・・部屋 (その3

開田おやじの開田への旅  01年5月〜



忘れな草をいっぱい咲かせたい!!
  届け、村人の願い
04年6月16日UP
  忘れな草を守る会が発足

忘れな草をいっぱい咲かせよう 春の小川
4月17日土曜日、朝9時半過ぎ…。春風がさわやかに吹き、雲ひとつない青空。開田は本当にいい天気でした。
開田おやじ夫婦は開田小学校近くの小川のほとりにいました。20人近い人たちが、長靴、手袋姿で、アシなどの雑草の除去、ごみの清掃などをしています。私たち2人も勿論一緒に作業です

この小川が、なんとも気持ちがいいのです。きれいな水がさらさら流れ、近くには水車小屋もあり、絵になっています。「春の小川」の歌はここを歌ったかと思わせる程です。
この写真の左は水車小屋。正面は幼稚園
林鉄廃線跡を歩く
何のために作業をしているのか? 
忘れな草を、ひと昔前のようにいっぱい咲かせようというのです。忘れな草の天敵の雑草を刈り取り、ごみを掃除して、手助けをしようというのです。

この活動の世話役のTさんの話によると
――Tさんが開田に移住した当時。初めて開田に遊びに来てくれた友達には、夏ならば、まずここに連れてくる。
小川のほとり一面に咲き乱れるのは 忘れな草。
空の青を映した小さな花は、なんとも可憐で美しく、都会から来た友は皆が大感激したのだそうです。
年月がたって、最近ではアシや雑草に負けたり、あるいは村の人に(水田への水路の邪魔になるとの理由で)刈り取られたりしたこともあって、ひと頃の美観がなくなりつつあるのだそうです。
寂しく思っていたTさんが呼びかけたところ賛同者が何人も現れて、今日の活動を迎えたのです。

さて、1時間半あまりの作業で、川辺は相当きれいになりました。そのあとは開田村の林鉄跡をたどるハイキング。
林鉄とは森林鉄道のことですね。
木曽は木の国。日本三大美林のひとつでもあります。大正から昭和50年代にかけて木曽の山中には森林鉄道がくまなく張り巡らされていました。国有林などから切り出した木材を町まで運搬するためです。開田にも二つの支線がありました。今日はそのひとつ「小野原線」の廃線跡を歩いたのです。
(この林鉄の話は次回更新時にでもまた触れてみることにします)

この保護活動は5月22日にも2回目が行われました

今年の開田の忘れな草はきっとキレイです。
  どうぞ見にお出かけください。


この活動は忘れな草を守る会と名づけられました。
 あなたも参加して見ませんか? 
 問い合わせは、とりあえず開田おやじまでメールでどうぞ。
次回の活動は6月26日土曜日8:00 開田小学校駐車場集合です。長靴、ビニル手袋、草刈鎌など持参ください。

ブルーベリーにかわいい花が・・・。
  今年もおいしい実がなりますように!
03年6月UP

庭の清掃かたがた見てみると、あったあった。ブルーベリーの木に花が沢山ついていた。
スズランのようなかわいい花・・・。ブルーベリーの花(5月24日)

このブルーベリーの苗木は、植えてもう9年位になるだろうか。庭の北隅の、午後には白樺の大木の日陰になりやすい、条件の悪いところに植えてしまった。そのためか、なかなか実がつかず、去年やっと初めての収穫となった。

小さな木なので、沢山はならない。でも、運の良い人10人くらいが、少しづつ味わう事ができる位はできるかもしれない。何とか実ってねと、ブルーベリーの木に声を掛けた。
今度来たときは、肥料をやる事にしよう。

皆さんも夢野山荘に来られた時は、このブルーベリーに会ってやってくださいね。

カッコーさん いらっしゃ〜い  
  ダイアルアップ接続の場合音声ファイルのダウンロードに時間がかかります。(約300KB)    03年5月UP

03年5月25日。開田高原ではカッコーがしきりと鳴いていた。
カッコーさんいらっしゃ〜い。長旅ご苦労サマ。
地元の方に聞いたら、3日前、つまり5月22日から鳴いているとのこと。
このカッコーの声が聞こえると、開田おやじは何だかうれしくなる。高原はいいな、もうじき夏だな、いい雰囲気だなあ、と感じるのだ。
カッコーが開田高原に飛来するのは、例年5月20日前後のようだ。日がな一日鳴き暮らし、卵を産み()、そして、いなくなるのは7月下旬・・・。鳥たちは体内にコンパスとカレンダーをちゃーんと持っているらしい。
BGMで流れているのは5月25日に開田で録音した鳥の声です。高原の雰囲気、いいでしょ〜。
カッコーの他には
ホトトギスが「テッペンカケタカ」とさえずっています。もう1種、「チーチクチーチクー」とかわいい声で鳴いていますが、名前が判らない。この鳥の名をご存知の方、教えてくださ〜い。

