ずっとずっと、好き。 scene.2



 午後になってから、リアネイラは気分を変えるため、屋敷を出た。
 出先は屋敷の庭園だが、そこはリアネイラにとって憩える数少ない場所だった。
 リアネイラは腰に剣をさし、片手にウードという有棹撥弦楽器を持ち、一人、庭園のあずまやへ向かった。
 そのいでたちを見て、キィノは「旅芸人か、吟遊詩人みたいだね」と笑う。
 実際、亡き母は旅の楽団の一員だった。
 宮廷に招かれるような高尚な楽団ではない。国中を流浪し、時には街角で、時には芝居小屋で、時には酒場で興行をうっていた。
 母は優れた歌い手だった。歌姫とまで称された母は、その美声ゆえに国王の目と、そして耳にも止まった。
 貴族ですらない、旅の楽団員、しかも孤児である歌姫を国王はこよなく愛し、宮中に迎え入れた。むろん、周囲からの反応は冷ややかなものだった。
 国王には数多くの側室がいたが、彼女ほど身分の低いものはいなかった。その女の産んだ子供を、よもや認知するとは。
 母は心労がたたって、病に倒れたのだ。
 二親もなく、身分も卑しい自分を愛しんでくれた国王を、最期の最期まで愛して、そして逝った。
「いろいろあったけど、わたしらしい、手ごたえのある人生だったわ」
 陽気で気丈な母は、ただの一言も泣き言を言わず、病にありながらも笑っていた。心より、身体の方が国王の寵愛を受けているという立場に、結局は耐えきれなかったというのに。
「わたしはわたしの望むままに生きて、幸せだったわ。あなたもあなたの望むように生きて、そして幸せになるのよ」
 それが母の遺言だった。そして、歌とウードが、母の形見となった。

 弦楽器であるウードは、棹をもち、弦の数は八本。共鳴胴は背面が大きく膨らみ、前面には丸い共鳴孔がある。
 リアネイラのウードは大きさも小ぶりで、装飾も控えめだ。共鳴孔の透かし彫りは鳥を描いている。
 母から娘へ伝えられたウードは、変わらぬ音色を響かせる。
 リアネイラは、音の調整のため、軽く弦を弾く。ビィンと、乾いた音が鳴る。
 低い音は地に、そして高い音は空へ、響く。


