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始まりの予感の台詞  「自惚れちゃうよ」

 縁結びの神さまとやらがいるのなら、そいつはきっと、とんでもなく悪戯好きに違いない。


 ヤツとの関係を簡潔に説明するなら、「くされ縁」という言葉が一番しっくりくる。
 同じ町内に住んでいたから、幼稚園こそ違ったが、小学校からのつきあいで、どうしてかクラスもずっと一緒だった。
 現在高校二年、春になれば三年だが、ヤツとは高校も同じで、それこそなんでなのか、またしても同じクラスになった。
 俺の苗字が「相川」で、ヤツの苗字は「阿坂」。
「あ」始まりのせいか、いつも「セット」扱いだ。
 さらに付け加えるなら、俺の名は「青樹」。アイカワ・アオキがフルネームだ。そしてヤツの名は「明栄」。なんと読むのか分かりにくいが、アカエという。アサカ・アカエがヤツのフルネームだ。
 つまり、だ。アオとアカということで、またしても「セット」扱いをされる始末だ。
 学級編成はいったいどんな風に決めているんだ、まったく?
 偶然というには、あまりにもしつこい。故意としか思えない。公正さに欠いている。
「不服そうだな。また同じクラスになったのが、そんなにイヤなのか?」
 と、ヤツは鼻先で笑った後に、そう言ってくる。不満があるなら言ってみろと挑発している風だが、俺にそんな度胸はない。
 ヤツと俺が「セット」扱いされる理由は、もう一つある。これもこじつけだ。
 俺は文系、ヤツは体育会系だ。運動神経のいいヤツは、所属している部活は剣道部だが、掛け持ちで他の部にも顔を出していた。
 俺にしても、体を動かすのは嫌いじゃないが、ヤツと比べたらその運動量と経験値はかなり低い。部活も、暇そうだからという理由で天文部を選んだくらいだ。
 そういう点で俺とヤツは対照的で、それゆえに「セット」扱いだ。
 俺は天文部員だったが、「帰宅部員」でもある。というか、そっちの部活動に励むことの方が多い。
 ヤツはというと、体を動かす系の「運動」ならなんでもこなした。護身術として、空手や合気道、少林寺拳法も習っていたらしい。
 学校の正規のクラブになるようなものなら、一度は体験したというから、その好奇心には脱帽だ。
 だが新体操の経験もあると告白された時は、さすがに大笑いした。その後、げんこつをくらったのは言うまでもないが。
 なんでよりによって新体操だよ、と二度目のげんこつを覚悟して訊いてみたところによると、あのリボンとか縄とかを使ってみたかったという、実にふざけた動機を聞かされた。
「あれは存外難しいぞ? 青樹もやってみたらどうだ?」
 と誘われたが、断ったのは言うまでもない。
 ちなみにヤツは、成績もそれなりにいい。中の上というレベルを常に保っている。
「ほんとにおまえは何でもこなすよな。文武両道で、たいしたもんだ」
 時には皮肉っぽく、時には素直に感心して、俺はヤツを賞賛する。
 するとヤツは余裕綽々、笑って応える。
「おまえにそう言われると、自惚れちゃうね」
 ヤツが、俺の褒め言葉を受けて返す言葉は、必ずそれだった。
 だが実際に「自惚れ」ているのかといえば、そうではないように見える。
 ヤツ流の「謙遜」かもしれなかったし、もしかしたら照れ隠しなのかもしれない。


 一見分かりやすいようで、その実懐を明かさない。
 長年のつきあいの俺ですら、ヤツを掴みきることはできずにいる。
 それが時折、口惜しくもなるのだ。


「いいコンビだよ、おまえたちは」
 皆はからかいまじりに、言う。
 褒め言葉に聞こえないのは、俺がひねくれているからなのか?
 ヤツも、複雑そうに笑っていた。まんざらでもないといった顔にも見えるが、どこか苦味をおびているようだった。
 時々、ヤツはそんな顔をして、俺を見る。


 外見上で言うなら、俺のほうが背は高い。五センチ以上は高い。だがヤツが小柄というわけではない。
「背ばっかひょろひょろ伸びて! ちょっとは鍛えた方がいいぞ、青樹は」
 中学の頃、ヤツは腕相撲に圧勝した後に愉快そうに笑い、そう言った。
 一見細くて、薄っぺらい体つきをしているくせに、いったいどこに鍛えた筋肉を隠しているのやら、摩訶不思議だった。
「おまえに勝とうなんて、思わねーよ」
 俺は言い返した。負け惜しみも少しは入っていたが、本心だった。
 それは腕力だけのことではない。
 俺はたぶん、ヤツの後ろについていくんだろう、これからも。そう思っていた。
 ヤツは、「さ、行くぞ? ちゃんとついて来てるか」と振り返り、俺がいることを確かめる。
 それもまあ、悪くはないか。
 俺は暢気に構え、今ある日常がいつまでも続くことを信じていた。


