Home | Novel | Contents | Back

Alone together 2

 あのまま、美鈴の機嫌は直らずじまいだった。だが、怒っているというよりは矛を納められない自分に苛立っているのかもしれない。
 俺と目が合えば慌てて視線を逸らすのだが、完全にそっぽを向ききることはなく、ためらいがちに俺の顔色を窺ってきたりもする。そしてまた目が合えば、慌てて逸らす。それを繰り返している。
 どれほどそうしていただろうか。時間的にいえば、そんなに長い時間ではなかったろう。
 俺も焦ってはいたが、急かすつもりはなかった。
 美鈴が心の整理をつけるまで待つよりないと判じて、口数を減らした。
 美鈴は怒りを持続させられる程の強さがない。意地も張り続けてはいられず、気まずい雰囲気に耐えきれずに先に折れてしまう。
 美鈴は逡巡から抜け出せたようだった。意を決したようにこちらに顔を向けた。
「あ、あの…………維月さん、……ごめんなさい。動揺して、嫌な態度とって」
 意気消沈し、不安に揺れる瞳が赦しを乞う。膝の上で組んだ指をもぞもぞと落ち着かなげに動かしていた。
「その、もう……怒ってないです、から……」
 美鈴は気持ちを素直すぎるほどに晒してしまう。
「逆ギレってやつですよね、ごめんなさい、つい……どうしたらいいか分からなくなって」
「美鈴がキレるのは当然だったんだから、謝ることないよ」
 怒っていないと拗ねていたのに、本当は怒っていたのだと認めて、それを心底済まなそうに謝ってくるのだ。
「疲れて、イライラして、身勝手なわがまま言ったのは俺なんだからね」
「……」
 美鈴はふるふると首を左右に振った。それから心配げな目を向けてくる。
「あんまり力にはなれませんけど、愚痴なら、いつでも聞きますから。お酒とかでも……」
「……うん、ありがとう」
 美鈴のこの優しさ……甘さは、怯えからくるものだと知っていた。
 本人が自覚しているかどうかまでは分からない。
 美鈴は、俺との関係が壊れ、終わってしまうのを怖れている。それゆえに美鈴は一途に俺を慕い、求めてくれるが、自分の想いが俺の負担になるのではないかと、無用の心配をし、遠慮がちになる。周囲の人目を気にしがちな美鈴だが、それとは違った意味で俺の目と意を、怯える心で気にかけている。
 美鈴を不安にさせるのは、俺にも原因があるのだろう。その原因がなんなのか、はっきりとは分からない。――俺の身勝手さが美鈴を戸惑わせ、時には羞恥心を煽っていることは分からないでもないが。
「美鈴、……足は、どう?」
 しゅんと肩をすぼませている美鈴の傍に寄り、床に腰を下ろした。美鈴はソファーベッドに座っているから、自然、美鈴を見上げるような格好になる。
「そんなには痛くないです。腫れもひいたし……。体重かけたりやたらに動かしたりしなければほとんど痛みませんから」
「そう」
 スリッパを取り、テーピングの巻かれている美鈴の左足首に触れた。触れても痛みはなく、くすぐったそうではあったが平気なようだった。
 テーピングの下にも上からも湿布は貼られていない。風呂前に剥がして、そのままらしい。
 ヒールの高い靴を履いていたわけでもないのにとか、うっかりよそ見してたからとか、尻もちつかなくてよかったとか、現場を目撃したのが浅田さんだけでよかったとか、美鈴は照れ笑いを浮かべながらその時の状況を話してくれた。
 俺は相槌を打ちつつ、美鈴の足首を撫ぜている。そのうちに、撫ぜているだけでは物足りなくなり、踵骨腱を掴むようにして持ち、引き寄せた。
「えっ、あのっ、維月さん?」
 驚きの混じった声があがる。美鈴はうろたえ、足を引っこめようとするが、俺の行動の方が早かった。
 手を踵骨腱から脹脛ふくらはぎへと這わせ、そして顔を近づけて親指の先に口をつけた。「ひゃっ」と美鈴は小さな嬌声を漏らした。ピンと指先が伸びる。その拍子に痛みが走ったようだ。僅かに眉をしかめたのが窺えた。しかし手は離さなかった。もう一度、今度は爪ではなく皮膚の部分に口づけた。
「つっ、……あ、あの、維月さん、ちょ……っ」
 俺の唐突な行動に、美鈴は身を硬直させた。
「なっ、何をしてるんですか」
 狼狽しきった声に艶めかしい湿りがある。
 さらに足を上げさせると、美鈴は傾いた体のバランスを保とうとベッドに手をついた。俺は身をにじり寄らせ、美鈴を目の前に、片膝をつく格好になった。
「痛い?」
「い、え、あの、痛いとかじゃなくて、その……っ」
「うん?」
 甲の一番高い場所にキスをして、それからまた爪先へと唇を移動させる。美鈴はとっさに爪先をきゅっと閉じたが、足首が痛いんだらしい。すぐに力を緩めた。親指を咥えこみ口内で付け根を舐める。