   快き調べの 木々の子守唄
   芳しい花々を あなたのために
   どうかわたしを眠らせて
   あたたかな腕に抱かれ 花散る夢を 一夜だけ

   緑薫る風と 小鳥が歌うように
   囲い庭の片隅で あなたとともに
   どうかわたしを眠らせて
   愛しい手に包まれて 風ふる夢を 一夜だけ


 歌い終わってから、リアネイラは人の気配を感じて振り返った。だが、さほど驚きはしなかった。そこにいたのが、セオドアスだったことに。
「お耳汚し、だったかな?」
 リアネイラは照れくさそうに笑って、言う。
 リアネイラの歌を聴く機会はめったにないことだが、初めてではなかった。
 セオドアスには、朗々とした澄んだ歌声が母親に似ているかは、わからない。だがリアネイラの歌声は、たとえささやくようなものであってさえ、心に響く。
「いえ、良いものを聴かせていただきました。私こそ、お邪魔だったのでは?」
「・・・・・・」
 リアネイラは首を横に振る。顔は微笑を浮かべているが、憂いをおびていた。
「早かったんだね、戻るの。軍務棟に行ったって聞いたんだけど。用は済んだの?」
「はい」
「そっか」
 リアネイラはウードを掻き鳴らした。
 ・・・気分転換に、失敗した。
 リアネイラは気分を落ち着かせるために、よくこうしてウードを奏で、知っている歌を口ずさむ。大抵はそれで気を晴らせるのだが、今回はうまくいかなかった。
「姫?」
 大丈夫かと問えば、リアネイラは頷くだろう。それをわかっていたから、セオドアスは訊きかけて、その言葉を呑み込んだ。
 暫時、二人の間にある歩み寄れない距離に、沈黙が流れ落ちた。
「あのね、セオ。わたし、ずっと思ってたことがあるの」
 ふう、と息をついて、リアネイラは顔をあげ、話しだした。
「剣の鍛錬、どうして始めたのか、セオ、疑問に思ってたでしょ?」
「・・・・・・」
 リアネイラは、子供が悪戯の種明しをする時のように笑う。
「わたしね、屋敷を出ようと思ってたの。十七になったらって。失敗しちゃったんだけど」
「・・・なぜ」
「・・・・・・旅にね、出てみたかったの。そうなるとやっぱり護身術は必要かなって」
 王女という立場がいかにリアネイラを束縛しているか、セオドアスは間近に見、知っている。
 七歳の時に王宮招かれ、それからはほとんど屋敷の外へは出ていない。街へ出かけることはあっても、自由な行動は規制された。
「父様に、感謝はしてる。母様に対して、ちゃんと誠実だった。わたしのこと認知してくれて、そして保護してくれたんだものね」
「姫・・・」
「それにね、セオに逢えた事も、嬉しい。・・・セオもそう思ってくれていたら、もっと嬉しいけど」
 素直に、思うことを口にした。リアネイラはまっすぐにセオドアスを見つめる。
 真摯でひたむきなリアネイラのまなざし。その瞳から目を逸らすほど、セオドアスは半端に優しくも、残酷でもない。
「私も、嬉しく思っていますよ」
「そうやって・・・」
 少し、リアネイラはふてくされてみせた。
「当たり障りのない答えしかくれないよね、セオは」
「・・・本心から言っているのですが」
「あのね、セオ。わたしがね、名前で呼んで。敬語はやめて。そう命令したら、きいてくれるの?」
「・・・・・・」
「嘘。冗談。ごめん。だからそんな顔しないで」
 自分で自分の首を締め、あげく窒息しそうになった。リアネイラは自分の考えなしの言行が、情けなかった。
 泣きたいのを堪えているかのようなリアネイラに対して、言いたいことは、いくつも浮かぶ。だがそれをリアネイラに今言うべきなのか、セオドアスは判じかねていた。
「もう、部屋に戻るね。寒くなってきたし」
 腰かけていた場所に、ついさっきまでは木漏れ日が当たっていた。日が翳り、徐々に気温が下がっていく。
 風が、梢を揺らす。
 リアネイラの、肩にかかる髪が、吹きつけた強い風になぶられ、乱れた。
 髪を整えながら、リアネイラは歩き出した。そのか細い腕に、ウードを抱えて。
「姫、部屋まで送ります」
「・・・いいよって言っても、意味ないよね? セオはわたしの護衛をするのが仕事なんだものね」
「姫」
 リアネイラに似つかわしくない自嘲的な微笑、そして自虐的な言い方だ。
「そのように鬱屈されている姫を見ているのは、正直、辛い。愚痴でも、文句でも、仰ってはいただけまいか」
「・・・ごめん、セオ」
 足を止め、リアネイラは振り返った。心から申し訳なさそうな顔をして、そして唇を噛みしめる。
「ごめん、セオだって困ってるのに。だめだ、ほんと。こんなのわたしらしくない」
 はああ〜っと、大きくため息をつく。がっくりと肩を落とし、けれどすぐに気を取り直したようだった。
「なんとか、しなくちゃ。そうだよね、うん」
 そうひとりごち、その後すぐに、いつものリアネイラらしい笑みが、さっきまで曇っていた顔に戻った。
「セオ、ありがとう、もう大丈夫」
「・・・・・・」
 セオドアスは、眉間に寄せた皺をさらに深めた。本当にかと問うその目に、リアネイラはもう一度「大丈夫」と応える。
「心配性なのは変わらないね、セオ」
「姫に対してだけです」
 リアネイラは目を瞠った。思いもよらなかったセオドアスの応えに、一瞬の間をおいて赤面した。
「ずるいなぁ、そういうことさらっと言えちゃうの。でも、それもセオらしくて、嬉しい」
 リアネイラは笑う。
「あのね、セオ。セオもね、わたしに言いたいことがあるのなら、言ってね。わたしでできることがあれば、何でもするから」
「・・・・・・」
 頷くのをためらわせる、リアネイラの言葉だった。