雪に埋もれた夢野山荘開田はやっぱり雪国だった   03年3月 UP


年の夢野山荘は結構雪が多いです。
これは2月2日の風景。
――しっかり雪国、してますね。
ウッドデッキはスッカリ雪で埋もれ、屋根から落ちた雪の山は1.5m近くにもなっています(手前右側がその雪の山)。うっかり歩くと、ズボズボっと太ももまで雪にもぐってしまいます。

観光案内所の向原(むかいばら)さんが言っていました。――「雪かきで冬の間にキンニクマンになる」って。
村で暮らす皆さんのご苦労がしのばれます。



 開田の古民家に世界の民族音楽の音色が響いて・・・♪♪

ロビン・ロイドさんの世界の民族音楽コンサートin開田
  02年10月UP 

不思議な笛(柳の笛)を吹くロビン・ロイドさん

平成14年10月12日夕方5時。
開田おやじは開田高原の古民家の部屋に居た。推定30畳敷き位の広い部屋だ。同行はKenjiおじさん。およそ40人位のお客さんが板の間に座布団を敷いて、これからの催しを待っていた。皆さん、くつろいだ雰囲気だ。部屋を見渡せば、古色を帯びた柱や梁(ハリ)が見える。柱や梁を見ただけでうっとりしてくる開田おやじだった。
――
開田高原セミナーハウス。これがこの開田の伝統的な建物に付けられた名前である。
京都在住の久山喜久雄さんという方が開田村の自然と暮らしに魅せられ、役目を終えて朽ち果てるばかりの古民家をこの地に移築された。そして、「森の子クラブ」と名づけた児童の自然環境教育活動の拠点として利用し、活動されているとのこと。今夜は、この古民家がミニコンサート会場になるのだ。

時計が5時を回り、久山さんの開会の挨拶があった。久山さんには初めてお目にかかったが、知的で静かな感じの方であった。きっと、熱いエネルギーを体の奥に秘めた方なのだろう。
いよいよロビン・ロイドさんの登場となった。
ロビン・ロイドさんがカーテンの陰から出て来たとき、お客さんからはどよめきの声が上がった。何ともくつろいだ雰囲気の外人さんが出てきたからだろうか。
写真で見てわかるように、背も高くなく、脚もどちらかというと開田おやじには親しみの持てる長さ?!で、服装といえば、我が家からそのまま出てきた、という感じなのである。
まず手始めに演奏するのは長さ60センチくらいの笛。穴でなく、笛の先にあてがった右手の加減でメロディーを奏でている。珍しい。(北欧の「柳の笛」というそうだ
そして両脚のくるぶしのところには妙な楽器?が巻きつけられていて、足踏みをするたびに不思議な音が出る。スズメが百羽、いっせいにごく短時間、1秒位さえずるような音だ。雑音という感じではなくて、意外なことに心地よい。
それから、休憩を挟んでおよそ1時間半近くの間、 ロビン・ロイドさんの音楽と語りに会場は終始はなごやかだった。日本語が上手で、時に爆笑ガ起きたりした。
楽器は初めて見る不思議なものが沢山出てきた。いく種類かのカリンバ、木琴の先祖のような楽器、いくつかの笛、ブーメランのような形の楽器、動物のツメ、尺八・・・。みんな土の匂いのするようなものばかり。奏でる音楽も、あぐらをかいて笑いながら聴けるようなアフリカ系のものが多かった。緊張感を要求されるクラシックコンサートとは大違いである。 身構えて聴く必要などないのだ。
傑作なのは、木琴のような楽器で演奏した「夫婦ゲンカ」の曲だった。
口が達者で家の実権を握っている主婦が旦那を叱り付け、気弱な旦那は口応えもできなかったのが、だんだん仲直りするというストーリーだった。そういう情景を楽器で描写したのだ。確かに情景が目に浮かぶようで会場は笑いに包まれた。近くのおばさんも、腹を抱えて大笑いしていた。そうなんだ。音楽に国境も、言葉の壁もないのだ・・・。改めて痛感した夜だった。

