マスコミ開田情報のページ
●「田舎暮らしの本」という雑誌に、開田高原特集!
3組の移住者の方が紹介されています。本屋でご覧下さい。03年9月
月刊「田舎暮らしの本」という月刊雑誌があります。 (宝島社 ¥1,500)
その10月号を本屋さんで手にして見たら、な、何と開田高原の特集が・・・。
『開田高原を目指した移住者たち・・・奥が深いぞ!開田高原ネットワーク』と言うテーマでした。
開田高原は木曽馬とソバどころとして有名である(これはよく知られてきた)が、なぜか移住者が多いと聞きつけて、その秘密を取材したようです。
今回取り上げられたのは、
田中雅之さん(ブルーベリー狩りで有名な開田ファームを経営。移住して22年)、
山田貞夫さん(鉄と木を素材にしたインテリアクラフトを製作。移住5年)、
田中俊行、芳江夫妻(あずき亭の話でも紹介したとおり。移住15年位)
以上のお三方。記者の温かい目で取材されています。
あなたも本屋さんで立ち読み、いやいや、どうぞお買い求めください。気になる田舎暮らしの情報が満載です。
蛇足ながら、モンゴルのパオ(包)あるいはゲルの組み立て方が詳しく説明されていたりして、面白いですゾ。
来年は、夢野山荘の庭に、パオ(ゲル)を作ろうかな。
●こんな本が出ました 02年4月28日UP
またまた本の紹介です。出版されたばかりの本で、「御嶽の風に吹かれて――開田高原への招待」 久山喜久雄著、ナカニシヤ出版刊です。
開田高原の西野に、牧野というバス停があります。(ちなみに、ここがまた、御嶽山と中央アルプス、乗鞍の三山が望めるという、何ともぜいたくな所です)
バス停近くの林の中に開田村の伝統民家が移築されていて、セミナーハウスと名がついていると聞いたことがあり、気になっていました。その謎がこの本ですっかり解けました。
この本は、その「開田高原セミナーハウス」を主宰する久山喜久雄さんが書きました。
久山さんは京都在住の大学職員。以前から環境学習活動を実践しておられ、子供たちに自然と触れ合うことの大切さを指導してこられたそうです。
この本の帯には次のように書いてあります。
ナチュラリストのすすめ
道祖神の微笑み、木曽馬のいななき、温和でひたむきに生業(なりわい)を営む人々の姿、四季を彩る動植物。開田高原の自然と人を紹介する。
こう書かれると、本の中身に期待してワクワクしてしまいます。
読んでみてどうか?
なかなか読み応えがあります。満足させてくれます。私の知っている何人かの方が登場していて、新しい情報を知ることも出来ました。
著者の、開田高原の人と自然に寄せる熱い思いが伝わってきました。とても美しい表現が随所に出てきて、感銘を受けます。私もこんな文章が書けたらいいなと思いました。
開田関連で、現在出版されている本では ベストの本だと思います。
開田が好きだと言うあなた。ぜひ、一読されることをお勧めします。
問い合わせ、注文は下記へ
株式会社 ナカニシヤ出版 電話075-751-1211 定価 1,900円 (税別)
http://www.nakanishiya.co.jp/
●随筆・木曽春秋 第3号(2002年4月号)が出ました
02年4月13日UP
昨年7月にもお知らせしたことのある随筆・木曽春秋の第3号が出ました。
今回の特集は、私の旅・人生の旅そして自由題です。
人生は旅といいますが、書き手の人生を垣間見させてくれる、楽しくも興味深い随筆が二十数編。ずっしりと濃い中身です。開田のかたの作品も5点掲載されています。
発行元の木曽春秋社では、今、あなたの作品を募集しているとのことです。読んだあとは、あなたも投稿してみませんか。次号(6月発行)は酒の話、食の話です。自由題でもよいとのこと。
随筆・木曽春秋のお求めは、木曽の有名書店、新聞店、あるいは下記の出版元へ。
問合せ先 〒399-6101
長野県木曽郡日義村
宮ノ越郵便局私書箱4号
木曾春秋社 (青嶋晃一さん)
電話(携帯)090-2232-7608
●開田マスコミ情報 02年1月14日UP
さあ午年 跳ねよ木曽駒
◇在来馬とともに60年つぶらな瞳 守りたい◇
日本経済新聞2002年1月3日文化欄より
午年の正月早々、「木曽馬の里乗馬センター」職員の坂下通芳さんという方の寄稿が日本経済新聞に掲載されました。
