波うつ豊かな長い金の髪、そしてなめらかな白珠の肌、瞳は海面を映したかのような青色。
ノースリーブで黒地のカットソーには有名な国外ブランドのロゴが左胸に小さく入っている。首からさがっているネックレスと同じ形のロゴで、ブランドに疎いわたしでも、そのブランド品がいかに高級か知っているほどに有名なデザイナーズブランドだ。きっとスカートも同じブランドのものだろう。黒地のスカートは、膝上何センチなのか、ついはかりたくなってしまうほど、短い。マネキンも尻ごみするくらいの美脚を惜しげもなく見せてくれている。
露出の多い格好なのに、下卑た感はない。高級な衣服につりあう雰囲気を、全身にまとっていた。
唖然として魅入ってしまう迫力の美貌と、映画女優か一流のモデルのようなスタイルのよさは、なるほど、吸血鬼のイメージを損なわない。
「あらぁ、この子がユエルの眷族になった子ね!」
したったらずな口調だけど、妙な訛りのないきれいな日本語だ。
立ち上がり、駆け寄ってきて、そして――、
「――っっ!!」
いきなりわたしに抱きついてきたのだ。
硬直してしまった。
もちろん、イヤじゃないんだけど、なにしろ突然でっ!
「ほんと、かっわいいわねぇ」
と言って、わたしの髪を撫でて、頬擦りをする。
ふんわりと甘くて柔らかい香水の匂いがする。
もしわたしが男だったら、きっと鼻血を出して卒倒したわ。
頬にあたる豊満な胸の感触が、心地好くて。
「アリア、そろそろ離れたらどうだ。ミズカが固まってる」
「あんっ」
ユエル様は金髪美女の肩を掴んで、半ば強引にわたしから引き離した。
「んもぅ、ちょっとくらいいいじゃない」
「せめて自己紹介を済ませてからにしたらどうだ?」
「あら、そうね」
ここは神々のおわす天空の国か、はたまた極楽の園かと思うくらい、目も眩むような美しい情景が、今、わたしの前にある。
白銀の髪の美男と黄金の髪の美女が並んで立っているのだ。
美男の方は不機嫌そうに眉をしかめているけれど、美女の方は大輪の花のように微笑っている。
「あらあら。呆けちゃってるわ」
呆けずにはいられませんよ、こんなのっ。
ユエル様の美貌にすらまだ慣れず、ドキドキしてしまうというのに。
「――ミズカ」
「はいいっ」
ユエル様の冷たい手が、わたしの頬に触れた。
「ミズカ、落ち着きなさい」
「はいっ、すみません」
我ながら、持っていたワインを落とさなかったのは上出来だった。
「紹介しよう。彼女は古くからの友人の――」
「アリアよ。よろしくね」
「・・・っ!」
言うのと同時に、アリアさんはまたわたしに抱きついた。
「アリア」
そしてまた、ユエル様に強引に引っぺがされた。
「はっ、初めまして。ミズカと言います、わたし」
「あなたのことは聞いていたわ、ユエルからね。会えるのを楽しみにしていたのよ」
「は、はあ・・・」
「聞いていた通りね。ユエルがようやく眷族を持ってくれて、それがあなたみたいな子で、本当によかったわ」
「え?」
「あたしの人を見る目は確かよ。ねぇ、ユエル?」
「・・・・・・」
アリアさんは暁の女神のように笑み、その笑みを受けてユエル様は苦虫を口に入れられたような渋面になっている。
わたしは首を傾げた。
そうだ、眷族といえば、その説明をしてもらえるところだったんだ。
そう思ってユエル様を見ると、また、ユエル様はわたしから目を逸らした。
「アリア、一人なのか?」
「ええ。でも、あいつもすぐに来ると思うわよ」
「来るのか、結局」
「そりゃぁ、来るでしょう。先輩風吹かしにね」
「・・・・・・」
ユエル様は小さく舌打ちして、黙ってしまった。
「あっ、あの、ユエル様。お茶を淹れてきます、わたし」
気まずい沈黙が流れているようなことはないのだけど、ユエル様が困っているような気がして、なんとなく、話題を転じる必要を感じた。
「ああ、そうしてくれ。アリア、まずは座って。話したいことがある」
わたしは「はい」と応え、アリアさんは「はいはい」と応えた。
声が重なって、ユエル様が呆れたように肩をすくめた。
ユエル様のリクエストで、アリアさんに、とっておきのアールグレイティーを用意した。
「ミズカは茶を淹れるのが上手い」
そう言ってくれたことがあった。
食事をしなくていいわけだから、料理の腕はあげようがなかったけど、その分お茶を淹れるのは上手くなろうと頑張った。その努力を認めてくれて、すごく嬉しかった。
その自慢の腕をふるうべく、骨董品的価値のある磁器のカップに、紅茶を注ぐ。
わたしがお茶を用意している間、ユエル様とアリアさんは居間で何やら話を続けていた。
わたしが居間に戻ると話は中断してしまい、何を話しているのかはわからなかった。けれど、どうやら眷族のことを話していたらしい。
アリアさんがわたしに訊いてきた。
「眷族のことについて、詳しい説明はされてなかったのね?」
わたしはユエル様を見ることで、その問いに答えた。
そしてまたユエル様は、今度は瞼を伏せるようにして、わたしから目を逸らしたのだ。
・・・いやだ。どうしてそんな顔をするの、ユエル様?
