どうやら彼女の目に映る俺は、泰然とした態度を崩さない「大人」であるらしい。
不本意だが、そうであらねばならないと思っているのは確かだ。
だから時々それを崩したくなる。「子供」っぽい罠をしかけたくなる。
彼女の初々しい反応に、たとえこちらが先に「落ちて」しまったとしても。
日ごろ、人目を気にして沈着な態度を心がけているらしい彼女は、だが、不意にあどけない少女のような表情を見せる。
彼女は頬を桜色に染めて、拗ねた顔を俺に向ける。
「高倉主任ばっかり余裕で、ずるい」
上目遣いに俺を見て、可愛らしく文句をつけるのだ。
俺を焦らしているなど、考えもしないのだろう。
まったく、敵わないね、彼女には。
だけどね、と、俺は言葉を返す。
「木崎さんも、ずるい」
俺がそう言って笑うと、彼女は反射的に身構える。頬を鮮やかに色づかせて、身体を固まらせ、そうして「誘って」いる。
俺は微苦笑を浮かべて木崎さんの頭に手を置く。肩を竦ませて、木崎さんは瞼をきゅっと閉める。それからすぐに伏せた瞼をあげて、俺を見つめる。
「……高倉主任?」
ため息が、思わずこぼれ出る。
――社内では、と自分を抑えていたのだが。
給湯室には幸い誰もいないし、誰かやってくる気配もない。
ここで偶然木崎さんと居合わせたのは、ご褒美なのかもしれない。
真面目に、物堅く、平静を装っていた俺への。
ありがたく、いただくとしようか。
「社内恋愛の醍醐味ってやつだよね、こういうの」
「は、……え?」
抱きしめたい衝動だけはなんとか堪えられたが。
彼女……美鈴の後頭部を強く掴んで寄せる。美鈴に逃げる余地など与えずに、素早く唇を奪う。
「――続きは、今夜。……ね?」
「……っ」
耳元で囁き、それから身を離した。
「じゃ、また後でね、木崎さん」
そうして身を翻すと同時に、俺は彼女の上司に戻る。
「ちょっ、もぉやだっ、高倉主任っ」
「ハハ、ごめんごめん」
「ごめんじゃ済みませんよ、高倉主任、どうしてくれるんですかっ! もぉっ、心臓がっ」
「はいはい。それじゃ、深呼吸して息整えて」
「うぅっ」
不服げに、木崎さんは俺を睨みつけてくる。
俺はため息まじりに笑って、付け足した。
「木崎さんを乱した責任は、今夜とるから。それで勘弁して?」
木崎さんはさらに顔を赤くして、可愛らしく、わめく。
「もぉぉっ、高倉主任、全然反省してないしっ!!」
赤面し、慌てふためいている彼女をその場に残して立ち去らねばならない俺の気持ちも、少しは解かってほしいのだけどね。
社内恋愛の醍醐味とやらは、これからますます味わえそうだ。苦味を含みつつ、甘くて美味だ。
癖になりそうなくらいに、ね。
* 終 *