「実月って、ブラコンだよね」
と、友人らに言われ続けて、早二十数年。
言われなくとも、自覚してる。
それを改めるつもりもない。というか、たぶん改められない気がする。
ぶっきらぼうだけど優しい長兄と、穏やかそうに見えてその実強引な次兄に甘やかされてきたのだから、しょうがない。
* * *
ブラコンではあるけれど、独立心がないわけじゃない。
長兄が三年前に結婚したことをきっかけに、家を出た。とうに独り暮らしをしていた次兄には、
「お姉ちゃんがほしいって言ってたろ、実月? なら、家を出なくともよかったのに」
と言われ、心配そうな顔までさせてしまった。
「そりゃ昔はお姉ちゃんがいたらなぁって思ってたこともあったけど、この歳になったらさすがにないよ」
そう言ってため息をついたあと、あたしは慌てて言葉を継いだ。
「や、別に他意はないんだよ? お嫁さんも気さくでいい人だし」
「そうか、じゃぁ、小姑になるのがイヤってところ?」
聡い次兄は、ずばりとあたしの心意を当てる。
「う〜ー……、それが本音っちゃ、本音だけど。それ、言わないでよ? なんか情けないし」
「はいはい」
長兄とは七歳、次兄とは五歳の年の差がある。
年の差があるからか、二人の兄はあたしのことをとても可愛がってくれた。喧嘩をすることもあるけれど、「仲良し兄妹」だって言える。
二人とも、あたしの自慢の兄だ。
「嘉月兄にもちゃんと言ってはおいたよ? お嫁さんのこと嫌いなんじゃないよって。単にいい機会だったから家を出たんだって。独り暮らししてみたかったし。……でも、気にしてるかなぁ、やっぱり」
「兄さんは心配性だからね」
くすくす笑っているけど、次兄の維月兄だって、嘉月兄のこと言えないと思う。
あたしが独り暮らしをしたいって、一番最初に相談をもちかけたのは維月兄だったんだけど、その時からずっと、いろいろと面倒を見てくれた。
反対しなかったのも、あたしの気持ちを察してくれたからだと思う。
嘉月兄も、「実月がどうしてもと言うんなら」って渋い顔をしたものの、認めてくれた。
「あたし達さぁ、お互いブラコン・シスコンから卒業した方がいいよね? それもあって家を出たんだよ」
失恋した女の子が髪を切って思いを断つのと同じ心境だ、とあたしが言うと、維月兄はまた忍び笑って、あたしの髪をくしゃくしゃかき回した。昨日、前髪だけを少し切っただけの髪はセミロングの長さを保っている。逆に、維月兄の前髪は伸びすぎて、優しい色の瞳をちょっとだけ隠している。
「それって、俺も含まれるの?」
「そうじゃないと思ってたの、維月兄? まぁ、自分で自分をシスコンだって認めるのはアレかもしれないけど?」
「兄さんは確実にそうだと思ってはいたけど」
「維月兄も自覚した方がいいよ? あたしだってちゃんと自覚してるもんね」
「あまり自慢げに言わないでくれよ、実月」
維月兄は苦笑して、顎をかいた。
ほら。そういうところが“甘い”っていうんだよ、維月兄は。
「維月兄さぁ、今、つきあってる彼女いるんでしょ?」
「ああ」
「彼女、会社の人?」
「うん」
にこりと笑う維月兄の笑顔の、いかにもうれしげな顔といったら!
