くだらない、わがままだ。
ひとりごちて、嘲笑した。
ため息が、俺の腕に抱かれ寝入っている美鈴の額にかかる。汗に濡れた髪が、ひどく艶かしい。
白み始めた空を目の端にとらえつつ、美鈴の閉じられた目を見つめ続けている。
睫が長い。涙の痕が眦に残っている。
時折瞼がぴくりと動くが、目を覚ます気配はない。
華奢な肩を指先で掻いてみるが、起きる兆しはまだ見られない。美鈴は安らいだ寝息をたてて、眠り続けている。
疲れきっているのだろう。
それを思うと、起すにはしのびない。だが、無理やりにでも起して、さらに疲れさせてやりたいという悪戯心も湧いてくる。
美鈴の、くせのある柔らかい髪は、撫ぜ、触っていると手に馴染み、気持ちがいい。
美鈴はその「くせ」が好きではないらしく、「くせ」が目立ってくる前に、切ってしまう。
彼女は何かにつけて、そうだ。自分自身を無下に扱い、正視しないところがある。感情もだ。
繊細すぎるのだろう。あるいは、素直すぎるのかもしれない。
そして彼女は、そんな自分自身の感情を――懼れている。
だから、なのだろう。
美鈴の口から今まで一度も漏れたことのない言葉があり、俺は常にその言葉を聞きたいと欲している。
艶かしく喘ぐ声に、ちらりとでもいい、紛れ込ませて呟いてくれたなら・・・。
「イヤ」ではなく、「好い」と。
俺ばかりがそれを云っているのが滑稽にすら思え、つい、美鈴を責めてしまう。美鈴の心をではなく、身体を。
「俺だけが」
自嘲まじりに、言葉を紡ぐ。
「俺だけが言うのは、不公平だな」
「そ・・・そん・・・なっ」
荒い息の隙間をぬって、美鈴は抗議しようとする。俺を、薄目で覗き見るようにし、泣く。
「そんな・・・こと言うなんて・・・維月さん、ズルい・・・っ」
「ズルのは、美鈴だ」
俺は責め続ける。唇で、指で、・・・俺の全てで美鈴を追い詰めてゆく。
「不安で、たまらない」
俺の呟きは、少なからず美鈴を動揺させたようだった。
美鈴は目を見開き、俺を見つめ返した。
「・・・不安なんだよ。本当はイヤなんじゃないかって、ね。美鈴の言葉を、額面通りに受け取るのなら」
「そっ、そんな・・・っ」
「うん、そんなことないって、それは分かってる。だからこれは、俺の、ただのわがまま」
「・・・・・・」
美鈴は何か言いたげに、だが、どう応えてよいのか分からないといった風に、黙りこくってしまった。
好き、という告白ならば、彼女は恥じらいつつも、口にしてくれる。
それは、美鈴の素直な感情でもあるが、俺に対しての誠真だからだろう。彼女の心は、俺を想い、恋うてくれている。
が、――身体は。
それが、不安だった。
心だけではなく、身体ごと、俺に恋焦がれてほしい。俺が、そうであるように。
浅ましい欲望を美鈴に悟られるのが怖かった。ゆえに、自制はしている。
我ながら、惰弱だと思う。
美鈴に去られるのが、不安でたまらない。不安のあまり、美鈴に縋り、甘え、時には縛ってさえいる。
そして、愚かにも「俺ばかりが」と、責めてしまうのだ。
美鈴を、逃げる力をなくさせるほどに激しく責め立て、腕の中に押し込める。
美鈴は泣きながら、必死で俺を受け入れている。そうした時の美鈴の声ほど、俺を心酔させるものはない。
心をかき乱す不安も、その恍惚とした瞬間には、はじけて消える。
起き上がろうと、美鈴の肩を抱いていた腕を、そっと抜き、離そうとした。
「・・・・・・」
だが、止められた。美鈴の身体が動き、俺の身体にさらに密着してきたのだ。
目を、覚ましたようだ。いや、あるいは、目を覚ましていたのかもしれない。
「維・・・月さん」
美鈴は、俺の胸に顔を埋めて言った。手に、力がこもっている。頬の熱さが、肌の奥へ沁みてくる。
再び、美鈴の裸身を包み込むようにして、きつく抱きしめた。
美鈴はためらいを押しやって、半ば唐突に、切り出した。
「維月さん・・・あの、・・・よかった、です、あの、・・・すごく」
「・・・・・・」
「気持ち・・・よかった、です」
俺の顔を見ず、か細い声で、言った。語尾が、硬い。
「ずっと・・・今も、気持ちいいです」
俺の望んだ言葉を、美鈴はたどたどしく、口にする。美鈴の心音が、肌を通して響いてくる。身体のほてりが、急速に伝わってくる。
晩夏の朝、ようやく姿を現したばかりの太陽は、室温を上げるほどの効力をもたない。だが、満ち溢れる朝日の美しさは、たとえようもない。
眩み、とまどう。
まいったな、と、俺は苦笑まじりに嘆息した。
美鈴のこうした言動が計算ずくであるのなら、たやすく白旗を揚げるようなことはない。
が、美鈴に計略はない。他愛なく、子供っぽくすらある所作をしてみせるだけだ。
たったそれだけで、美鈴は俺を陥落させる。
「――ズルイな、美鈴は」
その呟きは、胸に収めた。言えば美鈴は、拗ねて、言い返してくるだろう。
その表情までもが、俺をときめかせるのだから、たまらない。
だから、仕返しをしたくなる。返り討ちにあうことを、むしろ、望みつつ。
「・・・美鈴」
美鈴の乱れた髪を、掻きやった。美鈴の身体が反射的に強張る。
俺は俺の体内の熱を、さらに高める。美鈴の耳元に唇を寄せ、その熱を感染させる。
「美鈴、教えて」
「・・・っ」
「どこが、よかった? もっと、好くしてあげるから」
「・・・ゃ・・・っ」
美鈴は身を竦ませ、小さな声をもらした。
俺をやすやすと溺れさせる美鈴の「罪」に、相応の「罰」を。
美鈴は甘んじて受けるだろう。
心と身体、その全てで。