まるで悪いことをしたみたいに。それも、わたしに対して。
「話そうとしていたところに邪魔が入ったんだよ」
「それ、あたしのことを言っているのかしら?」
「・・・否定はしないが」
わたしは運んできたお茶をテーブルに置いた。
反論しかけたアリアさんの注意が、甘い香りのたちのぼるアールグレイティーに移ってくれるように。
「あら、よい香り」
うまくいったみたいで、ほっとした。
一口飲んで、「美味しい」とも言ってくれて、その一言にも安堵した。
「ミズカの淹れる茶がまずいはずがない」
とユエル様が付け足してくれて、もっと嬉しかった。
「あらあら」
アリアさんはからかうように笑って、わたしとユエル様とを見比べる。何か言いかけたようだったけれど、ユエル様に睨まれて、肩をすぼめるにとどめた。
「そういえば、アリアさん」
「なぁに?」
「アリアさん、どこから屋敷の中に入ってらしたんですか?」
「二階からよ。二階のベランダの窓が開いていたから。人が来るのが見えたから、玄関は避けたの」
ということは、アヤコさんが来た時とほぼ同時にやって来たということなのか。
それにしても、二階のベランダからだなんて、泥棒じゃあるまいし。よじ登ったとも思えないけど、どうやってベランダに上がったのかな。それを訊いてみたかったけれど、口にしたのは別の疑問だった。
こそこそしなくちゃならない理由なんてないのに、どうして人目を避けるのか、と。
「つい、身を隠す癖がついちゃってるのよね」
アリアさんは述懐した。
人間に、「人間ではない」と知られるのが怖い・・・というより面倒なのだと。同じことを、ユエル様も言っていた。
「それにしても占いとは、いい考えね。容易く人間の生気を得られそう」
「ああ、まぁね」
ユエル様は投げやりな相槌をうった。
わたしには自慢げに語ったのに。占いという手段を思いついたことを。
占いにこじつけて、手、というより手首に触れる。
それで生気を飲めるのだ。
首に牙をたてる必要はないわけだけど、生気の得やすい場所というのはあって、首もその一つ。こめかみもそうだし、あとは手首もそう。軽く指先を当てれば、生気はそこから流れ込んでくる。
「あたしも何か考えなくっちゃねぇ。ここまできて飢えて消えちゃうなんて嫌だもの」
ワイン色のマニキュアが似合う細い指を唇にあて、アリアさんは小首を傾げる。
見た目判断なら二十代後半くらいに見えるアリアさんだけど、仕種は少し子供っぽい。
ユエル様が「抱きつく癖をなんとかしろ」と言っていたみたいに、すぐにスキンシップを取りたがるのも、子供っぽい一面を表わしているともいえる。
「それなら、乗馬クラブにでももぐりこんだらどうだ? たしか講師を募集していた」
「あら、それ、いいわね? 若い男の子や女の子が沢山いそうだし」
ユエル様の提案に、アリアさんは即座に乗った。
ちなみに、ですけど。
吸血鬼たるこの方達は、一種の魔法みたいなものを使える。『幻惑術』だけど、つまり洗脳みたいなものかな。
「人聞きの悪いことを言うね、ミズカは」
せめて催眠術と言いなさいとユエル様は言うけれど、大差ないと思う。
この屋敷だって、たぶん不動産屋を幻術でだまくらかして手にいれたのに違いないし。
学校にもぐりこむ時だって、そう。
ユエル様は教員免許なんて当然持っていない。というより、もっと重要な戸籍すら持っていないのだから、人外的な手段をとらなくちゃ、教師になんてなれるわけがない。それは、わたしにしたってそうだけど。
「アリアさん、こちらでのお住まいはどちらなんですか?」
「まだ決めてないのよ。あまり人目につきたくはないけど、一人じゃ寂しいし」
「それじゃぁ」
主人の許しも得ず、つい口を出してしまった。
この屋敷に滞在すればいいではないか、と。
二階のベランダにスーツケースを置いたままだというアリアさんに代わって、荷物を取りに来たわたしは、少々、反省している。
差し出がましいことをしてしまったな。
ユエル様のご友人だから、別段構わないだろうと思ったのだけど。
もちろん、迷惑といった風ではなかった。
でも、ユエル様は一瞬躊躇したみたいだった。
