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イワナ 大学3 :先輩の案内で、のり君の車で初めてイワナ釣りに連れていってもらいました。岐阜県の石徹白川です。当時は川からあふれるくらいイワナがいました。何の知識もない私の竿にでも、20匹程のイワナちゃんが掛かってくれました。でもこのころはまだ本格的に釣りには熱中せず、麻雀が命の毎日を送っていました。今から思えば、勉強しておけばよかったと悔やまれます。なお、麻雀から足を洗った今、コンピュータのゲームで私がやっているのは麻雀ゲームだけです。これより面白いゲームは考えられません。
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流される 1988夏 :ジムニーカップ馬瀬川決勝大会の三日前、今は故人となった那珂川のドン諏合正一名人と、増水の益田川で一緒に釣っていた時のことです。当時の私は、今の激流スタイルとは正反対で、流れに全く弱かったのですが、諏合名人が流れを切って平気で対岸に渡っていったので、私も渡らざるをえなくなりました。途中で後悔したんですが、もう後戻りできず、結局は流されてしまいました。今は水が細くなってしまった益田川も、当時は結構な流れだったんですよ。こんな経験は初めてだったので、過去に読んだ『人間はあわてると手がグーになる。死んだ釣り人は竿を握りしめている』というニュースが頭を駆けめぐり、ここまで勝ち抜いてきた大切な竿を離してしまいました。増水の時は足が流れの心へ引っ張られます。やっとの思いで岸に泳ぎ着きましたが、その時にはもう力が残っていませんでした。翌日、水中めがねで潜って必死に探しましたが、竿は見つかりません。 |
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大島さん 1999年 :中部らりんの若手、大島和彦氏は、人もうらやむおしどり夫妻です。9月のクラブの例会には美しい奥様も参加して手伝ってくれました。先日、その奥様から何ともうらやましい限りのほのぼのメールが届きました。「今日も、主人は川へ出かけました。とても、楽しそうに出かけて行く主人を見るのが大好きです」。早速「それ見ろ。こんなに理解のある奥さんもいるんだぞ」とばかりに妻に見せました。妻いわく「大島さんが釣りに行くのは土日だけでしょ」。やはり人間、度が過ぎると妻の愛情も薄らぐのでしょうか。 九頭竜 1999夏 :九頭竜川では1998〜99の冬に、途中にある鳴鹿(なるか)の堰堤を作り直して、魚道を整備しました。そのおかげで前年まで全く数が釣れなかった堰堤の上流で、良型鮎がかなり釣れるようになりました。そもそも堰堤ができる前は200匹も夢ではなかった川なんですよ。その九頭竜川の荒瀬に立ち込んで良型鮎と勝負する快感は、もう筆舌には尽くせません。竿も服装も仕掛けも取り込みも、すべて九頭竜式に変えました。この胸のときめきは何なんでしょう。大昔に妻に惚れた時以来です。 |