木曽馬とともに過ごしてこられたかたならではの木曽馬に対する熱い思いが伝わってきます。以下、その要約をご紹介します。
「木曾御嶽山のふもとに広がる標高1,100メートルを超える開田高原。この冬も12月半ばから雪が降りはじめ、たちまち一面の雪景色が広がった」
―――坂下さんの寄稿はこんな書き出しで始まっています。
坂下さんは開田に生まれ、現在60ん歳になられるのですが、生まれてこの方ずっと木曽馬が一緒にいたそうです。小学生のころから、夏休みになると父親に言いつけられて馬の背に刈入れた草を積んで3〜4kmの道を家に持ち帰ったりしたとか。
明治期には7000頭近くいた木曽馬も、戦後しばらくして絶滅の危機に遭遇しました。戦時中に軍用馬に不適として「改良」されたことや戦後、農業の機械化が進んだことにより、60年代には50頭以下まで激減しました。
行く末を案じて、伊藤正起さん(元開田村長)などの尽力で「木曽馬保存会が69年に発足しました。そして坂下さんはなんと、村で最初に自前の牧場を作ってしまい、現在は3頭を飼育しておられるのです。
で、現在では、開田村で個人で馬を飼っているのは坂下さんを含めて2軒のみだそうです。「ペットかといわれると、あまりに大きい。どうもそうでないような気がして照れくさい。」と書いておられるのが、実感がこもっていて、ほほえましくなります。
坂下さんの文章は進んで行きます。
近年における木曽馬の受難と復活への道のりを説いたあと、坂下さんは木曽馬そのものについて説明しています。
寿命は30年程度。調教はじっくりと。自動車によく慣らして。蹄(ひずめ)の手入れは大切。人にはやさしく、きわめて賢いこと。仕事から帰った坂下さんにほおをすりよせてくること。・・・などが書かれています。ほおをすり寄せてこられたら、そりゃあ可愛いでしょうね。
文は次に木曽馬の里の話になります。
「1年ほど前から木曽馬の里乗馬センターの職員として、仕事でも馬の世話をするようになった。木曽馬31頭と道産子1頭を飼育している。木曽馬を保存し、活躍の場を確保するために、98年にできた。冬場でも、吹雪にならない限りは放牧場に出す。
ここでは、乗馬をできるよう木曽馬を訓練する。訪れる多くの人が、語りかけてくるような大きな目をほめてくれる」
話は、繁殖(種つけ)のことに進みます。
「種つけは、センターの重要な仕事。3月半ばから5月のよい季節に生まれるように、10月半ばから作業を始める。昨年は4頭が生まれ、皆元気に育っている。」
こうした例ばかりでなく、時に生まれたばかりで自分で乳を飲むことができずに死んでしまうこともあるといいます。これは近親交配による障害が出たためで、繁殖の上で悩みの種となっていると述べています。
木曽馬は現在木曾地域で70頭、全国では100頭余りを数えるまでに復活して来ています。
とはいえ、飼育者の高齢化の問題もあって、ほっておけばすぐにでも絶滅の危機はやってくると、坂下さんは楽観的的な見方をいましめています。
最後に坂下さんは「若い人の力も借りながら、何とか木曽馬を後世に残して生きたい。」という文章で締めくくっています。
小さいころから木曽馬と暮らしてきた開田村の人たちの、木曽馬に寄せる想いが伝わってきます。そして、「木曽馬の里」が、木曽馬の保存育成にいかに重要な役割を担っているかを、改めて認識させられるのです。
ま、理屈は別にして、木曽馬の里、いいところですよね。
―――天気のよい日、お土産お食事センターから乗馬センターまで、牧柵づたいにノ〜ンビリと歩く。できれば、愛する人や家族と一緒のほうがよい。正面には、雄大な御嶽山・・・。高原の林を渡る風を感じ、木曾馬をながめ、路傍の花を愛でつつ歩いて行けば、あなたはきっと、胸いっぱいのしあわせを感じることでしょう。それは、TDLやUSJへ行った時とはちがう種類の、こころの奥底からの幸せの感覚ではないでしょうか。
この開田おやじの記事は、日本経済新聞から引用させてもらいました。
また、私自身は坂下さんを存じ上げていないのですが、お許しも頂かずに記事にさせていただきました失礼をお許しください。
●開田マスコミ情報
こんな興味深い本が出ました 01年9月UP