 ヤツは頼まれるとイヤといえない、典型的なお人好しだった。積極的で、能動的。そして少々抜けたところもあるという、まさに版で押したような性格だ。
 で、俺はそのヤツの抜けた部分の穴埋めをしてやるわけだ。
 皆は失笑まじりに俺を「ナイス・サポートくん」と呼びやがる。
 好きでやってるんじゃねーと言いたいが、長い付き合いのせいで、すっかりサポートが癖になっている。己の因果な性格が、たまに情けなくなる。
「青樹がいてくれて、本当に助かる」
 唐突に、ヤツは殊勝なことを口にした。
 なるほど、感謝はしているらしい。
「・・・感謝の気持ちには、品物添えて、だぞ?」
 俺は軽口を返した。
「せちがらいな、青樹。親切に見返りを求めるとは」
「へえ? 親切だとか思ってくれてんだ、明栄? こりゃ意外」
「・・・・・・墓碑に刻む言葉は、何がいい? 無いなら、過ぎた口は災いの元とでも刻んでおいてやろうか」
 そんなことを言いつつも、ヤツが俺に本気で殴りかかってきたことはない。せいぜい軽く小突くぐらいだが、実はそれでもけっこう痛い。手加減しているのはわかるが、「暴力反対」と訴えたいね。
「まあ、いい。今日の委員会では、助かった。・・・から、奢ってやる」
 今日の、というかいつもなんですけどね、明栄サンよ?
 ほとんど必然的に、ヤツはクラス委員で、俺は副委員を務めている。
 今日は定例の委員会があったわけだが、それこそ「定例」ともいえそうな一悶着が起こりそうになったのだ。 委員会での話がまとまらず、雑然としてくるやいなや、机をひっくり返しそうな勢いで立ち上がり、まくしたて、はては生徒会長のお株を奪おうとまでする。
 明栄がキレやすい性格だというわけではなく、まとまりがないうえ、無気力な他のクラス委員達や生徒会役員のせいなのだが、へたをすると明栄が「悪者」になってしまう。
 損な性格なのだ、明栄は。だからせめて、驕りたかぶった暴君だというような誤解は、与えたくない。
 しかしだな、と、つい余計なこととわかっていても明栄に説教をたれてしまう俺だ。
「かったりーと思ってるやつらの気持ちは、俺も少しは解かる。誰もが明栄みたいに行動できるわけじゃない。それは、おまえも解かってるだろ? イライラするだろうが、ちょっとは堪えて、別のやり方で変えていくんだな」
 若年寄みたいなことを言う、俺だ。
 明栄と長年付き合ってきた「弊害」みたいなもんだ。口うるさい説教好きのじーさんみたいだな、と明栄にからかわれたことがある。
 誰のせいだと思ってんだ、まったく。
 その日俺は遠慮なんか当然せず、帰り道のコンビニで冬の枕詞ともいえる肉まんを奢ってもらった。
 明栄と並んで下校した日は大抵ここで別れるのだが、ふいに、ヤツは俺を引き止めた。
「・・・・・・あのさ、青樹」
 ヤツは、俺を呼んだものの先を続けられず、困惑しているようだった。
 伸びすぎた前髪が、瞳を隠している。
 俺と目を合わせようとせず、俯きかげんのままだ。
「・・・いい。なんでもない。悪かった。じゃ、また」
 そして、ヤツは駆け出した。
 おい、と呼び止めた俺の声など、まったく無視して。
 俺は少々不審に思ったが、追いかけるほどの気概は持ち合わせていなかった。
 肉まんを包んでいた紙をゴミ箱に放り捨て、踵を返した。
「・・・ヘンなヤツだな」
 呟き、俺は一度だけ肩越しに振り向いてみたが、そこに明栄の姿はなく、地面に落ちた枯れ葉が、空しく風に吹かれているだけだった。


 俺とヤツとの間には、よく衝動的な出来事が起こる。
 喧嘩、というか口論がそれだ。
 喧嘩の原因はいつも些細なことで、くだらないことの部類に入るだろう。
 口論になると、勝敗の軍配は俺に上がる。たとえ俺が屁理屈ばかりを並び立てていたとしても、ヤツは口では俺に勝てない。
 ヤツは負け犬の遠吠えよろしく、
「覚えてろ」「わかった、もうおまえの好きにすればいいだろう」「勝手にしろ!」などと、お決まりの台詞を吐き捨てて、去ってゆく。こういう時、ヤツは自分に非があると気づいていることが多く、だが意地と虚勢をはって、逃げてしまうのだ。
 そして、謝ってくるのは八割方ヤツからだ。潔いヤツの性格ゆえに、いつまでもしこりが残るようなことはなかった。
 だから、今日の口喧嘩も、いつものことくらいに思っていた。
 今のこのひと時は気まずくとも、言いたいことを言ってしまえばいい。
 それで壊れるような、やわなつきあいじゃないはずだ。
 だが、その日、ヤツは捨て台詞の一つも吐かず、沈黙を抱え込んでしまった。
 口の両端をきつく閉め、俯いている。握られたこぶしは俺に向かってあげられることはなく、俺とヤツとの間に、冷えた空気が重くのしかかってきた。
「お、おい、なんだよ、何か言えよ」
 さっきまで怒りに任せて屁理屈をこねていた俺は、いきなり落ちてきた沈黙にとまどった。
 くだらない捨て台詞だろうが、負け惜しみの罵声だろうが、なんでもいい。
 何か言えよ、明栄!
「・・・・・・・・・」
 だが、ヤツはついに口を開かなかった。
「―・・・っ」
 断ち切るようにして身を翻し、走り出した。
 途方に暮れ、茫然と立ち尽くす俺を置き去りにして。


 途方に暮れた。落ち着かなかった。
 翌日、ヤツはこともあろうに欠席したのだ。
 無断欠席ではなかったが、病欠とは思えない。
 訊こうと、何度も思った。担任教諭なら、知っているだろう。
 だが、どうしてか、できなかった。
 クラスのやつらから、「なー、相棒はどうしたよ?」と訊かれたのが、癪にさわった。
 くだらない意地だとわかっていた。
 それに、明日になればヤツは出てくるだろう。そう思って、余裕ぶっていた。

 今まで、ずっとそうだった。
 だから、これからもそうだと思っていた。

 だが、初めて落ちた俺と明栄との間の沈黙は、今までにない「何か」をもたらすものだった。

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(C) るうあ「真夜中の箱庭」

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