のろけ顔全開ですネ! ちょっとだけにくったらしい。
今までこんな顔したことないよ、“彼女”のこと話してくれた時。
「いくつ? 今までは同年か、ひとつかふたつ下か上、だったよね?」
「下だよ。七つ」
「なっ、七つっ!? めっちゃ離れてる……っていうか、あたしより下っ!? ちょっと維月兄、それもうシスコン重度ってことじゃない?」
「自分でそれを言うかな、実月?」
維月兄は、ほんのちょっと怒ったような、そして呆れたようなため息をついた。
「だいたい、みす……彼女のことを妹みたいだと思ったことはないよ?」
「そうなの? じゃぁ、年下っぽくなく、しっかりした人なの?」
「いや、そうでもないけど。どちらかと言えば可愛い系だしね。実月とは……少しタイプが違う」
「あ〜……、そうっすか」
あたしは脱力しきった声をもらした。
維月兄の笑顔の甘さに当てられて。
たぶん、その七つ年下の彼女さんも来たことがあるのだろう維月兄のマンションの居間で、あたしはむくれ顔を隠しもせず、維月兄が淹れてくれた紅茶を啜った。
維月兄は茶を淹れるのもうまいし、料理までできる優れ者だ。
ブラコンな妹の欲目バリバリで評するけれど、維月兄は、いい男だ。
顔だって、派手さはないけど整ったつくりで、心意を悟らせない穏やかな笑みには、嫌味がない。
趣味で続けてるテニスのおかげで無駄のない引き締まった体躯をしてて、逞しいというほどでもなくとも、力だって強い。
頭だって、要領だっていいから、今まで付き合ってきた女の数は、数えたことが無いけど、けっこう多かったと思う。
けど、女に対してどこか淡白なところがあったから、長続きしなかったことが多いし、別れた後、どんより落ち込んだってところを見たことがない。多少は沈んでいたけれど、諦めが早かった。
付き合ってる彼女ののろけ話を聞くことなんてほとんどなかった。逆に不満を言うこともなかった。そもそも、維月兄が“彼女”について何か言及することって、皆無だった。
あたしが訊けば、言葉少なく説明してくれるって程度。
その維月兄が、豹変した。
今だって、言葉は少ない。
だけど、表情がまったく違う。
幸せっていうか、嬉しげだ。
あたしを甘やかしてくれる時の優しい顔とも、ちょっと違う。甘さの種類が違う。
「むぅぅぅ」
口惜しい。
口惜しいけど、……嬉しいような。ホッとしたような。うーん……すごく複雑だナ。
「あのさ、維月兄?」
「ん、何?」
紅茶のおかわりを淹れてくれようとする維月兄を、あたしは「もう帰るから」と止め、上目遣いに見やった。
「ブラコンがちっともなおりそうもない妹からのお願いなんですが」
「ブラコンは卒業するんじゃなかったの?」
「どっぷりブラコンからちょっぴりブラコンになるんで」
「そう」
含み笑いが、維月兄の口元を緩ませている。
「それはともかく、維月兄。可愛い妹の我侭、聞いてくれるよね?」
「俺でできることなら」
こう答えるところが、長兄の嘉月兄とは違う。嘉月兄なら、ぶっきらぼうに、だけど躊躇なく、「わかった、きく」と言ってくれる。だけど維月兄ときたら、快諾はしてくれるんだけど、用心深く、逃げ道を作ってる。「俺でできることなら」っていうのはつまり、「できないことはしない」ということ。用意周到っていうか、悪賢いっていうか、とにもかくにも、一筋縄でいかないのが、次兄の維月兄だ。
そうはいったって、結局あたしに甘いシスコンな兄二人は、あたしの我侭を、八割方は聞いてくれるんだけど。
「しばらくの間は、彼女とは会わせないでね。いつかは紹介してほしいけど、もうちょっと期間おいて。その彼女のためにもね」
「…………」
維月兄は微笑で応えた。了解したってことだ、その優しげな表情は。
その後、維月兄が唐突に告白した。のろけられた、と言い換えてもいいけれど。
「彼女に、どうしてそうも甘いのかとか、ずるいのかとかよく言われるんだけど、それはやっぱりシスコンってことが原因になってるのかな。自分で思ってるより、実月の影響は大きいね」
ほんとうにもうこの兄の天然タラシぶりときたら!
「……はぁぁぁ」
ため息つかずにはいられない。
“彼女”が気の毒に思えてきちゃう。
「ほんっとに、維月兄って性質悪いよっ!」
怒りの鉄拳を、鍛えられた腹筋に入れてやった。
狡猾な次兄はわざとらしく咳き込んでから、愉しげに笑った。
* 終 *