穂高登山日記   
                                               1998.10.10〜12.
                                             

          

 1 

梓川にそって、左手に、明神岳をみながら、歩いていく。徳沢小屋からは、今度は,山道だ。

上高地が,標高1500Mで、2300Mの,から沢迄,一気に上って、いくのだ。

歩くのが,遅いので、山登りをしようというほどの大抵の人には,追い抜かれる。

人が,一人通れるだけの細い山道なので,すぐに脇へ寄って道を譲る。

速く歩きたい人に、迷惑だろうと思うからだ。

だけど今日は,切れ間無しにどんどん人が来て,譲っていると、自分が,歩けなくなってしまう。

天気は,今年に入って,最高という事だ。

台風で、葉は,少ないが,紅葉が,綺麗だ。

はるか下に見える沢は,岩が,雪のように,白く、川床全体が,白い帯のようになっている。

水は,透き通った,エメラルドグリーンだ。紅葉と,白石、青水の、コントラストが、

美しい。              

                                




   2

  涸沢の近くになると,ななかまどの実が、真っ赤に色づいて,あたり一面

燃えるような紅葉だ。

ヘリコプターが,ブルンブルンとやかましい。

かれ沢ヒュッテに,毎日物資を、運んでいるのだ。

涸沢へは、2時過ぎについた。地図には,6時間と載っているので,なんと

標準時間で,着いてしまったのだ。

途中,気分が,悪くなってしまった人を,何人も見かけた。今のところ,私は,

まだ,何ともない。毎日のトレーニングの、おかげかもしれない。

地図は,それを目安に,計画を立てたりするので,余裕を持った時間設定に,

なっているのだろう。

屈強の,男性は,この3分の2ぐらいの時間で歩けるのでは,ないだろうか。

涸沢は,まわりを、北アルプスの山々に囲まれた,くぼ地で、北アルプスに

登る人は,ここを拠点にする。東に3角屋根のから沢小屋,西にから沢ヒュッテ、

間にテント村がある。ずっと以前,写真で見た,景色と同じだ。

あのなかに、テントを張って,寝られると思うと嬉しい。   
  







  

汗が,冷えてきて寒い。風が,ビュービュー吹いてきて,

ヒュッテに上げてある吹流しが、真横になっている。

持ってきた,セーターなどありったけ着込んで、寝袋に、

もぐりこむ。寒くて,動けない。私が,動こうとしないので,

夫が,仕方なく,食事の支度をしに出ていった。

ご飯が,炊ける頃,ちょっと落ち着いてきたので、起き出して,テントの周りをスケッチした。

目の前に、奥穂が,そびえたっている。

始めて見る雄姿だ。頂上近くは,草木が,一本もなく,岩ばかりだ。険しい。

左手に,前穂岳の第1尾根から,第7尾根のノコギリのような,峰峰が,見える。

右手は,北穂岳である。後ろを,振り返ると,向うに,常念岳が、周りの山々を、従えて,

一際美しい姿をみせている。

暗くなって、ますます風は,強くなってきた。しかし,雲は,ひとつもなく空は,冴え返っている。

すごいような星空だ。

あちらこちらのテントから,「すごいなあ。」とか,「天の川がみえる。」「流れ星だ」などといっ

ている声が,聞こえる。

星の一粒一粒が,下界で見るときの,10倍ぐらいは,あるような気がする。

寒いので,外まで出てみる気がしない。

寝袋のまま、テントから,顔を出して見るのが,せいぜいだ。

隣の人達が,宴会を始めた。言葉が,訛っている。茨城の人たちらしい。布1枚隔てているだけなの

で,筒抜けだ。

うるさいなあ・・・。と思っているうちに寝てしまった。

          




     

