会社においてはわたしの『上司』で、プライベートにおいてはわたしの……こっ、『恋人』の高倉維月さんは、あまり自分のことを語らない人だ。
ただの『上司と部下』という関係だった頃からも一緒に飲みに行っていたけど、そうした期間があったにも関わらず、高倉主任のプライベートって、知らない事が多かった。
別段隠している風ではなかったから、訊けば、大抵は困った顔もせずに、教えてくれる。
「詮索されるの、イヤじゃありませんか?」
と、少しばかり不安になって訊けば、
「美鈴になら構わないよ」
と、こちらが困るような事を言って返してくる。
お兄さんがいるのは知っていたけど、妹さんがいるのは知らなかった。
学生の頃からずっとテニスをやってて、今もサークルに所属してることも、最近知った。
腕時計マニアで、古いアナログタイプの時計をいくつかコレクションボックスに収納していて、たくさんはなかったけど、意外なところでこだわりを持つ人なんだと、新たな発見もした。
ピーマンが嫌いだって知って、つい笑ってしまったし、玉子焼きは甘い砂糖入りはどちらかといえば苦手らしいことも、教えてもらった。
訊けば、維月さんは話してくれる。
だけど、わたしに訊き返してくることは、少ない。
わたしを気遣ってくれてるのだと気づいたのは、……つい最近。
ずっとそうしてくれていたんだって、遅まきながら、ようやく気がついた。
維月さんの過去のことを、知りたくないのに、時々知りたくなる。
聞いたら落ち込むかもしれない自分を分かっているから、維月さんの過去の『彼女』のことなんて、知りたくなかった。
つき合う前には、そんなこと全然思わなかったから、わたしが直接聞くことはなくても、そういう話の流れになった時だって、別段平気で、聞いていられた。
……こういうのが心境の変化で、わたしが高倉主任を特別に意識してる証拠みたいなものなんだろう。
高倉主任……ううん、上司ではない『維月さん』は、どうだったのかな?
維月さんも、こんな風にわたしに対する心の変化を自覚していたんだろうか。
わたしはほとんど無意識に、維月さんを見上げていた。
維月さんはキッチンに立ち、朝の目覚めを促してくれるコーヒーを淹れてくれていた。
「何、美鈴?」
わたしの視線に気づき、維月さんは微笑を浮かべる。
わたしと違って寝起きのいい維月さんは、わたしと違っていつでも余裕たっぷりに見える。
そんなことないよって維月さんは笑うけど、そんなこと、あると思う。
「維月さん、あのぅ……」
ぼんやりと寝ぼけた頭では思考をまとめることもできないし、抑えることも当然できない。
寝ぼけ眼を維月さんに向け、わたしはぽろりと言葉をもらした。
「維月さん、……わたしのこと、好き、ですか?」
「…………」
頭も身体も、ふわふわ夢見心地。わたしはまだ半分眠ってるのかもしれない。
維月さんの夢を見てるのかもしれない。
力が抜けて、そのまますぐ後ろにあるソファーベッドに身体を預け、目を閉じてしまった。
「美鈴」
日曜の朝はもっとゆっくりしてていいよね。あと……もうちょっと…………
「美鈴?」
すぐ近くで、維月さんの優しい声がする。苦いような甘いようなコーヒーの香りと一緒に、維月さんの手が、わたしの頬に触れている。
維月さんがわたしの横に腰かけて、肩を貸してくれた。ベッドに戻ろうとしたのだけど、この方がずっと心地いい。
「…………だよ、美鈴」
維月さんはわたしの髪を指に絡め取り、そして耳元でささやいた。
「ん……、わたし、も……」
あともう一歩踏み出して、そして維月さんの心に近づこう。
たった一言があれば、きっと、それはできるはず。
維月さんは、そうやってわたしの心に触れてくれてる。
詮索をするのではなく、そうしてわたしの心を知ってくれる。
わたしにも、できるのかな……?
不器用なわたしにも……?
「好き、です、維月さん」
眠り込んでしまったから、維月さんの反応は窺えなかったけれど。
* 終 *