モンゴルの馬頭琴と、わが開田高原・・・
何の共通項もないように感じるかもしれませんが、実は大あり、と開田おやじは考えます。
そうです。馬・・・です。
開田といえば木曽馬です。モンゴルといえば 馬と大草原です。
木曽馬のルーツは蒙古草原馬といわれています(注)。 木曽馬とモンゴルの馬とは兄弟なのです。ということは、開田とモンゴルとは遠い親戚みたいなもの。
大草原こそないものの、木曽馬の里などの風物は、モンゴルの草原を少しばかり ほうふつ?させると言ったら、我田引水が過ぎるかな。
●リポーさんのホームページはこちらです。ぜひご覧ください。
●馬頭琴基金会のホームページはこちらです。こちらも是非ご覧下さい。
●大成功!!「サェンバェノー!アジア2003 モンゴル大草原の風」 2003年4月
青春の思い出の歌…草原情歌
4月5日、この日、待ちに待ったコンサート『サェンバェノー! アジア 2003』 の公演が行われた。お客様の入りといい、ステージの仕上りといい、まず大成功だった。何よりも、感動的ないいステージだった。
私も主催した馬頭琴基金会会員の末席にいて、スタッフの方々の準備のご苦労のいくつかを伺い知っている。大した事はできなかったが、多少なりともお手伝いをした私にとって、忘れられない思い出の一日となった。
アンケートでは、お客様の感動の声が多く寄せられたと聞く。家内が友人に聞いたところでは、涙で頬を濡らして聴いた人が何人もいたそうだ。聴きに来て下さった方々が安らぎを感じてもらえ、少しでもモンゴル音楽への興味がうまれたら、うれしい限りである。
コンサート夜の部の幕が下りたのは午後9時。それからさらに音響反射板の片付けや荷物の積み込みなどに一時間近くかかった。そのあとは楽しい打ち上げだあ。
打上げは可児市文化創造センター近くのお店で夜10時頃から始まった。メンバーは30人近くいただろうか。私は張さんの隣に座ることになった。
この張さんは芸達者である。先ほどのステージで二胡や四胡の名演奏を聴かせてくれ、さらにホーミーまで披露してくれた。大変心のこまやかなところがあるので、私はひそかに「気配りの張さん」と呼んでいる。この席では、高揚した気分だったこともあり、すすめ上手の張さんに日本酒をしこたま飲まされてしまった。次の日は二日酔となってしまった。
打上げ出席者の中には、リポー先生の奥方である包小燕(ポーショウエン)さんもいた。
私はいつか機会があったら是非この包小燕さんに聞いてみたいことがあるのだ。この日も心の隅にこの事があったが、気が小さく口ベタ?!ということもあり、ついに彼女に話しに行けなかった。酔いが回るにつれ忘れてしまったのでもあるが…。
私の馬頭琴との出会いは、昨年4月始めの可児市の家具屋さんでのミニコンサートであった。リポーさんの馬頭琴演奏の途中に包小燕さんが登場して、歌った歌のひとつが草原情歌だった。包小燕さんは美しい民族服(デール)に身を包み、かっこいい帽子をかぶって、やさしく美しい声で歌ってくれた。うっとりして聴いてしまったのだった。
青春の思い出の歌…草原情歌
4月5日、この日、待ちに待ったコンサート『』の公演が行われた。お客様の入りといい、ステージの仕上りといい、まず大成功だった。いや、いいステージだった。
私も主催した馬頭琴基金会会員の末席にいて、スタッフの方々の準備のご苦労のいくつかを伺い知っている。大した事はできなかったが、多少なりともお手伝いをした私にとって、忘れられない思い出の一日となった。
アンケートでは、お客様の感動の声が多く寄せられたと聞く。家内が友人に聞いたところでは、涙で頬を濡らして聴いた人が何人もいたそうだ。聴きに来て下さった方々が安らぎを感じてもらえ、少しでもモンゴル音楽への興味がうまれたら、うれしい限りである。
