ネパール

似顔絵を書こうとすると、直立不動で誇らしげにポーズしてくれました。
描き上げて名前を書きいれようとすると、
周りを取り巻いて固唾を飲んで見守っていたほかの子達が、「ビシュヌ、」「ビシュヌ、」と口々に教えてくれました。
ということで、この少女の名前は、ビシュヌです。
どうですか?とても凛としていると思いませんか。
鼻にピアスをしています。
ボールペンを出したりすると、子供たちが「頂戴」「頂戴」と言って寄ってきます。
ボールペン一本でもとても貴重で、売れば、ある程度の食料になるようでした。
が、このこはそういう輪の中には入ってこないで、離れてみていました。
貧しくともヒンドゥー教の教えをきちんと守り、誇り高く生きていくように、きちんとしつけられた家の子のようでした。
ぼんやりだらだら過ごしている日本のおばさんはちょっと恥ずかしくなりました。
ポカラの小学校で。


同じく、ポカラのサランコットの丘の中腹の小学校。
横に立っているのはおじいさん先生で、鞭を片手に、とてもきびしい先生のようでした。
ネパールの子供たちはとてもきびしくお行儀よくしつけられているようでした。ネパールは確か以前はイギリスの植民地だったのでしたか。
混血がすすんで、中国系の顔立ちや、インドらしい顔、金髪の子も混じっていました。



サランコットの丘で、ヒマラヤの山をバックに。
中央に聳え立っているのは、マチャプチャレ(魚のしっぽ)山で、人類未踏峰の山です。
ネパールでは、6000M級の山は低い山といわれているそうです。
未踏峰の山は無数にあるようでした。




ビラトナガルの、孤児院の子供たちです。
この日は、私たちが訪れたのをうけて、盛大な歓迎会を開いていただきました。
この子達の出し物はインドネシアの歌と踊りで、その衣装を着てメーキャップをしています。
手のひらを真っ赤に塗った子たちがいたのは、なぜかわかりませんでしたが、その子たちはお猿さんの扮装のようでした。



ビラトナガルの、孤児院の門を出たところで、山から降りてきた?行者さんたちが通りかかりました。
とても痩せていて、身なりはとても豊かとはいかない様子でしたが、なんともいえない風格がありました。
このあと、わらを山のように載せた荷車を、水牛に引かせたのが通りました。なんだか懐かしい光景でした。
その荷車を見送ったら、ふいに、ああ、遠い異国に来たんだなあという感慨が沸いてきたのを思い出します。



山の小学校で。
サランコットとは少し離れたところで、またこれは別の学校です。



カトマンズのホテルに回ってきた大道芸人の、少女。
確かまだ14歳と言っていましたが、すでに結婚しているということでした。
横にいるのがご主人と言うわけではないそうです。
とてもきれいな声で歌っていました。
私たちは庭で飲食をしながらそれを聞いていました。
プログラムが終わったところで、ボーイさんが、少女に、食べ物がいっぱい残っているお皿を
そっとわたしてあげていました。
私たちがわいわい騒いで飲み食いしている間中、少女はお腹をすかせて、歌を歌い踊っていたというわけでした。
知らないということはほんとに恥ずかしいことなんだなあ・・・。



     


1997.11.4