 もはや歯止めはきかない。
 美鈴が欲しかった。
 美鈴もそれを察したようで、ほとんど抵抗しなかった。ただ抗議の声だけは上げる。
「だ、め……っ、維月さ、ん、だめ、やめて」
「……」
 美鈴の口先だけの訴えには耳を貸さず、行為を続けた。親指だけでなく、すべての指を順繰りに、口に含んで丹念に舐め、甘く噛んだりもした。
 身勝手な俺を、いつでも美鈴は受け入れてくれる。
「ごめん」と、内心で謝っておく。身勝手な俺を赦してくれと、足先に口づけてその意を表すした。
 足を固定させている手はそのままに、もう片方の空いている手でパジャマのズボンを捲くりあげていく。――こういう時、ズボンは厄介だなと頭の隅でちらりと考える。だがこうして隘路をじわじわと攻めていくのも悪くはない。
 ズボンの内側で蠢く手を美鈴は止められず、他の言葉を失ったかのように、「だめ」とそればかりを小声で繰り返した。
 俺の指先が腿の付け根に届き、そこからさらに内側に差し入れていくと、美鈴の身体がびくりと震えた。
「い、つきさ、ん……」
 次第に美鈴の息が熱帯びてくる。前のめりの姿勢になり、片手はシーツを掴み、もう片方の手は胸にあてている。顔を俯かせ、苦しげに眉宇をしかめていた。
 美鈴がそうであるように、俺の鼓動も速まり、疼くような痛みが下半身に集中し、気も昂ってきた。
 テーピングをなぞるようにして舌を這わせると、美鈴はくすぐったそうに身を捩る。もはや「だめ」の声も上がらない。必死に声を抑え込んでいるようだった。
 ふと目線をあげると、美鈴の官能に濡れた目とぶつかった。
 美鈴の唇が、物言いたげに薄く開かれた。
 俺が膝立ちの姿勢になると、美鈴も上半身を傾けて、顔を近づけてくる。そしてどちらからともなく唇を重ねた。
 まずは軽く、それから角度をかえ、強く美鈴の唇を吸った。舌を滑り込ませると、美鈴はたどたどしく不器用ながらもそれに応え、口づけを深めてきた。夢中で口腔を貪り、熱を分け合った。
 息継ぎの僅かの間すら惜しい。
 ――離れたくない。それを美鈴も思っていたのか。
 美鈴の手が、俺の頬に添えられた。やがてその手が後頭部へ回り、髪を掴んだ。
 口づけの合間に、美鈴は俺の名を声にする。その声すらも奪った。
 ズボンの中に入れていた手を引き抜き、腰へと回した。もう片方の手は美鈴の左足を支えたままだ。
 できるだけ足に負担をかけないよう、膝の裏に手を回してゆっくりと持ちあげた。美鈴はハッと目を見開いたが、抵抗はせず、俺にされるがまま、ベッドに押し倒された。
「……っ」
 唇を離すと、美鈴は大きく息を吐きだした。それから力が抜けたように、俺の首に回していた両腕をほどいた。美鈴の両腕がぱたりとベッドに落ちる。
 息は荒く、胸が上下に動いている。蕩心しきった瞳が俺を見つめ、縛る。
 上気した頬も熱っぽく荒い呼吸も、官能に濡れた双眸も、髪から立ち上ってくる甘い香りも、あまりに扇情的だ。俺の欲情を誘うのには十分過ぎた。
「美鈴、明日は……朝、早い?」
「え?」
「明日、友達と会うって言ってなかった?」
「あ、……はい。でも、待ち合わせは十一時だから。維月さんこそ、テニスクラブの方、集合時間早いんじゃ……」
「いや」
 美鈴の背に回していた片腕を引きぬき、肘をついて姿勢を整えた。抱えていた美鈴の左足も一旦おろす。
「明日は簡単なミーティングと練習試合だけで開始時間も遅めだから、朝はゆっくりしていける」
「うん……」
「朝までいても構わない?」
 改めて確認を取ると、美鈴は目を細めて笑った。
「維月さんは勝手な人なんです。――だから、勝手にしてください」
 言葉と裏腹の、優しく甘い声と微笑みに、おれはもう降参するしかない。
 美鈴の微笑みに引き寄せられるように顔を近づけ、鼻先を触れあわせ、それから啄ばむように口付けた。

「維月さん」
「うん?」
「ひとつ、お願いがあるんです」
「うん」
「わたし、接骨院の先生から、できれば安静にって言われてて」
「うん」
「維月さんも明日はテニスの試合があるんですよね?」
「うん」
「だから、その………優しくしてください」
「……努力しよう」
 なかなか難しい「お願い」を出してくるものだと内心で苦笑しながら、真摯に応えた。

 ――はたしてそうできるものか、……保証はできないが。

* 了 *

Home | Novel | Contents | Back

(C) るうあ「真夜中の箱庭」
Material by web*citron ◊ Designed by TENKIYA