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Happy days  「誰か教えて」

 不測の事態は、あたしのことなんてお構いなしに、どんどん進んでる。
「なにこれ? なんでよ、いったい、どうなってんの?」
 自問したところで、その問いすら明確じゃない。あたしは、あたし自身のことのはずなのに、身に起きた事態をまだ納得できず、疑って、戸惑ってる。
 置き去りにされたような心持になってる自分が情けなくて、苛立ちすら覚えている。
 不愉快ではないけれど、もどかしくてたまらない。
 不安顔を不機嫌顔にすりかえ、萎えそうな気持ちをごまかして、あたしはつれない言葉ばかりを発していた。
 だけど、「不測の事態」を起した彼は、余裕綽々笑ってる。
 あたしの気持ちを見透かしているに違いない彼は、二の足を踏んでいるあたしに、強引なその手を差し伸べてくるのだ。
「早く僕のところへおいでよ」、と。

 その手を素直に取れるほど、あたしは可愛い女じゃない。

* * *

 昼休み、ジュースを買いにちょっと席をはずしていたものの数分の間に、あたしの席と隣の席はくっつけられてて、しかも人数が増えていた。
「おかえり。待ってたよ」
 にっこりと、人懐っこく笑ってあたしのために椅子をひいてくれたのは、同じクラスで隣席の上條くん。
 上條くんが、そこにいるのはまぁ・・・分かる。いや、なんで席がくっつけられてて、一緒に昼食をとる体勢になっているのかはちっともわからないけど。
 だけど、あとの二人が、いつの間に湧いて出たのかが、分からない。
「あ、おかえり、ミカリ。待ってたよ。はやくご飯食べよ?」
「よ、邪魔すんぜ、三上さん」
 あたしのことを『ミカリ』という呼ぶ彼女は長年の友人だけど、クラスは違う。その長年の友人真希の横に座ってる、ちょっと強面で鋭い目つきをした男の子は、真希の彼氏の西尾宗吾くん。西尾くんは、あたしとも真希とも、違うクラスだ。
「ちょっと真希」
「ほぉら、ちゃっちゃと食べよ? 食べつつ、決めなきゃ」
 真希は、あたしのしかめっ面など真っ向無視だ。
 真希はサンドイッチをはむっと咥える。まるっこい顔が、さらに丸くなっている。
「決めるって、何をよ?」
 こうなっては何を言っても無駄だ。時間の無駄。あたしはわりきって、ため息つきつつ、席について弁当を取り出した。
「あぁ、日曜のことだよ。なぁ、双海?」
「うん」
 上條くんと西尾くんは知り合い同士だということは、知っていた。けど、顔見知り以上友達未満程度の間柄だと思ってた。
 けど、今ここにいる二人は、昔っからの友達同士みたいに見える。
 ・・・上條くんってほんと、誰にでも懐かれる男の子だ。きっと、ちょっと話しただけで、旧知の友のような関係をすぐに作れちゃうんだろう。人見知りしないし、気安くてとっつきやすい上條くんならではだと思う。
 あたしは買ってきた野菜ジュースの紙パックに、ぶすっとストローをさした。顔もぶすっとしたままで。
「何、日曜って?」
「うん、何時にしよう、ミカリ?」
 真希は、あたしの質問の先の先の答を返してきた。
「あんま早く行ったってしょーがねーだろ? ゆっくり行こうぜ?」
「そーちゃん、朝、激弱だもんね」
「人のこと言えねーだろ、真希はよ」
「低気圧なんですぅ」
「それ言うなら低血圧だろ。寒いギャグですか、それもしかして」
「そーちゃんってさ、いっつもそうやって揚げ足ばっかとって。感じ悪っ」
「とか言って、無視すると文句言うくせに」
 相変わらず仲のいい、典型的なバカップルだなぁ・・・なんて、和んでる場合じゃないのに。
 あたしの横で、上條くんはにこにこ笑って真希と西尾くんのやりとりを見ている。たぶん、あたしと同じようなことを思ってるんだろう。愉しそうに笑ってる。
 上條くんは、タイミングを見計らって、二人の会話に入っていった。
「池谷さんと宗吾って、似た者同士だよね。おもしろいなぁ」
「いや俺、笑いを提供しに来たんじゃないけど」
「そーだよ。笑うなんてヒドくない?」
「ごめん。けどこれ、やっかみだから」
 上條くんは悪戯っぽく笑い、それを受けて真希と西尾くんは目を瞬かせて顔を見合わせた。
「あ、そっかぁ」
 真希は相槌をうって、それからちらりとあたしに視線を流した。
「きっちり協力するから、任せといて、上條くん!」
「うん、ありがと」
 この会話に、あたし一人だけが入れないでいる。
 真希は、食事をしながらでも会話を途切れさせないおしゃべりの達人だし、西尾くんはツッコむべきところは箸を休めてでもツッコむ律儀なツッコミ体質だし、上條くんはというと・・・・・・