コンサート夜の部の幕が下りたのは午後9時。それからさらに音響反射板の片付けや荷物の積み込みなどに一時間近くかかった。そのあとは楽しい打ち上げだあ。
打上げは可児市文化創造センター近くのお店で夜10時頃から始まった。メンバーは30人近くいただろうか。私は張さんの隣に座ることになった。
この張さんは芸達者である。先ほどのステージで二胡や四胡の名演奏を聴かせてくれ、さらにホーミーまで披露してくれた。大変心のこまやかなところがあるので、私はひそかに「気配りの張さん」と呼んでいる。この席では、高揚した気分だったこともあり、すすめ上手の張さんに日本酒をしこたま飲まされてしまった。次の日は二日酔となってしまった。
打上げ出席者の中には、リポー先生の奥方である包小燕(ポーショウエン)さんもいた。
私はいつか機会があったら是非この包小燕さんに聞いてみたいことがあるのだ。この日も心の隅にこの事があったが、気が小さく口ベタ?!ということもあり、ついに彼女に話しに行けなかった。酔いが回るにつれ忘れてしまったのでもあるが…。
私の馬頭琴との出会いは、昨年4月始めの可児市の家具屋さんでのミニコンサートであった。リポーさんの馬頭琴演奏の途中に包小燕さんが登場して、歌った歌のひとつが草原情歌だった。包小燕さんは美しい民族服(デール)に身を包み、かっこいい帽子をかぶって、やさしく美しい声で歌ってくれた。うっとりして聴いてしまったのだった。
草原情歌…。
この歌は、恥かしながら私の青春時代の好きな歌のひとつだった。この歌を聞くと、いまでも胸がキュンとする。このミニコンサートの時も思いもかけず懐かしいメロディーを耳にして、すっかり感動してしまった。私が馬頭琴を始めたのも、リポーさんの馬頭琴の音色のすばらしさも勿論であるが、包小燕さんのこの歌が、私の心のどこかの、乾ききっていない部分を刺激したことも理由のひとつにあったのかも知れない。
昔、若かった頃―。(私にも20代の頃があったのだ!。)
35〜40年前にもなろうか。名古屋の伏見町に歌声喫茶というのがあった。ご存知の方は相当お年の方ということになる。そこではお客さんが歌集を手に、ステージの歌唱指導者に合わせて皆で歌った。月に何回かそこに通い、歌った。山(といっても近郊のハイキング程度の山)とスキー、そしてこの歌声喫茶が私の青春だった。
この店でも草原情歌がよく歌われた。歌いながら心に浮ぶのはアジアのどこかにある大草原と、そこに暮す娘さんだった。
さて、今回のサェンバェノー!アジア2003コンサートの中で演奏された曲の中にも、この草原情歌があった。(夜公演の第一部)歌はポージンゾンさんだったが、馬頭琴と二胡とピアノ伴奏での草原情歌は、なかなか感動的だった。
話が回りくどくなってしまった。私が何を包小燕さんに聞きたいか、という話だった…。
この歌の故郷は、じつはモンゴルでなく青海省だという。内モンゴルの西南に位置する。
包小燕さんが内モンゴルの歌舞団でで活躍していた頃、おそらくリポーさんなどと一緒に巡業で内モンゴルは勿論だが、この歌のふるさとである青海省から新疆(しんきょう)ウイグル自治区あたりまでも出かけたのだろうか。
このあたりはシルクロードのただ中である。巡業で見た人々の(遊牧民や町の人の)暮しはどんなだったのだろう。巡業の暮しはどんなだったのだろう。草原や砂漠や遠くの山々の景色は…。この歌にまつわる思い出は…。
…こんなことを、いつかきっと包小燕さんに聞きたいと思っている。
●馬頭琴関連のコンサートのお知らせ 03年3月9日UP
03年4月5日にビッグイベントがありますよ。
馬頭琴演奏家リポーさんとその仲間が総力を挙げて作り上げるステージ。
馬頭琴、二胡、モンゴルの笛、歌、踊りなど、総勢7人のアーティストにより、きっと楽しくて温かな感動のステージになるでしょう。是非お出かけくださ〜い!