会場で貰ったチラシによると、ロビン・ロイドさんの活動のスケジュールは結構びっしり入っている。日本には、私が最近存じ上げているリポーさん(内モンゴル出身馬頭琴演奏家)も含めて、こうした海外のアーチストが生きて行ける懐の深さがあるのだ。自分がこうした世界を知らないだけだったのだ。
カリンバその他の民族楽器 (カリンバは手で弾くオルゴール!)ミニコンサートが終わった後、久山さんにご挨拶した。著書「御嶽の風に吹かれて」に 直筆サインもいただけた。バンドーラという楽器も見せていただいた。ギターの先祖のような楽器で、中央で生まれたアジアが.起源。今夏も子供たちと一緒に13台作ったという。
20年余り昔、開田村の若い熱血先生により、小学校の子供たちが弦楽器を作ったという話を何かで読んだが、そのひとつがこのバンドーラだったのだ。当時、バンドーラの他にフィードラというバイオリンの先祖のような楽器も子供たちが手作りしたという。(詳しくは久山さんの前述の著書をご覧あれ)
そんなことを一瞬思い出していたら、久山さんが1人の中年男性を紹介してくださった。その熱血先生――中澤先生がその場にいらっしゃったのだった。いやあ、なんという偶然。なんという幸運・・・。
他には、開田村役場勤務のOさんもコンサートを聴きに来られていて、初めてお目にかかることができた。
いくつかの出会いの一夕だった。時間がないのが残念だった。機会があれば、じっくりとお話をお聞きしたいと思った。

久山さんにお礼を述べてからセミナーハウスの外に出ると、外は真っ暗だった。これから近くの森玉(喫茶「森の玉手箱」)へ行って男二人で食事をし、夢野山荘へ帰るのだ。Kenji おじさんと開田おやじは自転車にまたがって開田の暗闇の道に走り出したのだった。「来てよかった」という思いを胸にして・・・。

開田自然観察会≪きのこ狩り≫の巻 02年10月19日UP 

木漏れ日の林の中で Kenji おじさん
楽しいきのこパーティー(Tさんの別荘にて)
春の山菜採りと、秋のきのこ狩り。・・・アウトドア大好き人間ならばきっとやってみたいことのひとつでしょう。
山菜採りなら、ワラビくらいは誰でも採れるし、タラの芽やフキノトウなどを採った人も多いと思います。ところが、きのこ狩りとなると、毒キノコを食べて中毒・・・などという新聞記事が目に浮かんで躊躇してしまいます。「ハデハデしいきのこは毒キノコで、地味なのは大丈夫!」などという選別基準では命がいくつあっても足りないらしいからです。やって見たいけれど、怖い・・・。そんなきのこ狩りに初めて行ってきました。
平成14年10月13日。  雲ひとつない上天気!!
開田のロッジメープルさんが主催する自然観察会に初めて行ってきました。今月はきのこ狩りです。
(毎月第2日曜日に開催)

朝9時。ロッジメープルさんに集まったのは、おじさん・おばさん取りまぜて25人ほど。中には腰に大きな竹篭をつけたベテランもいます。友人のKenji おじさんも開田おやじも、手にはコンビニ袋。ど素人であることがバレバレです
また、熊よけの鈴や、ナタを持った人もいて、なるほどと感心させられました。

注意事項の説明の後、一行は開田高原保険休養地近くの山に入りました。
気持ちの良い雑木林。木漏れ日が差す中、参加者は適宜分散してきのこを探します。「あった」 「あ、そこにもあるよ」の声があちこちで聞こえて、初心者のKenji おじさんも開田おやじもあせりました。
それでも、1時間半近くの間に2人とも各々20本程のきのこを取ることができました。


その後は、地元のきのこ博士による選別。
「あれもこれも毒キノコ。それは、ここらでは食べないので、やめとこう・・・」  博士は、説明がてらテキパキと選り分けて、結局、食べても大丈夫のお墨付きの出たのは皆さんが取った内の2割位だったでしょうか。中毒の事例の話もあって、きのこ取りの難しさ・怖さを実感するひと幕となりました。
それでも印象的なのは「ロージ」というきのこでした。クロカワ(黒皮?)とも言うそうで、マツタケにも劣らぬ高級品とのこと。かさの直径が20センチ以上にもなる、黒っぽい色をした独特なきのこで、焼いて食べるとおいしいとか。それが、どなたかの手で2本も採れたのです。

