まねごとみたいな恋でも  scene.6


 
 梢を渡る風の音が、耳につく。ざわざわと、胸をざわめかせる。
 ひんやりとした空気に、湿気が混じっているせいで、覚醒がしっくりとこない。
 室内が暗くなりつつあるのに気づいて、起きなくちゃと思うのだけど。
 寝返りを一度二度うった。体が、重い。
「・・・カ・・・」
 ・・・? 声? 誰か、傍にいる?
 顔の近くに、何かがある気配がした。
「・・・ん・・・」
 頭が重い・・・。
 けど、もう、起きなくちゃ・・・・・・
 もう一度寝返りをうって、それからようやく、目を開けた。
 瞼をあげ、わたしの目に入ってきたのは・・・・・・
「・・・――っ?!」
 黄みのかかった茶色の双眸・・・・・・
「き・・・きゃぁぁぁっ!!」
 ほとんど反射的に、わたしはぶんっと腕を振っていた。しかも、思いっきり。
 バチィンッと乾いた音とわたしの悲鳴が、またしても、屋敷内に響いた。

 わたしの手のひらも痛いけれど、叩かれた人のほうが、きっともっと痛かったろう。
「おーいて」
 ひっぱたかれた頬をさすりながら、けれど平手打ちの被害者は笑っている。
「これで二度目か〜」
「すっ、すみません、イスラさんっ」
「はは、いいって。驚かせちゃったね」
「ほんとに、すみません、わたしったら、つい」
 イスラさんはひらひらと手を振って、笑う。昨日ひっぱたいたのとは反対側の頬を殴ってしまったので、イスラさんは「これで公平だ」なんて、冗談めかす。
「加減せずひっぱたいちゃったから、痛いですよね? ほんと、わたし、考えなしで!」
「いいっていいって」
「その通りだな、ミズカ。謝る必要などないと言ったろう」
 いつの間にやってきたのか、ユエル様はイスラさんの肩を掴んでいる。
「イスラ、塵となって消えたいのなら、いつでも希望を叶えてやる。まどろっこしいことはせず、私に直接そう言え」
「ミズカちゃんみたいな可愛い女の子の手にかかって消えるのなら本望だが、おまえさんみたいな野暮な野郎に消されたくはないね」
 気まずい雰囲気になってしまうのかと思ったけれど、そこまでは至らないようだ。
 ユエル様はイスラさんの軽口をいちいち本気にはとらなかったし、イスラさんもユエル様の冷淡な態度には慣れっこになっているみたいだ。
「ミズカ、平気か? イスラの厚かましい面を殴って、手は? 痛かったろう?」
「あの、え・・・ーっと・・・」
 痛かったには違いないけど、そう訊かれると返答に困りますよ、ユエル様。
 ユエル様はイスラさんを押しのけて、わたしの傍へ来、顔を覗き込んできた。
「よく眠れたのならよいが、顔色はあまりよくないね。天候が崩れつつあるから、やむをえないかな」
「ありがとうございます、ユエル様。大丈夫です。足も、もう痛みませんし」
 ユエル様は「そうか」と応えたものの、心配そうな顔のままだった。
 ユエル様の視線を受けていられず、わたしは、目を逸らしてしまった。
 仕えている主人に心配をかけてしまうなんて、使用人として、もう全然だめ! と言い聞かせてみるんだけど、別の・・・痛みに似た感情が邪魔して、心を平静にさせない。
「ミーズカちゃん?」
 再びわたしの顔を覗き込んできたのは、イスラさんだった。
「あのさ、ミズカちゃんにちょっとお願いというか、プレゼントがあるんだけど」
「はい?」
「これ」
 イスラさんに半ば強引に紙袋を手渡された。
 わたしは首を傾げる。
 お願いで、プレゼント?
「これ、ミズカちゃんに着てもらいたくって買ってきたんだ。ぜってー似合うと思うから、着てみてほしいんだけど」
 にこやかにイスラさんは言う。
 突然の贈り物は、もちろん嬉しかったのだけど、やっぱりちょっととまどってしまった。
 困惑顔をユエル様に向けると、ユエル様は小さく笑って頷いた。
 せっかくなのだから、もらっておきなさい。そう言っている微笑だ。
「ありがとうございます、イスラさん。あの、見ても?」
「もち! てゆーか、今すぐ着てみてよ」
「今、ですか?」
「もー、それ着たミズカちゃんが見たくてそっこーで帰ってきたんだよね。おっと、ユエル、心配しなさんな。下着でも水着でもねーから」
「・・・・・・」
 ユエル様は眉間に深々と皺をよせて、イスラさんを睨んでいる。
 もちろんイスラさんはユエル様の剣呑な目つきなど、まったく気に留めていない。
 ・・・ユエル様とイスラさんって、どれくらいのつきあいなんだろう?