* * *

 時々、奇妙に鋭いのが、リアネイラだ。そうして、自分よりもまずセオドアスのことを気にかける。
 あの時も、そうだった。
「元気だしてね、セオ」
 まさか、たった十歳の少女に励まされるとは思わず、セオドアスは返答に窮した。それどころか、その台詞は自分が少女に対して言うべきことだった。数ヶ月前に母親を亡くしたばかりの、この少女に。
「コイビトと別れたって聞いたよ。それで淋しそうな顔してるんだよね、セオ?」
 十歳の少女は、精一杯、気落ちしている青年を元気づけようとする。
 セオドアスは笑みを浮かべて「ありがとう。大丈夫ですから」と答えたが、リアネイラは心配そうな顔を崩さない。
「あのね、セオ。これ、あげるから、持ってて。元気になれるお守りだよ」
「姫、これは」
「あげるけど、いつかはわたしに、ちゃんと返してね。その時は、わたしがセオのお嫁さんになってあげるからね! だから、元気だしてね」
 リアネイラは首に下げていたその「お守り」をセオドアスの手に握らせた。それは、母からもらった「お守り」だった。
「こんな大事な物はもらえない。それに、姫のお守りを俺がもらってしまったら、姫が困る」
 二十歳になったばかりのセオドアスは、こういう時、まだ上手く受け流すことはできず、若い顔にはすぐに困惑の色が乗る。
「大丈夫だよ、セオ。だって、わたしのお守りは、セオだもん。セオがいてくれたらいいの」
 そして十歳のリアネイラは、素直すぎるほどに、自分の心をまっすぐ投げかけてくる。
「わたしね、セオが一等好き。だから、一等好きなセオが元気ないのは、イヤ」
 小さな両手から、セオドアスの大きな手に優しい温もりが伝わる。
「ありがとう、リィラ」
 セオドアスは幼い姫の手を握り返した。
 リアネイラは満面の笑みを浮かべると、大人びた口調で「どういたしまして」と言う。
 自分を慕ってくれるこの少女を、守っていこう。君命だからではなく、セオドアスは己にそれを誓った。
「約束だよ、セオ? ずっと、ずっと傍にいてね?」
 リアネイラの約束と、セオドアスの約束。
 この時はまだ、少しだけずれていた二人の約束は、いつか重なり合う時がくるのだろうか。