選別の後は、保険休養地のTさんの別荘へ移動。その庭で、いよいよ楽しいきのこパーティーの始まりー!!。
あちこちで缶ビールがプシュッと音を立て、乾杯が始まります。山を這いずり回った後だから、ビールの美味いこと!!。
特製の炉では火がたかれ、大なべの湯が沸き立つ。採れたてのきのこが入れられ、野菜が、味噌が、豆腐が放り込まれ、やがて美味しそうな匂いがして・・・。いやあ、たまらん。


開田おやじは、きのこ汁を5杯、いや、6杯かな。お代わりしてしまったことをご報告しておきます。そして、何よりもいろんな方とお話ができたことも、うれしかった事のひとつです。

ロッジメープルさん、Tさん。大変お世話になりま
した。楽しい一日を過ごさせて頂いて、本当にありがとうございました。観察会、また出席させていただきます。よろしくお願いします。

≪皆様へご案内≫
この自然観察会は毎月第2日曜日に開催されるそうです。
その季節に合わせた内容(例えば探鳥会や植物観察など)で、参加はどなたでもOKとの事です。あなたもいかがですか。

ロッジメープルさんのホームページはhttp://www.cnet-kiso.ne.jp/m/maple/です。


開田おやじの開田への旅
  02年8月13日〜15日の巻夢野山荘のブルーベリー  02年8月25日UP 

今年の5月以来久しぶりの泊まりの旅となった。車の助手席は、お馴染み開田お人よし犬ドル君である。

8月13日 開田はヤッパリ涼しい&ブルーベリーがなっている

昼、真夏の開田は結構日差しが暑く、それでも木陰に吹く風は爽やかだった。やっぱり開田だ。下界よりは絶対、はるかに過ごし易い。
末川の登和仙人様宅へ所用でお邪魔したあと、はやる気持で山荘に着いた。早速庭に隅に行き、気になっていたものを確認。
――あるある!。
ブルーベリーの実。よく熟したブルーベリーの実が、およそ25粒位。
このブルーベリーの木は、苗木を植えて多分8年くらいになる。踏まれてはいけないと、庭の隅に植えた。そころが、伸びた潅木の陰になって陽当たりが悪くなってしまった。ヒョロヒョロしていて、もう実が付かないものとあきらめていた。今年の7月中旬に庭の草刈りに来たのだが、そのときに実がついているのを見つけた。このときは、驚いた。うれしくて跳び上がった。
それから1ヶ月。「熟した実は食べていいよ」と言っておいたので、もう、お天気の会はじめ利用者が食べてしまっているかと思っていたのだが、それがまだ残っていてくれたのだ。うれしかった。
また、この実の形が可愛いではないか。いじらしくて、文字通り食べちゃいたいほどだ。ぐっとこらえて、あとでみんなで食することにした。

家内と息子夫婦が夕方4時半頃到着した。(娘夫婦は、ダンナの四国の実家に里帰りで今回は残念ながら来られなかった)
夕食は、外で恒例のBBQ。昨年のお盆のBBQ大会は大勢のお客様も一緒で盛り上がったが、今年は諸般の事情により家族だけとなった。飲んで、うまい焼肉をたらふく食べて、早めに寝た。


8月14日家内の弟夫婦到着

朝寝坊の得意な息子夫婦も珍しく早く起きて、みんなでワイワイと朝食を食べた。
朝食後、家内と息子夫婦は御嶽山ミニ登山に出かけた。(おやじは庭仕事で忙しい。)
なあに、登山と言っても驚くことはない。御嶽ロープウェイで7合目まで上がり、8合目の「女人堂」という地点まで登ろうというのだ。しかし、ストレスの多い仕事で疲れていて、なおかつ、ものぐさ気味の息子が登山をやるというのだから、うれしいことではある。

家内たちが出かけている間に、埼玉在住の家内の弟夫婦が到着した。朝、5時に自宅を出て、渋滞にあいながらやっと到着したと言う。お疲れさま!!。
そうこうするうちに家内たちが戻り、屋外で昼食の焼きソバパーティーとなった。
息子夫婦と、家内の弟夫婦、家内。犬も一緒。