 ユエル様の機嫌を損ねかねない軽口をさらりと言えてしまうイスラさん。非友好的な態度を崩さないのにイスラさんを拒絶しきれないユエル様。
 ユエル様はきっと大仰に否定するだろうけど、やっぱり「気が合っている」んだろうな。
「靴も用意しといたから。ここ、置いとくね?」
 イスラさんが箱から出したそれは、蝦茶色のショートブーツだった。
「あ、なんなら俺、着替え手伝ってあげよっか? って、あっちぃって、ユエル!」
 ユエル様は無言でイスラさんの首根っこに手のひらを押し当てている。力を入れている様子はないけれど、「力」を使っている。加減はしているのだろうけど。
「ミズカ、私は下の階にいる。一人で、降りて来られる?」
「はい、大丈夫です。すぐに行きます」
「急がなくてもいい。もし足が痛むようなら、呼び鈴を鳴らしなさい。くれぐれも無理はしないようにね、ミズカ」
「・・・はい」
 ユエル様はイスラさんの首を掴んだまま、踵を返した。イスラさんは「下で待ってるからね〜」と陽気に手を振る。
 わたしは面倒くさげにイスラさんを引きずっていくユエル様の背中を、扉が閉まるまで見つめていた。さっきより気が楽になったのは、イスラさんのおかげかもしれない。
 だから、贈られた服を着て見せることで喜んでもらえるのなら、いくらでもって思った。
 ・・・とんでもない服じゃないといいのだけど。

 贈られた服は、「とんでもない服」ではなかったけれど。
 とてもクラシカルな雰囲気のワンピースだった。
 着替えたものの、似合うのかどうかは自分的には微妙だ。
 とにかく、身なりを整えてから階下の居間に向かった。
 わたしが降りてくるのを待っているのかもしれないと思い、なるべく急いで。
 居間には、ユエル様、イスラさん、アリアさん、イレクくん、全員が揃っていた。
 そして、
「やっだぁ、ミズカちゃんったら、かっわいい〜っ」
「――きゃっ」
 アリアさんは目を輝かせ、勢いづけて駆け寄ってきたかと思うと、またしても抱きついてきた。
 この日、アリアさんは短めの丈のTシャツとカプリパンツという軽装だ。腕を伸ばすと素肌が覗くほど短い丈のTシャツは、豊満な胸がより強調されているようで、ついそこに目がいってしまう。
 その、「つい目がいってしまう」部分に顔を押しつけられて、心地いいやら、気恥ずかしいやら、反射的に赤面してしまう。
「ミズカちゃん、可愛い〜っ。よく似合ってるわ」
「・・・え、えと」
 アリアさんは少しだけわたしを体から離してくれた。
 似合うと言われても、なにやら素直に喜べないんですけど。
「父さ・・・イスラですね、あの服を贈ったのは?」
 呆れたようなため息をついて言ったイレクくんに、イスラさんは親指をたて、自慢げに答える。
「おう。どうよ、ミズカちゃんに似合ってるだろ?」
「ほんと、可愛いわぁ。そうねぇ、どうせなら髪もこう・・・みつ編みにしてみたらいいんじゃないかしら?」
「これこれ。オプション。白レースのカチューシャね」
「あら、いいかも。似合うかも」
 アリアさんは嬉々として、イスラさんからカチューシャを受け取ると、早速わたしの頭に装着する。
 迷惑なわけではないけれど、さりとて、どう対応してよいやらわからず、一人がけのソファーに深く腰を沈めているユエル様に視線を流した。
 ユエル様は大きく表情を変えたりはしなかったけれど、さすがに驚いているような、呆れているような、そんな複雑な顔をしていた。
「すみません、ユエル様。イスラの悪ふざけにミズカさんを巻き込んでしまって」
 申し訳なさそうに、父親の所業を謝罪するイレクくんに、ユエル様は無言で応える。
 ユエル様はため息をついてから、苦虫を噛み潰しているような顔を、こちらに向けた。
 そして、わたしを見つめる。
 見つめられているわたしはというと、イスラさんから贈られた衣服を所在なげに着ているわけで。
 ・・・イスラさんの説明によると、これは「メイド服」とかいうらしい。
