幸せについて考えてみる
「幸せは案外、すぐ傍にあるものだよね」「目に見えないから、却下」
* * *
不幸の始まりは、一ヶ月前の席替えだ。
おっとりとした外見の彼が、隣の席になった。
女のあたしより色白で、肌のキメも細かく、つるつる、すべすべ。そばかす、しみ、ほくろ一つない白皙の彼は、男子校に通ってたら、アブナい目に遭っていたに違いないという、可愛さだ。
男としてというより、マスコット的に人気がある(らしい)彼は、隣席になったことをきっかけに、あたしに親しげに接してくるようになった。
あたしはつい、仏頂面を返してしまう。
彼のことが嫌いなんじゃない。一種の条件反射みたいなものだ。なんでなのか、自分でだって理由なんか分からない。
彼の天使みたいな笑顔が小面憎い。
彼より色黒だし、背だって高いし、やりあったことはないけど、腕相撲したら勝つ自信もある。顔も声も、態度も普段の格好も、おおよそ女の子らしくないから、もしかしたら彼に対するわけのわからないモヤモヤは、「やっかみ」ってやつなんだろうと、自己分析はしてみたのだけど。
はたして、それは正解なんだろうか?
その、女の子みたいに「可愛らしい」容姿の彼が、昼の休み時間、何気ない口調であたしに尋ねてきた。
「ねぇ、三上さん。幸せってどういうものだと思う?」
「はぁ?」
頬杖をついて文庫本を読んでいたあたしは、手の上から顎を落とし、目を丸くして隣席の彼を見やった。
「い、いきなり何よ?」
唐突にそんなことを訊かれて、即座に返答できるはずもない。だいたい質問の意図が分からない。
隣席の彼、上條くんはのほほんと微笑んでいる。
「・・・ちょっと、ねぇ、上條くん? もしかして、どこぞの宗教にでもハマったの?」
あたしがそう訊き返したのは、至極当然のことだと思う。
上條くんは機嫌を損ねた風でもなく、「そんなことないよ」と小首を傾げて応えた。
あたしは怪訝そうに上條くんを見、わざとらしく大きなため息をついた。
「そうじゃないならいいけど、普通そんなこと訊かないよ?」
「ふと、思ったから」
「あ、そ」
がっくり肩を落として、あたしは改めて上條くんを見た。
二重瞼で、黒目がちの大きくてつぶらな目は、窓から差し込む秋の木漏れ日を受けて、キラキラしてる・・・ような気がする。
大きなクマのぬいぐるみを思いだす。子供の頃欲しくて欲しくてたまらなかった、あのふさふさした茶色のテディ・ベア。
首に赤色のリボンをまいて、「だっこして」って言ってるみたいな目をして、あたしのこと見つめてた。欲しくて、でも手には入らなかった、あのテディ・ベア。
「幸せってなんだろうって、ふと、思ったりしない?」
「ふと思ったり、しない」
即答してやった。
これでこりるかと思いきや、上條くんはめげる様子もない。温和な微笑を崩さず、あたしを見つめ続けている。何やら居心地のよさそうな顔をしてる。
「幸せは案外、すぐ傍にあるものだよね?」
あたしは目を細め、またため息をつく。
「目に見えないから、却下」
短く答えてから、断ち切るように、上條くんから視線をはずした。
「目に見える場合もあると思うよ?」
「そーですか」
横っ面に、上條くんの視線を感じる。チクチクというより、柔らかなその視線。
首筋が、ぞわっとする。
妙に気恥ずかしくなり、視線を上條くんに戻せない。
一ヶ月前に席替えして、上條くんがあたしの隣の席になった時と、同じ感覚だ。
落ち着かない。気が休まらない。おちおち居眠りもできやしない。
隣に上條くんが居るかと思うと。
せっかく、後方で窓に近い席だというのに。授業中に居眠りできない緊張感をつねに横に感じてなきゃならないなんて、・・・不幸だ。
まったくもって、不幸だと思う。
身の不幸を嘆くあたしの心情を知っているのか知らないのか、上條くんは朗らかな口調で、さらりと告げた。
「だって今僕は、間近に幸せを見てるよ?」
「そーですか。・・・って、・・・・・・は?」
素っ頓狂な声とともに、あたしは上條くんの方に向き直った。
上條くんは、にっこりと、満面の笑みを浮かべている。
「三上さんが、僕の幸せの源。目に見える幸せなんだよ?」
「はぁっ?」
「三上さんの隣の席になれて、ラッキーって思ってるし。これも幸せってことだよね?」
「・・・っ」
もはや声も出ませんが!
「僕の幸せは、却下ですか?」
あたしの幸と不幸の始まりは、上條くんと出逢った時にもう、始まっていたのかもしれない。
即座に「却下」と答えられなかったあたしの茹だった顔を見て、上條くんは満足げに笑っている。
- 了 -