まねごとみたいな恋でも  scene.4


 
 オープンしてようやく十日が経ったばかりの『占いの門』は、店主の美貌が幸いして、客の入りはいい。
 女の子達の、こうした情報の早さには、同性ながら感心してしまう。
 余談になるけど、わたし達は鏡には映るのに、何故か写真に写らない時がある。
 どうしてかわからないけど、写ったり写らなかったりする。
 ユエル様は「波長の問題だろうね」と言っていた。カメラやビデオの機種や性能の問題ではないみたい。
 詳しい説明を求めたとして、きっとわたしには理解できない語彙が並ぶに違いない。なので、あえて深く追求しないことにした。ものぐさなんて単語は、この際、消去!
 わたしがユエル様に言われて了解したのは、「客に、写真を撮るなとあらかじめ断っておくように」ということ。
 と、いうことで、来店時、カメラ撮影はお断りしている。
 昨今は『携帯電話』なる代物に、カメラの機能もついているらしく、むろん、そちらもお断りしている。
 ついでに、電話の電源も切ってもらう。
「ユエル様のお気を乱さないためにです」と説明したら、みんな素直に納得してくれた。
 美青年効果、ばっちりだ。
 他に何か使えることがあればいいのになぁ、「美青年効果」。
 わたしの独り言を傍で聞いていたイレクくんは、今にも吹き出しそうな顔をして、肩を震わせていた。

 そういえば、受付帳のストックがなくなってしまったんだっけ。
 後で買いに出かけなくちゃ。
 来店時に記帳してもらう受付帳は、ページ数が少ないとはいえ、もう五冊目。リピーター率が高いから、客の総数はさほど多くないのだけど。
 朝早くから、好奇に目を輝かせた女の子達が、開店を待ちかねて、やって来る。
「大変な人気ですね、ユエル様は」
 受付や接客を手伝ってくれるイレクくんは、くすっと笑う。何か意味ありげにわたしを見て。
 イレクくんはわたしの言い方に倣って「ユエル様」と呼んでいる。
「さきほど拝見させていただいたんですけど、タロットカードを使ってらっしゃるんですね」
「占星術はホロスコープを描くのが面倒だって言ってたから。何にせよ、占いの道具は格好つけのためです」
 カードを繰る仕種も優美なユエル様だ。それも意識しての占い道具の選択だったに違いない。
 タロットカードを占い道具のメインにはしているけど、手相も見る。
 これはもちろん、生気を飲むため。
 ここでも「美青年効果」は発揮され、拒む女の子なんていやしない。
 客数が多い時なんかは、ユエル様もえり好みをしだして、手相を割愛しちゃうこともままある。
「なるべく良質のモノを飲みたいからね」
 と、ユエル様は悪気なさそうな顔をして、言ってのける。
 質の良い、美味しそうな生気の持ち主というのは、外見でなんとなく判別できるらしい。
 わたしはユエル様の生気しか飲んだことがないので、「味」の違いはわからない。
 でも、人間の生気を感じることはできるから、そこになんとなく「色」のようなものを見ることはある。そしてそれがキレイだったり、ちょっとくすんでいたりして、それが「味」の違いに関わってくるのだろうってことは分かる。
 できれば美味しい生気を飲みたいって思う気持ちは、わかるけど。
 女の子達をえり好みしているユエル様を見るのは、あまり気分の良いものじゃない。

「さて、と。おつかれさま、イレクくん。一息いれましょうか」
 九時半に開店して、現在正午を十分ばかり回ったところ。客足がようやく途絶えてくれ、待合室になっている居間には、わたしとイレクくんしかいない。
 ユエル様は、占いの部屋用に少々改装した個室で、一眠りしている。
 さっき覗いてみたら、椅子に座ったまま腕を組み、目を閉じ、じっと動かずにいた。
 こういう時は、声をかけずにそっとしておく。長年仕えているうちに学んだことだ。
 自分とイレクくんのために、麦茶を冷蔵庫から取り出した。