「あのね、沙耶」
 何気なく、こともなげに、さらりと、あたしの名を呼ぶのだ。にっこりと、可愛らしいことこの上ない笑顔を向けて。
 箸を握ってた力が抜け、人参が白米の上にぽたりと落ちた。
「日曜なんだけど、九時にしようか、待ち合わせ」
「・・・は?」
 箸を握った手が、そのままで止まっている。あたしの思考も、一瞬、停止した。
「駅前のコンビニで待ち合わせようかって、さっき、池谷さんと決めたんだけど」
「や、ちょっと待って、上條くんっ」
 沙耶、と、真希と西尾くんを前にしてさらりと口にした上條くんにもほとほと参るけど、その前に、あたしそっちのけで話を進めないでほしいんだけどっ!
 真希は一瞬、あたしをからかいたそうに目を細めたけど、話の腰を折らなかった。
「じゃぁ、九時で決定ね」
 真希が言い、西尾くんは了解と頷いた。
「や、だからねっ!」
 まったくもって話が見えないんですけど! と、あたしは声高に訴えた。
 上條くんは、にこにこ笑ったままあたしを見つめている。
「日曜日、約束したでしょ?」
「約束?」
 あたしの怪訝な声も、上條くんを動揺させるには至らない。にくったらしいほどに、上條くんの可愛らしい笑顔は崩れない。
「日曜日空いてるよね?」
「・・・・・・」
 言いたいことがたくさんありすぎて思わず声が詰まる。ついでに頭の中も煮詰まってる。
 空いてるとか空いてないとか以前に、「いったい何のこと」と問いたいんだけど!
「あのね、ミカリ。日曜日、水族館いこってことになったの。上條くんにね、ミカリを誘うのはいいけど、初っ端から二人っきりでデートってのは、ミカリひいちゃうよって」
「は?」
「うん、だからね。あたしとそーちゃんも一緒なら誘いやすいし、ミカリだってちょっとは気が楽でしょ?」
「ということで俺も呼ばれたわけ。協力的な友人がいて良かったなぁ、双海」
 西尾くんはカラカラと明るく笑い、上條くんを頷かせた。
 だけどあたしは当然納得いかない。いかないっていうか、もう「なにそれ」と叫ばすにはいられない。
「ちょっ、待ってよ! でっ、デートって、そんな話、あたし全然聞いてないし!」
「今聞いたんだから問題ないじゃん」
 あたしの詰問を、真希はこともなげに流す。西尾くんも同じ調子で、「照れない照れない」とからかってくる。
 もぉっ、他人事だと思ってこの二人はっ!!
「あのね、沙耶?」
 当事者であるだろう上條くんはというと、これまた他人事みたいな涼しい顔をしている。小首をかしげ、あたしの顔を覗き込んできた。
「沙耶の都合も訊かずに勝手に決めて、ごめん。けど、どうしても沙耶を誘いたくて」
「・・・っ」
 上條くんのつぶらな瞳が、あたしをまっすぐにとらえる。
 この時、瞬間湯沸かし器もびっくりなくらいの早さで、あたしの頭が沸騰した。ついでにいえば、心拍数も加速器をつけたごとくに、上がった。
「ものすごく迷惑だっていうのなら、・・・諦めるけど」
 上條くんは、わざとらしくしょんぼりしてみせる。
 計算だ、計算してそういう表情をしてみせているってことくらい、わかる! そのテに乗るもんか! と、頭のすみっこで思い、抵抗しようとするんだけど・・・。
「べっ、別に迷惑ってほどのことは・・・」
 口に出た言葉は、みっともないくらい憐れな声で、強がってるのは、上條くんだけじゃなく、真希にも西尾くんにも、バレッバレだったろう。
 ・・・恥ずかしいったらないよ、もうっ・・・。


 結局、あたしはまんまと計略にハマり、日曜のお出かけを了承したことになってしまった。
「じゃ、駅前のコンビニで。あ、それとも僕、沙耶の家へ迎えに行こうかな?」
「こっ、来なくていいよ! ちゃんと待ち合わせ場所に行くし!」
 上條くんは、あたしが逃亡するのすら、許さない。
 あたしから「ちゃんと行く」という言質までとって、したり顔で笑っている。

* * *

 この先、あたしはどうしたらいいんだろう・・・?
 不安と、不安に似た奇妙な気分が、心の中でぐるぐる回ってる。
 答えは、まだ見つからない。

 この先あたしはいったい・・・・・・どうしたいんだろう。
 だけど、「誰か教えて!」なんて、絶対口にしない。
 だってそんなことうっかりもらしたら、懇切丁寧に教えてくれるだろう。今、あたしの横に座ってる、つぶらな瞳の男の子は。それはもう、嬉々とした笑顔で。

- 了 -

 

お題配布:原生地
(C) るうあ「真夜中の箱庭」

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