直訳じゃ、詰まらない。
勝手な解釈だっていい。言葉の内側に含まれている『想い』を覗いてみたい。
好き、という言葉の奥底に、わたし自身いろいろな想いを潜めている。
形にならない想いもあるし、別の言葉に置き換えてごまかしてしまうこともある。
わたしの想い人も、言葉の裏に何かを秘めているのだろうか。
* * *
二人でテレビを観つつ、のんびりと酒瓶を傾けている夜。
ちょっと思いついて、維月さんに訊いてみることにした。
「昔、『I love you』っていう文を、夏目漱石は『月がキレイですね』って訳して、二葉亭四迷は『わたし、死んでもいいわ』って訳したらしいですけど」
「……へぇ?」
維月さんはグラスの中の氷を鳴らした。素っ気無い音なのに、アルコール度数の高い液体が絡んでいるせいか、奇妙に、艶かしい。
少しだけ細められた維月さんの目が、わたしをじっと見つめている。
ブランデーよりも、酔わせる度数は維月さんの眼力の方が、うんと高いと思う。
速まる心拍数を感じながら、維月さんに尋ねてみた。
「もし維月さんなら、どう訳します?」
「唐突だね、美鈴」
「唐突ですけど、……維月さんなら気の利いた訳し方してくれそうだなぁと思って」
ちょっとした好奇心だった。
維月さんは、気障な台詞をしれっと言える人だし、気障でない台詞でも気障に聞こえる雰囲気をまとってる人だから、素敵な訳し方が……しかも気障っぽく……できるんじゃないかな、と。
「I love you、ね」
くすっと、維月さんは小さく笑った。そしてグラスをテーブルに戻し、ついでにテレビのスイッチも切った。
少し距離を置いて座っていたわたしに、維月さんは腕を伸ばしてきた。
維月さんはソファーの背もたれに腕を乗せた。手は、わたしの背に触れている。
ひじょうに……くすぐったい。落ち着かないし、どういうリアクションをすればいいのかと、気もそぞろになっていた。
維月さんの指が、肩甲骨に触れた。つうっと、這うように。その拍子にびくりとあがった肩を見て、維月さんはまた笑った。
「美鈴の期待にそえられるかどうかは分からないけど」
維月さんの手が上に移動し、わたしの肩先にかかってる髪を掴んだ。指先で、髪の感触を楽しむように、擦っている。
いつの間にか、維月さんはわたしににじり寄ってきていて、膝が触れた。
「……あ、の」
迂闊といえば、迂闊だった。
けれど、期待していたことだったかもしれない。
わたしの手は、ほとんど無意識に、維月さんのシャツの裾を掴んでいた。わたしの指先は綿シャツのやわらかな手触りではなく、温かな素肌の感触を求めていた。
でも、わたしの手は維月さんの手のように能動的ではない。シャツを掴んだまま、止まっていた。
「俺なら、そうだな……。うーん……」
維月さんの手が、わたしのうなじへと移動した。さわさわと髪の生え際を撫ぜている。
「けっこう直球な訳だけど」
「は、はぁ……」
ほんの少しだけ身体を捩らせると、それにあわせるようにして、維月さんは手に力を入れてきた。
首根っこをつかまれた猫の気分。
逃げられないって状況を、わたしは自ら作ってしまったようだ。
「『私を好きにして』、とか?」
にっ、と、維月さんは笑った。艶かしいことこのうえない目をして。
「そ、それ、なんか、エロっぽいんですけどもっ」
言葉だけじゃなく、表情も声も仕草も、維月さんの何もかもが、全部!
維月さんは、背中に汗をかいてるわたしの焦り顔を愉しがって笑っている。
「じゃぁ、ちょっと変えて」
「変えて?」
「『私の好きにさせて』、とか」
「ほっ、ほんと、直球ですね」
「分かりやすいほうが、美鈴はいいんじゃないかと思って」
首から、じわじわと熱が上昇してくる。
耳たぶが熱い。そう思ったのと同時に、維月さんの唇が、右の耳たぶに触れた。
「……っ」
息がかかり、全身が粟立った。
「という感じで」
シャツを掴んでいるわたしの手に、維月さんのもう一方の手が重ねられた。
もう、わたしは維月さんの罠の中。
――それとも。
罠にかかったのは……。
「どうかな?」
維月さんが訊く。
わたしはちょっと俯きかげんになって、応えた。
「月、が……キレイ、です、ね」
そして、維月さんが耳元でささやいた。
甘く撫ぜるように、維月さんの意訳を。
おりしも今宵は、満月。
皓々とした月光が、夜を照らしている。隠しようのないわたしの気持ちをも。
維月さんの甘くて意地悪な微笑は、わたしの心を乱しながら、優しく包んでくれる。
維月さんの力強く容赦のない両腕は、わたしの身体を隙なく熱く、かき抱く。
狂おしいほど切なく焦がれる、月華の秋宵。
わたしは月に結びつけられ、
* 終 *