内緒話ですが、私(開田おやじ)と家内も、スタッフの一員でお手伝いします。ひょっとしたら、モンゴルの民族服を(デール)を着て会場をウロチョロするかも?! 見ものですぞ。
コンサートの名前
サェンバェノー!アジア2003 モンゴル大草原の風
(サェンバェノーとはモンゴル語でコンニチワのことです)
日 時
4月5日土曜日昼夜2回公演
昼の部 午後1時半開場 午後2時開演
夜の部 午後6時半開場 午後7時開演
会 場
可児市文化創造センター 虹のホール
入場料 (全席自由席)
大人3,000円
高校生以下2,000円
ファミリー(大人子供各1人)4,000円
主 催
馬頭琴基金会(リポーさんが理事長)
後 援
可児市教育委員会
問合せ先 馬頭琴基金会 岐阜事務所 0574-65-9462(大曽根)
名古屋事務所 052-522-0080
開田おやじ(田中)へもお気軽にどうぞ。チケットの手配もします。090-4792-8859
■ 私と馬頭琴 03年3月UP
巡りあわせと言うのだろうか…。ウマ年の男が、午年の年に馬の楽器に巡り会った。
そして、その馬の楽器…馬頭琴を習うことになった。還暦を迎えて楽器を、それも個性的な民族楽器を弾くことになるとは思いもしないことだった。
昨年(02年4月に地元可児市の家具屋さんのミニコンサートに家内と一緒に出かけた。そこで初めて聴いた馬頭琴の音色。そして内モンゴル出身の演奏家リポーさん。…忘れられない夜となった。すぐホームページで探し、メールで山元さんとやり取りした後、7月には馬頭琴を買い求めて教わることになった。
馬頭琴とは、モンゴル民族の代表的な民族楽器で、草原のチェロとも呼ばれるという。2本弦でチェロのように弓で弾く。棹(さお)の最上部には馬の頭が彫りこんである。馬頭琴の名前の由来でもある。
高齢化社会だとか、老後の生きがいなどという言葉がマスコミにあふれる毎日…。でも自分だけは年を取らないような積りでいた。しかしさすがにここ数年、老いが自覚され、老後のあれこれを考えざるを得なくなった。仕事仕事で過ごしてきた自分の人生…。趣味などないに等しかった。
ただひとつだけ夢見ていたことがあった。老後は信州の山里で田舎暮らしを…と十年くらい前から思っていたのだ。が、馬頭琴との出会いで路線修正とあいなった。
夜は自宅で1時間の練習。そして月に1回位は先生についてレッスンを受ける。
六十の手習いである。年寄りの冷や水といっていいのかも知れない。楽譜が読めない。飲み込みが悪い。指が動かない。したがってちっともうまく弾けない。家内は顔をしかめ、耳をふさぐ。でも当人は不思議と楽しいのである。気分がいいのである。
たまには、リポーさん等のコンサートのお手伝いもする。馬頭琴仲間との出会いもあってこれまた楽しい。
本年(2003年)4月初めに地元可児市文化創造センターでリポーさん始め内モンゴルのアーティストによるコンサートが開催される。私も家内もスタッフとしてお手伝いをする。よいコンサートにしたい。世間の皆さんに馬頭琴やモンゴル音楽の良さを知ってもらいたい。これが私の当面の、そして最大の関心事である。
そして夏には内モンゴルへのツアーに参加したいと思っている。どうやら、ぼけるのは少し先になりそうである。
(上記の「可児市の家具屋さんでのコンサート」については、このページの↓に写真付きで書いてあります。)
(お断り――この文章は、多治見のミニ情報誌「グロウネットそやら」誌に山元さんの勧めで投稿したもので、一部加筆してあります。)
| ●8月8日 ランの館マルハチコンサートをスライドシ 02年8月 |
