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内緒のメッセージ

 わたしの「恋」はもっかのところ、「秘密の恋」。
 不倫ってわけじゃないけれど、同じ会社の、しかも同じ部署の上司と部下。
 社内恋愛は禁止なんてことは言われてないけど、やっぱり当面は隠しておく方が無難だと思う。
「秘密っていうのも刺激的でいいかもね?」
 高倉主任は冗談めかして言うけれど。
 ……刺激がありすぎて、ちょっとばかり困惑気味のわたしだったりする。


 高倉主任から突然の告白を受けてから、ひと月半。
 わたしこと木崎美鈴と、わたしの上司である高倉主任……高倉維月さんとの「仲」は今のところ誰にも気づかれていないみたい。

 そして今現在。わたしの眉間には皺が寄っている。
 困ったことが起こったわけではなく、ふと思いついたことがあったからだ。
 それは、実にくだらない……というか、しょーもないこと。思いついたきっかけは、今手に持っている書類の束だ。
 この書類を高倉主任に渡すよう、総務課の事務長さんに頼まれた。
「…………」
 書類はもちろん早々に手渡すつもりだけれど。
「……うーん」
 高倉主任もいる、自分の所属している課に戻るその途中でわたしは足を止めた。
 燦燦と照りつける陽射しが暑い、廊下。もうあと二十歩ほど歩けば、高倉主任のいる部屋に着く。そこには高倉主任だけじゃなく、何人もの社員や派遣社員がいて、それぞれの仕事をこなしている。
 だから、「事務長からです」と一言添えて渡すだけ。高倉主任も、「ありがとう」と返すだけだろう。
 事務的な会話に、時々は雑談をまじえることもあるけれど、めったにしないし、今となっては極力避けるようになってしまった。
 秘密の社内恋愛って、すごく骨折りだ。


 だけど、ね。時にはわたしだって余裕ぶってみたくなる。
 高倉主任に先手を取られてばかりで口惜しいし。
 せっかくの……というとちょっと楽しんでいるみたいな響きがあるけど……「秘密の社内恋愛」なのだから、こういう時って、秘密のメモをこっそり書類に挟みこんでおくのが、定石じゃない?
 今夜はあいてるか、とか、日曜日はどこに行こうかとか、そんな感じのメモを挟んでおくの。
 …………我ながら妄想激しいな、とは思うけど。
 けれど結局、メモは挟めなかった。ペンは持ってたけど、紙がなかった。……書く事も、すぐには思いつかなかったし。
 でもいつかやってみたいな、なんてことを考えながら、わたしは高倉主任の元へと急いだ。


 事務長からですと書類を手渡すと、高倉主任はにこりと笑って、
「はいこれ、社内広報。木崎さんの分」
 と、物々交換みたいにA4サイズの社内広報を差し出してきた。
 高倉主任は、わたしの手に渡った社内広報の表紙をぽんっと軽く叩いて、言った。
「すぐ読むようにね」
「……わかりました」
 一瞬高倉主任の瞳に過ぎった、いたずらっぽい光。
 それは「ジャンケンしよっか」と言ってきた、あの時の瞳と同じだった。

 歩きながら、社内広報のページを繰った。
「……う、えぇっ」
 その瞬間に、思わずもれた奇声。
 わたしは慌てて社内広報を閉じ、胸に押し当てた。
 傍にいた人達は、「何事か」と怪訝そうな顔をわたしに向ける。「どうしたの」と声をかけてきた同僚もいた。
 わたしは首を横に振って、
「いや、ほんともう何でもないからっ」
 と答えたものの、自分でも顔が赤くなっていってるのがわかって、平常を装うなんてできなかった。
 ともあれ、「なんでもないから」と繰り返し、急ぎ足で持ち場へ戻る。その途中、わたしは肩越しに振り返ってみた。
 わたしの目は、口元にこぶしを当てて笑いを堪えている高倉主任の姿をとらえた。
 高倉主任め、なんてことしてくれるのよ、もぉぉっ!
 誰も見ていないことを確認してから、わたしは身体を縮こまらせて、もう一度社内広報を開いた。
 テープで貼られた一枚のメモが、そこにある。
『今夜八時、うちにおいで。待ってる。維月』
 あいにくなのか、さいわいなのか、このメモは自動的に消去されたりはしなかった。
 もぉぉっ、高倉しゅ……じゃなくて、維月さんってば、大胆すぎるよ! 心臓が口から飛び出るとこだったよ!
 まだ心臓、鳴ってる。顔も火照ったままだし!
 てゆーかですね。
 これって……以心伝心?
 どうして、わたしがしたいって思ってたことを、維月さんはわかってて、先にしちゃうんだろう。ずるい。ほんとにずるいよ、維月さん。
 嬉しいけど、ちょっぴり口惜しい。口惜しいけれどやっぱり、すごくドキドキして、維月さんが言ったみたいに、刺激的だ。
 ――社内恋愛の醍醐味ってヤツだよね、なんて維月さんは言ってたけど。
 わたしは顔をあげ、離れた場所で派遣社員達に指示を与えている維月さんを見やった。
 維月さんはもう「主任」の顔に切り替えていた。
 わたしを見ないようにしてるみたいだった。
 維月さん直筆のメモをはがし、それを手元にあった化粧ポーチにしまった。
「次はわたしからしてやるんだからっ」
 その決意表明は口には出さず、代わりにこぶしを握り締めた。


 どんな方法で内緒のメッセージを送ろうかな。
 二人だけが解かる暗号なんか、作ったりして。

 できないと思って宣言した「社内恋愛」なのに、ちょっとだけ楽しみ始めている自分がいて、驚きを隠せない。
 だけどやっぱり、わたしばっかりが余裕をもてなくて、焦って、とまどってる。
 維月さんは悪戯っぽく笑い、
「俺だって余裕ないんだけど」
 そう言ってから「ほらね」とわたしを抱きしめた。
「ちょっ、はっ……わわっ」
 押し当てられた維月さんの胸からは速まってる鼓動が聞こえる。
「けど、余裕なんて、要らないから」
「……っ」
 わたしは無意識のうちに、ほどけて首にかかっていただけのネクタイを掴んでいたのだけど、力を入れた拍子にするりとはずしてしまった。
「美鈴、それ反則」
「や、あのっ」
「まぁついでだから、シャツのボタンもはずしてくれると嬉しいんだけど」
「ちょっ、いっ、維月さんっ、もぉっ、何考えてんですかっ」
 一応は、抗ってみる。無駄だとわかってるんだけど。
 維月さんはわたしの顎に手をかけて、顔を上げさせた。そして、艶めいた微笑を浮かべて言った。
「内緒。というか、お楽しみに、かな?」
「…………っ!!」
 顔も頭も、一瞬にして沸騰した。

 甘すぎる刺激はほどほどに。ほどほどに願います、維月さんっ。

* 終 *

こちらのお題はAbandon様の「web拍手用お題」からいただきました。

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