「・・・そう、だな。そうしたらいい。部屋は余っているし」
とは言ってくれたものの、何か言いたげにわたしを見、嘆息した。
立場を弁えなくちゃ。
わたしはユエル様に従属している眷族で、仲間というわけではないのだもの。
「気をつけなくちゃね、わたし!」
独語し、スーツケースを転がしてため息とともに空き部屋に入った。
どの部屋も一応は毎日掃除を欠かしていないから、汚れや埃はない。生活感がないだけ。
ベッドはあるけど布団はないから、用意しておかなくちゃ。
たしかわたしの寝室に予備の布団があったから、とりあえずはそれをセットしておこう。
ウォークインクローゼットの脇にスーツケースを置き、まずは窓という窓をすべて開けた。
高原の風は、心地いい。
閉めきっていた部屋の空気を新鮮な空気に入れ替える。緑色の芳香が部屋を満たしていく。
白いレースのカーテンが風にはためいた。窓から離れようと背を向けたわたしの肩に、レースのカーテンが触れ、それを払おうとしたその時だった。
「かわい子ちゃん、みーっつけたっ!」
いきなりっ、突然っ、何の気配もなかったはずなのにっ、背後から何者かに抱きつかれた。
「きゃぁぁぁっっ!!」
だから、絶叫したって、無理はないと思うのよっ!
わたしの叫び声は、吸血鬼に襲われたヒロインのごとく、響き渡った。
真昼の陽射し満ちる、夏の森に。
押し倒された。単にバランスを崩して倒れてしまっただけかもしれないけど。
でも、不可抗力に、倒された。
ベッドではなく、ソファーに。しかも、背後から。さらに首筋に何か・・・ちょっと冷たくて濡れてるものが、ぴとっとくっついた。・・・唇だってすぐにわかって、ほとんど反射的に、わたしは「それ」を払いのけた。
「ミズカっ!?」
わたしの絶叫を聞きつけて、ユエル様が駆けつけてきてくれた。
「ミズカ!」
ユエル様が、手をかざした。眉間を寄せ、手のひらに力をこめている。
「だっ、大丈夫ですっ」
慌てて、ユエル様を止めた。
「大丈夫ですからっ」
大急ぎで立ち上がろうとしたのだけど、よろけてしまった。そのわたしの体を受け止めてくれたのは、わたしに絶叫をあげさせた不法侵入者だった。
「この通り大丈夫だから、そういきりたたんでくれよ、ユエル」
ユエル様は手をかざしたままだったけれど、緊張感はもう解けていた。
「えっ、えと?」
わたしはユエル様と、侵入者の顔を繰り返し見やった。
侵入者は若い男で、にこにこと笑っている。そしてわたしの腕を掴んだまま、離さない。
「えと、お知り合い・・・なんですか、ユエル様?」
わたしが問うと、ユエル様はあからさまに不機嫌な顔になった。けど、どうやら肯定しているらしい。こんなヤツとは知り合いでもなんでもないと言いたそうだけど。
「ミズカから手をどけろ、イスラ。さもなくば」
「あーはいはい。しかしさすがにユエルの眷族なだけあるね。手の早いこと、早いこと」
わたしは途端、真っ赤になった。そして侵入者の顔を改めて見ると、左の頬が赤くなって、手のひらの痕がくっきりとついてしまっている。
「すっ、すみませんっ、わたしったら」
「謝る必要などない、ミズカ。こちらに来なさい」
ユエル様の言葉に従い、侵入者の彼の傍から離れた。
「久しぶりに会うってーのに、つれないなぁ」
「招いた憶えはない。ミズカ、ヤツは放っておいて構わない。・・・行こう」
「ユ、ユエル様、でもっ」
「そーかぁ。ミズカちゃんって言うのかぁ。その娘が栄えあるユエルの眷族で・・・」
「イスラ」
冷たく、ユエル様は彼の言葉を遮った。
「煩い、イスラ。私を怒らせるな」
「俺に対して怒ってないおまえさんなんて見たことないね」
「その通りだな」
「アリア、来てんだろ? 途中まで一緒だったんだけどなぁ。それとおまえさんに会いたいってヤツがいて、一緒に来たんだが」
「彼でしょ? 玄関から入ってきたわよ、ちゃんと」
いつの間にか現れたアリアさんが、口を挟んだ。隣に、十歳前後と思われる男の子を伴って。
「初めまして」
ぺこりとお辞儀をしたその男の子は、続けて謝罪した。
「父が失礼をしたようで、ごめんなさい。よく叱っておきますから」
――ちっ、父っ!?
