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指を絡めて、寄り添って

 寂しい、なんて。
 一人で夜を過ごすのが寂しくなるなんて。
 ……そんな自分にまだ、戸惑ってる。


 独り暮らしを始めて二ヶ月。
 念願の独り暮らしは慌しく毎日が過ぎ、慣れるまではなかなか落ち着かなかったから、一人でいる寂しさを感じる暇もなかった。
 でも、慣れてしまうって、こわい。震えてしまうくらいに。
 もちろん慣れることは悪い事じゃないし、むしろ楽になることの方が多いと思う。
 ――だけど。
 慣れてしまうと、一人きりの部屋のあちらこちらにある空虚な穴が目に入るようになってしまう。
 普段は気づかないような、小さな小さな、暗い虚。


 仕事でちょっとした失敗をした日や、実家からおざなりな電話がかかってきた休日、会いたくないからと避けていた人の噂話を聞いた晩。
 些細な事が原因で、気分が浮上しない日ってある。
 そんな日は、テレビを観ていても、好きな音楽を流していても、借りた本を読んでいても、……何をしていても気分は紛れず、暗く沈んでしまう。
 それはきっと、わたしがもう「独りきり」ではないからなのだろう。
「…………」
 充電されている携帯電話に目をやる。そして、ほとんど無意識に手を伸ばして、着信履歴の一番上にある人に、リダイヤルをしていた。

 電話で聞く彼の声が好きだった。
 同時に、ちょっと後悔もする。
「どうしたの、美鈴?」
 ほんの少しの沈黙が、電話越しだと、酷く重く感じられる。
 なんでもないです、と、応えられない。
 だって今、わたしは彼のことを独り占めしている。
 わたしだけに向かって喋り、わたしの声だけを受けている。
 そしてわたしも今、彼にだけ話しかけ、彼の声だけを耳に寄せている。
「維月さん」
 彼の名を口にするだけで、心が震える。
 頼りない自分の声が恥ずかしくて、わたしはベッドの上、背中を丸めて膝を抱えた。
 ほんの数時間前まで、何時間も一緒にいたのに。
 上司である彼とは、ほぼ毎日、会社で顔を合わせている。
 だけどそれはあくまで「上司と部下」としてだから、それだけじゃ足りなくて。
 ……もっと傍にいたいと、傍にいてほしいと、求めてしまう。
 贅沢なことだって分かってる。
 毎日顔を見ていられて、間近に声を聞ける。
 それなのに、……ううん、だからこそ、なのかもしれない。
 上司じゃない、「高倉維月」さんに会いたくて会いたくて、堪らなくなる。
 優しい腕に抱かれたいと、欲してしまう。
 泣きだしたいくらいに、今、こんなにも、維月さんが恋しい。
 わがままだって分かっているのに。維月さんの負担にだけはなりたくないのに。
 ――自分の弱さに、泣きたくなる。
「美鈴、今、アパートだね?」
「……え? はい……あ、の」
「じゃ、行くから」
「え……」
「すぐに行く」
 短く言って、維月さんは通話を断った。

 仕事を終え、帰途についていたらしい維月さんは、進路をかえてわたしのアパートに駆けつけてくれた。
 一緒に食べようと、ワッフルを携えて。
「この店の好きだって言ってたよね?」
「あ、はい。……じゃ、紅茶、淹れますね」
「うん」
 維月さんは何も訊かない。
 何も訊かず、わたしに笑いかけて、傍にいてくれる。そうして、買ってきたワッフルを、一緒に食べてる。
 四つあるワッフルのクリームはそれぞれ別種で、バニラカスタードとストロベリーとチョコラ、それと新発売の黒糖。
「美鈴、その黒糖、美味しい?」
「う〜ん、それなりです。……半分、食べます?」
「うん。じゃ、こっちのショコラも半分」
「わたし、ショコラとバニラが好きなんですよ。とくにショコラは程よい甘さで、癖がなくて」
 ナイフで切り分けた黒糖のクリーム入りワッフルを維月さんに手渡すと、維月さんは強引に手で切り分けたショコラクリームのワッフルをわたしに差し出した。
「そうなんだ。美鈴は定番の味が好きだよね、そういえば」
「うん、そうかも。あまり冒険ってしないんで。維月さんはけっこう新発売とかに弱いですよね? 前も、新発売のカップアイス買って……微妙な顔してましたし」
 維月さんは苦笑して、紅茶を一口すすった。
 それからふっと目元をやわらげて、わたしを見つめる。
 わたしは訳もなく赤面して、ショコラクリームのワッフルをほおばった。
「美鈴は本当に美味しそうな顔をして食べるよね?」
「そ、そうですか?」
「うん、すごく」
 甘いショコラが、舌の上でとろける。
 甘い維月さんの瞳が、わたしの心をやわらげて、痛いくらいに蕩けさせる。
 一瞬の沈黙と、維月さんの悪戯っぽい微笑が、紅茶の香りに混じって、わたしの嗅覚をくすぐってくる。
 鼓動が跳ねたのと、それは同時だった。
「本当に美味しそうだ」
「――……っ!?」
 わたしの口の端についていたショコラクリームを親指で拭き取ると、維月さんはそれをぺろりと舐め、にこりと笑う。
「うん、美味しいね」
「……ちょっ、維っ…………んっ」
 最初、軽く啄ばむようなキスをしてから、維月さんは中途半端に浮いていたわたしの手を胸元に寄せた。指と指との間に、自分の指を挟ませて、握っている。
 次第に深まってゆくキスのおかげで、心に引っかかっていた寂しさは薄れていったけれど。
 代わりに、堪えていた涙がこぼれてしまった。
 維月さんは唇を離して、そのまま何も言わず、わたしを抱きしめてくれた。肩を抱き、髪を撫ぜ、時折耳や額に接吻を落とす。

 何も訊かない。何も言わせない。
 ただ、静かに寄り添ってくれる。
 わたしのわがままを、それと気遣わせずに、包んでくれる。

 きっと、寂しくなる夜はまたやってくるだろう。
 戸惑いは消せないけれど、それでもいい。

 だって。

 維月さんはショコラより甘く、
「寂しがりな美鈴の傍にいられるのが嬉しいからね」
 そう言って、微笑ってくれる。
 わたしの心に空いてる、暗い虚ごと全部、受け入れて。

* 終 *

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