今、開田の喫茶店「森の玉手箱」に寄ると、この本が沢山並べられています。
7月に発売されたばかりのこの本。山荘きっこりのオーナー安田佐一郎さんの書いた本です。(ちなみにこの「森玉」は、きっこりの直営とのこと)
関西出身の安田さんは24年前の秋に山荘きっこりを開業したのだそうです。
きっこりは開田でも特に奥深い森の中にあります。
御嶽山の美しい自然の中での暮らしは、楽しいことばかりでなく時には厳しいことも沢山あったんでしょうね。
この本には、森での暮らしと、その中で親と子のきづなが深まる様が、印象的につづられています。
また、山荘のお客とのふれあい、居候(いそうろう)と称するアルバイトの若者のこと、主催する「遊びの学校」や「冒険学校」のことなど、興味深い内容がいっぱいです。
都会者の開田暮らし大先輩が書いたこの本、あなたも読んでみませんか。
なお、森玉でこの本を買うと、運がよければ著者のサインがもらえるかもしれませんよ。
この本は一般書店では販売していないそうです。定価1800円(税込)
きっこりのHPはhttp://www.kikori.co.jp/です。
森玉へはこのHPからリンクしています。
後注 (02年12月記)
この本の著者であり、山荘きっこりのオーナーである安田佐一郎さんは、平成14年春に逝去されました。心臓の発作による突然死だった模様です。残された山荘きっこりと森玉は奥様と三人のお子さんたちが立派に経営されていかれることでしょう。故人のご冥福をお祈り申し上げます。
●開田マスコミ情報・・・『随筆木曾春秋 特集:母』 01年7月UP

こんなよい本(同人誌?)が出ました。
創刊号の特集は、「母」です。今は亡き母をしのんで、あるいは存命の母の健康と長寿を願って、木曾に暮らす方たちが綴った文をまとめました。
ページを開くと、そこには母への思慕と、敬愛と、感謝の心が満ち溢れていて、読者を感動させずにおきません。ここに出てくる年代の親御さんたちは、本当に深い愛情で子供を育んで来たんですね。それに比べて、現在の親(特に若い母親)はどうなってしまったんだろう?!
ところで、開田の人の作品も載っているかって?
もちろん載っていますよ。開田村在住の6人の方が母への思いを、また、親が子を思う心を綴っていらっしゃいます。開田大好き人間としてうれしいところです。
観光案内所のTさんMさん、やまゆり荘のHさん、村役場のOさん・・・・。親を思う心にあふれた感動的な文章ばかりで、つい、目頭が熱くなってしまいます。
あなたも是非ご一読ください。 一部1500円
なお、この本(雑誌)は基本的に年4回発行予定です。 第2号以降の定価は1300円となりました。
毎回特集が組まれますが、自由題もあります。同人以外でもどなたも投稿が出来ます。 (右は第4号の表紙です)
問合せ先 〒399-6101
長野県木曽郡日義村宮ノ越郵便局私書箱4号
木曾春秋社 電話(携帯)090-2232-7608
●開田マスコミ情報 01年5月UP
日本百名山…
山の好きな方には知らない人はいないほどの、深田久弥の名著ですね。文字通り、日本の山の中で100の山を選んで1冊の本にまとめたものです。初版は何と1964年刊行で、現在も版を重ねて販売されています。
現在、同じ題名の週刊のビジュアル本(ムック)が朝日新聞社より毎週発行されています。
その全50冊中の御嶽山・乗鞍岳編が5月に発売されました。
この本、美しい写真と文章で我々を御嶽山へいざなってくれます。そして、もちろん、開田高原についてもそこそこ紹介してくれています。
開田で紹介されているのは郷土館、木曾馬の里、やまゆり荘などです。旅行のガイドブックではないので、開田について割かれている紙面が充分とはいえないのは、ま、やむを得ないんでしょうね。
600円でお釣りが来る値段です。1冊どうぞ。
長野県の田中康夫知事の「脱ダム」宣言が、全国的に波紋を投げかけていますね。
治水・利水が大事か、自然破壊か、無駄な公共事業なのか・・・。
私(開田おやじ)は岐阜県人ながら田中知事を応援したい立場ですが、複雑な要因があるようで、考えあぐねてしまいます。