家内の弟はとても愉快な、というよりも傑作な人間である。頭の回転が速く、話が抜群に楽しい。あの、所ジョウジより、絶対面白い。
その彼が大の登山好きで、北アルプスなどにもよく登るそうだ。奥方も最近感化されて一緒に登るようになったという。当方の家内も最近登山の面白さに目覚めた。で、その話を聞いて、しきりとうらやましがる。当方、山が嫌いなわけじゃないが、何せ、仕事仕事で忙しく、ヒマがなかったのだ。

弟夫婦は、今日もこれから出発して御嶽山に登り、山頂で1泊して明日は山頂の池めぐりをする計画だそうだ。久しぶりに会ったというのに・・・。到着したばかりと言うのに・・・。
「今夜はみんなで楽しく食べて飲んで話をして、ゆっくり寝て、明日の朝出発したら?」と我々一同ケシかける。義弟はその気になりかけたが、奥方が意思硬く、15時頃、天気が心配な中を出掛けて行った。


夕方とうとう雨が降り出した。
家族4人で外でバーべキューをやりたかったが、やむなく部屋の中で電気ホットプレートで焼肉をやる。いささか興趣に欠けるが、息子夫婦も一緒なのでそれなりに楽しい一夜ではあった。
さて、今夜一晩泊まって、明日夕方帰る。明日は天気がよければ庭仕事などで頑張りたい。また来年のお盆には家族みんなで開田に来たい。そんなことを考えているうちに眠りについた。

開田おやじの開田への旅   02年5月12日の巻      02年6月20日UP

行くつもりじゃなかったのに・・・
余りにもせわしく切ない日帰りの旅。でも終わってみれば中身は濃かったの巻

5月12日。全国的に日曜日。晴。
この日、朝いつものように仕事で家を出た。
お客さんのところ(尾張旭市)に着いてみたら、「中部電力の工事で停電となるので、仕事ができない。帰ってもらう」とのこと。ガーン!!今日の稼ぎがパーになるぅ。

ま、しょうがない。よし、それなら、「災い転じて、福となす」というではないか。今日あきらめていたあの催し物を見に行こう。そして、あわよくば開田へも行こう。
――とばかり、プラス思考に切り替えてハンドルを握った開田おやじであった。そしてひとつ目の岐阜県恵那郡上矢作町へ一目散。

ひとつ目の目的地――上矢作町のモンゴル村第1回オボ祭り上矢作町でのオボ祭り野外ステージ
この催し物の見聞記についてはこちらをご覧下さい。

次の目的地、本命の開田へ

上矢作町でオボ祭りを見た後は、次の目的地に向かう。言わずと知れた開田高原である。

5月の連休以来1週間ぶりの開田は晴れていい天気だった。新緑がいっそう深くなっていた。
連休にロフトの壁の杉板張りに着手したのだが、その一部残工事の区切りをつけようという魂胆だ。夢野山荘のドアを開けると、杉のいい香りがした。ヤッパリやりかけてよかったと思った。

今日も1人で一生懸命仕事をした。残工事もうまく終わった。
暗くなって7時すぎに、Aさん宅にお邪魔した。私はAさんに開田関連の新刊書を呈上したくて寄らせてもらったのだが、心配した?通り、「夕飯を食べていって」という事になってしまった。
Aさんご夫婦と会うのは昨秋の「手乗りカマキリカマ子ちゃん」事件以来である。積もる四方山話に花が咲いた。進呈した本「御嶽の風に吹かれて――開田高原への招待」は、どうやら喜んでもらえたようだった。リポーさんの馬頭琴の話もした。
馬鹿で、鈍感で恥知らずの私は、すすめられるまま、ご飯のお代わりもしてしまった。ああ、Aさんごめんなさい。ご飯は1杯で「ご馳走さま」とすべきだった。

Aさん宅をお暇(いとま)したのは10時頃だったか。
少しでも早く帰宅できるようにと、三岳村経由で帰宅することにした。途中、木曽温泉をかなり下った辺りで、道路を横切る動物がいた。太目の体にふくらんだしっぽ。タヌキだ。と思って、さらに下ると、ほどなく道は上り坂になって、な、な、何と木曽温泉が見えるではないか。ついさっき10分余り前に通ったばかりの木曽温泉が・・・。
――タヌキに化かされたのだ。そうに違いない。背筋が寒くなった。

