返されたようで、ピンと来ない気もしたが、それでいて核心を突いたような変な気もしたものだった。

 今思うと、その通りのような気もするのである。幸せという具体的な事象が存在するわけでなく、幸せに感じる、という心の動きがあるだけだということであろう。それともう一つこの言い様は、すでに人は幸せであるということが前提になっているようにも思われる。  

 今再び、「本当の幸せとは?」という問い掛けが為されているのだと思う。東北地方を襲った震災と福島原発事故は今後の社会の在り方、心の在り方を大きく変えていくに違いない。原点に返らなければならない時が間近に迫って来ている。

 そういえば、子どもの頃読んだ本で「少女パレアナ」という小説(アニメの「ポリアンナ物語」と同一か?)を思い出す。たった一人のおばさん以外身内の無い、主人公パレアナが「良かった探し」という遊び(どんなことでもその中で良かったと思うことを数える)をするうちに、ある日事故に遭ってしまう。もう歩くことができないと医者から宣告されて、絶望感に打ちひしがれ「もう良い事なんて何も見つからない!」と泣き暮らす。しかしそんな中、冷たかったおばさんが何時の間にか優しくなっていることに気づく、と確かそんな内容だった。

 形の無い「しあわせ」を感じるためには、小さなことに気付く事が大切なんだと気付かされる。こんな話を聞いたところで、今苦しんでいる人にはなかなか受け入れられないだろうし、すぐに実践することは難しいかもしれない。

 震災のニュースの中で最も痛ましく感じたのは、小学校の校庭に集められた子供達が、津波に飲まれてしまった事である。そして最も感動したのは、防災無線で最後まで避難を呼び掛けながら、自らは命を落としてしまった女性のニュースだった。

 このふたつのニュースの前で涙が止まらなかった。悲しみの涙も、喜びの涙も心を染めていく、「こころの模様」となる。また、感動とはこころ(感)が動くことなのだ。

 とても深い色の模様となって心に刻まれることなのだ。