* * *


 乾いた青空が眩しい、秋の午後。キィノは悪戯っぽく笑って、リアネイラに訊いた。
「今夜宮廷である月夜見の宴、行くんだよね?」
 今夜、王宮で月夜見の宴があるらしいことは、昨夜、ハンナから聞いた。国王陛下主催の、私的な客だけを招く小規模な宴らしいが、その会にリアネイラも招かれたのだ。
「行かない」
 短く、憮然と、リアネイラは答えた。そう言うと思った、とキィノはさらに笑う。
「でも陛下もいらっしゃるんだよ? 顔出さなくて、大丈夫?」
「今から病気になる」
「またそんなことを仰って!」
 ハンナが大きな箱を抱えてやってきた。
「このように新しくドレスも新調したんですよ! 着ていただかなければ困ります」
「ドレスが困ったりするはずないじゃない。だいたい、似合いもしないドレス着たって、誰も喜んだりしないよ!」
 リアネイラは脱兎のごとく私室から逃げ出したが、脱走は失敗に終わった。セオドアスに引き止められてしまった。セオドアスが、リアネイラの腕を掴んでひきとめたのは、階段から転げ落ちそうになったからだ。
 助けてもらった礼を言うのを忘れない律儀なリアネイラは、「ありがとう」と「ごめん」を言い、セオドアスの背に回り込もうとする。
 セオドアスは困り顔をリアネイラに向けつつ、掴んだ腕を放さなかった。
 ハンナに協力するためではなく、リアネイラの身を守るためだ。
 このまま手を放してしまえば、慌てふためいている少女は、階段から転倒しかねない。
「姫様、今日こそ逃がしませんよ! 否が応でもこちらのドレスに着替えていただきますからね」
 ハンナは手早くドレスを箱から引っ張り出し、追いかけてきた。
「だから、やだっていうのに!」
「いいえ。もう陛下には招待を受ける旨、返事を差し上げました」
「ハンナ、横暴っ!!」
「なんとでも仰ってください」
 リアネイラと母ハンナのやりとりを愉快そうに眺めていたキィノだったが、ふと思いついて、口を挟んでみることにした。
「ねえ、リィラ。セオさんも、着てもらいたいんじゃないかなぁ、そのドレス」
 不意をつかれて、リアネイラとセオドアスは同時にキィノに顔を向けた。
「セオさん、リィラがドレス着ているところ、あまり見ないでしょ? だから見てみたいんじゃないかと思ったんだけど」
 セオドアスは少なからず困惑したが、キィノの真意をすぐに察し、その言葉に乗ることにした。
 リアネイラの腕を放し、微笑を向けた。
「そうですね。せっかくの機会です。着飾った姿を、是非見てみたいものです、姫」
「〜・・・っ」
 思わずのけぞったリアネイラだ。
「だってさ、リィラ」
 キィノはにやついて、乳兄弟の困惑顔を見やる。
 さあ、どうする? 悪戯な、キィノの甘言だ。
 セオドアスは、単にハンナの気苦労を思い遣って、キィノの言葉に乗っただけなのだろう。リアネイラは唇を噛んで俯いた。
 国王の招待を断らせないため、そう言ったにすぎないのだろう。でも、もしかして、少しは、本当に少しくらいは、着飾った姿を見たいと思ってくれているのかもしれない・・・・・・
「・・・わかった。わかったよ!」
 ほとんど、やけくそだ。
「・・・行く。ドレスも着ればいいんでしょう?」
 リアネイラは振り返り、両手を腰にあてた。
「その代わり、セオも同行してもらうから!」
「それは、護衛なのですから」
「そうでなくて! 同伴者として、一緒に行ってもらうの! だからセオも正装しなきゃダメだからね!」
「いや、それは、しかし」
 セオドアスは返答に窮した。リアネイラはお構いなしに続ける。
「だ、だって、セオは、今のセオは、・・・わたしの、こっ、婚約者なんだからっ」
 それだけ言うと、リアネイラは踵を返した。ハンナも慌てて後を追う。
 そして、押し切られ、反論する余地を与えられなかった困り顔のセオドアスと、笑い声を堪えている、急展開のきっかけをつくったキィノが、廊下に残された。


「まいったな、こんなことになるとは」
 大きなため息をつくセオドアスを、キィノは興味深げに見やる。
「母の分も、お礼を言いますよ、セオさん」
 リアネイラとはまた異なった視点で、キィノも長年、セオドアスを見てきた。今起こりつつある変化を、キィノは敏感に感じ取っていた。希望的観測というヤツかもしれないけどね、と楽観的な自分を抑えながらではあったが。
 幼馴染みの姫が幸せになること。
 そのために、できることはできうるかぎりでしようと思っているキィノだが、結局はリアネイラ次第なのだ。
「ともあれ。リィラを、今夜はよろしくお願いします、セオさん」
「・・・ああ、わかっている」
 余計な口出しだったな。
 キィノは、どうやら失言したらしい自分を笑った。