亜然愕然の単語が頭を叩く。
わたしはへなへなとその場に座り込んでしまった。
ともあれ。
わたし達は居間に戻った。新たな来客を迎えて。
ユエル様は憮然とし、一人用のソファーに深く腰かけている。侵入者の彼・・・イスラさんは窓の縁に手をつき、壁にもたれかかって立っている。イレクと名乗った、イスラさんの息子さんは行儀良くソファーに座っている。
そしてわたしはというと、アリアさんに促されソファーに腰を下ろしたのだけど、いちどきに現れた来客に混乱してしまって、すっかりへたれてしまっていた。
「少しは落ち着いたかしら?」
「・・・はあ、まあ、なんとか」
「イスラも、いったいどういうつもりでこの子を襲ったりしたの? ルール違反よ?」
厳しい口調で、アリアさんはイスラさんを窘めた。
「いやー、あんまり可愛くてさ」
「言い訳になってませんよ、父さん。その前に、きちんとミズカさんに謝罪なさるべきです」
「父さんって言うなって言ってんだろ? こんな若い男におまえみたいな子供がいるなんて、不自然だっつの」
その通りだ。
イスラさんは見た目、二十代前半か、半ばくらいの年齢に見える。いかにも遊び人といった風体で、気安さと軽率さが絶妙に混じりあった人懐こい笑顔に、吸血鬼らしさは微塵もない。洗いざらしのTシャツに、着古した感のあるジーンズがよく似合っている。
一方で、息子さんのイレクくんは、いかにもお坊ちゃん然としていて、綿シャツもきっちりボタンをしめている。
茶褐色の髪は父親と同じだけど、瞳の色はややイレクくんの方が薄い茶色だ。イスラさんの方が濃く、深い色をしている。
「こいつ、また面倒な年頃で成長止めやがってさ」
「いつも一緒に行動しているわけではないのだから、父さんが面倒がる必要はないでしょう?」
「あら、別行動なの? でも、そうね? いつまでもイスラの面倒なんか見てられないわよねぇ」
「おい、それ逆だろ」
「親らしいことなんてしてないくせに。ねぇ?」
「それでも一応は父親ですから。面倒事を起こさないよう、たまには見張ってなくてはいけないし」
「真面目で、いい子ねぇ、イレクは」
この会話に、ユエル様はまったく参加しなかった。押し黙ったまま、じっとして動かない。
アリアさん、イスラさん、イレクくんに、それぞれ訊きたい事はあったのだけど、それよりもユエル様の事が気にかかって、わたしはおそるおそる、声をかけた。
「ユエル様、あの」
とはいえ、何を言っていいのかわからず、
「お茶、新しいものをお持ちしましょうか」
なんて、バカの一つ覚えみたいなことを言ってしまった。
「・・・・・・」
ユエル様は嘆息した。深く。そして、何かを諦めたか、あるいは覚悟を決めたみたいに。
「そうしてくれ、ミズカ。・・・皆の分も、頼む」
「はいっ」
応え、わたしは勢いよく立ち上がった。
「ミズカ、続きを話すから」
「はい?」
「こいつらを交えて話すが、それでも、良いね?」
「え、ええ。それは。ユエル様がいいのなら、わたしは構いません」
「・・・そうか」
ユエル様はまたため息をついた。
わたしは首を傾げた。
なんだろう、ユエル様? 表情が、暗い。
気になったけれど、今はとにかく、新しくお茶を淹れてこなくちゃ。
大急ぎで、わたしは居間を出で行った。
背後に、三人の視線を感じながら。
話の続きというのは、「眷族」のことだった。そして、吸血鬼の子孫については、それに付随してくるもののようだ。
即座に口を挟んだのは、イスラさんだった。
「なんだおまえ、ミズカちゃんにまだ説明してなかったのかよ? ありえねー。ってことは、なんだおまえ、まだ」
「父さん、少し黙って」
「へーへー」
ふと気がついて、わたしは改めてイスラさんとイレクくん父子を見やった。
だって、「親子」だなんて? 吸血鬼は子孫を残せないって、聞いていたのに?