我が家に着いたのは12時半近かった。
余りにもせわしく切ない旅が終わった。でも、中身の濃い旅でもあった。

終わり

開田おやじの開田への旅
 8月14日〜15日の巻
  01年10月31日UP

9月11日の同時多発テロが起きて、大変な世の中になってしまったという感があります。
アフガニスタン(タリバン)への攻撃も始まりました。逃げまどう難民の姿に気持ちがふさぎます。一方アメリカでも炭そ菌がばらまかれて大騒ぎ。世界情勢は今後どうなっていくのか、不安がふくらみます。21世紀はテロと戦争の暗い時代になるのでしょうか。
不景気だの、狂牛病だのと騒いでいる日本は、まだまだ幸せですね。
さて、
開田おやじの開田への旅、仕事が忙しくて、それから夏バテでズクがなくなり、更新できませんでした。8月14日、15日の巻を2ヵ月半遅れで やっとUPします。開田では紅葉も過ぎたというのに夏の話とは。とほほ、・・・どうかお許しあれ。

8月14日

朝6時前に自宅を出発。5月の連休以来、久しぶりに泊まりで開田に行くのだ。助手席に乗るのは、開田お人好し犬の毎度おなじみドル君だ。
いわゆる盆休みというやつで、道路が混まないか心配だったが、意外とスムーズに走れた。
9時頃夢野山荘に到着。Kenji おじさんご夫妻に朝食をご馳走になってしまう。ゴールデンレトリーバーのももちゃんも歓迎してくれた。

お昼前には、Kenji おじさんご夫妻も帰り、私とドル君の二人だけになった。昼には奥様心づくしの昼食を食べた。
あっ、そうだ。Kenji おじさんには、一冊の本をもらった。開田のロッジ(山小屋風ペンション)の草分け、山荘きっこりのオーナーの書いた本だ。「山荘きっこり物語」という本で、森玉で見つけて買ったという。夢野山荘の蔵書に、というお申し出に、いつもながら感謝。
昼食のあとは、今夜のためにバーベキュー炉の整備をする。テーブルの横にバーベキュー炉があったのを、ど真ん中に炉を置き、周りに椅子を置くようにしたのだ。目的はわたし食べる人、あなた焼く人を無くしたいためだ。。なに、炉といっても耐火煉瓦をセメントも使わず積み上げただけの簡単なものなので、すぐ出来てしまうのだ。

楽しみなBBQ。でも雨が・・・
夕方には我が開田おやじ家?のメンバーが勢ぞろいした。家内と、息子夫婦、娘夫婦である。(今年の5月の連休とおなじシチュエーションだ)

実は午後から曇ってきていた。空模様を気にしながらバーベキューの準備をしていると、ポツンと来た。くそおー!!雨降るな!!せっかく皆が楽しみにしているのに・・・。毒づいても雨が止むわけはない。
仕方なく、2本の白樺の間にロープを渡し、有り合わせのブルーシートを広げて・・・とバタバタやっていると、お向かいの
ELK(エルク)山荘のOさんが見かねて大判のブルーシートとポールを貸してくださった。ご厚意に感謝して、ありがたく使わせていただくことにした。おかげ様で、雨が本降りになっても大丈夫な広い全天候?BBQスペースが出来上がった。
息子と家内が、なんだかんだ言いながらバーベキューの火をおこし、食材を準備しているうちに、今夜のゲストが到着。パチパチパチ!!!
開田の友人Aさんご夫妻と子息のT君、Aさんのお姉さんご夫妻と子息のRさん。合わせて6人のお客様。
開田の夜空の下で大BBQ大会が開幕だあ
あいにくの小雨模様で、さわやかな、といえないのが残念であるが、さあ、開田の夜空の下で大BBQ大会が開幕だ。
ビールの缶が開けられ、開会宣言。小人数もまた良いが、大勢はやっぱり楽しい。ワイワイがやがや、関西弁と、名古屋弁と、岐阜弁が飛び交う。息子とお嫁さん(
Keikoちゃん)があ〜だこ〜だいいながら焼き肉の世話をする。娘のだんな(Takaさん)はアルコールがだめだが焼き肉なら任せとけ、のほうで、モリモリ食べる。ビールが明けられ、話がはずみ、肉や野菜が次々と平らげられていく。
Aさんのお姉さんご夫婦は、今日大阪から開田Aさん宅に遊びに来られたとかで、我々とは初対面であるが、なんのなんの、遠慮のいらない楽しい方達だった。ご商売の苦労話など、ためになる話が聞けた。一方、若い人たち(息子、娘や、T君、Rさん計6人)も、すぐ打ち解けて話が盛り上がっている。T君と我が家の息子は、偶然にも志す仕事がおなじで、WEBデザインというらしいが、共通の話題で話し込んでいる。T君もRさんも、ともに、現代では珍しい好青年だ。
Aさんたちと開田のこと、世間のことなど話すうちに、今度はコップに焼酎の炭酸割りがそそがれている。Aさんのお姉さんのご主人が「ダイジョウブ、うすいから、酔わへんから」と力説して、人に焼酎をすすめる。その声に負けて、また手が伸びてしまう。すすめられるままに特製焼酎を結構飲んでしまった。
宴もたけなわ、そのうちに、どこかで
「じゃんけんぽん」とやりだした。そして「いっき、いっき!」の声があがるではないか。いかん、いかん。誰がそんなことをやっているのか?。
―――このあたりから、開田おやじの記憶は薄れてくる。