* * *

 夜の宴に間に合うよう、リアネイラの支度は大急ぎで整えられた。まさか湯浴みから始められるとは思わず、支度が済んだ頃には、リアネイラはすっかり疲れきってしまっていた。
 髪は結い上げられ、薄っすらと化粧を施された。裾の長いドレスは、下部にいくにしたがってひろがり、後方がやや長い。浅緑のドレスだが、金糸が織り込まれ、きらきらと光る。胸元は鎖骨が見える程度にあき、華奢な作りの金鎖の首飾りが、胸元に彩りをもたせる。
 一人の美しい淑女が、そこにいた。
 これで淑やかに笑んでいれば、王女として、一点の落ち度もないだろう。
 だが、美しく着飾った「王女」は、いかにも窮屈そうに顔をしかめ、ドレスの裾を邪魔臭そうに摘まんでいる。
「長いよ、これ。転ぶ。わたし、絶対転ぶ!」
 年に数えるほどしかドレスなど着ないリアネイラは、無様に転ぶことばかりを心配して、鏡に映る自分の姿より、床にひろがるドレスの裾ばかりを気にしている。
「キレイに仕上がったね、リィラ」
 とキィノが褒めてくれても、耳に届いていないようだった。
「姫様! そのように大股で歩かないように。躓きますよ」
 ハンナの助言に従おうにも、上手くいかない。ドレスの裾が足にからまって、今にも転びそうだ。
「面倒だなぁ、もうっ」
 裾を摘まんで楚々と歩けばよいものを、そのような歩き方に不慣れなリアネイラは、両手で思いきり裾をたくし上げて部屋を出た。
 が、ふと足を止めた。裾をたくし上げていた手の力が抜ける。
 正装姿のセオドアスが、そこにいたのだ。
「・・・姫」
 黒を基調とした礼服に着替えてきたセオドアスは、階段を昇る途中で、部屋から出てきたドレス姿の美しい「王女」を、まぶしげに見上げた。
「セ、セオ、お待た・・・せっ、とっ、とと」
 踵の高い靴にも慣れず、つんのめって、リアネイラは危うく階段から転げ落ちるところだった。
「大丈夫ですか、姫?」
「・・・ありがと、セオ」
 セオドアスは慌てる様子もなく、リアネイラを軽々と抱きとめた。
 セオドアスの広い胸には、乗馬や剣技の練習の時に、何度もこうして助けられてきた。それなのに、いつもと違う互いの格好のせいか、あるいは別の何か違う「変化」のためか、リアネイラの胸の鼓動はいつになく速く、息が詰まるほどだった。
「ごめんね、セオ。もう・・・、無様なとこ見せちゃった。やだなぁ、とてつもなく不安だよ・・・」
 照れ笑いをみせるリアネイラに、セオドアスは手を差し伸べた。
「転ばれないよう、私ができうる限りで守ります、姫」
「・・・・・・」
 セオドアスは時々、リアネイラを耳まで赤くさせる台詞をさらりと吐く。
 セオドアスの微笑に、くらくらする。気が挫けそう。
 ・・・けど、もう迷わない。後悔しないために、行動を起すと決めたのだ。母の遺言の通りに。
 リアネイラは挫けかけた気を、必死で取り直す。そして、毅然と顔を上げた。
「それじゃ、セオ、行こう!」
 セオドアスは、肩を僅かにすくめ、笑みをこぼした。
 決闘場に赴くかのような、リアネイラの口調だ。
 リアネイラは恥じらいを押しやって、セオドアスの腕を掴んだ。
 キィノは気楽そうな顔で「がんばれよ〜」と、ひらひらと手を振って見送る。慌ててついてきたハンナには、「しゃんと背筋を伸ばしてお歩きなさいませ」と窘められた。ハンナは宮廷まで付き従い、帰宅時まで控えているとのことだ。
 一歩屋敷を出ると、もう夜の帳は降り、空には豊満な月が昇っていた。
 月夜見の宴に相応しい、白々と輝く満月の夜だ。
 リアネイラは深呼吸をした。しんと冷えた秋の夜風と、凛と美しい月の光を、その胸の中に取り込むかのように。

* 続 *