翌日は、またまた快晴だ。寒くてあまり眠れなかった。

朝食は,レトルトのクリームスープと中華おこわを暖めて食べた。

寝袋が,テントの内側とくっついたところに水滴がついて,そこが凍っている。テントの中は,

3度だったが、温度計を外に出して,測ってみると、やはり0度だ。

トイレにいく。

朝は,きっと,甲斐駒へ行った時のように並んでいると思ったが,20ぐらいもあるので、行列は,

出来ていない。

山では,トイレは,男女兼用だ。ここのは,有料で,100円だ。

上高地も100円であった。山では,糞尿の処理が,大問題なのだ。

使用した紙は,捨てては,いけない。山では,微生物の働きが,悪いので,いつまでも分解さ

れずに、残ってしまうのだ。以前テレビで,富士山が,大量の散乱したトイレットペーパーで、

汚れている映像を映し出していた。

トイレの各部屋に使用済みの紙を入れる籠が,おいてある。

そんな事を言っては、いられないが,あまり気持ちのいいものではない。私の場合、神経質なのか,


こんなちょっとした事でも,気になるともうダメだ。いろいろ手間取って,やっと用をたして,でて

来ると,夫は,なれたもので,待ちかねていて,「何やってたんだ。」という。だけど,ここは,ま

だいい方で,南アルプスや,他の山々のトイレ事情は,まだまだだ。有料でもいいから,こういうト

イレは,いっぱい作って欲しい。

 






     

  

7時40分、いよいよ頂上目指して,出発だ。他の人たちは,早朝から,どんどん出発して,

周りは,誰もいない。

体調は,すこぶる悪い。足が,重く上へやっと持ち上げる感じだ。

リュックには,防寒具が,入っているだけなのに昨日よりずっと悪い。

雲ひとつない空から,日が,照り付けるので,30分も歩かないうちに,すぐ暑くなった。

はるか後方に人影が,ぽつんとひとつ見えたと思ったら,あっという間に追いつかれた。

例によって,お先にどうぞと道を譲る。

大きな石をごろごろつなげた登山道(ザイテングラート)をつたいながら歩く。

しばらく行くと,上でその男の人が,立ち往生している。夫が,こっちの道ですよと教える。

「こっちに人の通ったあとが,あるのだが、」といいながら,その人は,戻ってきた。

登山道は,所々の石に,赤で,O印が,付けてある。Xは,行ってはいけない印だ。

それか、<―――>こんな印が,付けてある。立ち木に赤いテープが,巻いてある場合もある。

人が,通ったあとが,あるからといって安心は,出来ない。そういう道をたどっていって危険な岩場

に出てしまった事がある。降りるにも怖くて降りられない。偶然正しい道に出たから良かったものの

,ああいうときは,ひき返すべきだ。山へ登るたびに後から考えるとヒヤッとする事が,1回や,2

回は,あるので気をつけないといけない。

休憩しているときに、「今日は,バテるなあ。」といっている男の人が,いた。

皆,思いは,同じだ。

また,同年輩ぐらいの女の人が,だんなさんに繰り返し,「私は,体が,弱いから,山は、無理よ。」

といいながら,どんどん先へ,行ってしまった。







  

11時に,白出のコルという窪地に,ついた。

ここに,穂高小屋が,ある。1年前に,立て替えられたという事で,まだ新しい。

一人の若者が,「シャッターお願いします。」といってきて,穂高小屋の看板の前で、

誇らしそうな顔で,カメラに収まった。

看板だけは,以前のを使っているらしい。

風雪に耐えた,一枚板に堂々とした書体の,立派なものだ。

さてあと一時間で頂上だ。

今までは,思ったより,怖いところは,少なかった。

ここからが,正念場だ。

途中のいわばで,年配の夫婦の,奥さんのほうが,怖がって,進みかねている。

ご主人のほうが,声をかけたり,励ましたりしている。

こういうところは,必死でしがみついているので,案外落ちない。

むしろ,ちょっと気を抜いたようなときが,かえって危ないらしい。

立てるぐらいの場所が,ある所に出たので,休憩する。

振り返ると,正面に笠ヶ岳が,良く見える。

標高2897.5M。笠を伏せたように,山すそを、大きく張り出した,堂々たる姿だ。

夏に,ふもとで,キャンプしたときは,近すぎて,全貌が,良く見えなかった。







   

  