今夜の尊い犠牲者は

結論を言うと、今夜の尊い犠牲者は2名。いや、3名かな。
T君とRさんが部屋の中で、倒れこんでいた。いっきいっきの犠牲者だ。もうひとりの犠牲者 (というか加害者というか) は、ウッドデッキで、トドのように伸びて、何やら うめいていた。それが誰かは、こわくて言えない。
楽しい宴はあっという間に過ぎる。気がついたら夜11時を回っていた。犠牲者2人をかついで車に乗せ、夜道をゲストが帰っていかれた。皆で、車に手を振った。(Aさん宅まで車でほんの数分だからご安心あれ)
Aさんご夫妻は、都会からこの開田に移住されて10年余り。開田暮らしの大先輩なのだ。そして、私とこのAさんとのお付き合いは、思い起こしてみると7年になる。そもそもは1994年の8月14日、この夢野山荘のこの場所で、初めて出会ったのだった。エっ。――ということは、なあんと、(なんとが多すぎるが) 偶然にも7年前の今月今夜だったのだ!!。
縁というのは不思議なものだ。この出会いは、開田おやじにとって一期一会とはこういうことか、という出会いであった。その間、太くはないが、とてもよいお付き合いをさせていただいた。ありがたいことだ。
これからも年に2回かせめて1回、こうして、家族、友達一緒に仲良く、楽しい時が過ごせたらいいな。
―――バーベキューの残り火をかきながら、酔いの回った頭で感慨にふける開田おやじであった。

Aさんのことは、出会いふれあいのページをご覧下さい。


 開田おやじの開田への旅 平成13年5月2日〜4日の巻
  開田おやじファミリー大BBQ大会だ・・・の巻開田おやじファミリーの大BBQ大会

5月2日
朝7時に家を出発。GWというのに天気はよくない。厚い雲が空をおおっている。
相棒は愛犬ドル君。日本在来種(早い話が雑種)のお人よし犬だ。
10時頃新地蔵トンネルをくぐり出て開田に入った。
トンネルを出ると、そこはいつもの感動的な白樺林・・・。鼻歌を歌いつつ初春の開田を走る。
水生植物園で車を止め、ドル君を散歩させる。ドル君大いに喜ぶ。
周りのカラマツは芽吹きが始っており、新緑がきれいだ。開田は、気がつけば春たけなわだったのだ。
見渡せば、あちこちにコブシが、桜が咲いている。いや〜、うれしいではないか。