「何事にも、例外というものはあるものだよ、ミズカ」
そう言ったユエル様の後に、アリアさんが続けた。
「例外というか、種族的な特徴なのよ」
「種族的特徴?」
「そう。ユエル? あたしから話しても構わないのかしら?」
ユエル様は黙したまま、けれど諾と目で頷いた。
「あたし達の種族の中には、期間限定の『生殖者』がいるのよ。つまり子を成せる『力』を持った者が、時々現れるの。あたし達は群れない種族だから、どれくらいの『生殖者』が同時期に現れるかは把握できないのだけど」
「・・・はぁ」
「生殖能力は期間限定なの。その期間は個体差があるから一概には言えないけれど、大体百年から二百年くらいじゃないかしらね?」
「個体差というのは、そいつの『力』具合とも言えるな。強ければ、期間は長い。・・・たぶんね」
イスラさんが付け足した。さりげなく、自慢しつつ。
「俺は二百年近く期間があったぜ? ギリギリのところで生殖できたからよかったぜ」
「それまでの期間を遊んでばかりいたからでしょう、父さんの場合は」
「必要な品定め期間だったと言ってほしいね」
「ふぅん?」
イレクくんは何か言いたそうに、わざとらしく鼻を鳴らした。
「・・・?」
あれ? と思ったことが幾つかあったのだけど、それを訊く間もなく、話は続いた。
「ある年齢に達すると『生殖者』は生殖能力が発現するの。自覚症状は、あるわ。これはどう説明していいかわからないけれど、ああいうものは不思議と、ふっと気がつくのね。それに体内に余分な生命が溜まっていくのがわかるのよ。そしてもう一つ、生殖者は他の者とは違う『力』を与えられる。これは、とても重要な『力』よ」
はあ、と相槌をうつ。わかるような、わからないような。
わかることといえば、『生殖者』という特別な存在が吸血鬼達の中にいるということ。そしてその存在が、子孫を残せるのだということ。
「生殖者の相手は、大抵の場合、人間から選ばれるの。実際イスラの相手も人間の女性だったし、あたしもそうだったわ」
「人間から選べという決まりはないけど、同族で同じ生殖者を見つけるのは難しいしな。良くも悪くも、俺達は個人主義だからね、生殖者同士が一堂に会するなんてことは、まず有りえない」
イスラさんの言葉を受けて、アリアさんが小さく笑った。
「こうして、生殖が終わった後でなら、会えることもあるのにね。神様とやらがいるんだとしたら、きっととんでもない気紛れ屋さんなんだと思うわ。大体、あたし達みたいなモノが存在すること自体、神様とやらの悪戯みたいなものですものね?」
「言えてるな」
アリアさんとイスラさんの会話に、ユエル様はまったく参加しない。黙して、表情を消している。
淹れなおしたお茶にも、手をつけていない。
わたしはそんなユエル様の様子が気になって、そわそわと、アリアさんとユエル様とを何度か見やった。
「ユエル? 眷族の説明くらいはあなたからしたら?」
落ちつかなげなわたしに気づいてくれ、アリアさんはユエル様に話をふってくれたのだけど。
「・・・・・・・・・」
ユエル様は僅かに眉をひそめただけで、端正な唇を動かしてはくれなかった。
「まぁ、いいけど。そうそう、それで、『眷族』ね?」
アリアさんはわたしの方に向き直った。
「ほとんど説明がなされていなかったみたいね? 眷族という、とても重要な存在のことについて」
「重要? って、眷族が、ですか?」
「そうよ。とても、大切な存在なの」
そういえば、ユエル様も言っていた。「とても大切な存在なのだ」と。
もう一度ユエル様に目を向けると、ユエル様は、今度はわたしから目を逸らさなかった。
けれど、深い湖水のような緑の瞳は、何も語ってはくれない。
沈黙を保ったまま、わたしの一挙一動を見つめている。
・・・思いだす・・・。
ユエル様のあの瞳は、わたしを『眷族』にする前の瞳と似てる。じっと見つめて、わたしに何かを見出そうとしているような――
「あ、あの、ですけどっ」
話を進める前に、わたしは確認のため、訊いてみた。
アリアさん、イスラさんの両人は、生殖者なんですね、と。
答は、是だった。ただし、「だったのよ」と付け足して。
そして、さらに付け加えたのだ。
「ユエルもよ」
と。