 冷蔵庫の中に、食材は入っていない。あるのは飲み物だけ。麦茶と牛乳とアルコール飲料が数本。キッチンの隣室にあるワインセラーには、数本頂き物のワインがある。昨日アヤコさんから頂いたドイツワインも、むろんある。
「どうぞ、イレクくん。麦茶は、もしかして初めて?」
「いえ。日本に滞在していたこともありますから。短期間ですけどね」
「・・・そっか」
 イスラさんが言っていた「面倒な年齢」とは、このことだ。
 見た目十歳児のまま、イレクくんは年をとらない。何年経っても。だから、同じ所に長く逗留はできないのだ。
 いつまでも成長しないから、人外異質の生き物だとすぐにわかってしまう。
 吸血鬼・・・って言い方は不本意なんだけど、とりあえず他に相応しい呼び名が浮かばないので「吸血鬼」って言うことにする・・・であるユエル様達は、成長を止めることができる。
 そして、わたしのような「眷族」はというと、自らの意思では成長を止めることはできない。「眷族」になったその時の年齢で、時が止まる。
 我ながら、微妙で不便な年齢だと思う。・・・イレクくんと、同様に。
 長くて二、三年しか、同じ場所にはいられない。いつまでも娘のまま、オトナにならない。
 それを羨む女性達は大勢いそうだけど、やはり面倒なことの方が多いから、不老であることを手放しでは喜べない。
 嬉しくないのかと言われたら、「そんなこともないんだけど」と思ってしまうけど。
「ミズカさんは、日本から出たことはないんですか?」
「うん。まだ一度も。いつかは出てみたいとは思ってるけど」
「そうなんですか? ユエル様は一つの国に長く留まるのを嫌う方なのだとイスラから聞いていたんですが。ミズカさんへの、ユエル様なりの気遣いなんでしょうか」
「うん、でも、単に面倒なのかなって。わたしを伴っていくとなると、ユエル様は必然的に通訳にならなくちゃいけないし。だから、いろんな国の言語を覚えたいって思ってるんだけど。・・・少しでもユエル様の負担が軽くなるようにって」
 わたしがちょっと照れくさそうにそう言うと、イレクくんは見た目年齢にそぐわない、優しく包み込むような笑みを浮かべた。
「ミズカさんは、ユエル様のことがお好きなんですね?」
 一瞬、言葉に詰まった。
 否定は、しないけど。でも。
「そっ、それは、大切なご主人様ですから!」
 どもったうえ、赤面したわたしを、イレクくんはただ笑んで見つめる。
 まるで、何もかも見透かされているみたいだ。
「お聞きしたいと思っていたんですが」
「は、はいぃ?」
「ミズカさんのこと」
 わたしがどういった経緯でユエル様の「眷族」になったのかを知りたいというので、わたしは憶えていることを、ありのまま、イレクくんに話した。
 わたしの昔話に、イレクくんは興味深げに相槌をうったり、意外そうな顔をしたりして、真摯に耳を傾けてくれていた。もしかして、「なんでこんな子がユエル様の眷族に?」と疑問に思っていたのかもしれない。その答は、わたしの話からは得られなかったろうけど。
 ふと思いついたのと、わたし自身のことから話を逸らしたくて、今度はわたしの方からイレクくんに質問をした。
「イレクくんのお母さんは、どうしているのか」と。
 イレクくんは一瞬、ためらったようだった。けれどすぐに笑って、答えた。
「もう、亡くなりましたよ。ずいぶんと昔のことですが」
「あ、ご、ごめんなさい」
 昨日のユエル様の話でいくなら、イレクくんのお母さんは、イスラさんの「眷族」なのだろう。そう思ったから、興味がわいた。できればどんな人なのか会ってみたいなって思った・・・のに。
「ごめんなさい、わたし」
「ミズカさんが謝る必要はありませんよ。それに、もう昔のことですから」
「昔って、・・・訊いていいかな?」
「ミズカさんが生まれるより前のことですよ。戦渦に巻き込まれて・・・・・・事故死とでもいうんでしょうか、あれも」
「・・・・・・」
 わたしがユエル様の眷族になってから、大きな戦争は二度ほどあったと思う。
 けど、ユエル様とわたしは「冬眠」をすることで戦禍を免れてきた。一度目は五年程、二度目は十年程、地下で眠り続け、時を過ごした。