 こげ茶色のワンピースは、膝よりやや下の長さで、裾の部分に白いレースが施されている。袖の付け根部分はやや膨らんでいて、長袖の先は折り返されている。そこにも白いレースが縫いつけられていて、高めの衿にも控えめなレースが施されている。肩がけの白いエプロンは、肩部分も裾部分も、ギャザーの寄せたレース仕様になっている。
 装着されたカチューシャとエプロンとはおそろいらしい。
 メイドが着る服としては、ぴらぴらしすぎて、非機能的だと思うけど・・・・・・
 いつの間にか、アリアさんの手によって、肩より少し長めの髪は二つに分けられ、みつ編みにされていた。
「やぁん、もうっ、ミズカちゃんったら、可愛い〜っ! ねっ、そう思うでしょ、ユエル?」
「ナイスチョイス、俺! どうよ、ユエル? いい感じじゃね? アレだ、アレ。なんだっけ、萌えとかいうヤツだ」
 アリアさんとイスラさんは大喜びだ。
 イレクくんも困り顔で父親のイスラさんを窘めながら、やはりわたしには「よくお似合いですよ」と笑顔を向けてくる。
 ちなみに、「メイド服」を贈ってくれたイスラさんはというと、「メイド」とか「萌え」とかとはまったく縁のなさそうな格好をしている。
 Tシャツにジーンズという軽装なのだけど、Tシャツに描かれてあるプリント文字がいかにもイスラさん的で可笑しかった。
 黒地に真っ赤な毛筆描きで、背中に「送り狼」と。
「送り狼」って、意味は知っているのかしら?
「いや、俺さ、漢字はまだいまひとつ読めないから、意味はわかんねーけど。実はこんなTシャツも買ってみた」
 といって見せられた真っ青なTシャツは、やはりプリント文字があって、「軟派一筋」。
 肩を落とし、「まったく、呆れますね」と呟くのはイレクくん。どうやらイレクくんは漢字が読めるらしく、意味もわかるようだ。
 わたしは当然、純日本人なのだから漢字はわかるのだけど、「萌え」って? 訊き返すと、
「や、俺もよくわかんねーけど。ミズカちゃんみたいな娘を「萌え」とか言うらしいぜ?」
 という、なんとも曖昧な返答がイスラさんから返ってきた。
「他にもゴスロリの服とかネコ耳とネコ尻尾付きワンピとかもあったんだけど、ミズカちゃんにはやっぱこれでしょと思って」
「・・・はぁ」
 なんだかイスラさんは、日本人のわたしでもよくわからない流行にうっかりのせられてしまっているみたいだ。
 こういうところもユエル様とちょっと似てる・・・なんて言ったら、二人とも真っ向否定するんだろうけど。
「喜んでもらえたのならよかったです。あの、ありがとうございます、イスラさん」
 丁寧に礼を述べ、お辞儀をした。
 するとまた、アリアさんが抱きついてきて、後方ではイスラさんが満面の笑みで親指を立てている。
「贈った甲斐があったってもんだぜ! よし、次はロリでいこう、不思議の国のアリスとかオズの魔法使い的な!」
「・・・えーっ・・・と」
 断るに断れず、言葉を濁すしかない。
 アリアさんはわたしの頭を撫でながら、
「ミズカちゃんは小動物系の可愛さね。目もくりっと大きくて、見つめられるとどきどきするわ」
 なんて言う。
 見つめられてどきどきするのは、アリアさんこそだと思うけど。
「イスラもアリアさんも、そろそろミズカさんを解放してあげたらどうです? 困ってらっしゃいますよ?」
 イレクくんは助け舟を出すのが、とっても巧みだ。本日二回目の船出に、わたしはまた助けられた。
「あ・・・の・・・」
 ちらりとユエル様を見ると、やっぱりまだしかめた顔のままだった。
 わたしと目が合うと、軽く嘆息し、笑ってみせてはくれるのだけど。
「あの、ユエル様、お、お茶をお持ちしましょうか?」
 他に何か言うことはないのか、わたし?
 我ながら情けなかった。でも、言葉が見つからない。
 ユエル様の友人に服を贈られて、その友人には喜んでもらえたみたいだけど、ユエル様はどう思ってるんだろう。訊くべきなのかな、「どうですか?」って?