長野県だけでなく、岐阜県の徳山ダム、熊本県の川辺川ダム・・・。反対運動の起きているダムは沢山あります。この問題は、どうやら日本人全体が関心を持って考えるべき事柄のようですね。あなたはどうお考えですか?。
(ちなみに開田では、私の知る限り、小規模な「堰」や砂防堤はあっても、いわゆるダムはないようです。計画、あるいは新規着工予定のダムもないのでしょうか。お教えください)
この問題を考えるとき、次の本が参考になりそうです。
著者の天野礼子さんは長良川河口堰反対運動の先頭にたったひとです。もちろん、脱ダムの立場で書かれていますが、アメリカでは、ダム一本やりの治水から、脱ダムの流れが主となってきたとか・・・。説得力あります。ご一読ください。
天野礼子著 ダムと日本 岩波新書 700円+税
地平線の先まで見渡す限り広がる白いソバ畑・・・。
斉藤文子さんは数年前からそんな風景を思い浮かべるようになった
「ソバの花を見ていると、本当に幸せな気持ちになるんです。飾り気がなくて素朴で愛らしい。人間も飾らずありのまま生きることが幸せだと教えてくれます。
その記事はこんな書き出しで始まっていました。
(危ない危ない!!。これは開田高原に惹かれる人間にありがちなパターンだぞ)と思いつつ読み進んでいくと、なんと意外な方向に話は展開していきます。
名古屋市西区の畑で農業に携わる傍ら、三年前から御嶽山の麓、開田高原で二千五百平方mを借りてソバを栽培している。今年の夏からはカナダでも栽培を始める予定だ。
いや〜まいった。いきなり開田高原が出てきました。予感が当たってしまいました。そして、2反半という広い畑にソバを作っているというのです。開田おやじも、この話は知りませんでした。
この斉藤さんは農家の長女として生まれ、幼い頃から苦労をされたのだそうです。
ところで、世間一般の常識からすれば若いとはいえない年代・・・。そんな無鉄砲?なことを始めて大丈夫だろうか?。開田との結びつきはどこから・・・?
そんな疑問に答えるかように、次のように記事は続きます。(記事の要旨)
結婚して三人の子供を育てながら、四十歳で通信教育の高校を卒業した。
農業はずっと続けていたが、子供が独立した五十歳の頃から農業を本格的にやりたいと思うようになった。各地を訪ね回り、土地を探したが、思い描く土地は見つからなかった。
九年後の一九九八年、長野県が農地として基盤整備していた開田高原に出会った。求めていた土地にたどり着いたという感動で胸がふるえた。
比較的手間がかからないことから、ソバを栽培することにした。今では、春から秋まで、種まきや肥料やりに十回ほど開田に足を運んでいる。
ソバは村の機械で収穫してもらい、振興公社に買い取ってもらっている。公社では生めんに加工し、地元で販売している。
「求めていた土地に巡りあえた感動で胸が震えた」という気持ち、よくわかります。開田高原では、よく胸が震えさせられる?!のです。
この方は、考えることも行動力もスケールが違います。今年の夏からはカナダでもソバを作るのだそうです。(正確には、カナダの地元の農家に手間賃を払って管理してもらうとのことです。)
記事は、最後に次のように締めくくっています。う〜ん、いい話だなぁ。
「いい土地が見つかれば、ソバ畑を増やしていきたい。年に似合わないことをやっていると言われるけれど、自分の幸せは自分で作るもの。今が”青春”なんです。
第三春山(はるやま)号・・・木曽馬最後の純血種と言われた名馬です。偶然に偶然が重なってこの世に生を受けた、いわば奇跡の馬と言っても過言ではないと言われています。3月1日(木)、10日(土)、24日(土)
また、ちょっとお年の方は、昭和50年代初めに、この最後の木曽馬純血種を安楽死させるべきかどうかと、新聞紙上をにぎわしたのを覚えているかもしれませんね。
第三春山号は昭和51年に安楽死となり、学術解剖されて剥製は開田村へ、骨格標本は名古屋大学へと、生き別れ?となっていました。その剥製は開田村の郷土館に展示してあるのでご覧になった方も多いと思います。
ところで、剥製には、骨はないのですね。知りませんでした。驚きました。
その第三春山号、いま開田を離れて名古屋に行っています。やっと長い別れの後、肉親と?対面することができたのです。
お互い、どんな気持でしょうかね?