夢野山荘では友人のKenji おじさんご夫妻と、ゴールデンレトリーバーのモモちゃんが待っている。観光案内所を横目で見て、先を急いだ。

昼前にわが夢野山荘に到着。Kenji ご夫妻が待っていてくれた。Kenji おじさんたちは2日前からこの開田高原に来ていて、今日、帰るのだ。
ゴールデンレトリーバー犬の「もも」チャンも待っていてくれた。我が家のお人よし犬ドル君は大喜びである。
早速、カンパイのあと、外のテーブルでKenji ご夫妻心づくしの昼食をご馳走になった。いい気分で、kenji おじさんたちが帰るまで束の間のおしゃべり。これがまた楽しい。
kenji おじさんは、私と同年なのだが、落ち着いて思慮深く、頼りになる兄貴という感じである。いつもつい甘えて、日頃の悩みやグチ、果ては老人ボケの進み具合など話してしまう。迷惑かもしれないが、辛抱強く聞いてくれる。友は本当にありがたいものだ。(ちなみに、ボケは、開田おやじの方が断然高いレベルにあるぞ。)
kenji おじさんが帰ったあとは、残るは開田おやじとドル君。明日、家内や子供たちが来るまで、少しさびしい時間が続く。夕食や明日の朝食はkenji ご夫妻が残しておいてくれた。感謝。
5月3日
話はいきなり夕方になる。
外のテーブルで、大バーベキュー大会が始まった。
今日は、この開田高原に我が家の全員がそろったのだ。初めてのことだ。
メンバーは息子夫婦と娘夫婦、我々夫婦。しめて、6人と1匹。(家にはあとネコ2匹がいるが留守番)
バーベキュー炉には炭火が赤々とおこり、肉、玉ねぎ、かぼちゃ、ウィンナソーセージ、モヤシ・・・。次々と焼かれて、6人のおなかに納まっていく。ビールがうまい。息子が焼き肉の焼き方にうんちくを垂れ、仕切る。横から、娘が、息子の嫁さんが口をはさむ。ワイワイとにぎやかだ。
家内は普段、家では遠慮がちにしかビールを飲まないが、今日ばかりは結構飲む。私も飲む。
会話がはずみ、ビールが運ばれる。いやー楽しい。うれしい。
・・・みんなが各々健康で仲良く暮らし、年に数回はこうして皆で顔をあわせてくつろいだ時間が過ごせたらいいなと思う。

5月4日
朝。目覚めると、文句なしのいい天気!!。御嶽山が残雪に輝き、美しい。風がさわやかだ。
やや二日酔い気味の開田おやじであるが、昨日の盛り上がったBBQ大会の余韻が心地よい。
娘夫婦は、チ○○スキー場へシーズン最後のスキーにさっさと出掛けた。(マイアは4月始めで営業を終了しているので)
息子は、爆睡中・・・。いっこうに起きる気配はない。毎日張り詰めて仕事をしている、その疲れがたまっているのだろう。息子夫婦に木曾馬トレッキングセンターで乗馬をさせてやろうと思って予約をしておいたのだが、マ、しょうがないか・・・。やむなく、息子の嫁さんと家内が馬に乗ることになった。
木曾馬トレッキングセンターは夢野山荘から歩いて10分。道中は、桜やコブシが花盛り。芽吹きの始まった落葉松(カラ松)や白樺の樹々を眺め、手入れ中の畑を見ながらの、気持ちのよい散歩道だ。
木曾馬トレッキングセンターに着くと、お客さんがあふれていた。かなり待って、簡単な乗馬練習のあと待望のトレッキングが始まった。開田おやじはデジカメ片手の取材班である。いよいよトレッキング出発(中央は家内とお嫁さんのKeikoちゃん)

コーチの馬が先頭と後ろにつき、総勢10頭あまりの隊列が、ユックリ、ゆったり、春たけなわの開田高原を進んでいく。何と子馬も一緒についていく。その後ろを歩くは、開田おやじである。

(写真は、先頭が家内、その後ろが、息子の嫁さんKeikoちゃん

体育館の前からレクスポ公園南側の林間コースに入る。林を抜けると視界が開けて、目の前に御嶽山が、眼前に迫る。ぐぐっと、アップでひときわ大きく迫る。開田高原ならではの、このコースのクライマックスだろう。

トレッキングの隊列は、夢野山荘のすぐ近くを通って、無事、木曾馬トレッキングセンターに到着。その間、所要時間およそ1時間。家内とKeikoちゃん(息子のお嫁さん)、お疲れ様。いい体験になったよね。
(ちなみに、料金は50分コースが5000円。少々高いが、よい思い出になると思う。
ドイツから里帰りしたAzusaとマチアス夫妻もこのトレッキングを楽しんだ

楽しい3日間もあっという間にすぎてしまった。
あと少し残る家内たちを残して、先に帰る。明日はもう仕事があるのだ
観光案内所での話、Aさんを訪れたこと、Uさんの話など、書くことは一杯あるのだが、また別の機会にとする。充電も充分できた。さあ、ドル君と一緒に帰ることにしよう。

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