02年8月8日・・・この日の夕方、名古屋市中区のランの館で、マルハチコンサートが開催されました。その模様をスライドショー(こちら)でご覧下さい。
重いので、ダウンロードに時間が掛かります。必ず、ダウンロードが完了してから スタートボタンを押してください。
ちなみに、この日付けは、目出度い8の字が二つ並んでいて、名古屋市のロゴである「マルハチ」に縁の深い日だそうです。それで、名古屋市の関連施設であるランの館で記念行事として開催されたわけです。
都会の中のオアシスで、暮色進む夕空をバックにした野外コンサート。ステージの進行と競い合うように、ランの館の庭が暮れなずんでいきます。
パソコンでその雰囲気とモンゴルの民族音楽をお楽しみください。
出演
二胡と馬頭琴&ホーミーの張さん
笛と歌のジリンバイヤルさん
歌のポウジンゾンさん
歌のハストリさん(女性)
司会は山元さん
リポーさんは夏の間は毎年 内モンゴルへ帰るので、残念ながらここには出演してません。
●上矢作町のモンゴル村第1回オボ祭りへ 02年5月12日の巻

上矢作町に「モンゴル村」という施設があり、今日は、そこで「第1回オボ祭り」というイベントが行われるのだ。
そのオボ祭りで、リポーさんの馬頭琴(モンゴルの民族楽器)などの演奏会があるという。開田高原と、遠く離れたモンゴル民族の馬頭琴とは、実は並々ならぬ縁があることは、前回更新で書いた通り(こちら)である。モンゴルには馬頭琴。開田には馬頭観音。よく似ているではないか。
ちなみに、オボとは、モンゴルの小高い山などにある石積みのことで、土地の守護神が宿っているとされるそうである。
この日、仕事が朝現場へ行ったらドタキャンになってしまったので、急遽、このオボ祭りを見に行くことにしたのだった。
モンゴル村に着いたら、仮設舞台ではリポーさんが馬頭琴の由来について話をしているところだった。拾ったプログラムによると、かなりコンサートは進んでしまっているではないか!! 少し残念。
(腹が減ったので途中でコンビニの弁当を食べてきたが、その30分の時間がまずかったのだ。わが身の食欲がうらめしい)
でも、4月9日以来2度目のリポーさんの馬頭琴。途中からとなったが、やっぱりよかった。心にスーと入ってくる、優しくも懐かしいその音色とメロディー・・・。不思議な感覚だ。
子供たちも一緒に歌った「スーホの白い馬」もよかった。内モンゴルの歌手による男声合唱も良かった。
で、知性にあふれた司会振りを見せてくれたのが、マネージャーさんの「やま」さんだった。
会場には一般の観客のほかに、デール(モンゴルの民族衣装)をきた女性が大勢いた。きっと、あの人たちが、うわさのサランモルの人たちに違いないと思った。
(注)サランモルとはリポーさんの馬頭琴教室の生徒さんたちのことで、モンゴル語で月の馬の意味。
● 02年4月9日 初めてリポーさんの馬頭琴コンサートを聞いてきました 02年4月UP
馬頭琴・・・あぁ、あの馬の頭がついた三味線のような、胡弓(こきゅう)のような楽器だね・・・とわかる方、さすが、です。
「スーホの白い馬」の話に出てくる楽器でしょ? そうなんです。いまでは小学校の子供がよく知っているらしいですね。
その馬頭琴はモンゴルの民族楽器で、1000年の歴史を持つといわれていて、草原のチェロの別名もあるとか。現地では、モリンホールと呼ばれているそうです。(ちなみに、昔はアジアに一大帝国を築き、強大な勢力のあったモンゴル民族も、歴史の大きな流れから、現代ではいくつかの国に分かれて住んでいます。すなわち、モンゴル国、中国・内モンゴル自治区、トゥバ共和国、ブリヤート共和国などです。にわか勉強しました。)
その馬頭琴のコンサートを、生まれて初めて聴いてきました。