名古屋大学博物館の特別展示で、3月中は次の日に展示を見ることができます。どうぞご覧ください。(情報遅くなりました。ごめんなさい)
なお、この情報は、開田中学校の教頭先生からお聞きしたこと、および同校『2月の生活目標』より引用したものでまとめました。教頭先生ありがとうございました。
2月2日朝、名古屋へ向かう通勤電車の中でいつものように新聞を読み進んでいくうち、一枚の写真が目にとまりました。庇(ひさし)からなが〜い「つらら」が垂れ下がり、それを室内から女性が眺めている写真でした。室内には、パソコンのモニターが
置いてあるのが見えます。新聞のそのページは読者の投稿欄でした。
ぴんと来ました。
・・・・・
やっぱりそうでした。投稿者は開田村の大目富美雄さんでした。
「春が待ち遠しい!」というタイトルで、――今年も開田村役場庁舎には長いつららが――とありました。そして、立春を間近にしてもまだまだ寒さが厳しいことを伝えていました。
大目富美雄さんは開田村の情報を新聞によく投稿しておられます。私の購読している中日新聞でも、何度も大目さんの投稿を目にしています。
新聞だけでなく、ラジオでも活躍しておられます。
年末はNHKラジオの「昼の憩い」でも「農林水産通信員」である大目さんの、開田村そば工場のレポートが全国放送されていました。(この件はこちらをご覧下さい)
それにしても長いつららでした。2,5メートルはありそうでした。開田の今冬の厳しさをうかがうに十分でした。
ところでみなさん、このつららが完全犯罪に使えそうだ・・・などと、夢々考えないように?!
1月25日付け中日新聞朝刊「中部圏」版に、興味あるというか、気になる記事がありましたので、ご紹介します。
地域振興と観光――過疎地からの報告・・・グリーンツーリズム好調
という特集記事です。三重県南勢町と長野県大鹿村でのグリーンツーリズム成功例にならんで、岐阜県高根村のチャオ御岳スノーリゾートが紹介されていました。
その概要は・・・・
――チャオはオープンして今冬で3シーズン目だが、客の入りは芳しくない。
スキー客は初年度こそ目標の14万人を達成したが、2年目は目標17万人に対して13万人。3年目(今シーズン)は昨シーズンより4割減で、3シーズン目の目標の20万人達成はきびしい。
高根村は人口780人余りの過疎の村。「御嶽を宝の山に」と、村と、JR東海等とが第三セクターを作り、大規模スキー場による地域の発展を夢見てきた。
しかし、村民の望んだ若者の働く場もフルタイム5人とアルバイト10人で、少ない。
村への恩恵は年間4500万円の固定資産税だ。
しかし、計画入り込み数を達成できないと、約60億円の借金返済が経営会社に
重くのしかかる。
スキー人口は減少が予想され、スキー場の淘汰は避けられない。「生き残るには
ここだけしかない魅力を・・・」とチャオの経営会社は言っている。
以上のような内容でした。
JRの駅や車内にはチャオのポスターやチラシがあふれています。それなのに目標達成は程遠い。厳しいのですね。
ひるがえって、マイアはどうなのでしょうか。個人的な立場では正確な情報を入手できませんが、やはり厳しい状況のようで、気をもんでいます。
救いらしきものがあるとすれば、いみじくもチャオの人が言っていた「ここだけしかない魅力」がマイアには、あるのではないか。
それは、「マイアは心が休まる。雰囲気が良い。支配人をはじめ接客の人やゲレンデ整備の人にもマイアを良くしていこうとする心が感じられる」――といった声がマイアのHPの掲示板によく書き込まれていることで、言えるような気がします。
マイアがそんなスキー場になってリピーターが増え、そしてソコソコ?!経営が成り立つことをくれることを願うばかりです。
●開田マスコミ情報VOL.2 01年1月
家内が最近、軽登山にハマっていて、暮れに一冊の本を買ってきて欲しいと言いました。
隠れたベストセラー「日本の百名山 新装版」 (深田久弥著 新潮社刊)でした。
名古屋の本屋で苦労して探しました。やっと見つけた本をながめていた家内が「アリャリャ、おとうさん」と言いました。表紙の写真が、開田から見た御嶽山みたいだと言うのです。その通りでした。うれしいじゃないですか。これは百名山の中でもトップは御嶽山だということでしょうかね?