 でも、どう言って訊けばいいのか、わからない。・・・わからないし、訊く勇気もない。
「皆さんの分のお茶も、お持ちしますね?」
 逃げ出すかのように、わたしは早足で居間を抜け出した。
 深い緑色の眼差しを背中に感じながら。


 たぶん、わたしは色々と自覚が足りないのだと思う。
 居間を出てキッチンへ向かうその途中、廊下で、へたり込んでしまっていた。
 眩暈がして、「あれ?」と思ったら立っていられなくなって、壁に手をついた途端、そのまま膝が折れてしまった。
 こんなこと、以前もあった。・・・しかも、一度じゃない。
「ミズカ」
 床に手をついて項垂れているわたしの肩に、手が置かれた。ユエル様だとわかって、とっさに背筋を伸ばしたのだけど、ふらついて、気がつくとユエル様に身体を支えられていた。
「だから言ったろう、くれぐれも無理はするなと」
 ため息をついて、ユエル様はわたしを窘める。
「・・・足は、もう痛くないです」
「足ではなくて」
「・・・・・・・・・」
 ユエル様はわたしの手を取った。そしてわたしの指先を、そっと自分の首筋にあてがう。
「渇いているのだろう? ・・・飲みなさい」
「・・・あの・・・・・・」
「限界まで我慢をするから、立ってもいられなくなるんだよ? いつまでたっても慣れないんだね、ミズカは」
「・・・すみません」
 俯いた。
 ユエル様の目を見ていられなかった。
 わたしに生気をくれる時、ユエル様の緑色の瞳はさらに深みを増して濃くなる。
 美しく、そして、悩ましげに。
 指先から流れ込んでくるユエル様の生気が身体中に染み渡り、満たしていく。
 ユエル様の生気はとても温かくて、時折熱いくらいだ。
「すみません、も、いいです。ありがとうございます」
 いつまでたっても慣れない、そのことが申し訳なかった。
 生気を飲む、そのことに対するとまどいはなかなか消せない。それをユエル様は責めたりはせず、かえってすまなそうな顔をする。だから、早く慣れなくては思うのに。
 ユエル様はわたしの手を離さず、そのまま立ち上がった。
「私こそ、悪かったね」
「・・・え、え?」
「ミズカが慣れないのは仕方のないことだ。私がもう少し気をつけてあげるべきなんだろうね。限界まで我慢させて、悪かった」
「いっ、いえっ、そんなっ!」
 いつになく殊勝な態度のユエル様に、わたしは動揺した。
 以前、同じように渇ききって倒れこんだ時は「渇ききる前に自分で気づきなさい」という具合に叱られたのに。
 いったい、どうしたの、ユエル様? 何か・・・違う。違うというか、なんだろう? わからないけれど、だけど。
 ・・・眷族の話をわたしにしてくれてから、ずっと、だ。
「もう少し飲んでおきなさい。明日は天候が崩れるからね」
「でも、ユエル様は? 大丈夫なんですか?」
「私なら大丈夫だ。毎日新鮮な生気を飲んでいるからね」
「・・・・・・はい・・・」
 言われるまま、今度はユエル様の手を握り、そこから生気をもらった。
 その時だった。背後で声がした。「あらあら、色気のないこと」と、それはアリアさんのものだった。
「色気?」
 振り返り、訊き返したのはユエル様だった。
 訳もなく赤面したわたしの顔を見られずにすんで、ほっとした。
「なんて色気のない生気の飲ませ方かしら、と思って。いつもそうなの?」
「・・・余計なお世話だ」
 思ったとおりの返答だったらしく、アリアさんはくすくすと笑う。
「変わったわねぇ、ユエル。それとも相変わらずと言うべきかしら?」
「・・・・・・」
 また、ユエル様は憮然とした。でも、わたしの手は握ったままでいる。
 わたしはユエル様とアリアさんとを繰り返し見やっては、首を傾げる。
 変わったけれど、相変わらず?