演奏は、中国、内モンゴル出身のリポーさん。1955年生まれの男性です。
モンゴルの民族服を着たリポーさんの力強く、そして時に繊細な馬頭琴の音色に、お客さんはすっかり魅了されました。目を閉じればモンゴルの草原が目に浮かぶようでした。開田おやじも、心の奥深くにしまい込まれていた遠い原初の記憶が呼び覚まされるような、不思議な感動に心が震えました。
会場は、岐阜県可児市の家具店(万寿実家具センターさん)の2階の小さいホール。いっぱいのお客さん、といっても70〜80人くらいでしょうか。座布団や展示品のいすに座り、中国のお茶や菓子も出て、アットホームな雰囲気がベリーグット。演奏の合間にはリポーさんのユーモアあふれる日本語のトークがあって、笑いの絶えない楽しい演奏会でした。最後には、リポーさんの「のど歌」(ホーミー)も飛び出して、びっくりするやら嬉しいやら。久しぶりに頭がα(アルファー)波で充たされた開田おやじでした。
後半にはリポーさんの奥様が登場したのですが、その時会場は一瞬、ワァーッという歓声に沸きました。モンゴルの民族服がとてもきれいで、帽子がまたカッコよかったのでした。(写真がなくてゴメンナサイ)
もと内モンゴルの歌舞団の歌手だったという奥様は、小柄でチャーミング。とてもきれいな声で歌を聞かせてくれました。「草原情歌」の歌も歌ってくださって、これには参りました。懐かしさで胸が熱くなりました。(恥ずかしながら、若かったときの愛唱歌のひとつだった。今でも三番までちゃんと歌える。)
終わってから、家内がこの奥様(日本語はホンの少しだけ)とチョットだけ話をしたのですが、一人息子が東京工業大学?の大学院生と聞いて、ウッソー、そんな年なの?とびっくり。あまりにお若く見えたからでした。
リポーさんは、1996年から活動の拠点を日本に移し、現在は名古屋市に在住。
日本の子供たちにはモンゴルの悲しい伝説「スーホの白い馬」の話が、教科書にも取り上げられてよく知られていますが、リポーさんは、日本の子供たちの「この話の歌が欲しい」というメッセージに応えて、2000年に「スーホの白い馬」の歌を完成(作曲)させました。(作詞は荒木とよひさ氏)
今では、日本全国で(時には海外で)演奏活動を続けているリポーさんですが、ふるさと(内モンゴル)に学校を作るのが夢だそうです。
私も、その一助にと、CD1枚(3000円)と写真集(1000円)を買い求めました。(上の写真はその写真集の1ぺーじと、リポーさんの自筆サインです)
リポーさんと奥様、おふたりのかもし出す雰囲気は、モンゴルの大草原にそそぐお日さまのように暖かでした。
●リポーさんのホームページはこちらです。ぜひご覧ください。
ところでモンゴルの馬頭琴と、わが開田高原・・・
何の共通項もないように感じるかもしれませんが、実は大あり、と開田おやじは考えます。
そうです。馬・・・です。
開田といえば木曽馬です。モンゴルといえば 馬と大草原です。
木曽馬のルーツは蒙古草原馬といわれています(注)。 木曽馬とモンゴルの馬とは兄弟なのです。ということは、開田とモンゴルとは遠い親戚みたいなもの。
大草原こそないものの、木曽馬の里などの風物は、モンゴルの草原を少しばかり ほうふつ?させると言ったら、我田引水が過ぎるかな。
ここまで書くと、開田おやじは想うのでした。――開田高原でリポーさんに馬頭琴の演奏会をやってもらいたいなあと。そして、リポーさんに木曽馬に乗って開田の草原を駆けさせてあげたいと・・・。
注(伊藤正起著 「木曽馬とともに」 開田村木曽馬保存会刊 による)。
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