岩場を,回りこんで,さらに進むと,眼下に、巨大な岩盤が,そそり立っているのが、

見えるところに出た。ジャンダルムだ。黒っぽい岩肌は,縦横に,規則正しく亀裂が,

走っている。周囲が,風化で削り取られて,高さ,数百Mは、ありそうな、平らな岩だけが,

残され,屏風のように,垂直に立っている。奇観としか言いようがない。







頂上に着いた。

小屋から,1時間たっている。

雲ひとつなく、360度の大パノラマだ。見えるもので,人が,作ったものは,何もない。

太古の昔,神々が,国を創った頃のままの景色だ。標高3190Mの,大展望台だ。

少し,広くなった,所が,あるので,腰を下ろした。

ネパール人らしい人たちが,3人,横で,弁当を食べているので,懐かしくなって,声をかけてみた。

やはりそうだった。富士を指差して、「フジサン?」と聞くので,そうだと,教えてあげた。

小屋で,働いているのだ。もうすぐ国へ帰るという。今年は,もうこれで,山のシーズンも終わるの

だ。ネパールに比べたら,これぐらいは,丘に見えるのかもしれないな,と思った。何しろ,あちら

では,日本で山を眺めるときより,目線の角度を,45度上にあげたぐらいのところに,稜線が,見

えるのだから。

チキンラーメンを作って食べる。そのあと,ナシをむいて食べた。冷たくて,甘い。

槍ヶ岳を,スケッチして,下山する事にした。

途中,来るとき見かけた,おじいさんが,「もう,ここで良いよ,十分だ。」といいながら,登って

くる。「もうこわいところは、全部過ぎましたよ。」というと,「あんな、所を、おりるのは、嫌だ

、ヘリをチャーターしてくれ、50万で、手を打とう」などといっている。「ハイハイ、あなたは、

お金が、ありますよ。」と、これは、心の中で思う。」

登るときには、こんなところをまた降りなければならない。と心配になったが、帰りは、案外

平気だ。怖いのにも、なれてしまった。







 

足場が、危ういときは、両手をついて、足だけに、体重が、かからないようにした。

格好など気にしていられない。頼れるのは、自分だけだ。

尊敬する、ラ・ロシュフーコー公爵も言っている。

「われわれは、皆、他人の不幸には、十分耐えられるだけの強さを持っている。」

小屋まで引き返して、休憩したら、疲れが、どっと出た。

頂上まで、行かずに、穂高小屋で引き返す人も多かった。

イヤリングをした女の子も、虚弱体質といっていた奥さんも、・・・・。

私は、この人たちより、体力は、恐らく、劣っているだろう。

だが、私は、頂上まで、登ってみたいから来たのだ。

ラ・ロシュフーコー公爵は、言っている。

「われわれの持っている力は、意志よりも大きい。だから,事を不可能だと決めこむのは,往々にし

て,自分自身に対する,言い逃れなのだ。」

だが,頭が,痛くなってきた。

疲労と緊張と高度のせいもあるだろう。

しかし,登ったものは,降りなければ,どうしようもないので,疲れた足を,引きずって降りていく

。疲労の極に達して,吐き気がしてきた。歩いても歩いても,テントは,近くならない。









10

山の日暮れは、早い。

4時だというのに、薄暗くなって、寒くなってきた。

ようやく、4時ちょっと過ぎに、テントにたどり着いて、ついに、吐いてしまった。

すぐに、寝袋で休んだが、全身ガタガタ震えが来て、止まらない。

1時間ほどして、ようやくおさまった。

落ち着いてきたら、こんどは、猛烈に、お腹が、すいてきた。

夜中に、バナナと、クラッカーを食べた。

翌朝、起きてみると、体調は、すっかり、良くなっていた。

睡眠さえ、ちゃんと取れば、大丈夫なのだ。

いつでも、どこでもすぐに寝られるようでないと、プロとしては、失格だ。

山登りの達人の域には、まだまだだ。



  

