明け方、ふいに目が醒める。
一人寝の時にはありえない早朝の目覚め。
まどろみにたゆたいながら、淡い水色をした空を見、それから視線を落として腕枕をしてくれている人の、めったに見られない寝顔を見つめる。
あれほど身体を濡らした汗は乾き、肌のそこかしこに打たれた細かな熱だけが、うっすらと、ところによってははっきりと、残っている。
ひっそりと嘆息し、肩を僅かに竦めた。
緩急入り混ぜ、息もつかせぬほどの手練手管でわたしを蹂躙したその人は、疲れきった様子で眠ってる。
* * *
わたしと違って、夜にコーヒーを飲んでも、眠れなくなるってことがないらしいその人は、昨夜も夕食後にコーヒーを飲んだ。
香りたつ、オトナの味覚の『アイリッシュコーヒー』。
アイリッシュコーヒーは、どちらかといえばコーヒーというよりカクテルに分類されるのだと思う。
コーヒー通というわけでもないみたいだけど、コーヒー好きのその人……高倉維月さんは、わたしにアイリッシュウィスキーと生クリームを加えるホットカクテルの淹れ方を伝授してくれた。
「維月さんのような、味がします」
そう言ったら、維月さんは苦笑してわたしを見つめ返し、
「あまり不用意なことは言わないようにね、美鈴?」
と、窘めた。
維月さんは苦っぽく笑いながら、だけど嬉しげに目元をやわらげていた。
もしかして、酔ったのかもしれない。
アイリッシュコーヒーに、ではなく。
いつも以上にとまどい、焦るほど、悩乱した。記憶がところどころ曖昧で、抜け落ちてすらいる。
盛る焔が風によって勢いを増すように、その火に引きつけられ飛び込んでいく羽虫のように、わたしは熱を求め、掻き抱いた。
不安で、怖くて、苦しくて、泣きじゃくった。
いつも、そう。
維月さんは優しいささやきをくれるけど、容赦ない。
満月に怯えつつ狂い、喘ぎながら転身する。そんなわたしを熱っぽい目でとらえ、「もっと」と促してくる。
頬を両手で挟んで、顔を背けさせてくれない。
灯かりを消してほしいという懇願は、声になる前に塞がれてしまう。
汗で湿った乱れ髪に鼻を近づけ、「いい香りだ」と笑い、羞恥を煽る。
心と体、すみずみまで支配しようとする維月さんの指先の激しさに翻弄され、わたしはたやすく屈服し、情けなく縋り、慈悲を請うてしまう。
深く繋がり、一つに溶け合う。重なり合った鼓動と呼吸、それを確かめて、維月さんは導いてくれる。
心の奥底に沈め、不器用に隠そうとするわたしの渇きを、維月さんは強引に、こともなげに、掬いあげてくれる。
そして、潤いを与えつつ、宥めてくれるのだ。
「美鈴、大丈夫だから」と、甘やかな声音で。
維月さんはわたしを支配する一方で、解放もしてくれる。
我侭な不安や独りよがりの寂しさを受け止め、そのうえでわたしを見つめてくれる。
だからわたしも見つけられる。
維月さんの双眸に浮かぶ、僅かな惧れを。後悔にも似た、深憂の色を。
吹きつける夜風の音に紛らわせた小さなため息を、肌に感じる。
熱い息と冷めた息。濡れた肌は敏感にそれらを感じ取る。感じ取らせてくれる。
維月さんを、「もっと」と、求めさせてくれる。
それは、維月さんがわたしにかけた『魔法』。
酔いにも似た高揚感が、感じる力を強めてくれる。
* * *
蒼穹に響かせるように囀っているのは、雀だろうか。
秋の清澄な明けの空を、小さな影がいくつもいくつも、過ぎっていく。
日曜の朝は、いつも気だるい。身体は重く、忙しなく飛び交っている雀のようには、動けない。
もうすぐ、わたしが起きていることを察し、維月さんも重たげに瞼を上げる。
濃く淹れたコーヒー色をした瞳が、露わになる。
そして笑いかけてくれるだろう。悩ましげな瞳をわたしに向け、とびきり甘く。
そうしてわたしはまた、コーヒー色をした『魔法』にかかる。
* 終 *