 おかげで戦争の被害に遭うこともなく、その悲惨さも、わたしは見ずに済んできた。
 イレクくんは何事もないように今こうして笑っているけれど、辛かったに違いない。たとえ人外の存在だといったって、肉親を失う悲しみは、人間と同じだもの。
「お母さんのこと、憶えてる?」
 イレクくんは静かに笑い、頷いた。
「聡明で美しい女性でした。あの父・・・イスラにして、頭が上がらなかった唯一の存在でしたから」
 イスラさんの眷族になって、イレクくんを生み、ともに過ごした期間は、五十年程だったという。長く生きている彼らにとって、その五十年はきっとあまりに短い期間だったろう。
 ・・・そうだ。母親といえば。
 ふと頭に浮かんだ、美女の顔があった。
 イレクくんにその人のことを訊こうとしたのだけど、あいにく、忙しないベルの音に邪魔をされてしまった。
 真鍮の呼び鈴を、誰かが受付場所で鳴らしている。
 一度鳴らせば済むだろうに、何度もしつこく、ベルを振っている。
「お客様のようですね」
「うん」
 頷いて、わたしはイレクくんとともに玄関脇に設けた受付場所へと急いだ。


 もしかして、このせっかちなベルの鳴らし方は・・・と予想していた人が、受付場所にいた。片手を腰にあてて、急いで駆けつけたわたしを傲慢な態度で睨みつける。
 やっぱり。
 甘ったるくてきつい香水の香りが、エントランス中に漂っている。
 ・・・アヤコさんだ。
 昨日とは変わって、カジュアルなスタイルだ。丈の短いTシャツに黒のカプリパンツ、ビーズのはめ込まれたミュールからのぞく足先は、水色のペディキュアに彩られている。一部の隙もないオシャレ具合といったところだろうか。きっと洋服もバッグも、ブランドものなんだろうな。廉価品じゃないってことくらいは、なんとなくわかる。
「まったく、対応が遅いんじゃなくて? 客をこんなにも待たせるだなんて?」
「・・・すみません」
 こんなにもって、ほんの一、二分のことだと思うけど。なんて口答えは、もちろんしない。
「さっさとユエル様のところへ通してくださらない?」
「はい。あの、こちらに記帳を」
「毎回毎回、手間を取らせるのね? あなたが書けばいいんだわ」
「いえ、でも」
「愚図なうえ、物覚えまで悪いだなんて、処置なしね。まったくユエル様はどうしてこんな使えない子を雇っているのかしら?」
「・・・・・・・・・」
 反論の余地もなければ、その勇気もない。
 腹が立つというより、少し・・・う〜ん、これはどういう気分なのかしら。
 むろん、軽く落ち込ませてはもらったけど。
 高飛車で嫌味ったらしいアヤコさんだけど、実は、そんなには嫌いじゃない。
 わたしのことを「鬱陶しく目障り」だと思っているのがあからさまで、顔色をいちいち窺わなくていい点、楽だ。
 とはいえ、わたしが何を言ってもアヤコさんを苛立たせてしまうとわかっているから、対応には困ってしまう。
 そんなわたしに助け舟が、漕ぎ出された。
「お手数ですが、これも規則ですので、ご記帳願えませんか」
 漕ぎ手は、イレクくん。
 イレクくんの口調は丁寧だけど、それだけに冷徹な感がある。
 アヤコさんの不機嫌そうな顔が怪訝そうな顔に変わる。
「なんですの、あなた」
 イレクくんは笑顔のまま、答えた。
「ユエル様の、遠縁にあたる者です」
「あ、あら、そうなの?」
 アヤコさんは、本当に分かりやすい。
 ほんの数秒前まで、「何、この小生意気な子供は?」とイレクくんを睨みつけていたというのに、「遠縁」という言葉を聞くやいなや、みごとな早さで手のひらを返した。
 イレクくんもさすがで、アヤコさんの手綱の取り方を、すぐに取得してしまった。
 遠縁なんて嘘だろうけど、ユエル様の「身内」だと言えば、ユエル様の信望者は容易く平伏する。そのことをわずか半日足らずで悟ったイレクくんだ。
「僕はイレクと申します」
 そして、握手を求めるため、手を差し出した。アヤコさんは少し腰を屈め、愛想よく笑い、その手を取った。