11

朝食は,ハインツのミネストローネスープと,私が,夕べ食べ損ねた,カレーだ。

夫が,テントをたたんでいる間に,2枚ほどスケッチをして,いよいよ穂高とも,お別れだ。

ここもいよいよ,シーズンオフとなるらしく,昨日のネパールの人たちが,

日本の人たちと一緒になって,売店の建物を解体している。


来たときいっぱいだった,テントもまばらになってさびしい景色だ

帰りは,パノラマコースを通って,帰ろうとしていたのだが

コース入り口の,看板を見ると,地図には,横尾まで4時間となっていたのが,5時間、

しかも“悪路・初心者は,不向き”となって。いる。

夫は,私の体力を信用して,いないのだ。

迷っていると,後ろで,

「私たちも行きますから,大丈夫ですよ。」と,声をかけられた。

年配の,ご夫婦だ。

違う景色を見たいし,せっかくなのでこちらにする。

歩き出すと,なるほど悪路だ。道が,あまり整備されていない。

しかし,眺めは,やはりいい。

振り返ると,かれ沢が,一望のもとに見渡せる。

先を急ぐのだが,3分だけ,と時間を貰って,

急いでクロッキーでスケッチをする。

色も塗りたいが,そうもしていられない。

涸沢ともお別れだ。

屏風のコルという峠に来て,10分の休憩を取る間に,今度は,色もつけてスケッチをする。

遠くの山裾に,白い靄が,かかって,その上に,富士山が,くっきり姿を見せている。

カラマツ,ブナの黄,モミジの紅葉が、見える。

はるか下方に,梓川の白い川原が,見え,水が,青く光っている。

「ほらね,向うの道を行ったら,この景色が,見えなかったんだよ。」と私。

われながら、いい気なものだ。


  




12

帰りは,食料を,ほとんど食べてしまった分,荷物も少ないし,筋肉痛もほとんどない。

機嫌良く歩いていると,子供の声が,聞こえる。変だなと思って,近づいていくと,

ホッホッホッと,大きな鳥の鳴き声のように聞こえる。

まわりに目を凝らすと,サルだった。

立ち木に上って,顔だけ幹の後ろにかくして,ないている。

道の反対側をみると、小ザルを抱えた,母ザルが,木の上で、

これは、黙ってじっとこちらを見ている。

先のサルは,この親子をかばって,注意をひきつけようと,鳴いているらしい。

感心なものだ。

母ザルの目が,「早くいっちゃってください。」といっているように見えたので,

早々に立ち去る。

そのあたりの木の上には,さらに,3〜4匹のサルがいた。

しばらく歩いていくと、雀くらいの大きさで,頭と羽の黒っぽい鳥が,いた。

枯れ草のあいだを飛びながら,ジッジッジッと鳴きつづけていて,離れない。

これもそこらに巣があるようだ。


名前は,知らないが,北沢峠でも,見かけた鳥だ。

雀の鳴き声に,似ているが,もう少し濁っている。







13

1時間ほど歩くと,もうおなかが,すいてきたので、沢に出たところで,休憩した。

平らな石に,腰をかけて,みかんを食べた。天然の冷蔵庫のおかげで,良く冷えている。

遠くに目をやると,青みがかった,紫の山々が,連なり、こちらに近づくにしたがって,

緑が,濃くなってくる。

所々に,モミジの赤と,カラマツの黄色が,混ざっている。

ここらあたりは,ブナの林の中で、白い幹に、葉が、黄色く色づいている。

木の葉の間から,薄日が,差し込んでいる。

あたりは,静まり返って,物音一つしない。

こんな景色と,空気の中で,食べると,また格別の味がする。





14

梓川につくと,ハイキングをする人たちが,多くなってくる。

上高地に近づくにつれて,人が,どんどん増えてくる。

今日は,月曜日だというのに,観光客でいっぱいだ。

その人たちに混ざって,明神池めぐりを,しながら,結局7時間かかって,

2時過ぎに,上高地についた。

大正池まで歩いてきて,振り返ると,正面に,奥穂高が,見える。

知らない人たちが,山をバックに写真をとっている。

「私達,昨日あの上に,いたんですよ。」と自慢したいような気分を味わいながら帰路についた。