 不思議そうな顔をするわたしに気がつき、アリアさんは笑みを向けて、
「気分屋な性格は相変わらず、ということよ、ミズカちゃん。不器用なところも、かしら? でも、ずいぶん変わったわ。むかーし昔のユエルとはね」
「そう・・・なんですか?」
「・・・アリアやイスラの言うことは、信用しない方がいいね、ミズカ。そんな昔のことをいちいち憶えている連中じゃないからね」
「・・・はぁ」
 たしかに「昔」の年数単位が、一年、二年という単位じゃなさそうだから、憶えていなくても当然のように思うけど。
「あら、失礼ね。イスラはともかく、あたし、記憶力はいいほうよ? なんなら、話して聞かせてあげましょうか、ミズカちゃんに。ユエルのあんなことやそんなことを?」
「・・・同じように、私も思いださせてあげようか、アリア? あんなことやそんなことを。ミズカに聞かせても良いのなら?」
 焦る様子もなく、ユエル様は不敵に笑って言い返す。
「ま、いやね。可愛げのない子」
 アリアさんは子供っぽく拗ねて、そっぽを向く。
「昔は可愛い子だったのにねぇ。ひねたところが母親そっくりね」
「ユエル様のお母様をご存知なんですか?」
 アリアさんの付け足した言葉に、速攻で反応してしまった。
 だって、「母親」だなんて。
 ユエル様は家族のことなんてまったく話してくれなかったし、詮索を嫌っているようだったから、聞いてはいけないものだと思ってた。
 でも知りたい気持ちはやっぱりあって、聞けるものなら、聞きたかった。
「あら、ええ、知ってるわ。ユエルが生まれる前から」
 わたしは目を瞬かせ、まじまじとアリアさんを見つめた。
「ユエルの母親は、あたしが出会った初めての生殖者だったの。生殖の時期も重なっていたから、お互い良き相談相手って感じで。・・・もう、いなくなってしまったけれどね。あらあら、ミズカちゃん、そんな哀しそうな顔をしないで? もう、うんと昔のことよ」
「・・・すみません」
 ユエル様の、わたしの手を握る手に力が入った。少し汗ばんでいるように感じるのは、気のせいかもしれないけれど。
「人のこと言えないけれど、ユエルの母親は子沢山だったわ。だから、生きているのかどうかはあたしにはわからないけど、ユエルには、年は離れていても、兄弟がけっこういるのよ」
「そ、そうなんですか? 初耳です、ユエル様」
「・・・そうらしいね。会うことなど稀だし、何人いるかなど把握していない。第一、兄弟の父親が全部同一人物とは限らないだろう」
「・・・・・・・・・」
 言葉に詰まってしまった。もしかして、言いたくないことを、ユエル様に言わせてしまったのかしら。
 別段不機嫌顔ではないけれど、淡々とした口調は他人事を話すみたいだ。
「・・・両親のことは、しばらく一緒にいたから憶えているけどね」
 ユエル様は、小さく嘆息した後に、そう付け足した。
 わたしが「すみません」と言うのを予測して、先回りをしたのかもしれない。
「アリアにしたって、あれだけ生んでおきながら、一緒にはいないだろう? 兄弟達もそれぞれ別の場所にいるのだし」
 ユエル様の言に、わたしは「そういえば」と思い立ち、再びアリアさんに目線を戻した。
 訊いてみたかったことだった。
 アリアさんも生殖者なんだ。お子さんがいて、旦那様もいるはず。旦那様・・・つまりアリアさんの眷族はどうしてらっしゃるのか、と。
「ダーリンとはずっと一緒にいたんだけど、二百年近く経つのかしら? 先に逝っちゃったのよ。だから今は一人よ。生殖能力は期限があるから、もう眷族は持てないわ」
 あっけらかんとアリアさんは言うけれど、やはり淋しそうだ。
 いまひとつ理解していない、「眷族」のこと。それを本当はもっと詳しく知りたかった。
 けど、ユエル様がいる前では訊けなくて、別のこと・・・アリアさんのお子さん達のことについて、訊いてみた。
「生きてはいるみたいね。もう独立しちゃってるし、いちいち連絡取り合ったりはしないし。・・・五人とも、好き勝手にやってるでしょ。あいにく、生殖能力は持たなかったみたいだけど」
 五人の子持ちには、とても見えないアリアさんだ。・・・というか、年齢だって、ユエル様よりうんと年上でいらっしゃるってことなのよね? 本当に不思議で、やっぱりまだ慣れない。でもわたしだって、見た目は十代だけど、生まれてから百年くらいは経っているんだわ。
 もうそろそろいいかげんに、いろんなことに慣れなくっちゃ。ユエル様を困らせないためにも!
「わたし、お茶淹れてきます!」
「ん? ・・・ああ」
 ユエル様から手を離し、わたしは意気込んでみせた。
「待っててください、すぐに用意します!」
「ミズカ、もう」
「大丈夫です! ありがとうございます! 元気です!」
 鼻息も荒く、言い切った。
 言い切らなくちゃ、ユエル様にまた心配顔をさせてしまう。
 するとユエル様は、ちょっと呆れたようにため息をついて、けど笑ってくれた。
 そして、からかうみたいな顔をして、
「その服、なかなか似合っているよ。その格好で給仕されるのも、悪くはないかな」
 そう言った。
 わたしが耳まで赤くなったのは、至極当然のことだ。
 だって、目も眩むような艶然とした微笑を向けるのだもの!
 もうっ、ユエル様、勘弁してください!!!
 照れ隠しも手伝って、わたしは虚勢を張って言い返した。
「メイドですもの! メイド服が似合って当たり前です!」
 その一言が、ユエル様の眉目を曇らせてしまうなんて思いもせずに。

* 続 *