御嶽山(この本では御岳と称している)について、深田久弥はこう言っています。
――この山は別格である。北だの、中央だの、南だのと、アルプスは混みあっているね、そんな仲間入りはごめんだよ、といいたげに悠然と孤立している。
別格である、といっているんです。スゴイですね。そして、山の姿について、
――この斜線がみごとである。御嶽全体を均整の取れた美しい山にしている。(中略)昔から、木曾の御嶽さんは夏でも寒いとうたわれて、信仰の山となったことも うなづかれる。――と記しています。
更に、信仰登山について述べた後、王滝、三岳の登山道が混みあい、「俗化を嫌う人は近年開田からの登山道を選ぶようである」と開田について触れています。
4ページを費やして御嶽山について書いています。
――この山の未知の境に踏み込んだなら、深い林や、美しい沢や、そこに半日も寝ころんでいたいような静かな草地があるに違いない。俗化されたと思われているこの山が、実は一番俗化されていないのである。
――この山麓を巡って、忘れられたようないくつかの峠を上り下りし、物寂びた人情の厚い村々を訪ね歩くのも、山旅の大きな楽しみであろう。
このように、著者は御嶽山について非常に好意を持っているようです。
開田高原についてはどうか。・・・選んだ百名山には全て登ったとあるから、あるいは御嶽山登山時に開田を訪れたこともあるかも知れません。文章からは判然としませんが、それらしい表現のところがありますね。(アンダーラインをつけたところなど)
この本の初版は、実は昭和39年7月。古いです。御嶽山の標高も3063mとなっていることからもこの本の古さがわかります。何しろ、御嶽山は昔に比べて、4mも背が高くなって、現在は3067mとされているんですから?!。でも、その本が版を重ねて、今でも新本で書店で売られているのです。
著者が開田を訪れているとしても、随分昔のことになります。今の開田を著者が訪ねたら、なんと言うでしょうか。聞いてみたい気もします。
ラジオで先日、開田の事が放送されたので、お知らせします。
12月25日昼12時15分過ぎのNHK第1放送「昼の憩い」に、長野県開田村の大目冨美雄「農林水産通信員?」さんからのレポートとして次のような内容が放送されました。(ちなみにこの番組は昔からやっている懐かしい番組です。)
――開田村は標高1000メートルを超える高冷地です。零下10度以下に下がる日も多いです。開田の特産品のひとつとして、そばがあります。今年のそばのできはまずまずでした。いま、開田村振興公社のそば工場は年末を控えてフル操業です。風味が豊かで人気があります。平時は4人で生そばを1日2000食生産していますが、この年末は9人体制で、1日4000食を生産しています。大晦日まで操業するそうです。
こうした内容でした。(上記そば工場は、霧しなさんのことではありません)
大目さんは、9月にも同じ番組で馬篭の祭りのことをレポートしていました。また、時々新聞にも投稿しておられます。(中日新聞に木曾馬の仔馬のことなどをたびたび投稿しておられる)
大目さんは村役場にお勤めで、職務柄ということもあるのでしょうが、郷土を愛する気持ちが放送や新聞の行間にあふれて、いつも感じ入ります。
なおこの文章は、メーリングリスト「信州開田高原マイアスキー場と開田高原ファンクラブ」に私が投稿した文章です。一部、変更してあります。
このメーリングリストはグループページのURL:http://www.egroups.co.jp/group/kiso-mia/
で入会方法など詳細を紹介しています。あなたも良かったら ご加入下さい。(無料です)