「初めまして。わたしは桜町亜矢子と申しますの」
「そうですか。よろしく、アヤコさん」
 もし、第六感の優れた人なら、あるいは霊感の高い人なら、気づいたかもしれない。
 イレクくんの双眸が、一瞬、きらりと鈍く光った。そして同時に、二人を取り巻く空気の色が変わった。
 握られたアヤコさんの手から、イレクくんの手を伝って、生気が奪われていく。
「今日は、お疲れではありませんか? 帰って、少し眠った方がいいでしょう」
「・・・眠り・・・」
「そう。今日はもう、帰られた方がいいですね。・・・ね?」
「帰・・・る・・・」
 イレクくんは、微笑んだ。一見優しげなその笑顔。
 けれど、背筋に冷水をかけられたかのように、ひやりと冷たい。
「さあ。このまま振り返らずに、どうぞお帰りください。・・・アヤコさん」
「・・・・・・」
 アヤコさんは木偶人形のように、ぎこちなく頷く。やがてイレクくんが手を放すと、アヤコさんは覚束ない足取りで、屋敷を出て行ってしまった。
 わたしはただ茫然と立ち尽くしていた。ぽかんと、間の抜けた顔をして。
 そんなわたしの背後から、パチパチと、手を叩く音が聞こえた。
「お見事、イレク」
 愉快そうに笑むユエル様が、そこにいた。


 ユエル様はくすくすと笑い、厄介払いができたと、人の悪いことを言う。
「幻術を使うのが得意だとは聞いていたが、なかなか強引だね、イレク。生気は、ちょっと飲みすぎの気もするが?」
「あれくらい大丈夫でしょう、あの方は」
「そうだろうね。まぁ、味の方はいまひとつだが、少々飲みすぎてもすぐに回復できるほどの生気の持ち主ではあるからね」
「ミズカさんに酷いことを言うものだから・・・」
 そう言ってから、イレクくんは改めてわたしの方を見る。
「余計なことをしてしまったでしょうか? つい、腹が立ってしまって」
「う、ううん。ありがとうって言うのも・・・なんだけど」
 わたしは頬を掻き、笑ってみせた。
 アヤコさんを幻術にかけて撃退してくれたこと、わたしはやっぱり・・・ちょっと・・・感謝してる。
 もやもやした気分は、ほんの少しだけ、残ってしまったけど。
「あの方はミズカさんに対して、いつもあんな態度なんですか?」
「でも、慣れたから。あれくらいはっきりした態度で出られると、かえって楽だし」
「そういうものなんですか?」
「うん。でも、イレクくん、ありがとう。わたしのこと、気にしてくれて」
 不思議で、くすぐったい気分だった。
 こんな風に率直に気遣ってもらうなんて、めったになかったから。
「ミズカ」
 突如、頭上からユエル様の声が降ってきた。
 いつの間にか、ユエル様はわたしの真後ろに立っていた。
 いつもより低いトーンの声で名を呼ばれて、ぞくりと鳥肌がたった。
「ミズカ。出かけるから、ついてきて」
「えっ、あ、はいぃっ」
 素っ頓狂な声を出してしまった。
 だって、耳元でささやくんだもの、ユエル様ってば!
「イレク、留守を頼むよ。来客は適当にあしらっておいてくれればいい」
「・・・はい、わかりました」
 イレクくんは叱られた子供みたいに肩を竦め、けれど笑いを堪えているみたいな顔をして、ユエル様を見る。
 振り返ってみると、ユエル様はわずかに眉間に皺を寄せている。
「あっ、あの、どちらへ?」
「いいから。じゃ、イレク。後は頼む」
「はい。いってらっしゃい」
「ユッ、ユエル様?」
 踵を返し歩き出したユエル様の後を、わたしは急いで追いかける。
 ユエル様の気紛れはいつものことだけど、わたしの器は狭量で、なかなかそれに慣れないでいる。
 ユエル様の突飛な行動に一喜一憂するわたしの身にもちょっとはなってほしいものだなんて、増長慢にすぎる。
「まっ、待ってください、ユエル様!」
 せめて、置いてきぼりにはしないでください。
 わたしの心の声が聞こえたとは思えないけれど、ユエル様は足を止め、振り返ってくれた。
「慌てると転ぶよ、ミズカ。君は、存外ドジなところがあるからね」
 余計な一言を付け足して。

* 続 *